五話
音を立てて扉が開かれる。だが、決して乱暴ではないその開けかたに、もしやと思いルーナが目を向けるとあの騎士だった。
「待たせたか、姫」
視線が合った騎士は、小首を傾げて問いかけてくる。
なんとなくドギマギして、ルーナは視線をそらしてしまう。
「……貴方は、もう少し静かに扉を開けられないの?」
思わずふてくされた調子で言ってしまったルーナだったが、内心は戻ってきた騎士に驚きつつも嬉しさを感じていた。
放っておかれる可能性もあったのに、騎士は言葉通りすぐに戻ってきてくれた。
待っていてくれといって、このまま部屋に押し込めておく方法だってあっただろうに。
そんな律儀な騎士は、ルーナの前にあるものを差し出した。
「さぁ、これに着替えてくれ」
「…………なに? …………え、これ……」
差し出されたのは、女物の服だった。スカートが受け取った拍子にふんわりと広がる。
とても、可愛らしい。
だが、なぜ……とルーナはにこにこしている騎士を見た。
「……貴方の?」
「いや。姉のだ!」
「…………姉? お姉様が、いらっしゃるの? お姉様も、ここに?」
ここ、つまりはセライアの王宮で働いているのかと言う意味で問いかけると、騎士は大きく頷いた。
「安心して欲しい。姉にはちゃんと許可を得て借りてきた。貴方に貸すのだと言ったら、快く貸してくれた」
それはそうだろう。
騎士である弟が突然やってきて、姫様が着替える服を貸せ等と言えば、何事かと思い慌てて貸してくれるだろう。
(……ヒルゲネスの姫は、着替えも満足に用意できない姫だと思われたに違いないわ……!)
そんな噂の原因になった張本人は、悪びれなく笑っている。
なんてことをしてくれたと思い――けれど、それは筋違いだと思いなおす。
(……駄目だわ。これは完全に八つ当たりよ)
少し落ち着くべきだと、ルーナは深呼吸した。すると借り物の服から、いい匂いがした。香草の匂いだ。それも、かなり上質な。
(……これは……)
ルーナは、ちらりと騎士を見上げる。
(実はこの人、かなり良いところの出なのかしら?)
言動はちぐはぐだが、よくよく考えれば仕草の一つ一つは無駄なく、洗練されている。
そしてなにより、王子から直接頼まれごと――それも、秘密に近い事を頼まれるほど信頼されている騎士だ。それなりの生まれだと考えるべきだった。
「さぁ、早く着替えてくれ」
しかし、ルーナの観察するような視線には気づいていないのか、意に介していないのか、騎士は祭りを前にした子供のように浮かれている。
「着替えるのは分かりました。ありがたくお借りします。……ただ、貴方が居座るこの場所で着替えろとは、どういう了見かしら?」
「…………あ」
しばし考え込んだ騎士は、上から下までルーナを見つめ、やがて思い至ったように頬を染めた。
「――失礼した! 僕は外に出ている、準備が出来たら声をかけてくれ!」
慌てて回れ右をして、部屋を出ようとして扉に一度ぶつかっていた。
どこか泰然としていた騎士が取り乱す様を、ルーナは意外な気持ちで見つめる。
(この人も、慌てるなんてことがあるのね……)
今までの言動から、「気にしないから着替えればいい」くらいは言われると思っていたのに、彼はルーナの事をきちんと女性と認識してくれていたらしい。
(……変だわ)
なんだか胸の奥がむずむずする、とルーナは胸元に手を置いた。
特別、変化は無かった。鼓動が、いつもより速く脈打っていること以外は。