最初の戦闘・きっかけの事件
「最初からこっちの完全な不意打ちだったのに、レイは簡単に躱すんだもの。ヴィルは少し遅れてたわよね」
ユリは手を胸の前に合わせ、思い出すように目を閉じて軽く見上げる。
「気配だな、殺意はないが明らかに私たちを狙う気配があった。ヴィルも殺意だったら気がついただろうけど、殺意のない、どちらかと言えば興味のような気配だから、少し遅れたんだろうな」
レイはミカの頭を撫でながら、意外にも饒舌に話す。得意分野の話にはよく話すタイプなのかと和泉は思う。ただその予測はあっさり崩れる。少し喋ったら疲れたな。とレイが言い出した。
「茜。あなた、機械なら情報を引き出せるんだろう?」
そう言ってレイは自分のブレードを差し出す。ブレードとはマナを刀身の刃先に流すことで強烈な切れ味を発揮する刀である、対ヒトガタ用に開発されたそれは、強靭なヒトガタの肌や異常繁殖した植物を断ち切るには良い武器だった。実弾よりよっぽど効果がある。マナを持っていれば。という条件付きであるが。
差し出されたブレードを眺め、茜が返す。
「出来るのは出来ますが、出力するものがないですよ、代わりに私が全部話せってことですか?」
情報を出力するならモニターやパソコンでいいが、これの中の情報をどう出すんだと思案しながら話す。
「あらあら〜、いいのがあるわ」
ユリがそう言ってどこからともなく無数の蔦が現れる。囲炉裏の火に照らされてまるで影絵のように影が浮かぶ。その陰の一つは明らかユリだ。
「コレ経由でマナを流して影絵芝居。なんて乙じゃない?」
そう言って、茜の左手の近くに人の腕ほどの蔦を一本這わせていく。茜は少したじろぐ。だが少し冷静になって言い返す。
「出来なくはないが、ここまで我々の手の内を晒す意味がないように思えますが」
ユリがそれは確かにというように手をポンと叩く。
「それもそうね。片付け」
ユリが言い終わる前に、レイが言葉を挟む。
「構わない、どうせまた私たちを襲うなら私が倒すだけだから」
ユリとマリーが少し殺気を込めた目線を送る。だがすぐにユリは笑顔になる。
「良いわねぇ〜、さすがレイよ。そうでなくっちゃ」
座り直してユリは茜に言う。お淑やかな令嬢がものを頼むように丁寧に。
「せっかくですから、見せてもらっても良いかしら?」
お願い。と。
少しの間、茜は思案してレイのブレードを握る。
「うまくいくかわかりませんけどね」
と念押しして、左手を蔦に乗せてマナを送る。そうすると、ユリの影絵がうねうね動く。あ、あ、あ、と、ユリの声で話し出す。出来そうだ。
「やりますね」
そう言って、茜は目を瞑りマナを送る。場面はK市へ向かう装甲車の中から始まるようだ。
不規則に揺れる装甲車の車内。防弾ガラスから入る日の光が無機質に車内を照らす。十人程度乗れるはずの車内には三人しかいない。04小隊の三名だけだ。
水色に近いストレートのロングヘアにヘッドセットを装着した千里が、右手でハンドルを握りながら器用に左手でタブレット端末を操作して、地図を空中にホログラムで投影する。
「いつも通り、一番大変で、一番目立たないとこよ」
口調はあくまで淡々と、皮肉めいた言葉を吐く。けれどその声には棘はない。むしろ彼女にとっては、この04小隊の日常だった。
「それで、どこまで?」
映し出された地図を眺めながら、赤茶色の髪のレイが口を開く。階級章から察するに彼女が小隊長。
「統括班からは、強行偵察でいいと言われてるわ」
あくまで形式上はね、と千里が答える。レイは無関心に聞く。
「取り残された人は?」
千里は左手の人差し指を立ててくるくる回しながら、軽い調子で言う。
「いないってことになってるわ。でも、いた場合は当然救助よ」
おさらいがてら説明するわね、と千里が概要を話す。
今回はK市北部の山間部からヒトガタの移動を確認、ヒトガタは一旦退いたものの、その後市街での植物の異常繁殖、そして再度ヒトガタの襲来という流れであった。幸い発見が早かったため、住民の避難は順調だった。ただ、それと呼応するように、人がいなくなった街に植物が溢れ、ヒトガタが闊歩する状況になった。加えて、その繁殖点が山間だけでなく、街の中にも一箇所あるということだ。要はそこへの調査が04小隊に下令されたということだ。
狭い車内の片隅で、黙って愛銃を点検していた女性に、千里がミラー越しに視線を向ける。
「悪いけど、今回はその手入れしてる狙撃銃は無しよ。必要ないわ」
長い銀髪を結び、赤い瞳をした女性のヴィルは、手を止めずに、わかった。とだけ呟いた。
車両はやがて止まり、ドアが開く。うっすらとした潮の香りと、ヒトガタが勢力を拡大した証左である、甘く穏やかな香りが車内に流れ込んでくる。
外に出て山間部とは反対側、南部の海岸沿いを見る。うっすらと陽炎ような空気の揺らぎに向こう側に、仮設された旅団本隊の陣地が見える。おそらくそこでこの街の市民を救助、搬送を行なっているのだろう。そしてその陣地の手前にはK市の古都の街並みが広がってる。だが、その多くは、蔦に覆われ、花のような腫瘍のような奇妙な植物に飲み込まれている。
「今のところ順調そうよ、行きましょうか。と言っても私はお留守番だけどね」
千里はそう言って、二人を見送った。
「03小隊経由で、旅団本部より新たな指示。信号弾が発射された際は、各小隊はその場で破壊工作を行い、敵の目を引きつけよ、だって」
淡々とした口調だが、言葉の奥にある苛立ちは隠しようがなかった。二人を見送った後に届いた指令。
「センスないわね」
千里は続けた。レイとヴィルに聞こえないように無線のスイッチを切ってぼやく。
「念のためでも、わざわざ言う?やる?ヒトガタに対して?なんで?」
ヒトガタは基本的に好戦的ではない。不定期に発生する侵食とこちらからの攻撃をする以外で、こちらに興味を示すことは少ない。にもかかわらず、旅団上層部は“破壊工作”という刺激的な選択肢をあえて用意した。
意味がわからない。今回のような侵食に対して特に逆効果だ。馬鹿なんじゃないの?と一言呟いてから、無線のスイッチを入れ直す。
「でも、安心してね。破壊工作してる間に、ワタシが退路を確保しておくから。そん時はさっさと戻ってきなさいよ」
無線の先でレイは一言だけ返す。
「そうね」
それは、突き放すものではない、意味としては“好きにしろ”だ。その言葉を聞いて千里は装甲車に積んである装備を見回して武器を見繕うことにした。ただ間違いなく出番はないと確信する。04小隊所属で唯一の一般人だからだ、桁外れた戦闘力を持つ二人の足元にも及ばない自分の出番なんか、あるわけがない。
強行偵察という名の現地調査。山間部ではなく、市街地での植物異常繁殖地点。以前の地図を確認すると神社のような、都会の中にある森、ということだった。ただそこは神社ではなく何かしらの施設であったので、そこがどんなところなのか、そこで何が起こったかを調べてくるのが今回の任務。だからオペレーターの千里は、屋内戦闘をメインに据え、狙撃銃という選択肢を排除した。
レイはブレードとハンドガン。ヴィルにはハンドガンとコンバットナイフのみ。ヴィルはブレードを好まない。結果二人は、軽装で街中を歩くことになった。
「なんかあいつ、面白そう」
お嬢様が、新しいおもちゃを見つけた子ども顔をして笑う。ビルの屋上に生えた巨木から二人を見下ろす。
「赤茶色の方ですか?」
髪の色で確認する。念の為確認して置く、万が一があっては大変だ。そうよぉ。と、目も合わせずにお嬢様は告げる。じゃあ私は、銀髪のヴィルだ。
「遊びたいわね」
お嬢様は誕生日のプレゼントを待ちきれない子どものようだ。つられて私も少しウズウズする。
「承知しました」
こちらが言い終わるや否や、お嬢様は音もなく跳んだ。
人という種別は、極限まで突き詰めても、認知、判断、実行という順番でしか行動できない。奇襲というのは、その認知、判断、実行その全てを遅らせる。
面白そうなら最初は手加減でもすれば良いのに、だが、それはお嬢様の何かしらの美学に反するらしい。
お嬢様が、二人の間に着地する。割れる地面。舞い上がる瓦礫。見た目の数十倍の質量が我々中には詰まっている。
人の気配などしないガランとした街中を歩く二人の真ん中に、奇抜な格好をした女性、ユリが降ってきた。その着地とともに瓦礫が弾け飛ぶ。殺意はないが明らかにその場にいたら潰されていた。それぐらいの質量による圧殺。
その殺意のない圧殺に対して、レイはすでに反応していた。ユリの着地の寸前に半身で躱わす。それだけで充分だ。最短の移動、最小の回避。それだけで、彼女は死線を掻い潜る。
半身で躱した体勢そのままに、ホルスターへ手を伸ばす。降ってきた怪人の頭が腰の前くらいにある。最短距離で引き抜いて刀身を当てる。マナを流すから、マナで焼き切るから振りかぶる必要などない。舞い上る粉塵の中にブレードを押し込んでいく。予想とは違う手ごたえに驚くが、何かが蒸発し弾け続けるものだと理解する。変わった武器を使うんだな。そんなふうに思った。
ユリは、着地した体勢そのままに、右膝を立てて左下から刀を振り上げる。レイのブレードとユリの日本刀がちょうどユリの頭の真上で交差する。
ユリの右手に握られた日本刀。切っ先が鈍く光るそれは、鋼鉄の刀ではなかった。ブレードに接触した刃の部分から、異様な植物が再生しながら蠢いている。抉れた肉が再生するように、焼き切られた箇所が瞬時に埋まり、なおかつ圧を込めてレイを押し返す。液体が沸騰するような音が、金属ではなく再生する生命から鳴っていた。
一方で、ユリの着地の際に半歩引いて躱したヴィルは、左手でホルスターから銃を抜き、両手でユリ頭に突きつけようとするが、間に合わなかった。ユリの左手が一方向に膨張し、ヴィルを吹き飛ばす。
ヴィルの身体は背中を壁に叩きつけられて、呼吸が一拍遅れるが、無理矢理構え直す。ふらつく頭を無理矢理制御し、前を見る。ただそこで、自分を吹き飛ばしたものとは違うものの気配を感じる。いつの間にかもう一体、怪人がいることを確認する。
緑髪、緑色の近未来的なボディースーツ、爪が異常に伸びている、いわゆるデスクロー。茶色のショート丈のジャケットが、この怪人が持つ唯一の人間らしさだが、こいつもユリ同じ人間ではない何かだと認識する。
ふらつく銃身を確認してマリーが仕掛けてくる。
ヴィルは回らない頭で認識する。速い。見えない。おそらく右の爪だろう。狙いは顔か。予備動作は小さい。そこから真っ直ぐ。最短距離。出鱈目に顔の前に持ってきた銃で防ぐ。爪を受けた銃は砕けた。デスクローはヴィルの右瞼を内から外へ小さく撫でる。
なんとか躱わせている事にする。銃の状況は見るまでもなく投げ捨る。なぜかおって来ないマリーから距離を取り、改めて右足を前に出して左足を退く。左の足裏が地面を舐める間にホルスターからナイフを抜き、構える。低く、低く。マリーが、距離を詰めてくる。地面を蹴り、真横に飛ぶんで躱わす。鋭い金属音。さっきまでいた空間に、デスクローが深々と刺さる。空中で姿勢をかえ、前転から立ち上がり向きを直す。先ほどよりは高く。中腰。手首、肘、肩に余裕を持たせ、右手に持ったナイフを体の前に出す。
対するマリーは構えない。刺さった爪を引き抜いてこちらを向き、無造作に歩く、不用心にこちらの間合いの中に入ってくる。かと言ってもこちらは何も出来ない。
マリーの頭が少し沈む、右手だ。ただ無造作に持ち上げられたマリーの右手と爪が迫ってくる。相手が早いのか、自分が遅いのか。自分が遅いのだろう、奇襲のダメージは馬鹿には出来ない。右下から迫り来る爪をなんとか内側に避けて躱わす。爪が顔の外側を通過する。
相手の顔、肩が左へ傾く、この動作は蹴りだ。しまった。今は相手の正面だ。マリーの右足による胴への蹴り、ヴィルは右膝をほんの少し畳む、ナイフを引き上げ蹴りの軌道上におく。蹴りがナイフに当たる、刃を向けているのに切れもなしないし、尋常ならざる重さを感じる。人の重さではないことを認識する。蹴りの勢いと、畳んだ右膝を使い飛ぶ。目線は最後まで切らない、追撃は届かないと思うところまで飛ぶ。勢いを殺さず、首から下、背中の上半分で着地、勢いを殺さず後転に近い形で立ち上がる。敵を探す。目の前だった。
これは厳しいな。そう思う。
子どもが雑にボール蹴るように足を振る。蹴りが胸を捉え、飛ばされる。受け身は取れる、左手から着地、勢いを殺さず起き上がる。
左上段から爪の振りおろし、右手のナイフで受ける、質量が襲いかかる。左手をナイフの腹にそえ力をずらす。地面に突き刺さる爪。距離を取れる。
違った、爪を軸に回転、抉れる地面と回転する敵、目が合った。雑な胴回し回転蹴り。足裏がヴィルを捉える。
千里はバタバタガシャガシャと装備を漁る。
「ヤバイヤバイヤバイ」
何を持っていく?どうする?
えっと。えっと。えっと。
装甲車に搭載されたヒトガタ用の対物レーダーが通常とは違う反応をする、しかも二つ。そしてヴィルを示す点が大きく吹き飛ばされる。
その画面を見て千里は青ざめる。
なんでよ。と呟いたか、心の中だけだったのか、もうどちらかわからない。
「ヴィル!どうしたの!?」
無線越しに、言葉を投げかける。ヴィルからの応答がないが、静かにモニターに新しいウィンドウが立ち上がる。
「なによ…これ…」
おそらくレイの目線に近い、そのボディカメラの映像だ。レイの目の前に着物を着たユリ、その奥にマリー、そしてさらに奥に吹き飛ばされて、今まさに立ち上がらんとするヴィルの姿。出撃前に自分が言った言葉を思い出す。
「必要ないわ」
野戦は想定してなかった!住民の避難も完了してる!通常のヒトガタだけなら、屋内だけの強行偵察なら絶対に狙撃銃は必要なかった。センスない破壊工作も、する訳がないとたかを括っていた。
なんとかしなかきゃ、助けなきゃ、でも、どうだ。あの二人からすれば大きく劣る自分が行ってなんになる?運悪く、ボディカメラの映像も途切れる。
「ヴィル!レイ!どうなってるの!?」
呼びかけるが、無線越しに聞こえるのは、ノイズとそれに混じる打撃音と金属音。聞こえてない、向こうから何か言う余裕はなさそうだ。
危機的状況、それを招いた自分の驕りに近い判断ミス。挽回するなら自分が行くしない、立ち上がる。でもどうする?
「バカバカバカバカ」
思考がそのまま漏れ出す。
「ヤバイヤバイヤバイ」
とにかく強力なもの、そしてヴィルの愛銃を届けること。混乱した思考で出たそれっぽい結論。とにかく担いで走る。行け行け行け。
この戦闘での何度目かの転倒、だが唯一違ったのは。
相手の追撃が来ない。
あぁそうか。相手の集中が切れたのがわかった。
これは所謂手合わせだったのだ、どこかで終了の合図が鳴ったのだ。
視界に景色が戻ってくる。レイは無事だ、敵と対峙してるが、もう安心だ。
「赤の閃光弾?撤退?聞いてないわよ!」
意外ではあるが、驚きはない、千里が来たのだ。
あぁ、私の銃背負ってる。目が合った気がした、大丈夫、たぶんあっても変わってないよ。
ユリとマリーの二人が千里を見る、少し殺気が飛んでいる、ああいうのは苦手そうだ。
千里の絶叫、発射される弾、それは絶対当たらない。
「マリー!!!帰るわよぉ!!またねぇ!!」
ユリが叫ぶ、ずいぶん嬉しいそうだなぁ、私の相手はマリーっていうのか。へぇ。
次は私の番だ、覚えてろ。
千里が走ってくる、良かった、帰るのが楽で良いや。
あー…なんだかんだ結構痛いなぁ。
「はーい。素敵な出会いだったわよねぇ」
パチパチパチパチとユリが拍手を送る。
茜は、ハッとして意識を戻す。そうか、レイのブレードだけでなく、ユリの蔦を使っているわけだから、二人の、マリーも入れたら三人の意識が介在するわけだ。
それにしても、ヴィルと千里の意識まで乗せてくるとは、やっぱりレイは不器用だが部下想いだったりするんだな、ミカを膝枕してる時点でそれについては納得感しかないけども。
「ほら!早く!続きが見たいわぁ」
お菓子をねだる子どものようにユリが言う。はいはい、ただいまと、従者になったように茜はまた意識を回想へと向ける。
「大丈夫やったぁ〜?遅れて堪忍なぁ〜」
それは旅団では日常の、どこか浮ついた、けれど不思議と場に馴染む声だった。
少女のような柔らかい語り口で、間違いなく責任者であるその人物が、戦闘の帰還兵に駆け寄ってくる。
旅団総括班班長、ミカ・アルフレッド。総括班班長というが、この旅団の長である。
金髪に緑の瞳、旅団章入りのベレー帽、白のショートジャケット、黒字に金刺繍入りのコンバットスーツ。旅団上級幹部の衣装を纏うが、それでも優しい柔らかな印象を与える。
「ごめんなぁ、うちが遅かったばっかりに、ヴィルちゃん大変やったやろぉ?」
担架に乗せられたヴィルは大丈夫、だけ答えた。
「何があったの?」
レイが聞く、大きな混乱はないが、旅団陣地が騒がしい。
「作戦中止の信号弾だもの、どうなってるの?」
ミカが答える前に千里が重ねる。
あー!ミカの声のトーンがさらに高くなる。
「良かったぁ、見えてたんやね!まぁせやから帰って来れたんやもんねぇ!」
千里の手を両手で握り、祈るように顔の前へ持ってくる。そこからの満面の笑み。
「ちゅーことは、千里ちゃんも外出たん!?めっちゃエライやん!よーやったねぇ。エライわぁ、頑張ったんやねぇ」
手をブンブン振り回され、え、あの。その、と何をどう整理したらいいのか、吃る千里をそのままにレイの方へ向き、笑顔で讃える。
「さすがレイちゃんの小隊やねぇ」
まぁそうだな、レイは軽く応じる。
手、離さないのね。とそこだけ何故か冷静になる千里だった。
そんな場合ではない、なにかズレている、確かめる必要がある。
でも、レイ以外にこの人の真っ直ぐな好意に免疫がある人っているのかなぁ。
あ、あの、と、続けようとした千里の手を離し、レイに向き合うミカ。
「新種発見について報告してもらってええかなぁ、伊織ちゃんも茜ちゃんも一緒に聞くわぁ」
それはもう組織の長のトーンだった。
「千里ちゃん、堪忍な」
と元のトーンで話すミカ、戸惑う千里に対して、
「ヴィルを頼む」
とレイが加える、ミカは副官を連れて歩き出す。
あー、もう!と完全にミカのペースで進んだしてやられたやるせなさを吐き出すようにしてヴィルの後を追う千里であった。
「あの人、嫌い」
ベットの上で起き上がってるヴィルが言った。右瞼の包帯にはまた血が滲んでいる。
変えてあげるわ、っじっとしてなさい、と千里が包帯を解く。
「班長のこと?珍しいわね、あなたがそこまで言うってのは」
うん、と小さく頷くだけ。
「それよりごめんね、完全にワタシの判断ミスだった」
ヴィルに狙撃銃を持たさなかったことを素直に謝る。彼女の真骨頂は遠距離だ。
いいよ、大丈夫。と応じるだけ。
「どうだった?」
とヴィルが言う、何についてだろう。
「あの二人、怪人」
こっちの戸惑いを察してか続けるヴィル。
しかしだ、無我夢中とかよく言ったもので、感情としてはほぼ覚えていない、信号弾から怪人の目線、当たる可能性のない弾、断片だけ、自分の記憶なのに、映像ととして残っているだけだ。
「助けに来たわよ、って言ってみたかったなぁ」
と、唯一残った感情を素直にぶつける。
「次は言えるといいね」
あら、意外ではあるが、驚きはしないこと言ってくれるじゃない。
「私たちがいないからってずいぶんとコロコロ場面が変わるのね」
つまんなーい。とまでは言わないが、ほんの少し楽しくなさそうなユリが言う。
「こちらである程度整理して出すこともできるが、それはお求めではないでしょう」
茜が尋ねるが、それもそうねー。と、口をすぼめるユリ。機嫌は悪くないようだ、茜は先ほどから感じる違和感をぶつけることにする。
「ここまでやると結構マナを消費してるつもりだけど、全然減ってないんだけど、お嬢様、何かしてくれてますか?」
つい自然とお嬢様と出てしまった、言ってから少ししまったと思ったが、ユリがとてもニマニマしているのでまぁ良しとする。
戦闘をするわけでもないが、ナガイの実験ログの分析の出力、慣れない戦闘、そして今、自分が足でまといである自覚があるので、顔にも口にも出さないが、それなりに消耗はしている。しかしこれは、マナを使うはずなのに、なぜか減らないどころか少しづつ回復しているように感じる。
「そうねぇ、別に大したことはしてないわよぉ。あともらった分を少し返しているだけよ」
ほんと心配しないで、と手をパタパタさせる。
「あなたのマナと混じって変なことになるとか、そんなのないから、なんて言うか、真水のマナっていうかしらね」
珍しくワタワタしている。
「こっそりやっちゃったからごめんなさいね、ほんとに何かしようって訳じゃないの」
高貴な者からの施しとでもいうのだろうか、確かに疲れは取れるし、拒否できるものでもないから黙って受け取る仕方ない。
「ありがとうございます」
とだけ答える。
「レイに久しぶりに会えたし、せっかくだし」
ユリは指をツンツンしている。
「怒らないでね」
怒るわけがない。
「この伊織ちゃんにも、マナを渡してるから、じきに良くなるわ」
ありがたい。この素直な行為を受け取るのはいつぶりだろうか、しばらくないなと、少し寂しくなる茜であった。




