第13話赤いレンガの影
西の貧困街、建物の裏道にはハエが集った少年が寝そべり、時々道ですれ違う連中は娼婦と冒険者だった。
法が適用されていないこの区域では、警備隊の買収、殺人、強盗、その他諸々が軽視されている。
「意外と目立ってるな」
赤いレンガの建物、そうあの中年男は言った。
中に入ると10人程の男女達がたむろしており、体格のいい男の隣にいる女の首には、赤い宝石が埋め込まれているペンダントを下げていた。
そして中に入ってきた俺を見るや否や、細身の男が体格のいい男と意志疎通を交わし、俺に近づいてきた。
「仕事の依頼か?それとも宝石の買い取りか?」
「赤いペンダントを取り返しに来た」
「だろうな。ボス?こいつどうします?」
「あのおっさんの手先だ、さっさと殺しちまえ」
細身の男はスキルを発動し、手の内に黒いモヤを出し威嚇した。
「さっさと渡せ、さもないと後悔する事になるぞ」
そう言った瞬間、細身の男は拳を振るう。
拳は2倍、3倍―徐々に速く力強くなっていき……
ドスッ!!
男の拳を左手で受け止め、瞬時に反撃し、拳は男の頭を抉り地面に強く叩きつけられた。
地面に細かくヒビが広がり、その隙間に血が流れる。
まるで金属に殴られたように鈍い音を立て、男はピクリとも動かない。
「やれ!!」
ボスの掛け声と共に男女はスキルを発動し、距離を縮め始めた。
投げナイフを生成し、指の間に挟んで同時に投げ、3人の頭を貫くと、別の女が手から衝撃波を出して俺は姿を消し、その女の背後に忍び寄る。
グサッ!!!!
「がはっ!!」
両手に2本の剣を生成し、女の胸を貫いて前にいる男に投げつけた。
男は咄嗟に抱きしめ、その隙を狙って顔に拳をめり込ませる。
ゴンッ!!!
「ブヒュ……!!」
男の顔面を一撃で潰し、怖じけづく2人に鎖を生成して投げ飛ばすと首に巻き付き、引っ張ると骨が砕ける音が響くと、捻じ切れた首が2つ転がった。
一瞬にして血の海となり、この場にはボスとその女だけが残る。
「ペンダントを返すんだ」
部屋は静まり倒れた者は皆、息をしていない。
湿った血の匂いが部屋を満たし始めた。
「れ、レイン……助けて!!」
女の前に一歩近づいた瞬間、ボスはスキルを発動し全身を硬い岩の姿へと変身した。
「手ェ出すな!」
ボスは渾身の一撃を振るい、拳は俺の顔に命中し、肋を数発殴り腹に向けて突いた。
全く痛くない。
監獄でのイジメや労働、それと比べればあまりにも弱すぎた。
「マジかよ」
俺は拳を振り上げ顎が砕け散る音が鳴り、男の体は宙を浮いた。
顔を掴みそのまま走って壁に叩きつけ、顔を殴り装甲を剥がすと再び殴り、男の頭と俺の拳は壁を突き抜ける。
「このッ!!」
壁から拳を引き抜くと、背後にいた女が手に持っていたナイフで心臓がある場所を突き刺そうとするが、ナイフは皮膚を通さず割れて天井に突き刺さった。
女は怯えて目には涙が浮かぶ。
「生活があるの、必要なの……!」
「さっさとペンダントを寄越せ」
血塗れの岩の破片が付いた拳を払い、更に距離を縮め彼女を見下ろす。
女は大きく震える手でペンダントを取り、ゆっくりと俺の手に渡すと、今にも倒れそうな脚で逃げた行った。
赤いペンダントを握り締め、ポケットに入れて大事そうにしまった。
建物の外に出てあとは酒場に戻るだけ。
道を歩く中、すれ違う連中から視線を浴び、汚れた鏡を見ると返り血で全身が濡れていた。
「化け物」、ヴェイルが言った言葉が脳裏を過り、風スキルで血を一気に吹き飛ばし、貧困街から立ち去った。
握り締めた手の中の温もりだけが消えてなかった。
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西の貧困街から出て真っ先に酒場へ戻る。
中に入ると相変わらず冒険者達が集まって騒いでおり、中年がいたカウンター席に行くとそこにはもう誰もいない。
「あの人ならもう出ていきましたよ」
「そうか」
カウンターから店主がそう言うと、店主は何か思い出したのか、あっと声を出してあるものをカウンターに置いた。
「これをあなたに」
言っていた額より高い金貨3枚の報酬金と手紙、それを受け取り俺は店主に相槌を返すとアルダがいる宿屋へ向かった。
宿は賑やかな町のおかげか、今まで訪れた町より華やかで賑わっている。
そして階段を上がり部屋の扉を開けた。
「あ、お帰り」
アルダはテーブルに座って軽食を食べながら本を読んでおり、俺は装備を外して適当な床に置いて身軽な格好になる。
すると手紙と手に持っていたペンダントに気が付いたのか、アルダは席を立ってペンダントを見た。
「お前が寝ている間、少し依頼を受けてな。金とこれを貰った」
「依頼人はアルダを知っていたそうだが……なにか心当たりは……」
アルダは赤いペンダントに夢中で話を遮り言う。
「これ、私のペンダント……どうやって見つけたの!?」
「お前の事を知ってる男から依頼を受けた。その依頼の品がこのペンダント」
「どんな人だった?見た目とか」
「中年で白くて大きい髭を生やしてた、それと憶測だが、お前のその剣を作った奴と同じ剣を携えてた」
そう言うとアルダは確信を得たのか、少し恐怖を感じる顔をして言う。
「多分……それ、きっと私の師匠よ」
五感を変化させるとアルダの額から汗が滲み、少しの呼吸の乱れ、そして微かに目が泳いでいる。
「感動の再開じゃないのか」
「いや…そんなことはないんだけど、ちょっと訳ありの人で」
突如背後の扉が少し開く。
年齢的に男性で呼吸から中年だと分かる。
俺は手の内に刻み回る風スキルを発動し、男の顔へと腕を伸ばした。
「匂いを辿って来たんだが、ここがお前らの宿か」
中年は落ち着いており、攻撃をする気配は一切ない。
俺は腕をゆっくりと下ろし、咲き乱れる風スキルを徐々に弱めて消し去った。
「久しぶりだな、アルダ」
今さっきまでの酒臭いジジイではなく、声を放った瞬間空気が変わり、呼吸が1拍遅れた。
「やっぱり師匠だったんだ」
アルダの手先は震えていた。
まるで、昔の記憶を掘り起こされたように。
そして師匠と呼ばれる男にはただならぬ雰囲気を感じる。
戦い慣れた男、それが第一印象だった。
「どうしてここに?またワンちゃんみたいなスキルで来たの?」
「隣にいる男が強いからといって、俺を舐める発言は控えろ」
少しピリピリした空気が流れ、師匠と呼ばれる男が咳をして気を取り直すと、アルダに話しかける。
「最近、毒帝の贄と呼ばれる女が次々と配下を殺していると聞いてな、お前と思っていたらお前の匂いをつけた男が来てな」
「最悪な偶然ね、運がないのかあるのか……」
そんなことをアルダが言っていると師匠は続けて話す。
「アルダ、お前、自分がなぜ狙われているか知ってるか?」
「そんなの私が毒帝を襲ったからでしょ」
「いいや、違う」
アルダはそれを聞くと困惑する。
「毒帝の狙いはお前のその稀血だ。今は冬眠している魔物の好物、それを毒帝は欲しがってる」
「な、なんで?」
「噂によれば、その血を飲み干し、不死の力を得たいからだそうだ」
「だからあの女は私を生け捕りにしようと……」
アルダは毒帝の手先である手鎌の女を思い出し、ゾワゾワと鳥肌が立っていた。
「それで師匠はなんで私を見つけに?ただこの情報を伝えたかっただけ?」
「いいや」
師匠は腰に下げている剣を手に当て、助けられなかった人々を思い出し、悔いながら言った。
「呑気に生きてる程、俺は甘くない。だからお前達に協力したいんだ」
「全然いいよ、師匠強いし、一応信頼出来るしね」
思ったよりあっさりアルダは承認し、師匠は初めて笑顔を見せると、剣を掴みアルダに言った。
「それで早速なんだが、手合わせでもしないか?」
それを聞いた瞬間、アルダは苦い顔を浮かばせ、嫌なのか後退りすらし始めた。
「ほら、お前がどれだけ強くなったか知りたいだけだ。いいだろ?」
「アルダ、してやってみたらどうだ」
「え、えぇ……」
そうして師匠とアルダは町から外れた少し明るい森へと訪れ、対峙する。
アルダの瞳には懐かしさと恐怖が混じっていて、森の風がざわめき、誰もが知る。
この決闘は、ただの稽古ではないことを。




