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転生スキル『貪食』  作者: とまてるの
第三章逃亡者の名
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第43話正義の影

カリドは額に手をやった。指先に血がべったり絡み、震える手足で立ち上がれない。

息も荒く、視界の端まで恐怖に支配され、逃げ道は一つも見えなかった。


「お、お前…一体なんなんだよ…」


「なんなんだお前は!?」


涙が頬を伝い、這いつくばりながら必死に後ずさる。

俺はカリドの頭を鷲掴みにし、完全に捕えた。硬直する筋肉に力を伝えつつ、目の奥を覗き、次の動きを読む。


「俺か?」


間を置き、カリドの瞳に吸い込まれるように視線を合わせる。


「“正義”だ」


カリドは目を見開き、唇が震える。息もままならず、理解が追いつかない様子だ。


「何が望みだ…!金?権力?女か!?」


「望みなんかいらない」


俺は拳を振り下ろし、カリドの顔は地面に衝突。

鼻血と頬の傷で視界が乱れる。


「お、俺を殺すのか……?」


滑舌も間にならない。


「チャンスをやる。力帝に殺されるか、今俺に殺されるか――それか、俺に協力することだ」


カリドは怯えきった目を向け、唯一残った希望に耳を傾ける。


「お前はただ、俺を饗宴島にゲストとして迎えるだけでいい」


「それだけでいいんだ」


カリドは頷き、表情が和らいでいく。

逃げられるとまだ思っているのだろう。


「予定日は俺が伝える。それまで待っておけ」


「一つ忠告しておく。俺から逃げようと考えるな。警備隊から逃れても、俺からは逃げられない」


「その時は今みたいに優しくない」


カリドは唇を噛み、わずかに震えた。


「歩けるだけ感謝しろ。今度、力帝(友達)に会う機会があったなら言っておけ」


「俺がお前を終わらせるとな」


人集りが出来る前に、俺はこの場から立ち去った。


饗宴島への手段は得た。

だが、あとは正体がバレないように自分を隠すだけ。


そうして俺は、情報屋へと足を運ぶのと同時に、グレイとの連絡を取った。


----


その日の翌日。ある畑だらけの田舎の服屋で、男女は商売をしていた。


「いやーいつもありがとうございます。魔物退治で服が破けて困ってたんですよ」


若い男女の冒険者は、服屋の女性に礼を言い、銀貨を渡した。


「いえいえ、こちらこそご利用してもらえて嬉しいです!」


男女は手を振りながら、女性に別れを告げた。


「またのお越しを!」


女性はフッと一息着き、一時的に店を閉め、店の裏へと向かう。


「アルダ、こっちに来てくれ」


アルダは接客用の服を外して、裁縫机に適当に置いた。


「さっきから呼んでるけど、なに?買い出し?」


「いや、これ見てくれよ」


ハンが見せたのはとある新聞。

そこには、力帝殺人未遂である"棺桶の男"が一面に掲載されていた。


「あー、最近有名よね」


「いやいや、気付くことないのかよ」


「五帝暗殺未遂なんて、いくらでも事例あるでしょ?」


アルダは新聞を取り、その男の姿を見る。

見たことのある背丈に、戦っているその姿は、かつて背中を預けた戦友に近かった。


「カイ…よね」


アルダは震える声で言い、ハンは支度をし始めた。


「助けに行こう」


「せ、折角服屋開店できたのに……カイのヤツバレちゃってんじゃん」


アルダは溜め息を吐き、新聞に載ったカイを見てまた溜め息を吐く。


「ハン、行く宛はあるの?」


「ここは有名探偵の出番だ」


「有名探偵?」


「ザビエクっていう探偵。まあ、毒帝殺しの犯人間違えてたけどな」


「それ以外は全て解決してる凄腕探偵だ。そいつと手を組んで、カイを見つけさせる」


そんな探偵が私達を突き止められなかったの?変なの。


「突っ立ってないで早く支度しろ」


「ん?あ、わかってるって」


アルダは喉奥に何か引っ掛かるが、何も言わずただ支度をし始め、休店の札を出して店を後にした。


----


扉の前で、ベンジャミンは壁に背を預けていた。

探偵の事務所特有の、埃と紙の匂いが鼻につく。


来るのは二人だと聞いている。

女と男。冒険者らしい、と。

どうでもいい。


そう思っていたはずなのに――。

階段を上がる足音がした瞬間、胸の奥がひどくざわついた。

最初に視界へ入ったのは女だった。

背丈も違う。

髪の色も、顔立ちも、まるで似ていない。


それでも、目を逸らせなかった。

女が一歩前に出る。

探るような視線。わずかに強張った肩。

自分が場違いな場所に立っていると分かっていながら、それでも前に出る覚悟。


――ああ。


喉の奥が、ひくりと鳴った。

違う。

あれはリリスじゃない。

頭では分かっている。


分かっているのに、記憶の底から引きずり出された光景が、勝手に重なった。

血と瓦礫の中で、あいつは同じ目をしていた。


怯えながら、それでも逃げなかった目。


「……似てねぇな」


思わず零れた声は、自分を戒めるためのものだった。

似ているわけがない。

あれは偶然だ。錯覚だ。

そう言い聞かせても、視線だけが言うことを

聞かない。


女が口を開く。


「探偵のザビエクさんに用があるんだけど」


声を聞いて、完全に違うと確信する。

それでも、胸の奥のざらつきは消えなかった。

隣の男が一歩前に出た瞬間、今度は別の違和感が走る。


――こいつ。


体の使い方。

間の取り方。

殺気を隠す癖。

一瞬だけ、別の顔が脳裏をよぎる。


棺桶の男。

新聞に載っていた、あの狂った背中。


「……いや」


ベンジャミンは小さく首を振った。

違う。似ているだけだ。

それでも確かめるように、もう一度だけ女を見る。

似ていない。


それなのに、失ったものだけが、そこにあった。

胸の奥で、嫌な音がした。


その不快な音から逃げるように、ベンジャミンの意識は過去へと引き戻された。

――なぜ、自分はここにいるのか。


カイが指名手配されて、棺桶の男と呼ばれるようになった頃。

富豪達を見下す形で上にいる力帝が、右にいるベンジャミンに言った。


「カイはまだ生きているのか?」


「はい。それに加えて、通りすがりの人間を助けていて、その行動から冤罪なのではないかと噂になっています」


力帝はワイングラスを飲み干し、女性がすかさずワインを注ぐ。


「ベンジャミン。貴様、まだ貪食の力を持っているか?」


「はい」


「正義は、一度汚れれば戻らん」


力帝はそう言って、俺を見た。


「……つまり、彼と真逆のことをしろと?」


力帝はそれ以上何も言わなかった。

そして俺は、自分自身を棺桶の男と投影させた。

彼のように戦い、同じ格好をして、無実の人を殺し続ける。


次第に棺桶の男は恐れられ、冤罪の噂は消えて更に批判は酷くなった。

だが、俺はやめられなかった。


松明だけが頼りの小さな村。

俺は短剣で老人の胸を突き刺した。


一瞬、身体が軽くなった。


吐き気がするほど嫌悪しているはずなのに、

胸の奥では、確かにそれを肯定する感覚があった。


そして自分自身を、"棺桶の男"として生き続けてる間に、本当の俺を見つけた。


警備隊を切り裂き、跪いて懇願する兵士を残酷に殺す。

血塗れの放浪者の姿でこう思う。


性と同じ快感。

そう言葉にした瞬間、自分で自分に吐き気がした。


――ああ。

俺は、生まれた頃からイカれてたんだろうな。


探偵事務所から出て行く女を見て、俺は後を着ける。

彼女に見てほしい。

こんな俺を認めてほしい。


「お母さん、今日の夜ご飯は?」


「うーん…何にしようかしら。何が言い?」


「ボクはね――」


通りすがりの親子の会話。

破壊したい衝動が抑えきれない。


殺したい。

見てもらいたい。


"愛してほしい"


「うっ……」


刺した時の女性の柔らかい感触が、短剣に伝り手は血で染まる。

その名前を名乗る資格が、自分にあるのか。

考える前に、足は動いていた。

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