第40話灰装の男
「お前があの伝説の男か」
男は木から降り、ベチャベチャと沼を踏み越え、俺の数歩先まで近づく。
「棺桶を背負い、迫り来る敵をただ殺し、進み続ける男」
カウボーイハットから見える髭面の男は、ポーチから葉巻を取り出し、火をつけ、呑気に吸い始めた。
「賞金稼ぎか」
「まさにその通り。呑気な賞金稼ぎさ」
リラックスしているように見えるが、その立ち姿には隙がなく、左手に持っている魔道具が、常に俺を狙い定めていた。
こいつはただ者じゃない。
立っているだけで、場の空気が変わった。
強敵の類いの中で唯一違うのは、ベンジャミンのような殺気を放っていない。
「報酬は前金だ。死体の数で値切られるのは好きじゃない」
快楽はなく、情もないヤツだ。
一体この男はなんだ?
「お前をここ数日見張ってたが、何やら訳があるみたいだな」
「背中に背負った女はなんだ?さては未練を捨てれず、死体を背負ったイカれ野郎か?」
「お喋りにきた訳じゃないだろうな。殺すならさっさとその武器を使え」
男は肩をすくめ、葉巻を咥えたまま言った。
「安心しな。今は殺さねぇ」
一拍置き、続ける。
「――呪詛師に会いに行くんだろ?」
「なぜそれを?」
「あの女。なにか呪いが罹ってるな?だったら呪詛師しかねぇだろ」
「だったら何しに来た」
男は葉巻を取り、俺に向けて煙を吹いた。
「数々の外道を殺してきたが、お前みたいなヤツは始めてだ。何かしたわけでもないのに、力帝――この国の裏で賞金をばら撒いてる連中に狙われてる」
「俺もそんな過去がある。人には良心ってのがあるだろ?俺は手助けをしたいってわけだ」
俺は無意識に背中の棺桶へと視線を落とした。
――こいつ、見えている。
そして手助けをしたいと言った男は、にやりと笑った。
「もっとも――助けた結果、あの女が死んでも、俺は責任を取らねぇがな」
「どうする?」
今の所、リリスを助ける手立ては信頼のない呪詛師から貰った地図……ほぼ手段はないような物だ。
だが、見知らぬ男を信じるのは危険だ。
「わかった。お前のスキルと名前を言ったら信じてやるよ」
そうだとしても、俺は断らざるを得なかった。
そして男は、左手に持った武器を腰に下げ、男はスキルを発動させた。
瞬きよりも速く、男の顔が崩れた。
皮膚が溶けるように歪み、次の瞬間には別人の顔がそこにあった。
体格も、声も、呼吸の癖すら変わる。
「俺のスキルは"擬態"。そして名前はグレイ」
「グレイ・クロウだ」
「何の変哲もないただの賞金稼ぎさ」
グレイは友好の証である握手を求め、俺はそれに応じる。
「カイだ」
握った瞬間、指が軋んだ。
力比べをする気はない――それでも、警告のように思えた。
「スキルは?」
「あー。まだ言えない」
「禁忌スキルなのか?」
グレイは笑いながら言い、俺の肩を叩いた。
その体は鉄のように重く、ビクともしない。
「冗談だろ?」
俺は眉を上げて否定した。
そしてグレイと俺は沼地から抜け出し、彼の助言を得て、その地図付近にある山に向かった。
この選択が正しいのかは分からない。
だが、立ち止まっていれば、確実に終わる。
「どうしてこの山に?」
まるで絵画のような草原を歩きながら、俺はグレイに言う。
「グラドマウンテン。そこは過酷な環境で魔物はいない」
「そこに魔女の館がある。お前が求めている女だ」
彼が歩く度にガシャガシャと金属の音を鳴らす。
どうしても腰に下がっている魔道具が気になる。
「なあ」
「ん?」
「その……腰につけてる魔道具はなんだ?」
「あ?これか」
グレイは魔道具を振り回しながら取り出し、俺に武器を持たせた。
「信頼の証だ。だからお前の本当のスキルを言え」
その笑顔が、本心なのか計算なのか、俺には判断がつかなかった。
「大切な武器を渡してくれてありがとう。だが、まだ俺のスキルを話すつもりはない」
「そうかい」
グレイは魔道具を奪い返し、腰に戻した。
「だったらこの魔道具を詳しく聞かせてやろう」
グレイは立ち止まり、魔道具を向けた。
「名は"灰装"。二発の金属を放つ魔道具さ」
「正式名は……送葬式魔鉄装・灰装だっけか?俺の命を削って放てる魔道具だ」
「放った後は、三日は指が震える。慣れりゃ問題ねぇがな」
グレイは嫌そうに言い、強く魔道具をしまった。
「さあ?早く話せ」
俺は溜め息を吐き、その様子にグレイは首をかしげた。
「俺のスキルは"貪食"だ」
そう言うと予想通り、グレイは目を見開き、手本のような驚いた表情をした。
「あらまあ!本当に禁忌だったなんて!コントロール出来なくなって殺したりしねぇよな?」
「制御してるから安心しろ」
時刻を示す魔道具を見ると、針は昼の三時を指していた。
「そろそろ日が暮れる。泊まれる場所は?」
「観光名所として、グラドマウンテンの下に町がある。金持ちを搾取する為に、どうでもいい物も高いで有名だ」
「宿代は?」
「おいおい、金持ちがわざわざボロい宿で泊まるわけねぇだろ」
そんな軽口を叩いていると、空から雷雨が迫ってくるのが見えた。
「濡れるのは嫌いか?」
「俺は賞金稼ぎだぜ?雷だろうが雨だろうが、そんなの関係ねぇっての」
グレイは帽子を外し、土汚れを拭いた。
雨粒が一粒、カウボーイハットに落ちる。
「ま、実を言うと、濡れるのは嫌いだ」
「だったら走れ」
そうして俺とグレイはグラドマウンテンの下、観光地の町に到着した。
表向きは綺麗だが、人気のない場所に来ると一気に世界が変わる。
路地には痩せ細った子供。
物乞いをする老人。
「ここには来た事がある。宿は俺に任せろ」
グレイはそう言い、慣れた道のりを進んでボロい宿屋へと着いた。
割れた窓は無理矢理修復されていて、ただ雨風を凌げばいいぐらいの宿屋。
「ぼったくられないか?」
「常連だからされねぇよ」
グレイは銅貨三枚を握り締め、宿へと入り、俺は後ろから着いていく。
中は思ったより綺麗だが、やはり目につく事はある。
「らっしゃい。おっ、またグレイか」
店主は笑顔で接客していると俺に気が付き、急に真顔になってグレイに小声を言う。
「誰?」
「連れだ」
「アンタが?珍しいな」
何事もなく店主は金を受け取り、何も言わず通してくれた。
そして俺はグレイの背中を追う
「嫌味でも言うかと思ったんだけどな」
「言えねぇんだ」
「どうして」
「あいつを殺そうとした時、生かす代わりに料金をタダ同然にさせたからな」
そして部屋に到着した。
鍵はなく、こっそり侵入して寝泊まりしてもバレなさそうなぐらい警備が甘い。
グレイはポーチから太陽の形をしている魔道具を取り出し、雷雨にかざして読み取った。
「二時間ぐらいで止むんだと、よかったな」
「ああ」
グレイは椅子に座り一息ついて、灰装を手入れし始めた。
俺は壊れたベッドに寝転がり、ふとグレイが言っていた事を思い出す。
俺もそんな過去がある。人には良心ってのがあるだろ?俺は手助けをしたいってわけだ。
俺に似た過去……か。
詮索したいが、思わぬ地雷を踏むかもしれない。
ここは黙って雷雨が去るのを待つか。
そうして二時間――
宿から出て、グラドマウンテンへと登山する。
何十年もこの道を歩かれているのか、綺麗に草を掻き分けた道が出来ていた。
そこを辿り進んでいくと、突如濃い霧に包まれる。
「グレイ」
「大丈夫だ。この感じ懐かしいなー」
グレイは微笑み、腰に両手を当て、仁王立ちし始めた。
俺は咄嗟に制圧出来るように手を開き、いつでも武器を作れるようにした。
いくら呪詛師と言えど、油断は出来ない。
そうして手も見えなくなるような濃い霧は、突然スッと消えたと思った瞬間。
目の前は以前と比べて明らかに違う。
街のようだが、真っ暗で建物すら認識できない。
街路灯が長い道を照らしており、その先に真っ黒で不気味な館が見えた。
「お前、怖いの平気か?」
「全世界から狙われてるヤツにそれ言うか?」
「確かにな」
少しの間を開けて、グレイが俺の肩を叩いて言った。
「治るかもな」
その言葉に、胸の奥が僅かに軋んだ。
理由は考えないようにした。
「二回もあの呪詛師に会うのか……これが終わったら、しばらく大きな仕事は断るとするか」
そうして二人は街路灯で照らされた道を歩き出した。
グレイのその背中を見送りながら、俺はなぜか「戻れない」と思った。




