第37話地獄への一歩
草木を踏み分け、建物の裏手へ回り込む。
爆発の余韻で警備の意識は正面に集中しており、裏口は不自然なほど静かだった。
俺は先に動き警備兵の背後に回り込み、首を音を立てずに落とす。
「……やっぱり慣れてるね」
リリスが小声で呟く。
俺は答えず、聴覚を変化させて奥を探った。
次の瞬間、暗闇の中から影が滑り出た。
「止まれ」
低く、感情のない声。
ザビエクだった。
俺は短剣を構えたまま一歩前に出る。
「手伝いに来た。カールは?」
一瞬だけ、ザビエクの目が細くなる。
「カールは死んだ。策を失った人間は、足を引っ張るだけだ」
その言葉に俺は思わず声が出た。
「え?」
背筋が凍る。
鳥肌が立ち、動揺が顔に出てしまう程だった。
そして理由を聞けず、そのまま話は進む。
「……早くここから撤退するぞ。」
それだけ言って、再び歩き出そうとする。
だが、背後から警備隊の足音が近づいていた。
「後ろ、三人」
リリスが囁く。
ザビエクと俺は振り返り、武器を生成した。
「……時間はかけるなよ」
「わかってるよ」
次の瞬間、俺とザビエクは同時に動いた。
刃が交差し、喉が裂け、床に血が広がる。
短い戦闘が終わり、静寂が戻る。
「助けたわけじゃない」
ザビエクが言う。
「俺も同じだ」
互いに信用はない。
だが今は――同じ場所に立つしかなかった。
「ほーら!ギスギスしてないで、さっさと逃げよう」
リリスは俺の服を引っ張り、港へ向かうザビエクの後ろを追った。
道中は地下にある魔法結界を破壊する為、至るところで爆発が起き、建物や娯楽施設は崩壊。
無惨な遺体や、怪我をしているスタッフは、富豪達のような治療は受けれず、ただ放置されている。
スタッフは皆、上の指示で俺達を見かければ通報するように指示されているはずだ。
だが誰も、連絡を取ろうとはしない。
そうして俺はリリスを背負って港へ走り続け、猛スピードで5分程して港の桟橋に到着した。
「ザビエク、カールの船で帰るのか?」
「いいや。ここは盗んだ方が手っ取り早い」
「そうだな……"あれ"がいい」
ザビエクが指差す方向には、遠くに見える船があり、カールが所有していた物程大きくはないが、3人を余裕で乗せられる。
「そろそろ泥棒猫のあたしの時間?」
「エンジンは魔力を外部から無理矢理流せばいける。どうせ警報装置はこの状況じゃ、役に立たないからな」
そしてザビエクが指定した船に向かう途中、ゾワゾワとすぐ隣のボートに無意識に目が行った。
微弱な魔力?エンジンの付けっぱなしか?
だとすれば、魔力特有の匂いが出るはず……
「先回りだ!!」
俺がそう大声を出した瞬間、ボートから3本のナイフが差し掛かる。
リリス…!!
リリスは反応が遅れ、ナイフはもう目の前。
飛び出し、手でナイフを払うと、ベンジャミンは俺に体当たりをした。
「ぐっ!!」
ザビエクやリリスが助けに向かうが、ベンジャミンと同じ戦闘服をした敵が現れ、2人を囲む。
「リリス!ザビエク!」
ベンジャミンは俺の顔を殴り、呆気なく吹き飛ばされ、ボートに激突した。
「2人の心配をしてる場合か?」
ベンジャミンの攻撃を避けられず、ほとんどモロに喰らってしまう。
まだ疲労と痛みが全身に残っている。
このままじゃ、いずれ死ぬ――
パンチを受け止め、次に蹴りをガードする。
重たい衝撃が襲い、思わず地面に叩きのめされ、立ち上がろうとすると重い蹴りが顔面にめり込んだ。
「ぶはっ!!!」
口の中が切れ、血が出る。
ヘトヘトの体を起き上がらせ、立ち向かおうとしたが、急な目眩が襲う。
やっぱガタがきてたのか……
ベンジャミンは一向に疲れた様子を見せない。
これが、"俺とヤツとの差"。
そうして鳩尾を殴られ屈むとベンジャミンは俺を掴んで、桟橋より奥の馬車が通る道路へ引きずり誰かの元へ連れ出した。
「こいつが"貪食者"か」
俺の身体より2倍は大きい巨体。
その豪腕は俺の胴体のように大きく、そして圧倒的な存在感を放っていた。
それは"毒帝"よりも遥かに巨大で、その存在感はザイトライヒに似ていた。
逃げるべきだと、頭では分かっていた。
それでも、身体は動かなかった。
「立て。私に屈辱を与えるつもりか?」
俺はヤツに立ち向かう為、震える手足で立ち上がり、拳を構えた。
「では私は命令通り、側で待機します」
「好きにしろ」
ベンジャミンが後方へ距離を置き、力帝は俺の目を見る。
何か期待をしていて、それは何処か懐かしい人を見ている目だった。
「ベンジャミンに任せとけばよかったろ……」
「ただの好奇心だ。貴様の力を見てみたい」
「だったら味わえよ……!」
俺は風や姿を消すスキルを使えなくなる代わりに、魔力を大幅に消費して傷を癒した。
体力もポテンシャルも本調子。
この回復は、俺の切り札だ。
だが――長くは持たない。
俺はまず距離を取り、数本短剣を投げ放った。
そして姿勢を低くして、音が遅れる程速く――物凄いスピードで動く。
ダスッ!
風を切り裂きながら進む短剣は、力帝の体を貫き、俺は飛び上がって渾身の一撃を喰らわせた。
ズドンッ!!!!
力帝は軽々と俺の攻撃を見切り、俺の頭より大きい拳で殴り潰す。
ガンッ!!
吹き飛ばされ、街路灯に衝突する。
激しく金属がねじ切れた音が響き、背中に激痛が走った。
「うっ……!」
思わず吐瀉物を地面にぶちまけた。
完治したはずの肉体はたった一撃でボロボロになり、立っているのも困難。
貫いたはずの短剣はただ、服を突き刺していただけだった。
「所詮はこんな物か」
力帝は近づき、拳を振り下ろす。
俺は拳を両手で受け止め、噛み締めた唇から血が流れ出る。
ズドッ!!!!
力帝は更に力を入れ、石畳に大きくヒビが入り、簡単に俺を地面に叩きのめした。
「何故"貪食"が危険なのか貴様は知ってるか?」
「スキルを喰らう際に、人格が主人格を蝕む。それを放置すれば、狂人となり、一カ国を滅ぼす可能性があるからだ」
「だが貴様はどうだ?恐れ、抑制している」
「私は自分の"力"を把握している。これが貴様と私での格差だ」
俺が武器を生成しようとした瞬間、力帝は俺の顔を掴み、振り回して地面に強く叩きつけた。
ゴンッ!!!!
「外へ逃げても状況は変わらない。私の怒りに触れた時点で、貴様は地獄に一歩踏み行った」
力帝は力なくぶら下がる俺を持ち上げ、拳に力を入れた。
「このまま握り潰しても構わんが、私は綺麗好きだ。権力も、何もない者の血なんぞ浴びたくもない」
そして俺の脚を枝切れを掴むように握り、顔面に拳がめり込んだ。
その時、俺の後ろの桟橋から高速移動するリリスが迫ってきた。
「"地獄"で精々生きろ」
力帝はゴミを投げ捨てるかのように俺を投げ、リリスは優しくキャッチすると、力帝を睨み付けた。
「"泥棒猫"。そいつと関わったことを後悔しろ」
「今更どうでもいいっての!」
リリスはそのまま、敵を片付けたザビエクの所まで逃げ、ザビエクは船を起動させて一目散に飛び出した。
「よかったのですか?」
「ああ。利用価値は十分にあったが、ヤツの性格上、扱いにくいだけだ」
「でしょうね」
力帝は逃げる船を見送り、まるで未来を見通すように、薄く笑った。




