第拾弐話 ジャンプの向こうで再ジャンプ
昭和60年4月7日。日曜日の朝9時、研究所1階ロビーに雪子は出現した。
そこには約束通り杉浦鷹志が待っていた。
「ようこそ、昭和へ。」
芝居がかったセリフも、イケメンの彼が言うと嫌みが無いから困る。
「いつも無理言ってごめんね。」と雪子。
「いえいえ、ギャラはしっかりいただけるので。僕、研究は好きだけど、金儲けは性に合わないんですよねえ。」
「で、副所長の件は考えてくれた?」
「目下、前向きに検討中です。」
「勤務はフレックスでいいから。」
「???」
「ああ、日本での正式導入は3年後か。好きな時間に働けるってことよ。」
「今日は有事に備えて2階で待機しててね。何も問題ないとは思うけど。」
「了解。僕のラボに居ますね。」
「じゃあ私は地下2階に行くわ。」
「そのフロアへの掌認証は、雪子さん専用にしておきました。」
「ありがとう。12時間後に私が戻らなかったら、非常手段を。」
「わかりました。上でも状況はモニターできますのでご安心を。」
「やっぱりあなた、有能だわ。手放したくないわあ。」
「僕程度の頭脳の持ち主は、この世にゴロゴロ居ますよ。」
「ご謙遜を。」
そんなやり取りの後、雪子はエレベーターで自室に降りる。
ラボの座席に座り連続ジャンプ4回の入力をして、ヘッドセットを着ける。
さあ、これで限りなく真後ろに近い「昭和の過去」へ行けるはず。
雪子は目を閉じてスタートボタンを押した。
次に目を開けると、周りは騒がしい雑踏だった。
ここは…駅の中だ。おそらくJR…じゃなかった国鉄の名護屋駅。
ちょうど改札口が目の前だ。
そこまで推察すると、雪子はおもむろに、近くの柱に手を近づける。
触れる。大丈夫だ。セーラー服を着たまま物理的に実体化できていた。
今は昭和34年4月8日水曜日のはず。時刻は午前10時ね。
雪子は近くの売店の新聞と時計をチラ見して、それらを瞬時に確認した。
しかし、すぐに改札口と駅の西出口とを交互に見た。
後にこの世界の雪村の母になる、坂下恵が居るはずだ。
居た!西出口の近くでキョロキョロしている。
無理もない。熊本県から初めての遠出で、しかも一人旅だ。
巨大な駅構内で、勝手がわからなくて当然だろう。
しかしまた、大きなつばの帽子に白いワンピース。目立つ服装だな。
おかげで見つけやすかったけど。
そんなことを思いながら、雪子は彼女の後ろから声を掛けた。
恵子は最初ビクビクしていたが、お店に案内することを伝えると、安心できたようだったので、ここで待たせることにした。
さあ、次は父になる男、真田英二だ。
雪子は改札をじっと見つめる。
来た!彼だ。
身長は170㎝ほどかな。もうすぐ20歳のはずだけど、学ランを着ている。
でもそれが正装。そういう時代か。
案外、私のセーラー服もそういうモノかもね。
雪子は彼にも声を掛け、恵子と合流させると、これから働く店「ZAMBINI」の前まで連れて行った。
そこで軽く二人に今後のアドバイスをして、すぐにその場を後にした。
我ながらサービス過剰だったかしら。
でも、ちょっと二人と会話してみたかったし…。
そんなことを考えながら、雪子は路地裏の角を曲がり、次の時空ジャンプに入ったのだった。




