第5話監獄の怪物
血と汗の臭いが染み付いた石牢。
ここで何度、俺は夜を越してきたのだろうか。
石で出来た壁は季節を選ばず冷たく、錆びた鉄格子の隙間から射す光だけが、時の流れを告げていた。
やがて牢獄全体を震わせるような重い音が鳴り響く。
外の世界では祈りの合図なのだろう。
だが、ここでは違う。
囚人を縛り付ける、逃れられない一日の始まりだった。
「はあ~あ」
「カイ、起きとったんか」
「ああ」
眠りを貪っていた囚人はあくびと共に目を覚ます。
誰もがその音を憎んでいるが抗えず、鐘の音が日々を刻む。
だがそれは俺にとっては自由への一歩の証であり、鐘が鳴る度に脱獄の計画を心に刻み直す。
そして鐘の余韻が消えないうちに、看守達の怒号が響き渡った。
「さっさと起きろ!」
鉄格子が次々に解き放たれ、囚人達は中庭へと引きずり出された。
この監獄ではスキルを使えないように特殊な魔道具が手首につけられる。
冷たい朝の空気の中、囚人達の白い息が揺れていた。
看守長が壇上に立ち、中庭に集められた総100人の囚人を睨み付ける。
「番号を呼ばれたら返事をしろ!!」
一人、また一人、番号が呼ばれる度、声が冷たい空に響く。
俺も他の囚人と同じく並び返事をした。
成長した俺は同年代より背が高く、肉体は細身ながらも重量感がある。
骨もスキルのおかげで変化しており、そこらの人間より遥かに丈夫で、皮膚は革より固い。
次の鐘が鳴る時には俺はここにはいない。
心臓の鼓動が、鐘の声を書き消していた。
監獄での作業は看守長によって2つに別けられる。
俺が行うのは工房作業、工房では熱気を放ち、炉の赤い光が壁を照らす。
「カイ、今日だな」
「静かにしとけ」
金槌の打音、木を削る音、油の臭い絶え間なく立ち込める。。
囚人達は番号を割り振りられた作業台で作業をし、俺の前に置かれたのは鉄の棒と砥石。
「削れ、形は問わない。出荷ができるだけの量を作れ」
看守は単調にそう言うが、その目は決して囚人から目を離さなかった。
ここに来て数年が経ち16歳、過激な環境で育った俺は自分の身を守る為に体を鍛え、どんな状況にも対応できるようになっていた。
そして今回も工房での鉄屑を盗む。
バギャン!!!
工房で扱う機械が3ヶ月に1度、必ず金属が弾ける音が鳴り響き、異常を察知した近くにいる看守は注意がそこへ行く。
俺はこの機会を使い鉄屑を採取し、毎年に取れるのは2つか、運が良ければ3つだった。
そして俺は横にいる仲間の囚人を見る。
意図を感じ取ったのか、軽く頷いて作業へと戻った。
4時間の労働を得ると、昼休憩となった。
その時間は監獄内でスポーツをしたり、体を鍛えたり、牢屋で大人しく本を読むことだってできる。
その間は看守も休む、だからこの時間が囚人にとって危険であり一歩間違えれば、囚人同士で殺し合うこともある。
そんな中、牢屋で俺を含めた仲間3人で俺の魔道具を破壊しようとしていた。
「なあ、本当にいけるのかよ」
「一度、工房で魔道具を事故のふりをして壊したことがある。平気さ」
「もし、なにかしら信号が送られたとしても、看守が来る時にはきっと俺が勝ってる」
赤毛の男はハン、茶髪の男はデス。
ハンは俺の魔道具を鉄屑で壊すと、俺は右手首をグルグルと、ストレッチをするように回した。
俺はベッドの裏に隠していた鉄屑を手に取った。
十二欠片。
それを口一杯に放り込む。
噛み砕く必要はなかった。
鉄は飲み込まれるのを待っていたかのように、喉を滑り落ちる。
次の瞬間、内臓が灼けるように熱を持ち、
血管の奥を何かが駆け抜けた。
体が膨れ上がる感覚。
呼吸が荒くなり、俺は拳を握りしめる。
すると緊張でデスが口走る。
「おい、カイ?早く武器を出してくれよ」
聴覚を変え耳を澄ませる。
外に続く冷たい廊下に、違反に気付いた看守達が、鋼鉄の盾と槍で俺がいる牢屋に近づき、陣形を変えて三角形のような陣形となる。
その様子を見た外の囚人達は、まるで闘技場の戦いを見るように見物し始める。
「動くなッ!!お前ら全員、独房行きだ!!」
「か、カイ!」
俺はスキルを使い、手から金属の液体が垂れる。
その液体をナイフへと形を変形させ、壁へと投げ放つと、金属が衝突する甲高い音が響き、ナイフは跳ね盾の看守の背後から喉を突き刺した。
「がっ!!」
「ゴボッ!」
前方の看守が倒れると後方の看守に向けてスキルを放つ。
手から滴り落ちた金属は、空中で形を変えた。
ナイフだ。
壁に向けて投げ放つ。
金属が弾ける甲高い音が響いた瞬間、刃は空中で裂ける。
数は分からない。
ただ、刃の雨が盾に突き刺さった。
ダンッ!!!!
「うっ!」
盾を構えていたとしても3人は簡単に吹き飛ばされ、激しく壁に叩きつけられた。
「イッテェ……」
「た、立て直すぞ……」
俺は体内から武器を複製し、腕や脚から剣や大槌が生えた。
その武器は生温かく、体液で濡れている。
仲間の2人は地面に落ちた武器を拾い、看守に近づいた。
「ここから出たい奴は武器を取れ!」
俺はそう大声を出し、見物をしていた連中は、武器をすぐに拾い、憎悪で満たされている増援に来た看守達に向けて、武器を振るった。
歓声が上がったが、誰一人として俺の目を見なかった。
救世主を見る目ではない。
逆らえば殺される。
そう理解した者の目だった。
「なあカイ……脱獄手伝った代わりに、確実に外に出してくれるんだな?」
ハンは冷や汗を腕で拭い、泳ぎ目で俺に聞いた。
「ああ」
監獄中は瞬く間に血祭りとなった。
武器を得た囚人達は、看守に襲いかかり、血を浴びながら、笑っている者もいた。
看守達の叫びが監獄中に響き渡った。
そして俺達は真正面から脱獄する為、正規通路を歩いていると、監獄の魔導警報が鳴り響き、外部の専門の冒険者達が、監獄へ入ってきていた。
「弓兵!一斉射撃!!」
リーダーが命じ、冒険者達は弓を構える。
「行くぞ!!オメェら!!」
囚人達は雄叫びを上げると、弓スキルを扱える冒険者達が強力な矢を放ち、囚人の胴体は簡単に千切れ吹き飛んだ。
「早く下がれ!」
俺が2人に言うと、構えた腕から盾のように鋼鉄を展開し、強力な矢を容易く防ぐ。
「射撃!止めィ!!」
リーダーが手を握ると同時に矢は止まり、重装兵が武器を持って命令を待ち、それと共にスキルを使う魔術師が現れた。
「重装兵!魔術師!突撃ィ!」
リーダーが命令を下すと、重装兵は走り出した。
「一旦逃げた方がいいんじゃねえの!?」
デスは震え、迫ってくる重装兵に対して、死ぬ覚悟を決めて目を瞑った。
前にいた囚人達は、冒険者の前では無力であり、スキルを使っても対策され殺されていく。
雄叫びを上げながら武器を振るう重装兵に、手から生やした長い鎖を振るい首に巻き付け、鎖を引っ張ると首は千切れて地面に転げ落ちた。
冒険者達はその瞬間を見た途端、目付きが変わる。
「全員下がれ!!」
リーダーの指揮によって前に出ていた冒険者は一時弓兵の所まで下がった。
リーダーが腕を突き出し指を差すと、弓兵は矢を一斉に放った。
「またかよ!」
「ヒイィ!!」
ハンとデスは俺の後ろに隠れ、俺は鉄の盾を再度展開し、矢を防いだ。
バゴンッ!!
その時。
鉄の盾は矢によって少しへこんだ。
「数で押し潰せ!魔術師はスキルの準備を……」
リーダーが命令を出そうとすると、リーダーはカイの手元の空間が歪んだように感じた。
「マズい!」
「鉄壁障壁!!」
リーダーが盾スキルを使い、仲間を守ろうとしたが既に遅かった。
俺が青年から奪った風スキルを放つのと同時に鉄を混ぜ、鉄球と共に切り裂く風は容易く重装兵と魔術師を切り刻んだ。
リーダーは腰の剣を引き抜き、鉄壁を左に、攻防一体の盾使いだった。
鎖を投げ飛ばすと、リーダーは盾で受け止めるがあまりの威力に壁に衝突した。
その隙を狙って一気に距離を詰め、リーダーの顔を殴る。
ゴンッ!!!
音は金属の塊のように鈍く、リーダーは地面に倒れた。
そこに馬乗りになり、拳を顔に向け振り下ろす、リーダーの目は恐怖で満ちていた。
「フンッ!!」
リーダーは盾を構え抵抗するが、俺はがら空きのリーダーの腹に風スキルを放ち、ズタズタに切り刻んだ。
「うがぁぁあ!!!!」
そして拳を振り下ろす。
何度殴ったのか分からない。
拳に伝わる感触が、骨なのか肉なのか、その区別すら曖昧になっていた。
俺は拳を振り下ろし続ける。
止める理由が、どこにもなかった。
「行くぞ」
そうして俺は外へと歩き出した。
誰もが理解していた。
俺は自由を与える存在じゃない。
――生き延びるために、従う相手だと。




