第8話焚き火の向こうに
暗闇の中、小さな体を動かし、俺はただひたすら逃げ回る。
誰にも追われてないのにも関わらず、俺は後ろを振り返らない。
振り返っちゃダメだと、そう理解していた。
次第に周りは炎で包まれ俺はパニックになった。
逃げなければならない、また走り出すと何かに躓き、冷たい地面に倒れると泣きながらゆっくりと立ち上がった。
膝を擦り剥いていてまた逃げようとすると足元が重たい。
そこには母の骸があった。
「助けて!」
母の叫び声が何度も鐘のように響き、俺は発狂しそうに叫び出した。
「あああああ!!」
すると頭の中の声は聞こえなくなり、誰かの声で一言、こう聞こえる。
「逃げるな」
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目が覚めると空には夜空が広がっていた。
「うなされてたけど、大丈夫?」
血の匂いが口に広がり、吐き気を催す。
それを必死に堪え、涙目を浮かべながらも俺は深呼吸をして落ち着いた。
「俺は、どうなってた」
「先に感謝の言葉は?」
「……ありがとう」
「どういたしまして」
アルダは不機嫌そうに言い、焚き火の火で魚を焼いていた。
川が流れる音、ここは川沿いだろうか。
「あなたが倒れた後、ここまで背負って逃げたのよ?」
「そうか、助かったよ」
アルダは溜め息を吐いて魚をひっくり返し反対を焼く。
良い匂いが腹の音を立て、俺は無性にお腹が空いた。
「カイの分もあるから、でも腸は自分で取って」
「ああ」
重たい体を起こすと棒に突き刺さった魚を手に取り、焚き火の火で炙り始める。
ジリジリと音が鳴り、魚の皮が少しずつ変化してしばらくの間、火のパチパチ音だけが鳴っていた。
「なあ、アルダ」
呼び掛けるとアルダは俺の顔を見る。
「俺が怖くないのか」
「どうして」
「みんなは俺を見ると悪魔だとか、バケモンとか……生まれてきてはいけないとか言われてきた」
「両親も俺を長い間閉じ込めていたし、きっと怖かったんだと思う」
「人は喰うし体は文字通りバケモンだ。時々、スキル欲しさに命を奪おうったりする」
「私は怖くない」
アルダの答えに俺は驚きを隠せなかった。
「私も呪いみたいな体だし、同じ境遇を受けたことあるもん」
「禁忌スキルなのか?」
「いいや、"稀血"ってやつ」
「"稀血"……聞いたことあるな…確か、監獄で生け贄にされる血だとか」
「そう」
アルダはそれについてあまり話したくないのか、すぐに濡れた地面に視線をやった。
「それとあなたの戦い見て思ったけど、何処でそんな力を身に付けたの?狂暴な田舎過ぎない?」
「監獄にいたんだ」
「あー、例の脱獄囚って……」
アルダは微笑みを浮かべ俺はただそれを見つめる。
そしてアルダは魚の焦げた皮を指で取り、息を魚に吹き掛け、女の子らしく小さく齧った。
「私ね、稀血が原因で閉じ込められてたの」
「次第に受け入れられて、両親とも、町のみんなとも仲良く暮らしてた」
「でも、稀血が原因でみんなが傷付き始めて、私はスキルと剣で必死に戦ってた」
「それを、それをアイツらは勘違いして……魔物達といる反逆者だって………!」
「みんなを、みんなを!!」
拳を握り締め魚を刺している棒を折る音に、俺は思わず息を呑んだ。
その怒りと悲しみに、なんと言えばいいかわからない。
「だから、毒帝を殺さなくちゃいけない」
「……ごめん、暗い話して」
「そうやって話して、気持ちを吐き出した方がいい」
「なんで…どうしてそう思うの?」
「溜め込んでちゃ戦いに支障が出る。意味ねぇだろ」
アルダは少し口角を上げ俺を見る。
「カイってさ、悪い奴?良い奴?」
その言葉に俺は胸を刺された気持ちになった。
「殺してきた奴はみんな未来があった。村のみんなも、それ意外の奴らにも」
「俺は地獄に堕ちるべき人間だと思う」
そうしてまた間が空く。
水の奥底に沈められたような重い空気に、アルダは俺に話しかける。
「賞金稼ぎはまだ私達を追ってきてると思う。あの有り様、カイにも相当な懸賞が掛けられてると思うわ」
「なら、腹の傷は?まだ痛むか」
「いや、治癒スキルで少し回復したから平気」
「治癒スキルなのか?便利だな」
「ん?」
俺がそう言うとアルダは眉を潜め、意味のわからない顔をし始めた。
「え、どういうこと?」
「何か変なこと言ったか」
アルダは俺の言い方が面白かったのか、ケタケタと口に手を当て大笑いする。
「あー、おもしろ!治癒スキルは練習でできるのー!」
「スキルは一つじゃないのか?」
アルダが思いっきり笑った後、涙を拭きまだ余韻が残りながら言う。
「スキルを使うには魔力がいるでしょ?治癒スキルも同じ」
アルダは目を閉じ深呼吸をし始めた。
「魔力の流れを整えて、心臓の鼓動に合わせる」
「それが血流に溶けていくように、指先まで力を流し込む」
「そしたら怪我した箇所の元の形を思い出す。深い傷ならそれなりの知識がいるから、気をつけて」
するとアルダの腕や肩についていた切り傷が塞がり始め、痛みが出るのか少し顔を歪ませている。
「凄いな。傷を治せるなら治癒スキルは他者にも影響を及ぼせるのか?」
「いけるけど、それには相性がある。それに治癒スキルにはデメリットもあるわ」
アルダは俺の手を取り手を繋いだ。
その手は水に浸したように冷たく、焚き火の周りにいたとは思えない。
「治癒スキルは体温や意識を奪う。やりすぎは生命を使うことにもなる」
「深い歴史もあって、治るなら殺せばいいとか……そんな短歌も遠い国ではあるらしいわ」
「詳しいな」
アルダは焼いている魚を俺に分け、魚を一口齧る。
まともな食事、質素だが味気ない残飯よりか幾分も美味しい。
「そういえばその剣、誰から貰った」
「これ?」
アルダは横に寝かしてある剣を指でつつく。
「これはね………」
話を聞いているとある違和感に襲われる。
聴覚を変化させ虫の羽音の裏で、何か擦れる音がした。
弦が引っぱられ、風を切る音が近づく。
「アルダ!」
スキルを使い、アルダの守るように鉄の盾を腕から生やす。
コンッ!!
複数の矢を防ぎ鉄の盾を瞬時に、投げナイフへと変形させ、音を頼りに暗闇に向けてナイフを投げる。
「うぐっ!」
女が1人倒れ、アルダは剣を取り俺の背後に回る。
「弓兵はアイツで最後だ」
アルダは小さく頷き、焚き火の光りで徐々に隠れていた者達が見え始める。
黒装束に痩せた老人の顔のような仮面を着け、一目で異様な存在だと分かる。
「毒帝の手下達だ、油断しないで」
「わかった」
そしてその中に1人、右目に黒い毒の紋様が描かれている仮面を着けた女が遅れてやって来る。
「相手は2人だ。さっさと殺して毒帝様に報告するぞ」
女が喋った瞬間、数人の手下らは一斉に向かい、アルダはスキルを使う。
「紅牙」
血のスキル。斬りつけた瞬間、血液は固まり熱と毒を帯びる。
「う、うぶッ……!!」
斬られた者は急激な目眩と吐き気で、嘔吐しながら時間を経て死に至る。
中位のスキルである。
「はあっ!!!」
手下は刃が黒く濡れた短剣で襲いかかり、アルダは腕を切り落とし、首を切り裂く。
「カイ!大丈夫!?」
「自分の心配してろ!」
そして俺は突き立てられる短剣の刃を掴み刃を折って男の首に突き刺し、投げナイフを生成し2人に投げつけ手下は首から血を吹き出す。
手下は背後から鎖を投げ俺は首を絞められ、目の前の手下は短剣を俺の胸に突き刺した。
「カイ!」
短剣は胸を貫いておらず、刃の先端は欠け、俺は爪を尖らせ男の顔を突き刺し、首に巻かれた鎖を強く握り締める。
「ちょっと!誰から手伝ってよ!」
鎖を持った女は引っ張られながら叫び、俺は鎖を思いっきり引き、女は宙へと放り出される。
そして手から剣を生成し、女の腹を貫くと、背後から剣を振りかざす影が見えた。
「ごばっ!!!」
背後にいた男はアルダによって腹を切り裂かれ、そのまま俺に抱きついて地面に転がった。
残るは黒い毒の紋様が特徴な女だけとなる。
「毒帝様の贄、アルダ。大人しくこちらに来たのなら、その男は殺さないでおこう」
雰囲気が違う手下の言葉に疑問を抱き、俺はアルダを見た。
「説明はあとで、いい?」
そのまま頷くと突如耳から血が流れ出た。
「カイ、血が!」
耳は段々と沈黙に包まれた。
スキルの使いすぎか…
アルダは俺の胸に手を当て、治癒スキルを使おうとするが、俺はアルダに心配するなと振る舞いアルダは渋々頷き、異様な女を見つめた。




