第拾話 元神童を招聘する
「えっ!?」
雪村は助手席を二度見した。
そして、慎重にクルマを路肩に止めた。
何やらビッシリと書かれたメモ用紙が、またしてもそこに置かれていた。
「いったい、いつの間に?いやはや人遣いの荒い姉さんだ。」
雪村は、思わず苦笑いしながら、独り言を言ってしまう。
今度のメモの内容は、難しそうだ。
よく分からない数式や化学式が書かれている。
メモの最後に、杉浦鷹志に連絡を取り、制作を依頼する旨書かれていた。
当面の依頼料は100万円だと。ああっ!よく見たら助手席の足元に、例のクッキー缶が置き去りにされている。やられたな、こりゃあ参った。
杉浦鷹志なんて、中学校卒業以来、連絡を取ってないぞ。でも確か、卒業アルバムに、住所と電話番号があったはずだ。よし、あれでなんとかしよう。
雪村は必死に考える。もちろん、金銭的に多大な利益をもたらしてくれた、雪子に報いるためだが、それだけじゃなく、彼女の役に立つ行動をすることが、何だか楽しかったのだ。
それより、杉浦鷹志のことだ。
一浪したはずだから、確か東大農学部の1年生をやっているはずだ。
実家に電話するだけじゃダメだな。
下宿先も聞いて連絡取らなくちゃ。
忙しくなりそうだ。
…そんなことを考えながらニヤニヤしてしまう雪村だった。
雪子の次の連続時空ジャンプの行く先は、翌年の3月31日の日曜日。
時刻は朝9時。場所は新築された昭和の時間軸の研究所前だった。
門の前では、既に若い男が待ち構えていた。
「見事に指定された時間通り。セーラー服に二本のお下げ髪。あなたが例の雪子さんですね?」
男が快活に声を掛ける。相変わらずの好青年ぶりだ。
「そうです。あなたは杉浦鷹志君ね?はじめまして……よね。」
雪子も時空の旅を重ねすぎて、少し混乱気味である。
「目の前の空間に人が出現するのを、初めて見ましたよ。」
そう言いながらも少しも動じていない。さすがは元神童だ。
「どうやら雪村からの連絡と依頼は届いたようね?」
「なかなか好奇心をそそられるお話でしたので、受けることにしました。」
「報酬には満足していただけたかしら?」
「研究費の捻出に困っていたので、渡りに船でした。」
「今後も続けて協力していただけるなら、月々のお給料は弾むわよ。」
「今回はちょうど冬休みと春休みが使えたので…前向きに考えておきます。」
「ぜひ、お願いね。」
「さあ、こちらへどうぞ。」
双子ビルの右の研究所の中へと、鷹志が雪子を案内する。
玄関で掌認証を登録する。
そしてエレベーターに乗って地下二階へ。
ドアが開くと、向かって右側に例の装置が鎮座していた。
「メモされていた数式に基づいて設計しました。どうです?」
「すごいわね。私がアッチで作ったものとほぼ同じ。完璧だわ。」
「試運転はまだです。ご自分でしたい旨、雪村君から聞いてましたので。」
「うん、ありがとう。後で試してみます。」
「色々自由にチェックして、何か問題があればまた言ってくださいね。」
「じゃあ、僕は上のラボで、実験の続きをしてきます。」
そう言い残すと、鷹志は一人でエレベーターに戻った。
「全て順調で満足だわ。さて、12時まではこのフロアのチェックをして、それから照和のラボに戻ろうかしら。さすがに疲れたし、一旦休憩かな。」
そう考える雪子であった。
このエピソードが新章④「その後の酒井弓子」につながります。




