第47話王座が軋む音
潮の匂いが強く、港には落ち着かないざわめきが漂っていた。
夜明け前だというのに、人の気配だけがやけに騒がしい。
カリドと待ち合わせをしていた港。
桟橋を歩き、複数人が船の準備をしている所に向かうと、カリドがゴマすりするように近づいてきた。
「カイさん!どうぞ来られました!」
「事前に言っていたメディアらは用意出来たか?」
「はい!もちろんですとも!」
そう言いながらも、カリドは一瞬だけ視線を逸らした。
力帝に刃向かうという意味を、理解していないはずがない。
船にはカメラを持った記者達が、心踊らせながら待機していた。
彼らはこの島の真実を知らない。
だからこそ、その目は期待と好奇心で輝いていた。
力帝の弱点は信頼を地の底まで突き落とす事。
立場も、権威も、王としての正当性も――
世界が信じなくなった瞬間、ヤツはただの暴力になる。
それでもまだ生き延びたなら。
その時は、俺が殺す。
「出港するぞー!」
船に乗り、港を離れた船は、闇を切り裂くように進んでいた。
記者たちは最初こそ興奮気味だったが、饗宴島の影が見え始めるにつれ、徐々に口数が減っていく。
異様な静けさ。
しばらくして見えた島全体が、外の世界を拒絶しているかのようだった。
「……本当に、ここなんですか?」
誰かが呟いた。
カリドは答えない。
代わりに、俺が言う。
「目を逸らすな。全部撮れ」
船が接岸した瞬間、島の空気が変わった。
甘ったるい血の匂い。
鉄と腐臭が混じり合った、誤魔化しようのない現実。
最初に見つけたのは、首を落とされた死体だった。
次は、檻。
中には痩せ細った人間が何人も詰め込まれている。
正義感に溢れた女記者は、思わず俺の方を見る。
シャッター音が、止まらない。
「な……何だよ、これ……」
「聞いてない……!」
記者たちの声は震えていた。
それでも、カメラは回り続ける。
恐怖よりも、使命感が勝ってしまった人間の顔だった。
――もう遅い。
この映像が外に出た瞬間、力帝は“王”じゃなくなる。
その時だった。
島の中心から、重圧のような気配が広がった。
空気が歪み、膝をつく者が現れる。
「……来たか」
遠くの塔の上。
こちらを見下ろす影。
力帝。
俺は確信した。
ヤツは、まだ自分が世界の頂点にいると思っている。
だが――
記者の一人が震える手で通信魔道具を起動した、その瞬間。
何かが、確かに崩れた。
見えないはずのものが、見えた気がした。
力帝の背後で、王座が軋む音がした。
「……始まったな」
俺は一歩、前に出る。
世界に捨てられる恐怖を、
これからヤツに教えてやる。
船は饗宴島の港へと辿り着いた。
「案内人が来る。記者は隠れておけ」
異様な雰囲気に誰も口を出す者はいなかった。
そして船は無事に桟橋に着き、待ち伏せていたかのように案内人が船へと押し寄せてくる。
俺は擬態スキルを使い、姿を女性へ、声も仕草も何もかも別人となった。
「か、カイさん?ですよね?」
「私…俺がここにいることがバレたらお前も殺されるぞ。だから黙ってろ」
「はい……」
案内人は船に積まれていた荷物を運び続ける。
前回来た時は盛大に歓迎されたはずだ…もしかしてルールが変わったのか?
いや、そんなはずはない。
ヤツらが下僕に自由を与えるわけがない。
俺はすぐ隣にいるカリドの耳元で話す。
「この案内人は歓迎の挨拶しないのか?」
「ええ、だって俺達は運び屋…同業者ですから、毎回挨拶なんぞ交わしません」
だったら……
俺は船の中へと入る案内人に目を付け、船の中に素早く入り、荷物を運んでいる1人の案内人を後ろから殴り付けた。
気絶したであろう案内人の見た目を一瞬で擬態し、案内人をロッカーに閉じ込め荷物を外へと運んだ。
船から降りようとすると、監視に肩を掴まれる。
「全部運んだか?」
「はい」
そして何事もなく、荷物を馬車に移して乗り込み、俺は饗宴島へと侵入した。
馬車が揺れるたび、荷台の中で金属が擦れる音がした。
中身はただの物資――そう信じているのは、案内人と監視だけだ。
俺は黙って前を向く。
擬態した身体は小柄で、視界が少し低い。慣れない感覚だが、不都合はない。
饗宴島の内側は、外から見た以上に静かだった。
笑い声も、怒号もない。
あるのは、従順さだけだ。
石造りの建物が並ぶ通路を抜けると、巨大な広場が見えてきた。
血を洗い流した跡が残る床。
乾ききらない赤が、模様のようにこびりついている。
「今日は客が多いな」
前を歩く案内人が、ぼそりと呟いた。
「上が機嫌を悪くしてる。余計なことはするなよ」
……機嫌が悪い、か。
俺は内心で笑った。
それが“世界に疑われ始めている”兆候だと、ヤツ自身はまだ理解していない。
広場の奥、塔へと続く道の前で馬車が止まる。
「荷はここまでだ」
監視の一人が言い、荷台を叩いた。
「中身は?」
「生き物だ。指示通りだろ」
俺がそう答えると、監視は一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに興味を失ったように背を向けた。
……通った。
その瞬間、通信魔道具がかすかに震えた。
荷の中――記者の誰かが、予定より早く動いたらしい。
塔の上から、圧が降りてくる。
空気が重くなる。
胸の奥を直接掴まれるような感覚。
――王権。
力帝のスキルが、無意識に周囲を押さえつけている。
だが、不完全だ。
以前のような「絶対」ではない。
命令でもなく、支配でもなく、ただの苛立ちに近い。
「……妙だな」
誰かが呟いた。
力帝の塔の最上階。
そこで、ヤツは初めて“違和感”を覚えた。
世界が、思ったより静かすぎる。
いつもなら、恐怖と敬意が混ざった感情が島全体から伝わってくるはずだ。
だが今は――薄い。
まるで、遠くで何かが壊れ始めているような。
その頃、港の沖合。
隠れていた記者の一人が、震える指で映像を送信していた。
檻。
死体。
饗宴。
編集も、脚色もない。
ただの事実。
それだけで十分だった。
世界は、王を疑い始める。
そして――
疑われた王は、最も脆い。
『指示通り全てを世に出しましたよ』
記者達の絶え間ない連絡に、俺は返事を返した。
『報酬はカリドから受け取れ』
「おい!一体なにしてる!」
監視達は声を荒げ、俺は模倣を解除し一瞬で複数人を制圧した。
案内人は俺をずっと見ているがなにもしてこない。
俺は馬車を降り、塔を見上げる。
「待っとけよ」
1人の監視員を模倣し、簡単に塔に侵入する。
「一体何処から洩れたんだ!?」
「おい!早く来航者の名前を確認しろ!」
焦った怒号があちこちから響き、後ろから声をかけられた。
「そこの警備員、君はこっちだ」
「あ、はい」
後ろを振り返った瞬間、そこには見覚えのある人物が立っていた。
"ベンジャミン"、なぜお前がここにいる。
ベンジャミンは、以前と変わらない笑みを浮かべていた。
だが、その目だけは違う。
俺を見ている――
いや、“見抜いている”。
「随分と器用なことをするようになったな」
「なぜお前がいる」
「呼ばれたから、ただ戻っただけさ」
俺はベンジャミンに詰め寄り、小声で話す。
「力帝に見捨てられたろ」
「俺がここにいる理由はお前と同じ目的だ。見捨てられたから殺す」
俺が何か言おうとした瞬間、ベンジャミンは遮りながら言った。
「力帝は今から記者会見を開く。この建物の最上階でな」
「俺はあいつの"右腕"を狙う。その時、ヤツは避難するために警備を連れて奥に隠れるだろう」
「警備員と力帝だけだ。あとはお前に任せよう」
ベンジャミンはにやりと笑顔を浮かべ、塔の内部に設置された魔動昇降機に入り、上に上がっていった。




