第四話「『剣帝』の稽古」
時間の流れって、どうしてこんなに早いんだろうか。
もう俺は五歳になってしまった。
ついこの前まで二歳で、「魔法楽しいぃぃぃ!」って状態だったのに。
今じゃ、あんまり興奮できなくなってしまった。
もちろん、魔法が使えるという現状に感謝はしているが。
ロトアからの教え、そして魔術教本のおかげで、俺は水、火、土の初級魔法を使えるようになった。
水特級のロトアは、息子が自分と同じ属性の魔法を覚えようとしているためか、かなり嬉しそうにしていた。
「ベル。そろそろ、剣術を教えてやろうか」
もうそんな歳になったか。
確かに、背もかなり高くなったし、ルドルフが普段使っている木剣よりも一回り小さなものくらいは握れるようになっただろう。
「実はな。前々から少しずつ、お前のために木剣を作ってたんだ。ちょっと待ってろ」
ルドルフは席を立ち上がり、自室へ歩いて行った。
木箱を持って直ぐに戻ってきたルドルフは、俺の前で木箱を開けた。
「わぁ、すごい……これ、僕のために?」
「もちろんだ。とはいっても、本格的な剣はまだお前には早いから、俺が持ってもいいと判断するまではこの木剣で我慢だ。
いいな?」
「うん! ありがとう!」
それにしても、かなり作り込まれているな。
剣の造形に詳しいわけではないが、かなり時間をかけて作られたものだということは分かる。
こんなものを、俺のために。
剣も捨てたもんじゃないな。
俺は木箱から取り出して木剣を持ってみる。
……あれ、そこまで重くないな。
「初めてだから、軽めの素材で作ったんだ。
いきなり俺のような木剣を持たせて、怪我でもさせたら大変だからな」
そこまで気遣ってくれるとは、ルドルフもなかなかやるな。
よっぽど俺に剣術に興味を持って欲しいんだろう。
まあ、俺は初めて魔法を使った二歳の時からこの三年間、ひたすら魔術の練習ばかりしていたからな。
剣一筋のルドルフがロトアに嫉妬するのも無理はないか。
「試しに振ってみるか?」
「うん」
俺はルドルフに連れられて、庭へ出た。
ルドルフの口角が下がることを知らない。
気持ち悪いくらいにニッコリしている。
こいつは前々から笑顔の絶えない明るい男だが、剣のこととなると変態になってしまうのかもしれない。
「剣オタク」とでもいおうか。
「まずは俺のを見てろよ。
しっかり腰を入れて、右足を踏み出して強く地面を踏み込むと同時に、こう!」
ルドルフが剣を振ると、「ブォン」という風切り音が鳴った。
剣筋が全く見えないということは、とんでもないスピードで振っているのだろう。
魔術の時はたまたま上手くいったが、剣術はそうはいかないだろうな。
「はっ!」
「おっ、中々いいじゃないか。その調子だ」
言われた通りに木剣を振る。
これ、剣道と道理は同じなのか。
右足を踏み出して、同時に剣を振り下ろす。
実戦で使うとなると縦に振り下ろすだけじゃ戦えないだろうが、やはり基本の動きとなるとここに帰ってくるのだ。
この剣、軽くて振りやすいから振り心地がいいな。
風を切っている感覚がする。
「父さんは、本当はお前に俺の称号を継いで欲しいんだがな……」
「称号?」
はて。
ルドルフに凄い称号があるなんて、この五年間で一度も聞いたことがないが。
彼は剣士だから、剣に関する称号だろうか。
変な称号だったら是非とも遠慮したいところだ。
「ああ。俺は、『剣帝』という称号を授かっているんだ」
な、なんだそのカッチョエエ称号は。
全身全霊で、継がせていただきます。
「なんか、かっこいいね。すごく強そう」
本当の五歳児のような感想になってしまったが、それ以外の言葉が見つからない。
だってかっこいいし、めちゃくちゃ強そうだし。
「父さんは、世界で二番目に強い称号を授かった剣士なんだ。
『剣神』、『剣帝』、『剣聖』、『剣王』。
俺はそのうちの二番目の称号をいただいたってわけさ」
「そ、それ……相当凄くない?」
「はは、そうだろう」
いや、「はは」じゃなくて。
こいつ、かなりとんでもない人間だった。
というか、待て。
ロトアは特級魔術師で、ルドルフは世界二位の剣士。
バケモノ夫婦じゃねえか!
よもや、こんな家族の子供になってしまうとは。
そう考えると、なんか重いプレッシャーが……。
「だが、どうやらお前には、魔術の方に才能があるらしい」
ルドルフは少し悲しげな表情をした。
さっきまでの変態的な笑顔はどこへやら。
三年前、ルドルフは「男の子だったら剣術を学ばせる約束だっただろう」とロトアと口論をしていた。
そういうことだったんだ。
ルドルフは俺に、自分のような立派な剣士になって欲しかったから、剣術を学ばせたかったのだ。
なんだか、申し訳ないことをした。
「ごめん、父さん」
「……なに、謝ることはないさ。
お前の人生なんだから、やりたいことはお前が選べばいい」
「……」
少しうるっときた。
もう精神年齢的にはアラサーの涙腺なんだ。
迂闊にそういう泣けることを言うんじゃない。
「だが、剣術は最低限覚えておいても損はない。
初級剣術までは、俺が教えてやる。
後は、魔術に専念するなり、やりたいようにやりなさい」
「うん、分かった。ありがとう、父さん」
「やると決めたからには、厳しく行くぞ。
俺のことは鬼族だと思え」
鬼族という種族が存在するのか否かは置いといて、鬼教師が目の前に爆誕してしまった。
やめておけばよかったな。
……いやいや、それではダメだ。
俺はこの世界で本気で生きていくと誓った。
嫌なことから逃げてばかりでは、前世の俺と変わらないじゃないか。
辛くても、逃げない・めげない・諦めない。
俺は、頑張ってみせる。
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「ベルー? どこに行った?」
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……」
鬼師範爆誕から五日。
俺は物置部屋の大きな木箱の中に隠れている。
そう、俺は逃げ出したのである。
だって痛いんだもん!
魔術の練習は全く痛みを伴わないが、剣術は違う。
ルドルフは、息子である俺にも容赦なく木剣をぶつけてくるのだ。
ロトアの治癒魔法で治してもらえるから大丈夫だと言い張って、めちゃくちゃぶっ叩いてくるのだ。
治癒魔法で傷は治せるけど、痛いもんは痛いわ!
俺はこの世で痛いのが一番嫌いだ。
ゴキブリの次くらいに嫌いだ。
とてもじゃないが、あれに耐え続けられる気がしない。
助けてママ。
俺はロトアみたいな優しい先生がいいよ。
「ベル? ルドルフが呼んでるわよ?」
「『ベルは旅に出ました。どうか探さないでください』って伝えて」
「せっかく剣術教えてくれてるんだから、頑張りましょ。
ほら、頑張った後はご褒美のおやつが待ってるから」
そんなものにそそられると思っているのか。
俺はもう二十六歳児だぞ。
「もう、仕方ない子ね。
じゃあ、ご褒美にチューしてあげるわ」
「行ってきます」
しまった。
狡猾な罠を仕掛けられた。
謀ったな!
クソォ!
「そんなもんじゃ、初級剣士にすらなれないぞ!」
「そんなこと、言われたって!」
「闇雲に振り回すだけじゃダメだ!
相手の動きをよく見て、守りが緩そうなところを叩くんだ!」
「おるるぁ!」
「あぅ……」
「あっはっは! ルドルフのルドルフがっ!」
勝った。
俺は鬼教師のタマキンを蹴り上げて勝利を手にした。
「お前なぁ……それじゃ剣術とは呼べないぞ……!」
勝てばいいんですよ、勝てば。
どんな手を使ってでも貪欲に勝ちを狙うのが、勝負における真理なのだ。
「はぁ……やっぱりベルに剣術は無理か……」
「ひぃ……ひぃ……」
「いつまで笑ってんだお前は」
ロトアは悶絶するルドルフを見て抱腹絶倒している。
五歳児に急所を蹴りあげられる様は、傍から見たらさぞ滑稽だったろう。
俺もこの五日間で痛感した。
剣術よりも、魔術の方に長けていると。
初級魔法とはいえ、三年間で三種類の魔術をマスターしたのだ。
剣術も続ければ何かを掴んで上達するかもしれないが、正直な話、こんな鍛錬に耐えられる気がしない。
ルドルフには申し訳ないが、俺は魔術に専念することにしよう。
「母さん、ご褒美のチューは?」
「はぁ……はぁ……!」
無理そうだ。
某探偵アニメに出てくる死人のような格好になってまだ笑っている。
酸欠になって死ななければいいが。
「二人とも。気分転換に、出かけてみるか?」
「どうしたの? 急に」
「最近、家族揃って出かけることができてなかったとふと思ってな。
どうだ?ロトア……まだ笑ってるのか。
そんなに俺のタマが面白いか?
いつも見てるじゃないか」
おい、全然アウトだぞ。
ビデオ検証するまでもなく、余裕でアウトだぞ。
それが五歳児の前で言うセリフか。
この後、ロトアは三分間にも渡って断続的に笑い続けた。




