第弐話 大立ち回り
「…お言葉に甘えてお願いしようかな。友だちも帰っちゃったみたいだし…。」
「じゃあ、一緒に行こうか?」
苦しい言い訳をする雪子のことを疑いもせず、雪村は駐車場へ案内する。
ただその途中で少々まずいことになった。
一階に降りると、ちょうど中庭で新入生歓迎コンパをやっていたのだ。
美術科のコンパは、他の科とはちょっと趣が異なる。
まず彫刻の素材用の大きな岩が、いくつもゴロゴロ転がっている広場の真ん中で、焚火を炊く。
そして、その前で日本酒の樽を開けて、先輩がそこから柄杓ですくった酒を、新入生に分けて振舞うのだ。
例え下戸だろうが、先輩から飲むように声を掛けられたら、当然、断れない。
そういう時代なのである。
雪村は大騒ぎしている4年生や院生の後ろをコソコソと通り過ぎようとした。
しかし、樽の前に陣取っていた、ひときわ上背の有る院生に見つかってしまった。
「おい、お前、どこへ行くんだ?」
「ああ、僕は今からバイトの時間なんで、もう帰るところです。」
「ちょっと、こっちに来て飲んでけよ。」
「いや、これからクルマに乗るので無理です。」
「少しぐらい、どうってことないだろう?」
「いや、ダメですって。」
酔っぱらった先輩とこんなやり取りをしていた雪村だったが、ついに我慢できなくなってしまった。
「こいつ、オレ様の酒が飲めねえってのか?」
「おう、飲めねえよ!」
言ってしまった。と思った次の瞬間、雪村は先輩に襟首をつかまれていた。
「こいつめ。」
そう言いながらその先輩は、雪村を引き倒そうとしたが、なぜか自分が倒れていた。
「…お前、今、なにを?」
「別に…僕はなにも…。」
雪村にも正直、何が起きたのか、よく分からなかった。
今度は別の先輩が、後ろから雪村の右腕を掴む。
しかし瞬く間に、その先輩も地面に倒れていた。
呆気に取られている先輩たちをしり目に、背後の暗闇の中に、雪村は逃げ出した。
そのまま駐車場まで、夢中で逃げて来た雪村だったが、さっきの女子高生のことを思い出してハッとした。
果たして、振り返ると、ちゃんと後ろからついて来ていた。
「…ああ面白かった。雪村君、お強いんですね?合気道かなにかやってたんですか?」
「僕にもワケがわからないよ。それより、何でキミは僕の名前を知って…まあ、とにかく乗って。」
雪村はそう言うと、トヨタの最後のFRコロナ、白いツードアハードトップの助手席のドアを開けたのだった。