第壱話 本当のファーストコンタクト
これは、天才物理学者で超能力者の真田雪子が、自らの精神体の時空移動実験を始めて、ちょうど100回目を越えたあたりの話である。
雪子は、いつものように頭に電極デバイスをつけて、専用のコクピットに収まると、手元の基盤で座標を入力してスイッチを入れる。
今日も彼女の精神体が、少しだけ未来の別の時間軸に飛ばされる。
雪子が目を開けると、目の前に鏡があった。
その50cm×40cmほどのサイズの、枠の無い言わば裸の鏡は、木製の椅子の上に無造作に置かれていた。
そこには、セーラー服を着た自分の姿が映っていた。
「まずいわね。早く近くに居るはずの私の同位体を探さなくては。」
雪子は部屋の中を見回す。
なんとなく既視感があるその部屋には、小さな円卓が5つあり、それぞれの机上に雑多なものが、しかしある意思を持って並べられていた。
「切り株にワインの瓶、黒いブーツ…。油絵のモチーフだわ。」
よく見ると壁にはイーゼルが片付けてあった。
「ここはまるで…最初の実験で行った❝証和の雪子さん❞の世界じゃないの。」
雪子は、うっかり座標の入力を間違えたのかしら?などと考えながら、ふらりと部屋から出る。
と、ちょうどそこへ、二階の渡り廊下の向こうから走って来た少年と、出合いがしらに頭をぶつけてしまった。
「痛~い!」
「ああ、すいません。忘れ物して慌てていたもので…。」
「!?」
ちょっと待って。今、私、頭をぶつけたの?精神体なのに?すり抜けなかった!?これってどういう…。などと考えながら、雪子はよくよく相手の顔を見てみると、それは「真田雪村」だった。
「雪村君!」
「え~と、どちら様でしたっけ?」
そうか。ここが彼とのファーストコンタクトなのね。雪子は思った。
そして自分の肉体の物理的な実体化が、特異点である彼のチカラなんだわ。
「…コレはぜひとも遡って、調査する必要がありそうね。」
「えっ?なんて?」
「いいの、いいの。コッチの話。はじめまして。私は高校生の雪子っていいます。今日は大学の見学にお邪魔しました。」
雪子はとっさに、用意しておいた言い訳のセリフを一気にまくしたてる。
「…見学って、もう夜だよ。そろそろ帰らなくていいの?」
雪村にそう言われて、慌てて窓の外を見ると、空は真っ暗で月が出ていた。
「すいません。実は疲れてウトウトしてしまって…今、何時ですか?」
「もうすぐ7時。僕は今からバイトに行くところ。この辺は暗くて人通りも少ないから、駅までクルマで送って行こうか?」
1980年代は、女性をクルマで送るだけのアッシー君、ご飯をおごるだけのメッシー君などが、当たり前のように存在していた。
それゆえ、BMW車や国産高級車などに乗っている大学生は、それなりにモテたりしていたのだが…。
だから雪村は、ごく自然にそんなセリフを吐いていた。