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転生スキル『貪食』  作者: とまてるの
第三章逃亡者の名
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第42話饗宴へ至る牙

館へ向かう途中、俺は意味もなく振り返った。

もう、そこに彼女がいないと知っていながら。

最後に俺を見たあの顔ごと、俺の手で消したからだ。


そして俺は月を見ながらこう思う。


彼女も今頃見ているだろうか。


草原を踏みしめる音だけが、俺が生きている証みたいに響く。


気付けば、俺は再びあの館の前に立っていた。

鈴を鳴らす必要はなかった。門は、最初から開いていた。


「……戻ってきたか」


呪詛師は、まるで当然のようにそこにいた。

白い髪も、死んだような肌も変わらない。

だが、その目だけが、俺を値踏みするように細められる。


「失ったな」


「……ああ」


それ以上の言葉は出なかった。

出せば、また何かが壊れる気がした。


「それで? 次は何を喰う?」


呪詛師の声に、嘲りはない。

あるのは、ただの事実確認だけだ。


「力帝だ」


口をついて出た答えに、自分で驚いた。

本当にそれでいいのか――考える前に、もう決めていた。

でも、もう迷える場所は、失われている。


「再び、か。かつてお主を倒した帝を殺すのだな」


「殺す」


短く言い切ると、胸の奥が静かに熱を帯びた。

怒りは燃えなかった。

代わりに、逃げ道ごと凍り付いていた。


「その殺しは彼女への償いか?」


「そんなわけないだろ。ただ、アイツは殺さなきゃいけない」


呪詛師はフッと鼻で笑い、呪詛師は肯定でも否定でもない声で言った。


「……よい」


「力帝は世界の“支柱”の一つじゃ。倒せば均衡は崩れる」


「もう崩れてる」


俺は呪詛師を見据えた。


「守るべきものがあった世界は、もう終わった」


一瞬、呪詛師が目を伏せた。


それは同情ではなく、確認だった。


「お主は、正義を名乗らぬな」


「名乗る資格がない」


「では、悪か?」


「違う」


 俺は拳を握る。


「ただの復讐者だ。喰えるものを、喰うだけの」


呪詛師は、ゆっくりと笑った。


「よい。ならば覚えておけ」


その声が、頭の奥に直接流れ込む。


「力帝は力を誇る者。じゃが本質は“恐怖”じゃ。奪われることを、何よりも恐れておる」


「……奪う」


「そうじゃ。命だけでは足りぬ。帝から“帝である理由”を喰らえ」


その瞬間、俺はヤツの弱点に気が付いた。

力を誇る者ほど、それを奪われる未来を恐れる。


「助言、感謝する」


「礼などいらぬ」


「お主はもう、戻れぬ。じゃが――進む先だけは、己で選べ」


「しばらくここの滞在を許そう」


「助かるよ」


そうして俺は館へと姿を消した。

今日は久々に追われない日だ。


力帝を殺す。

そのために、まず必要なのは――饗宴島へ辿り着く手段だ。


翌日、俺は館から出る前に、グレイに呼び止められた。


振り返ると、廊下の柱にもたれかかるようにして、彼は立っていた。

いつもの冗談交じりの表情をしているが、視線だけが妙に真っ直ぐで、逃げ場を与えない。


「……行くのか」


「ああ」


それだけで、十分だった。

ここに長く留まれる性分じゃないことを、グレイも分かっている。


「また、血の匂いを背負う顔だな」


「今さらだろ」


俺は肩をすくめる。

軽口のつもりだったが、喉の奥がわずかに詰まった。


グレイは小さく息を吐き、俺の前まで歩み寄る。


「慰めになるかは分からないが、一応言っとくぜ」


そう前置きしてから、グレイは言った。


「選んだ道を後悔し続けられるなら、お前はまだ人間だ」


「……でもな」


グレイは一拍置いて、視線を逸らした。


「後悔できるうちは、人間だ。それを正当化し始めたら、終わりだ」


その言葉は、呪詛師の助言とは違った。

正しさも、力も、目的も示さない。

ただ、俺が“まだ何者かである”と認めるだけの言葉。


「後悔しなくなったら?」


「その時は――もう戻らなくていい」


一瞬、視線が交差する。

慰めというより、覚悟の確認だった。


「……ありがとう」


「もし手伝えることが出来たら言え、その時は手伝ってやる」


それだけ言って、俺は背を向けた。

振り返らなかったのは、振り返れば足が止まると分かっていたからだ。


こうして俺は、再び館を離れた。


----


国を一つ越えると、空気の重さが変わった。

石畳の道、煤けた建物、どこか諦めを含んだ人々の目。


ここは交易国家の外縁に位置する、小さな街だった。

帝の直接支配は及んでいないが、その分、裏の流れが濃い。


「銀貨18枚ね。アンタ…本当にこんな物件買うのかい?」


「買ってもらえるだけありがたいと思え」


「お、オイラ売ってやってる側なんだぞ!?」


俺は街外れにある、崩れかけの木造家屋を買った。

壁は軋み、屋根は雨漏りする。

だが、人の目を避けるには十分だった。


「……悪くない」


誰に言うでもなく呟く。


その日から、俺は“情報屋”として動き始めた。

正確には、情報屋に金を流す側だ。


酒場では嘘を掴まされ、路地裏では刃物を突きつけられた。

賭場では、情報の代わりに一晩分の命を要求された。


目的は一つ。

それ以外を切り捨てる覚悟も、もう出来ていた。


――饗宴島。


力帝の拠点に近く、限られた者しか出入りできない島。

正面から行けば、間違いなく殺される。


数日後、ついに名前が挙がった。


「島を頻繁に出入りしてる男がいる」


薄暗い部屋で、情報屋が囁く。


「正式な役人じゃない。だが、通行証を持ってる」


「名前は?」


「カリド。表向きは運送業者だが……裏で何をしてるかは不明」


「毎週金曜にガールズバーに寄ってる。場所はここだ」


情報屋は店名と住所が書かれた紙を渡した。


十分だ。


俺は椅子から立ち上がり、外へ出た。


「金はカリドから奪う」


「それは頼もしいこった」


扉がしまり、夜風が頬を撫でる。

月は、あの日と同じように冷たく輝いていた。


力帝へ至る道は、ようやく見え始めた。


――喰う準備は、もう整っている。


"ハートの乙女"


俺は店内に入り、女性に金貨を手渡して耳元で囁く。


「カリドは何処に?」


女性は笑顔を向けて、囁き返すように言った。


「こちらです。案内します」


女性は手を引き、VIPルームへと連れ出し、目の前にいたのは踊る女性を見ながら酒を飲んでる男だった。


「隣、失礼」


俺はカリドの横に座り、カリドはチラリと俺を横目で見て言う。


「知らない人だ。君は誰だ?」


「そんなことはどうだっていい」


「三日前の夜明け、第四埠頭。饗宴島から戻ったな。荷は空でいつも通りだ」


「テメェ一体なにモンだ!?この俺を誰だと……!」


「お前は所詮、力帝の足元にも過ぎない。自分でも分かってるだろ」


「力帝はお前を守らない。ヤツは自分だけを守るからな」


「な、なッ…!」


「最後まで髄まで吸い取られるか、一発賭けてヤツの脳天に喰らわせるか――選べ」


カリドは席から立ち上がり、その瞬間、至る所の死角から黒装束の男達が飛び出して来た。


「どうやら金だけはあるようだな」


「お前らやれ!」


ガールズバーの女性達は悲鳴をあげる。

カリドは数人の黒装束に囲まれ、ガールズバーから逃げ出した。


「逃げても無駄だ!」


追いかけようとすると、黒装束は攻撃を仕掛けてきた。

全員が同じ装備、同じ呼吸、同じ“人間じゃない動き”。


肘から先が歪み、皮膚を突き破るように刃がせり出している。


改造兵か。


帝の私兵にしては、随分と金をかけている。

溜息すらつかない。

ただ、一歩前に出る。


ヒュン――!!!


刃が空を裂く音が耳元を掠め、頬に、熱を感じた。

切れてはいない。避けた。


次の瞬間、俺はもう男の懐に入っていた。

急所を狙ったんじゃない。

相手が次に動く場所を、先に潰しただけだ。


ズドッ!!!!


男の顎が砕け、身体が糸の切れた人形みたいに崩れ落ちた。

悲鳴は上がらない。

上げる前に、意識を刈り取った。


一人倒した、その瞬間。

視界の端に、リリスの面影が重なった。


――来る。


分かっていたのに、反応が一拍遅れた。

背後から刃が走り、肩を切りつけ、返りざま、膝を喰らわせた。

肋骨に鈍い感触に骨が折れる音が、静かな室内に不釣り合いに響く。

三人目。

四人目。


倒す、という感覚はなかった。

ただ、邪魔なものを排除しているだけだ。

呼吸も、心拍も、変わらない。

血が床に広がっていくのを、遠くで眺めているような気分だった。


最後の一人。

刃を構えたまま、足が震えている。

恐怖。


「ようやく“人間”に戻ったか」


俺はゆっくりと近づき、男の顔を覗き込んだ。


「俺の目の前から消えろ」


男は一瞬、理解できない顔をして、次の瞬間、這うように逃げ出した。

床には、血と呻き声だけが残り、俺は服についた赤黒い汚れを、無造作に拭った。

胸の奥が、わずかに熱を持つ。


――貪食が、反応しかけている。

だが、抑えた。

喰えば終わる。

だが、それでは辿り着けない場所がある。

そう判断したのは、理屈じゃなかった。

脳裏に、一瞬だけ彼女の顔が浮かんだからだ。

俺はガールズバーを後にし、匂いを頼りにカリドを追う。


建物の屋上を飛び回って転々としていると、カリドを乗せた大きな馬車が見えた。


「俺から逃げられるとでも思うな!」


ドスンッ!!!!


建物からカリドを護衛している馬車へ飛び移り、後方席に乗っている武装した黒装束達を叩きのしていく。


「後ろにいるぞ!も、もっとスピードを上げろ!!」


「速く行きたいか?覚悟しろ!」


前方にカリドが乗ってる馬車があり、俺はそこへ飛び上がり拳を振り落とした。


ズドンッ!!!!!


馬車は大破し、後部にいたカリドは馬車から投げ出された。

冷たい床から起き上がり、目を開いた先には"悪魔"がいた。

それは――

かつて人だった何かだった。

力帝ではない。

今、カリドの背後に立っている“死”は、俺自身だった。

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