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第2話 ど・ろ・ぬ・ま すくーるでい

そういえば、書き忘れていましたが、これはお約束コメディです。

伏線かよ!と思ったものが伏線だったり、

あー、これはこんな落ちかなと想像したらそんな落ちだったりするのは

それがお約束だからです。ええ、そうですともっ

「で、彼はどこの誰なの、悠羽那?」


 あたしの正面、ガラスのテーブルの向こうのソファに、お母さんが満面に笑みを称えて座っていた。

 あたしはソファの上、正座の足を治しながら、もう今日は何度目かの返事をした。


「だから、名前は相生 燕だってば」

「年は?」

「17と言ってた」

「学校は?」

「知らない」

「家は?」

「だから、知らないって」

「電話は?」

「知るわけないでしょっ」

「……あのねえ……」


 お母さんは頬に右手を置くと、首を傾げてホウッと溜息をついた。


「あんたはどこまで奥手なのよ、悠羽那」


 いや、奥手は関係ないと思うけど。

 そもそも、あたしは奥手じゃないし。普通なだけだし。

 ていうか、なんであたしは正座してるのよ、ソファの上で!


 ここは有朱家のリビング。

 いつもならあたしか実那がぼーっとしながらテレビを見ているソファに、なぜかあたしは正座をして座っていた。

 その正面には、満面に笑みを称えているお母さん。

 右横のソファにはいつもと同じく無表情な実那が、あたしをジッと見つめている。

 いつもと同じリビングの風景。

 ……なわけ、ないわよ……


 とりあえず、この状態になるまでが大変だった。

 ……いや、この状態が大変じゃないわけじゃないけど。


 お母さんが口にした、その男……燕とあたしが、あたしの部屋で……その、あんな姿で閉じ込められてから。

 ていうか、お母さん、あの後、部屋のカギ掛けちゃうし。あたしの部屋のカギは、あたしの服と一緒に実那の部屋に置きっ放しなのに、出られなくなるじゃないの!?

 でも、それより何より、あ、あんな格好でいつまでもいるわけに行かないのが、ともかく先。まずはあたしが、バスタオルをしっかり体に巻いて、あいつには後ろ向かせて、絶対振り向かないって誓わせて。もちろん、そんなの信用できないから、しっかり見張ってたわよっ!

 で、ともかく服を着て。下着は……乾いたわよ、着たままでも……微妙に。

 あいつの服は、ともかく生乾きでも何でも良いから着せて。

 それで、鍵の掛かったドアをどうするか、それを考えていたら


『救いに参上致しました、お姉様』


 って、実那が鍵を開けに来て。

 ……どういう設定なのか、ホントに分からないわ。リア充とかお大事にとか、あげくに救いに来たって……

 でも、ともかくありがたかったから、『聖なる女神の守護』がどうとかぶつぶつ言っていたのはスルーして階段を降りたんだけど。

 まあ案の定、そこにはお母さんが、今と同じように満面の笑みを称えてダイニングの椅子に座って。前のテーブルには、コーヒーカップが3つ。一つはお母さんの前、あと2つは向かいの椅子の前、2つ並んで。

 ……尋問する気、満々すぎます、お母さん。

 燕が尋問されても、困った事実が出てくることはないとは思うんだけど、お母さんの前でわたしと男の子が一緒にいる、それだけで危なすぎる。どのくらい危ないかって言うと……


『男の子を連れてきたら、今すぐにでも結婚させてあげる』


 ……いや、それはないと思うけど。

 というか、思いたいけど……あり得るから怖いわ。

 うん、あり得る。というより、きっとそう。


 ということで、その笑顔の罠は全力で回避しつつ、電話帳の横のメモ帳に沙央里の家の住所を書いて。男なんだから、後はタクシーででも何でも行けるでしょ。

 そう言って、蹴り出すように……というか、蹴り出したんだけど。

 それで、全てのけりがついたと、思った……

 わけは、なかったわね。やっぱり。


 まあ、そんなわけで、お母さんが手ぐすね引いて待っているリビングに戻ったら……こうだった。

 お母さんはダイニングからリビングに移動していて。

 横には妹が無表情であたしを睨んでいて。

 ……これでテーブルの上に灰皿と電気スタンド(電球の)があれば、昭和な刑事ドラマの取調室って雰囲気ありすぎ。思わず、あたしがソファに正座しちゃったのは、そのせいだと思う。これで、今日の晩ご飯が、カツ丼だったりしたら……

 いやいや。


「では、もう一度聞くわね」


 なんて、考えているうちにお母さんは溜息をまたつくと、また同じ質問を繰り返してきた。


「で、彼はどこの誰なの、悠羽那?」


 確か、どこかで見たことがある。尋問の際には同じことを繰り返し言わせて、その矛盾点を突いて真実を引き出すって。

 でも、あたしの場合、どこをどう聞かれても、知らないのは本当だからしょうがない。


「だから、名前は相生 燕だって」

「年は?」

「17と言ってました」

「学校は?」

「知らないわ」

「家は?」

「知らないってば」

「電話は?」

「だから、知るわけないでしょっ」

「……あのねえ……」


 お母さんは、今度はホウッと溜息をつくと、頬に手を当てて大きく首を振って見せた。


「それじゃあ、婚姻届が出せないじゃない」

「……はいっ?」


 あたしは思わず、お母さんの顔を見た。

 ……本気、ですね、お母さん……


「な、なんでそうなるのよ、いきなりっ」

「あら、だって、当たり前じゃない」


 あたしの問いに、お母さんは至極真面目な顔で頷いた。


「家の……お父さんのいつも言ってる、家訓。分かってる?」

「男女7才にして席を同じゅうせず、でしょ」


 いったい、いつの時代の家訓なのよ、とわたしも思うけど、お父さんがわたし達に幼い頃から言い聞かせている、有朱家の家訓。というか、お父さんの信念ていうべきかもしれない。

 でも、それがいったい……


「だから?」

「うん、だからね。男女7才過ぎて席を同じくして、更に肌を重ねちゃったらもう結婚。あたりまえじゃない?」


 はいぃぃ?


「でもね、悠羽那」


 あまりの驚きに声も出なかったあたしに、お母さんがフッと憂い顔になった。

 そして、両手であたしの顔を挟みこむと、あたしの目をジッと見つめて


「婚姻届けと母子手帳、順番があべこべになったら困るでしょ。あなたも、赤ちゃんにとっても」

「……」


 一瞬、頭が真っ白になった。

 ていうか、ホントに頭の中、真っ白になることってあるのね、驚くと。

 初めて知ったわ……


 じゃなくって!


「な、何を言ってるのよ、お母さん!」

「ん?だから、婚姻届の話」

「じゃなくて!」

「……大事なことよ、悠羽那。なんたって、一生のことだから。二人にとって」

「……」


 本気だ……お母さん、本気ですね……

 久々に見た限りなく真剣なお母さんの顔に、あたしは頭痛がした。

 いや、胃が痛い、かも……


「あのねえ、お母さん」

「ん?」


 痛む頭と胃を押さえながら、あたしはお母さんの顔を見た。

 は、恥ずかしいけど、ここは言うしかない。

 あ、あたしの名誉のためにもっ


「あ、あたしは……」

「あたしは?」

「……あたしは、処女らからっ」


 噛んだしっ!

 ていうか、顔に血が上って、熱くなってる。

 あぁ、あたしったら、なんて恥ずかしいこと……


「……だから?」

「……へ?」


 なのに、お母さんが、首を傾げて言った。


「あなたがヤッたかヤらないかは、婚姻届には関係ないから。どうせ、結婚したらいくらでもヤるわけだし」

「このカマトトがっ」


 って、ここ、突っ込むところなの、実那?

 ていうか、今、サラっと凄いこと言われませんでしたか、お母さん?

 あたしの、しょ、処女の価値を、超スルーされた気がしますけど。

 お母さん?


「お母様」


 と、実那がお母さんの顔を見た。


「わたくしは、聖なる女神の守護のため、純潔を守っております」

「ミーナはいいのよ、それで。立派にお守りしないね」

「はい」


 ……何なの、この差は。

 ていうか、聖なる女神の守護って、何の女神なのよ、実那?

 本気であんたの設定、一回じっくり聞いてみたい気がするわ、小一時間。


 いや、聞いてどうするの。厨二設定とか。

 聞きたいとこはそっちじゃないでしょ、あたしも。


「だってねえ」


 あたしが見つめていたら、お母さんはにっこりと微笑んだ。


「わたし、35までに孫を抱くのが夢だったのよね」

「……それで?」

「ええ。だから、奥手の悠羽那が、ギリギリとはいえ男の子を連れてきて、しかも二人っきりで部屋で、あんな格好でいたなんて……ホント、あなたにしては、GJよ」


 だから、親指立てていい笑顔はやめてください、お母さん……

 はぅ


 あたしは本気で頭痛がして、思わず頭を抱えた。


 何でこんなことになっちゃったんだろう?

 頭がアレなお母さんと、厨二の妹が悪い……?

 いや、それは前からだったし。


 じゃあ、燕、あの男を連れて、部屋で……

 ううん、あれは……確かにあいつもちょっとスケベだったし、だからあいつのせいじゃないとは言わないけど。言わないけど……そもそも家に連れてきたの、あたしだし。部屋に入れたのも、あたし。服を脱いだのも、自分で……


 ……じゃあ、悪いのは、自分?あたし?

 あたし……は、自分で男を家に連れ込んだり、服を脱いで、その、そういうことに及ぶような、そんなエッチ……じゃない、ふ、ふしだらな女じゃないしっ

 な、ないから。うん。ないし。

 ただ、雨に当たっている男の子が、可哀想に思っただけの、いわばただ親切心があっただけで。

 あとは、不幸な偶然で。うん。偶然。


 はぅ。

 偶然じゃあ、誰のせいでもないじゃない。誰のせいにも出来ないじゃない。

 誰のせいにも……


「……沙央里」


 思わず、口にしていた、その名前。

 そうよ。考えてみれば、沙央里のせいじゃない?

 そもそも、燕と最初に会ったあの駅前で、あいつが待っていたのも、あたしが待っていたのも、沙央里だったのよね。

 そして、そもそもそれをすっぽかしたから……


「あんたのせいで……」

「沙央里さんのせい?」

「そうよ、あの子があたしと、あいつをダブルブッキングしておいて、すっぽかしたからこんなことに!」

「ダブルブッキング?」

「そう、あたしには買い物みたいなこと言って、あいつには住む部屋に案内するからって約束しておいて、雨の中1時間も……」

「1時間も待たせたの?それはひどいわね」

「そうよ、親友と従兄弟を、約束して、しかも忘れるとかあり得ないわよ」

「……従兄弟?」

「そう、燕はあの子の従兄弟……って!?」


 あれ?

 あたし、今誰と……


 ハッと顔を上げると、そこには満面の笑みを浮かべた……お母さん。

 ……あれ?


 落ち着け、悠羽那。

 あたしは今、独り言を言ってた。

 でも、誰かと話をしている感じになって。

 ……で、いうとなんかまずそうだと思って黙っていた、あいつ、燕が沙央里の従兄弟だってことを、普通にしゃべっていた。

 で、顔を上げると、満面笑顔のお母さん。

 ……これは……


「ふうん、祥子のところのね……そうなの」


 ものすごく上機嫌で、お母さんは立ち上がった。


「じゃあ、とりあえず話はいいわ、悠羽那。じゃあ、お母さんはご飯作るわね……電話の後に」

「お、お母さん……」


 そして、足音軽く電話へと向かったお母さんを、あたしは正座したまま、見送るしかなかった。

 ていうか、止めたかった。

 でも、どう言っていいか。なんて言えばいいのか、浮かばず。

 ただ、嫌な予感 が背筋を上ってくるのを感じながら、呆然と眺めて……


「……自業自得」


 実那がボソッと言った。

 そうね……あんたにしては的確な指摘よ、実那……

 はぅ




     ☆☆☆☆     ☆☆☆☆     ☆☆☆☆




ピンポーン


 玄関先のベルを押すと、昨日と同じように声がした。


「はい、どちら様?」

「えっと、燕ですが」

「あ、はいはい、燕くんね」


 うれしそうな……昔から、オレと話をするときはいつも妙にうれしそうなんだよな、神無月の叔母さん……

 とりあえず、今日は神無月の叔母さんに会いに来たわけじゃない。初登校だからな、一応。

 オレは思いながら、朝の空を見上げた。

 昨日と違って、今朝は快晴だった。


 昨日、雨の中、優奈の家を蹴り出され……実際、蹴り飛ばされて追い出されたわけだけど、それはまあいい。

 というか、あの時、チラッと見えたダイニングに、座っていた母親の顔……良く分からないが、多分危なかった。

 というか、雰囲気がヤバかった。

 うん。


 ともかく、もらったメモに書かれた住所にタクシーでたどり着いたら、そこが神無月の家で。

 叔母さんは家にいたけど、沙央里はいなくて。

 まあ、約束忘れておいて、家でテレビでも見て笑ってたら、さすがに人としてどうなのかと思っただろうから、まあいいけど。

 それで恐縮する叔母さんに、部屋まで案内してもらって。

 ご飯を食べて、まずは神無月の家で泊まれば、という親切な叔母さんの申し出は、とりあえず笑顔でお断りして、荷物の整理をして。

 神無月の叔母さん、いい人だと思うんだけど、妙に世話を焼いてきたり、親切になりすぎる感じがあって、どうも苦手だ。叔母さんはオレの母さんの妹だから、きっと母さんも生きてからあんな感じだったのかな、と思わないでもない。ないんだけど……

 なんか、それだけではない感じがするんだよな、特に親父の話をする時とか。

 いや、まあ、それはともかく。


 一応、叔母さんと話をして、今日から初登校と言うことで、同じ学校に通う沙央里に学校まで案内してもらうことになって。

 そんなわけで、今、こうして神無月の家の前で、沙央里を待っている……

 また、沙央里待ちかよ、と思うけど。

 まあ、タクシーでも呼べばまっすぐ行けないこともないだろうけど、初日からタクシーはどうかと思ったし。

 それ以前に、携帯があれば、今度こそ待たずに前もって、とかできたはずなんだが……昨日、部屋で落ち着いた時点で、ないことに気がついた。

 確か、駅前で待っているときは持っていたのを覚えているので、多分、あの、悠羽那の家だとは思う。思うんだが……


 ちょっと、取りに行けないよなあ。

 うん。無理。

 まあ、沙央里が友達だそうだから、沙央里経由で返してもらえばいいか。それなら、返してもらう機会もあるだろ。多分。

 確か、画面ロックはしておいたよなあ……


ガチャ


 と、ドアが開く音がして、俺は振り返った。


「……ふわぁ。行ってきまふですよ」


 階段の上、ドアを開けて出てきたのは、丸い眼鏡に三つ編みの、制服らしいブレザーを着た少女だった。

 多分、沙央里……だと思う。昔も三つ編みだった気がするし。

 ただ、やっぱり目が……そもそも、眼鏡掛けてなかった気がするし。


「行ってきますじゃなくて、沙央里」


 いいながら、出てきたのは神無月の叔母さん。

 ということは、間違いなくこの眼鏡少女は、沙央里に違いない。


 そう確信して、とりあえずゆっくりと階段を降りてきた従姉妹の少女に、オレは声を掛けた。


「おはよう、沙央里」

「……」


 沙央里はオレの顔を見た。

 ……いや、どう見ても目が寝ていた。そのほとんど閉じそうな目でオレを見ながら、持っていたらしい食パンを一口、かじった。


「……どなたですか」

「……」


 いや、まあ、どうせ覚えてないと思ったけどな、オレの顔。


「こら、沙央里。燕くんに挨拶しなさい」

「……燕?」

「……」


 叔母さんに言われても、沙央里の瞳は薄くあいたまま、手にしたパンをまた一口、噛みついた。

 ていうか、こいつ、パンをかじりながら学校に行くつもりなのか?どっかのマンガじゃあるまいし、今時の女子高生がすることじゃないだろ。

 いや、今時じゃなくても、そんな女子高生がリアルにいるとは思えないけど。


「昨日、忘れられた、燕だけど」


 ちょっとだけ、イヤミのつもりでオレは頭を下げた。

 沙央里はオレの顔をぼーっと見ているようだったが、不意にパンを食べる口を止め、口の中のものを飲み込んだ。

 瞳が大きく開くと、オレを


「ああああああああああああああああああああ」

「!?」

「ご、ごめんなさい、わたし、昨日は忘れてたわけじゃなくて、ただちょっとまだ時間があるかなって部活を覗いたら後輩が練習してて、ちょーーっと指導しようかなって思ったら思わず台本読み込んじゃって、その上充電忘れてたもんだから携帯の電話も切れてて、暗くなって後輩の練習終わってみたら6時になってたので慌てて駅に行ったけど誰もいないから帰っちゃった、ほんのちょーーーっとした不幸な事故なの、事故。ね、わかる?」

「……あ、ああ」


 いきなり顔を真っ赤にすると、息継ぎもせず一気に言ってオレの手を握り、オレの顔を見上げた沙央里。

 オレは思わず、頷いた。

 とりあえず、理由はともあれ忘れていたことは確かだった。あと、多分、部活は演劇部。

 そして、さっきまで食べていたパンにはべたべたにバターが塗ってある。それは良く分かる。

 だって、オレの手に一緒に握られているから。

 うはっ、油べっとり……


「こらこら」


 後ろから沙央里の頭をペシッと叩いた叔母さんが、オレににっこり微笑んで


「ごめんなさいね、燕くん。この子、ぼーっとしてるものだから」

「そんな、してないですよ」

「はいはい、ほら、手を拭いて」


 沙央里は頬をぷぅっと膨らます。

 叔母さんはそんな沙央里に手にしたタオルを手渡した。それからオレにもう一枚、タオル手渡すと、


「ごめんなさいね、ホントにぼーっとした子なものだから」

「はあ」


 さすがに、親に対して『そうですね』とは言えなかったが、叔母さんが最初からタオルを2枚用意していたところを見ると、毎朝似たような光景なのかもしれない。

 見ると、沙央里はまた半分眠ったような顔をしながら、手をゆっくりとぬぐっていた。

「ほらほら、そろそろ行かないと遅れるわよ」


 そんな沙央里をニコニコしながら見ていた叔母さんが、沙織の手からタオルを取るとポンッと肩を叩いて


「転校初日から遅刻じゃあ、燕くんがかわいそうよ?」

「あ、そういえば」


 沙央里もこくんと頷くと、


「朝から走りたくないですよ」

「オレも勘弁して欲しい」

「あはは」


 頷いて、沙央里は振り返ると叔母さんに手を振った


「行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 そのまま歩き出した沙央里に、オレも頭を下げると


「行ってきます」

「……あ、燕くん」


 行こうとしたオレを、叔母さんが呼び止めた。


「はい?」

「……」


 ジッとオレを見る叔母さん。

 オレはもう一度


「何ですか、叔母さん」

「……祥子さん、と呼んでね、燕くん」

「はい?」

「ね?」

「……」


 呼び止めてまで言うことじゃないと思うけど……

 とりあえず、オレは頷いた。


「えっと、祥子さん」

「あと……」


 と、祥子さんはいきなりオレの手を握ると


「わたしを、母親と思って、任せておいてくれればいいからね?」

「……はい?」


 な、何を言っているんですか、祥子さん?

 って、沙央里、もう先に行ってるし!


「えっと、い、行ってきます」

「行ってらっしゃい~」


 オレが手をふりほどいて歩き出すと、祥子さんはニコニコ笑って手を振った。

 オレは慌てて沙央里を追いかけながら……

 ……何だったんだろう、祥子さんのアレは?

 考えたけれど何も浮かばず、とりあえず、オレは沙央里を追った。


「おーい、待てよ」

「あ、うん」


 言いながら、でも沙央里は前を向いたまま、振り向きもせず歩いていた。

 しかも、新しいパンを咥えながら歩いているし。

 これで走っていたら、なんかのアニメ……

 いやいや。


「朝、弱そうだな」

「そうでもないですよ」

「……そうか。」


 追いついて、隣を歩いてみると分かったが、案の定つぶった瞳は前を向いたままで、別に焦点がどこかに合っているようじゃなかった。

 どうも見ても眠っている……朝が弱くないわけがない。

 でも、記憶の中にある眠ってばかりだった沙央里を思い出すと、多分これが普通なんだろうな、と思う。


「沙央里、お前さ」

「うん」

「……オレの顔、覚えてないだろ」

「……」


 沙央里はパンを加えたまま、顔を上げてオレを見た。


「……あおうえあああえああいえお」

「いいから、パンを食べてから言ってくれ」

「うー」


 沙央里はパンを飲み込むと、小さく首を振りながら


「覚えてなかったってことはないですよ」

「そうか」

「覚えてたわけでもないですけど」

「どっちだよ」

「忘れてはいなかったですよ」

「……ですか」


 なんだろう、この「ですよ」口調は。

 なんかのキャラ付けなのか?それとも、天然でこういう口調なのか?


「……お前、そんな口調だっけ?」

「なにがですか?」

「いや、その『ですよ』とか言う口調」

「元々ですよ」

「ソウデスカ」


 記憶の中を探ってみたが、昔からそうだったような記憶はなかった。


 ごめん、嘘ついた。

 そもそも、沙央里と二言以上しゃべった記憶自体がなかった。

 記憶の中の9割が寝てる姿だったし、そもそも。


「しかし、朝からよく食べるな」

「パンは大好物ですよ」

「オレはどっちかというとご飯だけど」


 今日は、コンビニのおにぎりが朝食だったが。


「それはいけないですよ。日本人ならパンですよ」

「いや、それは違うだろ」

「パンだったら朝からご飯3杯は食べられますよ」


 言ってる意味が分からない。

 パンをおかずにご飯を食べるのか?それとも、パン3枚の間違いなのか?

 問い詰めてみたい気がしたが、今にもつぶりそうな目を見ていると、なんだか聞くだけ無駄な気がした。

 それに、まあ関西ではお好み焼きでご飯を食べるのが普通らしいから、ここではパンでご飯を食べてもおかしくはないのかもしれない。

 オレは嫌だけど。


「学校は遠いのかな?」


 とりあえず、見てみると周りを歩く人が増えてきていた。

 中には、沙央里と同じブレザーの生徒や、オレと同じような学生服が見える。


「……遅刻する前には着きますよ」


 沙央里はチラッと腕の時計を見ると、小さくうなずいた。

 時間は……8時20分。


「まだ10分ほど掛かるってこと?」

「教室に着くまで、ならそうですよ」


 って、ギリギリってことじゃないのか?

 でも、余裕そうというか、眠そうに沙央里が歩いているところを見ると、そうギリギリでもないのかもしれない。もちろん、遅れそうになったらこいつが走ったりするのか、にはちょっと疑問があるけど。

 どちらにせよ、家からはそれほど遠くないみたいなので安心した。


 そう思って歩きながら見てみると、どうも制服は中等部、高等部で同じらしい。どう見ても中等部の生徒も高等部の生徒も、ブレザーと学生服は同じで、ただ女子のブレザーの胸元の大きく花のように飾ったスカーフの色が違っているようだ。

 多分、スカーフの色が学年を示しているのだろう。沙央里のスカーフは薄い赤紫色だから、多分高等部2年がその色らしい。他にはスカイブルー、オレンジ、濃紺などが見える。

 見たところ、そんなスカーフの色合いとか、プリーツスカートの感じとか、多分デザイナーが入っていそうだ。男子の制服は何の変哲もない学生服なのは……まあ、理事長の趣味かなんかかも。女子は制服で学校を選ぶ、と聞くしなあ。

 沙央里には……


 いや、似合わないことはないこともない。

 似合ってるってほどでもないけど。

 似合いそうっていうと、まだ悠羽那の方が、あの目さえアレなら似合っていそうだけど……

 いやいや。


 なぜか昨日の目つきの悪い女を思い出して、オレは思わず首を振った。

 なんで思いだしたのか……ああ、そういえば沙央里の友達というか幼なじみと言っていたはず。学校が同じでも不思議じゃない。

 もちろん、そうじゃないことを祈るけど。

 うん。

 まあ、いたとしても……というか、何となくその可能性は高そうだけど、まさか教室に連れられていったら沙央里と悠羽那と同じクラスでした、なんてご都合主義なマンガみたいな偶然は、まずありえないから。

 うん。そもそも、沙央里は昨日、オレと悠羽那に何があったかとか、知らないだろうし。


 パンの残りをもぐもぐと食べながら半分寝そうに歩いている沙央里を見ながら、オレはとりあえずやぶ蛇になりそうなことは聞かないでおこうと思った。

 そして、小さく息を吸うと、正面に見えてきた学校らしい建物に目をやった。


 とりあえず、慣れっこになったいつもの転校生活が今日からはじまる。

 そう思った。

 まあ、昨日の今日なので、そうであって欲しかっただけかもしれないけど。





     ☆☆☆☆     ☆☆☆☆     ☆☆☆☆





「……はあ」


 2日ぶりに晴れた朝。

 9月にもなると朝の風は涼しくて、半袖のままでは寒く感じることもあるくらい。

 だけど、あたしは鞄を持ち直して、溜息をついていた。


 なんて言うか……休んだ気がしない。

 というか、休んでないよねえ、昨日の日曜日は。

 昼間はあの事件……引き続いてのあの審問。

 いつものお母さんなら、まだまだ続けてもおかしくなかったんだけど、急にやめてどこかに電話していたっけ。

 どこかって言うか……


『ふうん、祥子のところのね……』


 お母さんのセリフが頭に浮かぶ。

 沙央里のお母さん、祥子さんはお母さんの友人。というか、悪友かもしれない。

 祥子さんとお母さんが友達なせいで、沙央里とあたしは幼なじみだった。昔から、沙央里の家とは家族ぐるみのつき合いで。一人っ子の沙央里は、実那を妹のようにかわいがってたっけ。

 ……なぜか、実那がああなった今では、わたしより沙央里の方が実那と仲がいい感じだけど。

 今日だって、あの中二病の妹は、先に学校に行ったし。

 というか、高校に入ってから、あの子と一緒に学校に行ったことがない気がする。

 確か……中等部の入学式は、もちろん家族で行ったけど、高等部はエスカレーターだから入学式とかなかったし。

 でも、考えてみたらわたしの方も、中二病になったあの子のこと、避けてたし。お母さんと併せて、それはもう全力で。

 それを考えると、実那の態度もまあしょうがないのかもしれない。しれないけど……


 『滅びろ』はないわよね。うん。

 ああ、そうじゃなくて、沙央里のことだった。

 というか、祥子おばさんというか。

 ていうか……


 なんだか自分の周りの人たちがまともじゃなくて、考えただけで疲れた。

 その中で、まともに生きてるあたし、頑張れ。超ガンバレ。

 うん。頑張ろう。


「はあ」


 最初から分かってたけど、自分で自分を激励しても疲れるだけ。

 あたしは鞄を持ち直そうとして、思い出して鞄を開けた。

 そこに入っているのは、見知らぬ携帯。見知らぬと言うか、落とし物というか、忘れ物。

 割に新しい機種で、ボディの色は黒。カバーもなければストラップもない、いかにも男持ちのスマホ。

 お父さんのものじゃないし、そもそもあたしの部屋に落ちているのを昨日の夜、見つけた時点で誰のものかは想像がつく。というか、それしかあり得ない。

 これはあいつの……相生 燕の携帯。


 えっと……別に興味があるわけじゃないから。

 ただ、一応確かめようかなと思っただけだから。うん。

 でも、しっかりロック掛かってたけど。

 だから、見えたのはロック画面だけで。

 まあ、ロック画面だけなら、いいよね。見ても。


 スイッチを押すと、画面が映った。

 デジタル時計の後ろに映る、黒いゴスロリ姿。

 若干下の方から見上げるように映していて、足下は見えない。顔は、横顔だけだけど、色が白く、ちょっと困ったような目でカメラを見ている。しかも、頭にはピンクの猫耳。

 ちょっと……てうぃうか、結構可愛いわよね。この子。

 あいつの彼女かしら……それとも、行きつけのメイド喫茶の店員とか?それとも……

 あ、まあ、うん。


 ちょうど画面が暗くなったのを機に、あたしは携帯を鞄にしまい込んだ。

 引っ越したばかりだと言ってたから、まあ、ないと不便よね、携帯。

 とりあえず……折を見て返してあげよう。ほら、あたしって心優しい方だから。

 うん。まあ。


 鞄を閉じて、空を見上げる。

 今日は快晴。

 新しい1週間がはじまる。

 気が重い月曜日だけど。

 昨日の今日で疲れてるけど。特に精神的に。

 なんで日曜日に疲れて、次の日に学校に行かないといけないのかって思うけど。


 思わず、虚しいと分かっているけどまた自分への激励をしようか、と思ったあたしの視界に、この気持ちをぶつけられる相手、というかぶつけるべき相手の姿が見えた。

 いつものようにぼーっとした顔で歩いている、あたしの幼なじみ。

 どう考えても、昨日のことはあの子のせいだから。

 うん。決まり。

 あたしは駆け寄ると、その子……沙央里の肩をぽんっと叩いた。


「おはよう、沙央里」

「……あ、おはようです」


 沙央里はいつものように、死んだ魚のような目であたしを振り返った。

 ……ごめん。さすがに女の子に死んだ魚は言い過ぎね。心の中で、沙央里にちょっと謝っておく。


「久しぶりよね、沙央里」

「三日ぶりですよ」

「……昨日も会うはず、だったと思うけど」

「……」


 いつもながらの寝ぼけ眼があたしを見た。

 あたしはちょっと怒ってみせた。ていうか、怒ってるんだけど。


「……昨日?」

「ええ。駅前で忘れられた、あんたの幼なじみがいたはずだけど?」

「……あああああああああああああああああああああああああああ」


 あたしの言葉に、沙央里の寝ぼけ眼が急に大きく見開いて


「そ、それはわたし、昨日は忘れてたわけじゃなくて、ただちょっとまだ時間があるかなって部活を覗いたら後輩が練習してて、ちょーーっ」


ぺしっ


「はわっ」


 いつものように暴走する沙央里の頭に手刀を決める。

 普段はボケてるというか、眠りながら歩いているような沙央里は、焦ると暴走し出して止まらなくなる時がある。そんな時、これが一発で止めるコツ。

 いい音だわ、いつもながら。何か入れてるんじゃないかと思うくらい。


「で、結局忘れたのよね?」

「え、あーー……はいですよ」

「全く……」


 頭を下げた沙央里。

 あたしはため息をついて見せた。

 でも、もうなんていうか、メガネ越しに上目遣いで叩かれた頭をなでる沙央里の顔を見ると、まあいいかって思ってしまう。悪気がないのは分かっているし……

 いえ、これで悪気があったら、とっくに縁を切ってるけどね。今まで、何度このボケでひどい目にあったかを思い出すと。

 前売り券買ったのに日を間違えて行けなかったコンサートとか、せっかく当たったのに忘れてて見られなかった試写会とか、あと……

 いや、思い出すのはよそう。何か、今さらなのに……殺意がわきそう。

 はぁ。


「ホントに雨の中、勘弁して欲しいわ」

「あはは」

「あはは、って笑い事じゃないんだからね」

「あは、はいです」


 あたしが苦笑すると、沙央里もちょっと頷きながら


「ホントに、昨日は悠羽那だけじゃなくて燕まで待ちぼうけさせて、さすがに反省ですよ。ねえ、燕」

「そうよ、まったく……って」


 今、なんて言った、沙央里。

 燕……って言いました?

 それって……


 沙央里の目線の先、あたしは目で追った。

 そこには、見覚えのある男の顔が……

 ……そうよね。沙央里の従姉妹なんだから、最初からいてもおかしくなかった話よね。

 というか、最初からいた気もするけど、きっと全力で無視したのね、あたしの無意識。凄いわね、無意識って。

 じゃなくてっ


「あー、そういえば、初めてだったですね。わたしの従姉妹の相生 燕ですよ」

「あ、えっと……」


 沙央里の振りに、もごもごと何か言おうとした燕に、あたしは慌ててて挨拶した。


「は、初めましてっ。有朱 悠羽那ですっ」

「……初めまして」


 とりあえず、沙央里が昨日のことを知らなさそうなのは、口調から分かったから、ここは何もなかったことにするしかない。

 というか、何もなかったんだけどっ


「えっと、じゃあ、あたしのことは、悠羽那、でいいから」

「お、おう」

「相生くんのことは、相生って呼ばせてもらうねっ」

「おう」

「……ねえ」


 とりあえず、無難に最初の自己紹介を終えたところで、なぜか沙央里があたしたちをじっと見た。


「二人……前からの知り合いだったですか?」

「えっ」

「な、なんで?」

「だって、悠羽那、男の子に呼び捨てされるのが嫌がってるですよね、いつも」


 うぐっ

 沙央里にしては鋭い突っ込みね。


「そ、そんなこと、ないわよ。」

「そうそう」

「それに、さすがに有朱とか言われるのは却下したし」

「おいっ」


 あ、な、何言ってるの、あたしはっ


「じゃなくて、えっと……そろそろ行かないと、遅刻じゃない?」

「……あー、そうですよ」


 正門から正面の時計台を見ると、時間はもうすぐ8時半。

 教室まで行くことを考えると……そろそろ行かないと、マズイ。


「じゃあ、あたしたちは行くけど……」

「そういえば、燕は何組なんですか?」

「え?」


 燕は首を傾げると、ポケットから折りたたんだ紙を取り出して眺めた。


「……とりあえず、職員室に来いってさ」

「ふーん」

「きっと、それから教室に行くですよ」

「そうだな」

「わたしと悠羽那はA組だから」


 と、沙央里は首を傾げてにっこり笑った。


「一緒なクラスになれるといいですよ」


「それだけは、まっぴらごめんだわ」

「それだけは、嫌だ。」


 あたしと燕は、思わず顔を見合わせて言った。

 ……ホント、そんなことがあったら、どんなご都合主義なラノベだって思うわ……


「……え?」


キンコーン


 そして、沙央里が首を傾げた瞬間、正面の時計台から予鈴が大きく鳴り響いた。

このまま「の続き」へと続きます。

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