強さ?
僕と彼女は高校の同級生だった。
入学して間もない頃から、廊下を歩くだけで周囲の視線を集めるほど、彼女は特別な存在だった。
声も容姿も抜群で、僕が彼女と付き合うことになったときは、正直「なぜ僕なんだろう」と戸惑ったくらいだ。
そんな彼女に、ある日芸能プロダクションのスカウトが訪れた。
「聞いて! 私、スカウトされたの!」
目を輝かせ、息を切らしながら話す彼女の姿は、これまで見たこともないほど興奮に満ちていた。
幼いころからアイドルを夢見て、ダンスを習い続けてきた彼女にとって、それは運命の扉が開いた瞬間だったのだ。
最初、彼女の両親は猛反対した。
芸能界の厳しさを知っていたからだろう。
しかし、真っ直ぐに夢を語る娘の情熱に押され、最終的には彼女の決意を尊重した。
こうして彼女はプロダクションに所属することとなった。
ただ、僕たちが通っていた高校は芸能活動を禁止していた。
結果、彼女は通信制高校へ転校することになる。僕は不安だった。
距離が開き、関係が変わってしまうのではないかと。
だが彼女は笑って言った。
「大丈夫だよ。私はずっと、あなたのことが大好きだから」
その言葉を信じ、僕は彼女を送り出した。
当時の僕は、自分の彼女が芸能人になることに心のどこかで誇らしさを感じていた。
だが、プロダクションから「交際は秘密に」と言われたときはショックだった。
僕は彼氏なのに、彼女は「内緒にしてほしい」と告げるしかなかったのだ。
活動の始まりはアイドルグループの一員としてだった。
しかし、なかなか人気は伸びず、波に乗れない日々が続いた。
やがて彼女はグループではなくソロに転じ、抜群のスタイルを活かしてグラビアに挑戦する。
雑誌に掲載されたのは、ギリギリまで布を削った水着姿の写真だった。
その雑誌を手にしたとき、僕は言葉を失った。
親御さんも同じ気持ちだったのだろう。
以降、彼女の実家からの連絡は途絶えたという。
それでも彼女は突き進んだ。
身体を張った仕事を重ねるうちに、次第にオーディションで最終審査まで残るようになり、ドラマの端役を得る機会も増えていった。
スクリーンやテレビに映る彼女は堂々としていた。
だが、僕との連絡は次第に途切れがちになり、心の距離が広がっていくのを感じた。
「同じ世界にいる俳優たちが、きっと彼女の隣にふさわしいんだろう」
「僕なんかを、もう相手にするはずがない」
そう思うと、連絡が途絶えても深く考えるのをやめた。
やがて、決定的な出来事が起きた。
人気ドラマに出演した彼女が、共演した男優とホテルから出てくる写真を週刊誌に撮られたのだ。
二人は唇を重ね、まるで恋人のようだった。
雑誌をめくりながら、僕は深い溜息をついた。
「やっぱり、遠くの僕より近くの彼なんだろうな」
達観するような気持ちと、どうしようもない寂しさが入り混じった。
それでも、きちんと終わらせなければと僕は思い、彼女に別れのメッセージを送った。
『ありがとう。もう、おしまいにしよう』
返ってきたのは短い返信だった。
「そっか、わかったよ!今までありがとう!」
あまりに簡単で、あまりにあっけなかった。
その後、高校時代の友人たちも彼女との縁を失ったと聞いた。
芸能界での彼女は、男優やプロダクションの社長たちとの関係を噂され、何を書かれても「仕事の延長線」と言わんばかりに振る舞った。
プライベートでも悪役女優を演じるように、強がり続けたのだ。
出演するドラマでは風俗嬢、水商売、不倫相手、愛人といった役ばかりが回ってきた。
身体を張る場面が多く、男優との濃密な絡みもあった。
それでも彼女は一歩も引かず、「私にしかできない」と言わんばかりに、堂々と役を演じきった。
悪い噂は常に彼女につきまとった。
だが、その噂に屈することなく、彼女はどこまでも堂々としていた。
けれど、味方はほとんどいなかった。
親からも見放され、孤独を抱えながらも、彼女は芸能界という荒波を泳ぎ続けていた。
彼女が本当に求めていたものは何だったのだろう。
置き去りにしてきたものは、何だったのか。
そして、あの強さは一体どこから来ていたのだろう。
わからない。
けれど、確かなことがひとつだけある。
あの高校時代、夢を語り、未来を輝く瞳で見つめていた彼女は、本物だったということだ。