第38話逃げた代償
潮風と波の音が聞こえる中、俺は目が覚めた。
その瞬間、一気に記憶が鮮明に呼び起こされる。
力帝。
あの圧倒的な存在感と、拳の重さ。
無意識に歯を食いしばった。
「あ、起きた」
声のした方を見ると、リリスがすぐ側で俺を見下ろしていた。
視線を動かすと、船の操縦席にはザビエクの背中がある。
「……逃げられたのか?」
体を起こそうとした瞬間、激痛が全身を貫いた。
「ッ……!」
「ダメ!」
リリスが慌てて俺の肩を押さえつける。
「重傷なんだから無理しないで! 本当に死ぬところだったんだからね!」
……そうか。
生きてる、のか。
船は静かに進んでいる。
遠くに街の灯りはなく、追撃の気配もない。
「どれくらい寝てた?」
「半日くらい。応急処置はしたけど、完全には治ってない」
俺の身体は包帯だらけで、呼吸をするだけでも鈍い痛みが走る。
回復スキルを使った反動が、まだ残っているのが分かった。
「……力帝は?」
そう聞くと、リリスは一瞬言葉に詰まった。
「……追ってはきてない。でも――」
操縦席から、ザビエクが低く言葉を継ぐ。
「ヤツは、お前を覚えた」
その一言で、背筋が冷たくなった。
「力帝が直接動いた。それだけで、いずれ世界中に噂は広がる」
ザビエクは振り返らず、淡々と続ける。
「近いうちに、指名手配が出るだろう。賞金付きでな」
「……全世界、か」
「ほぼ確実にな」
笑えなかった。
だが、不思議と後悔はなかった。
あの場で逃げていたら、もっと後悔していた気がする。
「なあ、カイ」
リリスが、少しだけ真剣な声で言う。
「無茶はしてほしくない。でも……あたしは、あんたが逃げなかったことを後悔してない」
俺は小さく息を吐いた。
「次は――」
言葉に力がこもる。
「次は、あんなふうにはならない」
ザビエクが、ほんの一瞬だけ口元を歪めた。
「生き延びられたなら、次はある」
その言葉に俺は一息ついた。
ヤツから一時的に逃げられた。
――それが、どれほど甘い認識かも知らずに
「行き先は?」
「私の家の近くだ。着いたらカイはすぐそこから離れろ」
「あ、あたしは?」
「全部捨てて安全に過ごすか、カイと逃亡するか…お前の好きに選べ」
「だったら……」
リリスはチラッと俺を見る。
「別にいいんだぞ?力帝殺害は失敗に終わったし、カールももういない」
「次はいつになるんだよ」
俺の言葉にザビエクは無視して、ただ真っ直ぐ船を操縦する。
「ザビエク、カールの最後はどうだった」
「聞いてなかったのか?策を失った人間は、足手纏いだと」
「待てよ、お前!まさか!」
あの時は、カールが死んだ衝撃で会話はあまり頭に入って来なかった。
その言葉を聞き、最後に側にいたのがザビエクだと考えると……
「なんで殺した」
「足手纏いだからと言っているだろう?二度言わせるな、面倒臭い」
「まだ話は終わって……!もういい、お前だもんな。何言っても聞くわけねぇし」
「理解したか。もう着くぞ」
前を見ると浜辺が見えた。
会話は途絶え、不細工に浜に到着すると、証拠隠滅の為、ザビエクは船を壊して沈むようにした。
「あとは波が運んでくれるだろう」
ザビエクはそう言うと歩いて去って行った。
「最後まで嫌なヤツだな」
「また会えるって思ってるんでしょ?それじゃあさっさと逃げよっか」
そうして俺とリリスはザビエクと真反対の方向へ向かい、国を出て、リリスが住んでいたあの小さな家にやって来た。
「ここがあたしの家、国から少し離れてる程度だから、支度が済み次第出よっか」
「そうだな」
家の中に入り、俺はボロいソファーに腰を掛ける。
「カイもベッドでいい?」
「悪いな」
割れた時計は、もう夕方を差していた。
二人はベッドに倒れ込むと、そのまま目を瞑り、眠ることにした。
その様子を十人の賞金稼ぎが双眼鏡で見つめる。
「お前ら、いいな?金貨五十枚の大仕事だ。今夜仕掛ける」
「絶対に失敗するなよ」
そうして時刻は深夜の1時。
誰も外を出歩かず、警備隊もその時間は休憩を取っていて、目がつかない。
賞金稼ぎは家の周りに大きく魔法陣を描き、爆発を起こして証拠だけを取ろうとしていた。
「刻まれし陣よ、我が魔力に応えろ。
焦点固定、範囲限定」
火薬の匂いがして、俺とリリスは目が覚めた。
「――炸裂せよ」
ドガンッ!!!!
肉眼で空間が歪んだのが見え、地が揺れる爆発を引き起こした。
リリスは俺を運び、一瞬で賞金稼ぎ達を見つけ、目の前に現れた。
「カイ、戦える?あたし武道派じゃないからキツいかも」
「少しは戦える」
「わかった。疲れてるのにごめんね」
俺は剣を生成し、攻撃を受け流した。
ベンジャミンと比べれば物凄く弱い――が、それは今の俺ではかなり疲れる。
攻撃を受け流し、倒れた男の喉を突き刺し、矢を回避して、前にいる男が剣を振るう前に切り捨てる。
リリスは高速で賞金稼ぎを殴り、攻撃なんて当たらないのも当然。
俺は多少被弾はあるながらも片付け、リリスは気絶させた賞金稼ぎ達を集めていた。
「さっさと殺せよ」
「そう簡単に人は殺められないの。いくら賞金稼ぎとはいっても人間なんだから」
「甘いな」
「もうこの家はバレちゃったし、嫌だけど移動しよっか」
「そうだな」
フラフラと倒れ掛け、リリスは急いで駆け寄った。
「だ、大丈夫!?」
「平気だ。ちょっと休憩すれば治るさ」
そうしてこの場を去ろうとした時。
気絶した男が目を覚め、背後を見せた俺に向けてスキルを放つ。
「血に刻まれし誓約よ、息を縛り、痛みを増し、解かれぬ限り、主を蝕み続けよ――」
「黒蝕の呪印……!」
魔力の反応!
咄嗟に避けようとしたが、足が言うことを聞かない。
疲労で、判断が一拍遅れた。
「危ない!!」
リリスは俺を抱きしめ、どす黒く光る魔法はリリスの腰に直撃した。
「アガッ……!!」
リリスは俺を抱きしめながら倒れ、俺はナイフを生成して男の頭に投げ放ち、突き刺した。
「このッ…!リリス、平気か!」
彼女の腰に刻まれた黒い紋様が、脈打つように光っていた。
本能的にマズいと感じ、咄嗟にリリスの顔を見る。
「平気……じゃないっぽい……」
力が抜け、呼吸が浅くなって心臓も弱まっている。
体温は下がってない?死の呪いじゃないのか?
いや、時間の問題かもしれない。
俺は歯を食いしばり、必死に回復スキルを発動させる。
だが――
「……効かない」
魔力は弾かれ、黒い紋様はびくともしない。
「チッ……」
力帝の時より、焦りが胸を締め付けた。
「……カイ」
薄く開いた瞳が、俺を見る。
「……逃げ……なきゃ……」
「黙れ」
思ったより、強い声が出た。
「今度は、俺が守る番だ」
俺はリリスを背負い直し、夜の街を避け、森へ入る。
追撃の気配はないが、時間の猶予もない。
呪いは、確実に進行している。
「ごめんね…あたし、結構足手纏いでしょ……」
背中から、消え入りそうな声が聞こえた。
「俺のせいだ」
「違うよ…」
即答だった。
「俺が弱かった。それだけだ」
リリスは、それ以上何も言わなかった。
ただ――背中に回された腕が、少しだけ強くなる。
それから、どれくらい歩いたのか分からない。
夜が明け、季節が巡り、国を渡った。
呪いは解けなかった。
分かった事は心臓が弱まる呪いのスキル。
リリスの心臓はスキルで一時的に弱くなっている。
それに加え、呪いが乗し掛かったせいで、更に弱まり、解呪が困難だそうだ。
それでも俺は彼女を背負ったまま、戦い続けた。
賞金は上がり、追手は増える一方。
『背中に女を背負った"化け物"』の噂が広がる。
――数年後。
砂埃舞う荒野で、俺は立っていた。
背中には、今も変わらずリリスがいる。
「……来たか」
地平線の向こう、複数の影が迫ってくる。
賞金稼ぎ。それも、今までとは格が違う。
俺は剣を生成し、戦いの準備を始めた。




