第陸話 調査の開始
そんな訳で、雪子はまた、昭和にやって来た。
場所は、例の日の翌日朝のNHK前だ。
まだ7時を過ぎたところだから、雪村のクルマが路駐したままだった。
雪子は恐る恐るそのクルマのボンネットに触れてみる。
…はたして掌に感触があった。
つまり、現在の雪子には物理的なボディが備わっているということだ。
この時間軸で使える肉体が、もともとの精神体内部に、4次元的に収納されたということなんだろうか?
そしてそれは、この昭和の時間軸でだけ、限定的に有効なんだろうか?
コレは考察の余地がありそうである。
そんなことをアレコレ考えているうちに、泊りのバイトを終えた雪村がNHKから出て来た。
「あれ?戻って来ちゃったの?」とびっくりする雪村。
「…ちょっと確かめたいことがあってね。」と雪子。
「仮眠室がもぬけの殻だったからさ…てっきり無事に帰ったものかと。」
「帰ったんだけど、また来ちゃった。私の身体は無くなってたんだね?」
「そうだよ。部屋の中からカギが掛ったまま。僕のウインドブレーカーと通行証のコピーを残してね。」
「そう、これではっきりしたわ。ありがとう。」
「まるで密室殺人のトリックみたいだったよ。」
「…誰も死んでないけどね。」
二人は何となく笑ってしまった。
「この後はどうするの?」
「泊り明けは、いつもウチに帰ってのんびりするよ。」
「ついて行ってもいいかしら?」
「…ああ、いいけど、ちらかってるよ。」
「いいから、いいから。」
結局、雪子はコロナの助手席に収まってしまった。
雪村はイグニッションキーを回して、クルマを発進させる。
スタートボタンを押すクルマの登場は、まだまだ先の未来だ。
走るクルマの中で二人の会話は弾む。
「今回は、各所3時間の滞在で刻んでいくの。」
「へえ。またどうして?」
「色々詳しく調査したくってね。」
「色々って?」
「例えば、両親の馴れ初めとか、雪村君の生い立ちとか、それから…私の死の真相とか。」
「なるほど。」
「…ねえ、あなたひょっとして、幼い頃から何度も危ない目に遭ってない?」
「どうしてそんなことを?」
「あの新歓コンパの時の先輩の様子。明らかに変だったわ。」
「酔っぱらっていたからでしょ?」
「それにしても、二人続けてはおかしい…。」
「まあ、危ない目に遭っているかと言われれば、今まで確かに色々と…。」
「それ、後で詳しく聞かせて欲しいわね。」
「お安い御用だよ。」
そうこうするうちに、白い2ドアハードトップは、千種区と昭和区の境目あたりにある、雪村のマンションの駐車場に入った。
いずれこの近くに、地下鉄桜通線の吹上駅ができるはずなのである。