プロローグ まだ世界はキミを知らない
「……はぁ」
ベッドに倒れ込んで見上げた、時計は11時。
うっとうしい宿題も、夕食の前に終えた。
お風呂上がりの汗が引くまで、と見ていたドラマも、もう終わり。
まあ、誰が出ているドラマだか、そもそも知らなかったんだけど。
明日は日曜日。
9月に入って週末毎に雨が降ったせいで、あんまり買い物にも行けなかったから、今週こそは……
そう思っていたのに、ちょうど映った天気予報の明日の天気は『曇りのち所により雨』だった。
……あたしの場合、大体『所により』というとまず雨が降るのよね。遠足とか、行事ではいつも晴れだから、あたしが雨女だってことじゃないと思うんだけど。
まあでも、考えてみたら明日は沙央里<さおり>と買い物に行く予定があるんだった。
というか、買い物だと思うけど。いつものようにあの子の話はあやふやで……
『ちょっとお願いしたいんだけど』的な言い方だったから、いつものあの子の言い方だと、まあ買い物ってことだと思う。
本当なら、その辺はもう一度今からでも確認した方がいいんだけど……11時にあの子が起きているはずがない。
もうちょっと前、せめてあの子の就寝時間の10時より前に思い出して確認すれば良かった。
ていうか、今時の女子高生の就寝時間が10時って、あり得ないわよね。まったく。
あたしはもう一度、溜息をついてテレビを見た。
テレビではニュースキャスターが今日のニュースを読んでいた。
別にニューが見たいわけじゃないし、そろそろ部屋に行って漫画でも読むか、沙央里じゃないけどもう寝てしまうか……
「……」
そんなことを考えながら立ち上がったあたしの前、部屋の入り口に実那<みな>が立っていた。バスタオルを体に巻いて、あたしの方を見ていた。
「…上がりました、お姉様」
「……はいはい」
お姉様、と来たわね。
これは、あれね。例の転生人格ね。
「えっと……実那?」
「……ミーナだからっ」
いや、がんばって無表情してるのはある意味凄いとは思うけど、目が半泣きだと確かに逆に引くわよ。
そこまで真剣になることなのかしらねえ。あんまり変わらないと思うんだけど、本人は『ぜんぜん違います』と言うから、まあ違うのね、たぶん。
まあ、もともと基本的に無口だったけどね、実那は。それが最近では、時々……と言うかほとんど、転生人格というやつに体を乗っ取られている、と言う設定になっているらしい。
いわゆる、典型的な厨二病。ていっても、もう高校1年なんだけど。
まあ、小学生までは病弱で、何度も入院していたせいはあるんだろうし、しかも見た目は中学2年でも違和感がないくらい……
「……」
……視線を感じる。
ていうか、またそういう目線で見るのはやめてよね。
「……いと高き最高神アマートよ、光の栄光たるシェストよ、見にくき肉塊を滅ぼしたまえ……」
実那はあたしの胸と、タオルにくるまれた自分の胸を見て、つぶやいた。
て、いやいや、滅ぼせって、あんた。
大丈夫、あなたも血筋からして、まだきっと育つ余地はあるわよ……多分。
なんたって……
「あら、ミーナちゃん、上がったの?」
「……」
と、あたしの後ろ、キッチンからお母さんが顔を出した。
実那はお母さんの顔……というか、胸よね、むしろ……そしてあたしの胸を見比べた。
「……」
そしてあからさまに肩を落とすと、自分の部屋へと階段を上がっていった。
「あら、ミーナ。もう寝ちゃうの?」
「……」
後ろ姿にニコニコと声を掛けたお母さん。
実那は振り向いた。
「おやすみ、ミーナ」
「……滅びろっ」
実那……それはおやすみの挨拶としてどうなの。
というか、親にその態度は普通はどうかと思う。
「……ホント、可愛いわね、ああいう所があの子は。」
でも、肝心のその親にして、このセリフ。しかも満面の笑み……
つくづく、実那のアレも血筋なんだとある意味実感する。
というか、血筋だけじゃなく、アレはこの人の教育の賜物なんじゃないかとあたしは疑い、というか確信しているわけだけど。小学生の頃は可愛かった実那が、退院して家での長期療養を終えた頃、あんな風に変わっていたのは、この人の教育の賜物という……
純真無垢だったから、あの子は。あたしは、全力で回避したけど。
ええ、全力で。
「……おやすみなさい」
何か、思い出したくないものを思いだしてしまった気がする。
ホント、思い出したくなった……疲れたわ、なんだか。
はぁ。
あたしはお母さんに手を振ると、階段に向かった。
お母さんは頬に手を当てると、ホウッと息をついた。
「悠羽那<ゆうな>も、もう寝ちゃうの?」
「ええ」
「もう……うちの子たちは、この調子じゃ浮いた話もまだまだよねえ」
「……」
ほっといてください。
お母さんとは違います、お母さんとは。
「どうしてこう……うちの娘たちは揃って奥手なのかしら。」
お母さんはまた一つ、ため息をついた。
「わたしなんて、あなたの年にはもう、あなたを産んでたわよ。それなのに、年齢=彼氏いない歴なんて、なんて甲斐性がないのかしら。悲しいわ」
いやいや、お母さん。あたし、まだ17だし。
日本の法律では、女の子は確かに16で結婚できるけど、17で子供産むのはどうかと思うわよ。
「……ほっといてください」
「ほっとけないわよ」
振り向いたあたしに、お母さんはちょっと眉をひそめると、大きく頷いて
「わたしはいつも言ってるでしょう?女の子は早く結婚した方がいいって。男の子を連れてきたら、今すぐにでも結婚させてあげる」
「……」
えっと……目がマジなのが怖いんだけど、お母さん……
ていうか、あの結婚どころか男の子と手を繋いだだけでもキレる超堅物のお父さんが聞いたら卒倒するというか、真剣で真っ二つに一刀両断されちゃいそうなセリフだと思うんだけど……
あたしは思わず振り返ったけど、そんなお母さんにもう何も言う気にもなれず、何も言わないで階段を上った。
そして階段を上った廊下の窓ガラス、どんより曇ったくらい空を見ながら、今日はもう寝よう、そう思った。
多分、明日も雨が降りそう。
でも、まあ普通の日曜日になるわよね。きっと。
そう思った。
……それがとんだ勘違いだったことを、あたしは、その時、まだ知らなかった。
☆☆☆☆ ☆☆☆☆ ☆☆☆☆
飛行機の窓の外、暗い夜空に丸い月が輝いていた。
目を下ろすと見渡す限り雲海が広がっている……多分、その下は雨だろう。
オレは窓のシャッターを下ろすと、シートを倒して天井の明かりを眺めた。
……どう考えてもあり得ない。
夏休み直前、いつものように突然『転勤するから』の一言で南の国にいきなり飛んで。
まあいい。いつものことだし。それに、夏休み前に転校させられたら、その方が悲惨だからなあ……一度やったことがあるけど、夏休み前に自己紹介とかしても明けにはみんな覚えてないし。おかげで、寂しい夏休みを過ごすわ、明けても誰が誰だか分からないで放置だったし……はあ。
で、とりあえず夏休みに突入して、明けたら初の海外転校かって思ってたら、昨日になって、朝ご飯食べているとき、いきなり親父が口を開いたと思ったら
『お前の学校だが、祥子さんに頼んでおいた。来週から登校だそうだ』
『……へっ?』
『家は祥子さんの持ってるマンションの空きがあったそうだ。これで安心だな』
いや、安心だ、じゃなくって……
祥子さんって確か、母さんの妹…つまりは叔母さん。確か、神無月の叔母さんって呼んでいた、オレは母さんの顔はよく覚えてないけど、その母さんによく似てるという叔母さんで、家は……
『って、日本だろ、神無月の叔母さんとこって?』
『当たり前だ。お前が外国留学など出来るわけないからな』
『え?』
『それに、オレは会社だから良いが、こんな異国でオレがいない間、お前一人じゃ生活できないだろ』
いや、そもそも日本でも家事してたのオレだろ、親父……
それに、ここじゃあ普通、お手伝いさんがいるのが当たり前だって言ってたのはあんたでしょうが。意味、分かんないし。
しかも、その直後にオレに飛行機にチケット渡して『今日の便だから』って、いきなりすぎだろう……
「はあ」
思わず、ため息が出た。
まあ、しょうがないとは思う。
仕事の都合で……何の仕事なんだか、実は未だに知らないんだけど……日本中を飛び回ってる親父のおかげで、今まで何回転居して、何回転校したことか。それも、最長で半年、最短では、確か……いや、覚えている。2週間だった。
2週間で何が出来る?クラスの半分も顔を覚えられやしない。あっちだってオレの顔を覚える前に転校だ。送別会とかされても、名前も知らない同士で送別も何もないだろう。
まあ、あの時はそんな会なんて開くまもなく転校しちゃったけどな。
そもそも、小学生の時から、ほぼずっとそんな転校生活を暮らしてきたおかげで、オレには友達らしい友達もできなかった。まあ、少し親しくなってもすぐ転校しちゃうわ、手紙を送ってもすぐに転校して住所が変わるような奴と、まともに友達になる奴がいるわけもない。
今回の転校もまた唐突だったけど、今度はどのくらいいることになるんだろうなあ……
まあどうせ、どこに行っても同じだろう。いつもと変わらない、見知らぬ学校生活がはじまって終わるだけだろうけどな。
オレは楽な姿勢を取ると目をつぶって眠ろうとした。
……そういえば。
と、思い出した。
そういえば、オレ、今度住むマンションとか、住所聞いてなかった。
神無月の家の近くなんだろうが、考えてみたらオレは神無月の家に行ったことはなかった。一応連絡のため、飛行機に乗る直前に電話した時、神無月のおばさんは確か、沙央里が迎えに行くから大丈夫と言ってたっけ。
……沙央里?
オレは記憶の中の神無月 沙央里の顔を思い出そうとした。確か……女だよな。いや、間違いなくそうだろうけど。
えっと……
数少ないオレの親戚の中でも、更に数少ない女の従姉妹の沙央里のことをオレは覚えてないはずがない。
……いや、でも顔はどうにも思い出せない。
確か、最後にあったのは……小学校の5年、かな?
髪は三つ編みで、身長は小さい方で、痩せて……確か、丸顔。
そう、間違いなく、丸顔だったはずなんだが……目を見た記憶がない。
というか、起きてる沙央里を見た覚えがないなあ。いつもおばさんの横、こっくりこっくりしているか、布団で寝てるか、こたつで寝てるか、縁側で寝てるか……
……寝てばかりじゃん。あいつ。覚えている姿の約9割が寝てる姿って、どうなの、人として。
いや、まあ、人としてはどうでもいいけど……この際、沙央里がカワイイかどうかはどうでもいい。問題なのは……あいつ、オレの顔、見たことあるのか?覚えているかどうか以上に、そもそもそれがすごく不安になるんですけど……
いや、まあ、迎えに来るっていうからには、覚えていないわけがない。
うん。そうだよな。普通。
オレは小さく息をついて、シートの上で目をつぶった。
明日の夕方には、ともかく新しい部屋でゆっくりして。
そしてまた、いつもの転校生生活がはじまっているんだろう。
例によって顔も覚えられる前に転校してしまう、何事も起こらない転校生生活が。
何事もなく。
……それがとんだ勘違いだったことを、オレは、その時、まだ知らなかった。
<to be continued>
えっと、題名と筋書きの一部を自作の某2次創作からフィーチャーしています。
が、徹底的にキャラクターなど弄りましたので、単なるフィーチャーです。
ええ、そうですともっ