第32話選ばれる側
続いて部屋の中を探索したが、これらしい不審物はなかった。
知らない間にリリスはベッドで眠っていて、戸締まりがしっかりしているのか確認してから部屋の外へ出た。
リリスを1人、置いていくのは気が引けるがカールが言っていた地下の闘技場が気になる。
もしものことがあってもリリスなら平気か。
俺はエレベーターのボタンを押し、ロビーへと降りていった。
カールが言っていた通り、受付に立ち寄った。
「ようこそ!いかがなされましたか?」
「"地下に行きたい"」
「しょ、少々お待ちください」
女性の声のトーンが落ちると、慌てて奥へと急ぎ足で向かった。
すると年老いた老婆が現れると受付の扉を開き、黙って手招きをする。
「あ、ああ」
戸惑いながらも着いて行き、どれだけ暴れても傷1つ出来なさそうな頑丈なエレベーターで下へ降り、エレベーターが開いた瞬間、俺は反射的に息を止めた。
熱気。
血の匂い。
歓声とも嘲笑ともつかない、濁った音。
地下は別の世界だった。
半円状に配置された少人数の観客席。
その中心に、巨大な円形のステージがある。
――闘技場だ。
檻が開き、引きずり出されるように現れたのは一人の男。
罪人と呼ばれる存在。
鎖で繋がれ、体は裂け、血と汗で判別がつかない。
それでも、立っていた。
いや――立たされている。
対峙するのは、闘牛のような獣人族。
角には金属が嵌められ、意図的に殺すための形をしている。
観客の中の誰かが、笑った。
「まだ動くぞ」
「思ったより持つな。あいつ」
命の残量を、娯楽として測る声。
男が突進を避けきれず、壁に叩きつけられる。
鈍い音が、腹の奥まで響いた。
――ここでは、人は死なない。
“消費される”だけだ。
俺の拳が、無意識に震えていた。
怒りか。
嫌悪か。
それとも――
「……力帝」
この島を作り、
この光景を“饗宴”と呼ぶ存在。
姿は見えない。
だが、確実に――ここにいる。
ステージから目線を外すと、既視感のある2人が観客席に座っていた。
ザビエクは俺に気付いたのか、後ろを振り向き俺に向かって小さく手を振るった。
俺はザビエクの隣に座り、試合を見る。
闘技場にいる2人は傷だらけで、死ぬまで止められない。
好きで殺し合っているわけじゃない。ここにいる奴らのせいで殺し合っている。
バギッ!!!
獣人が罪人に突撃し、罪人の腕はあり得ない方向に曲がる。
悲痛な叫びが闘技場に響き、少ない観客はコメディーショーでも見てるかのように、笑いながら拍手をし、それを見ていると、俺は無意識にスキルを発動しようとしていた。
「カイ」
ザビエクは強く冷静に俺の名前を言った。
「この場の掟に従え。それが無理なら帰るんだ」
「……わかってる」
俺は一息ついて、ただ傍観しているカールをチラッと見る。
「俺をここに呼んだんだ。何か意図があるんだろ?」
カールはグラスに入った酒を飲み、その時。カールが見ている先は闘技場ではなく、観客席の更に上にある特別な空間だった。
「カイ、あまりあそこを見るな。感づかれるぞ」
「わかってるさ」
あれが今まで感じてきた気配――
"力帝"、お前か?
「あそこにいるのが"力帝ヴァルガス"。そしてもう1つ厄介なのが、奴の右腕である"ベンジャミン"だ」
「ベンジャミン?」
「俺達側には一様、数百の軍勢と貪食者2名がいるが、ベンジャミンはそれを抑えれるだろうな」
「一体どんなスキルなんだ?」
「模倣。一度スキルを見せると、それを完全にコピーできる」
「奴自体、戦闘のエキスパートだ。いくら強いスキルを持ってたとしても、奴の経験と才能が相手じゃ勝てない」
「模倣だって?複数同時に使ったりしねぇよな」
「それは当たり前だが無理だ。やろうとすれば、まず先に脳ミソがやられる。私とお前、貪食もそうだろ?」
「ただ、私達より使い方は上手いかもな」
「模倣……か」
その言葉を反芻した瞬間、背筋に冷たいものが走った。
俺のスキルは“貪食”。
見せた時点で、奪われる可能性がある。
いや――奪われるどころか、上回られる。
カールはグラスを手に取り酒は揺れる。
「力帝が直接動かない理由が、それだ。ベンジャミンがいれば、敵は“動く前に殺される”」
俺は無意識に拳を握りしめていた。
闘技場では、すでに次の“試合”の準備が始まっている。
血を洗い流す水音。
引きずられていく罪人。
代わりに現れる、また別の“消費物”。
この場所に正義はない。
あるのは、効率だけだ。
「……で、俺は何のためにここに?」
俺の問いに、カールは少しだけ笑った。
「観察さ。力帝はな、直接会う価値があるかどうか――まず“選別”する」
その瞬間、空気が変わった。
闘技場全体を包んでいたざわめきが、誰かに首を掴まれたみたいに、スッと静まる。
観客席のさらに上。
視線を向けるなと言われた、あの特別区画。
そこから、低く、よく通る声が落ちてきた。
『――初めて見る顔だな』
直接じゃない。
だが、確実に俺に向けられている。
『貪食の反応を持つ者。君は、思っていたより“静か”だ』
ここで下手な反応をすれば、終わる。
「……光栄だな」
絞り出すように答えると、上から小さな笑い声が返ってきた。
『良いだろう。すぐに吠える犬は嫌いでね』
その言葉と同時に、闘技場の床が開いた。
現れたのは――先ほどまで観客席にいた男。
無駄のない体。
視線だけで、空間を支配する圧。
「……ベンジャミンか」
ザビエクが、息を殺して呟く。
男――ベンジャミンは、闘技場の中央に立つと、ゆっくりとこちらを見上げた。
その視線が、一瞬だけ――俺のスキルの奥を覗いた気がした。
「始めてくれ」
彼は淡々と言った。
その瞬間、観客は指笛を鳴らす。
圧倒的強者による遊びの始まりだった。
嫌な予感しかしない。
闘技場の下から檻が現れ、檻から出てきたのは薬物を打たれ強化された狼の獣人だった。
ベンジャミンは、檻の中の獣人から視線を外し、今度は俺を見た。
「安心しろ」
淡々とした声だった。
「今日は君に何もしない」
――その言い方が、逆に不気味だった。
「見るだけでいい。理解するだけでいい。君のスキルは考える前に使いすぎる」
俺は何も言い返せなかった。
あいつは、俺を見ているんじゃない。
――“俺の使い方”を見ている。
闘技場に響く獣人の咆哮を聞きながら、俺は初めて――自分のスキルが“狙われている”と実感していた。




