第捌話 雪子の暗躍
「このメモに書いてあるのは、❝予言❞ではなくて❝予定❞だから安心して。」
そういう雪子に対して、半信半疑の顔の雪村である。
無理もない話だ。そう雪子も思う。
でもこの昭和に自分の基地を設けるためには、この手しかない。
「もしも、馬券が外れるようなことがあっても、必ず全額保証するわ。」
何だか言ってることが、新手の詐欺師っぽいぞ。と、自分でも思った。
しかし雪村は決断した。
「分かった。どうせ乗りかかった船だ、信じるよ。」
「ありがとう、助かるわ。一つ借りができたわね。」
「缶は7月末には指定の場所に埋めておくよ。」
「よろしくね。50cm以上は深く掘ってね。」
「了解。」
「さて、別件だけど。」
「まだ何か?」
「あなたが生まれてからこれまで、出会ったアブナイ事件について、教えて欲しいの。」
「ああ、それかあ。」
「特に大けがや深刻な病気、命の危険があったことを全部教えて。」
そこで雪村は、自分の記憶が有ることは思い出し、無いことでも母親に聞いた話などを総合して、雪子に伝えた。
雪子はそれを、詳しい日付と事象に分けて、熱心にメモしていた。
「ありがとう。よく分かったわ。色々と興味深いわね。」
そんな感想を述べた後、彼女はテーブルにそのメモを置いた。
「コレはどの道、持って帰れないけれど、しっかりと記憶したわ。」
そう言いながら、雪子は壁の時計を見る。
「さて、そろそろ時間みたいね。」
「そうか、今回の滞在は3時間だったね。」
「何度もお邪魔してごめんね。でも有意義だったわ。」
「僕も、新鮮な体験ができて、何だか楽しかったよ。」
「じゃあね。競馬の結果を楽しんで。」
「うん。またね、かな?」
「そうかもね。」
そう言いながら、ソファーに座っていた雪子の姿が、空間に吸い込まれるように消えて行った。
それを目の当たりにした雪村は、いよいよ彼女のことを信じざるを得なくなったのだった。
連続時空ジャンプゆえに、次の瞬間、雪子は同じ昭和の10月14日の日曜日に来ていた。場所は例の守山区の空き地。時刻は朝の6時過ぎ。
近くに休工日の工事現場があるのは調査済みだったので、そこからシャベルを拝借して、雪子は早速指定の地面を掘り始めた。
果たして雪村はちゃんと約束を守っていた。
穴は思ったより浅く、すぐに4つのクッキー缶が見つかった。
中には、どれも当然のように、ぎっしりと札束が入っていた。
そしてこんなメモ書きも一枚入っていた。
親愛なる雪子様。
おかげ様で、大量の臨時収入を得ることができました。
足がつかないように、自分の分も現金でタンス貯金にしました。
他にも何かご用命があれば、こちらまでご連絡を。
なお、この番号には、僕しか出ませんのでご安心を。
真田雪村
そしてそこに052から始まる自宅の電話番号が記載してあった。
よしよし上出来だ。思わずほくそ笑む雪子。スマホが無いのは不便だけど、贅沢は言えないわよねえ。
彼女は近くの公衆電話を探して、7時過ぎに雪村に電話をかけた。
雪村は3コールで出た。
「はい。もしもし?」
「もしもし、ア・タ・シ!」
「雪子さんですね?」
「なあんだ、つまんない。すぐわかるのね?」
「何しろ、初対面が強烈な出会いだったので。」
「そう。まあ、いいわ。この後も手はず通りお願いします。」
「了解。」




