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三話


 性懲りもなく現れたら、どうしてやろうか。

 たしかに、そう考えてはいた。

 ――考えてはいたのだが……。


「こんにちは、ルーナ姫。気分はどうだろう」

 

 まだ結論が出ていなかったルーナは、身支度を終えて一人になった途端、狙ったように表れた騎士を見て目をつり上げた。


「無礼者。……誰の許可を得てここに立ち入るのですか」

「安心して欲しい。きちんと姫の国の使者殿に、面会の許可を得た」


 どうなっているのだとわめかなかった自分を、褒めてやりたいくらいだとルーナは顔をしかめる。

 たしかに自分は、力の無い姫だ。

 だが、他国に来ているのだから、最低限取り繕うくらいはするべきではないだろうか?


 こんな騎士を易々と通すなど何を考えていると、あの澄ました顔の男を呼びつけて怒鳴りつけたくなる。

 だが、その怒りは一瞬で冷める。


(私は、あの人達の目には、ただの駒。もしくはお人形にしか見えてないんでしょうね)


 期待されていないのだ。

 父王の、第三王子と懇意になれという命令も、彼らは協力する気がないのか。

 あるいは、この騎士が「もてなしの任を仰せつかった」と言った時点で、達成不可能だとさじを投げたか。


 いずれにせよ、不要と切り捨てられたルーナは、ただのお荷物に成り下がったのだ。


「姫?」

「何よ」


 姫君らしからぬ形相で歯ぎしりしていたルーナは、剣呑な視線を騎士に向けた。    

 つっけんどんとした返答に騎士はいささか面食らったようで、驚いた顔をしている。

 少しだけルーナは溜飲を下げたが、あくまでも少しだけだ。


 決して無礼を許したわけではないと自分に言い聞かせ、腰に手を当て騎士に向き直った。


「貴方が、古王国でどれほどの騎士なのかは知らないけれど、私はヒルゲネスの姫よ。相応の態度というものがあるのではないの? ――それとも、セライアも私のような姫ならば、どれほど軽んじてもいいと思っているのかしら」


 当てこすりのように言ってやれば、この騎士も少しは怒るのだろうかと思ったルーナだったが、相手は困ったように苦笑し、首をかしげただけに留まった。

 それは、ルーナの立場を理解しているというよりも、駄々をこねる子供を前にした大人のような素振りだった。


(なんなのよ……!)


 これではまるで、自分がわがままを言っているだけの子供のようだとルーナは押し黙る。


 馬鹿にしているのならば、もっと言い返せばいいのに。もっとわかりやすく、蔑んだ目で見れば良い。

 それこそ、あの侍女達や使節団の面々のように。


 そうすれば、自分だって相応の態度を取る。

 ――馬鹿馬鹿しいと、適当な態度をとれるのに……。


 だがルーナの前に立つ騎士の目には、蔑みなどといった負の感情は一切浮かんでいない。 

 ただ、どうしたらいいかと迷っているように見える。


「姫、もしも挨拶が気に障ったのなら、何度でも謝罪する。でも、僕は決して貴方を軽んじてなどいない。それだけは、分かって欲しい」

「…………」

「貴方が触れるなと言うなら、僕は二度と貴方の許可無くその手に触れたりしないと誓おう。……だから、近くにいる事だけは、許してもらえないだろうか?」

「近くに? なんのために」

「僕は、貴方を滞在中もてなすようにと、言いつかっている」


 投げやりな気持ちで、ルーナはそっぽを向いた。

 改めて口に出されると、自分は本当に無価値で無能な小娘に成り下がったのだと痛感させられるからだ。


 父の命令も果たせない。

 使節団の長も名ばかりで、お飾りにすらなれない。


 挙げ句セライアでは、王族と顔を合わせることもなく、一介の騎士を世話係に当てられる。

 悔しくて、惨めで、肩をふるわせたルーナに、騎士が慌てて駆け寄ってきた。


「……姫? どうした? 僕は、何か気に障ることを言っただろうか?」

「うるさいわよ」

「ならば、もう少し小さな声で話そう。……急に泣き出すなんて、どうしたんだ?」


 見当違いのことを大真面目に言いながら、騎士はルーナの肩に手を置こうとした。

 だが、寸前で何かを思い出したように止まる。

 触れようか触れまいか迷うように上下する手の動きを訝しんだルーナだが、すぐに気が付いた。


(なんなの、この騎士。……まさか、自分が口にしたことを守ろうとしているの?)


 馬鹿みたいだと、思った。律儀にも程があると。

 けれども、ルーナのすぐ近くで、途方に暮れたような顔をしている騎士は、心底ルーナを心配しているように見えた。


(…………変な人)


 少なくとも、目の前にいるこの騎士は……自分を軽んじているわけでもないのだろう、この男はきっと普段からこうなのだ――と、ルーナはようやく分かった。


 人並み外れた美貌に目を奪われがちだが、どこかズレた……けれども実直な騎士なのだろう。それこそ、王子から身代わりとは言え、姫のもてなしを任されるほどに。


(意外と、押しつけられただけだったりして)


 急におかしくなって、ルーナは吹き出した。


「ん? もう、どこも痛くないのか?」


 ルーナが笑うと、騎士はほっとしたように宙ぶらりんだった手を下ろした。

 見当違いの気遣いだったが、ルーナは首を横に振らずに頷いた。

「それはよかった。……もしも、何か気になることがあればすぐに言ってくれ。僕は、人より鈍感な質のようでな、察しが悪いとよく言われる。だから、貴方には遠慮せず思ったことを口にして貰いたい」

「…………そう。それなら、遠慮なく」


 自分にあてがわれた騎士。

 つまり、これは監視もかねているのだろう。

 護衛と監視。意味するところは、使節団とセライア王家の会談に、ルーナは不要と言うことだ。いてもいなくても困らない。むしろいないほうが……。


 ならば、とルーナは思う。

 自分に会う気もない王子のために、馬鹿馬鹿しく肩に力をいれ、待っている義理もまいだろうと。


「ここは息が詰まるの。楽しい所に連れて行ってちょうだい」

「楽しいところ?」

「人が沢山いるところがいいわ。みんな、楽しく愉快に笑っているところ」


 ルーナは、無理難題を口にしたつもりだった。

 しかし、騎士は僅かに思案顔になったものの――すぐに無邪気な笑顔を見せた。


「それならば、とてもよいところがある。早速、案内しよう!」

「……え?」

「あぁ、でも、そのドレスだと目立ってしまうな……。少し待っていて欲しい、着替えを借りてくる。すぐに戻るから、絶対に待っていてくれ、姫!」


 弾むような声音と共に、慌ただしく騎士が出て行く。


(ドレスだと目立つ所? ……そんな場所、王宮にはないでしょうに……)


 一体、どこに連れて行く気なのだと首をひねったルーナだったが、一度閉じられた扉が突然開いたため、飛び上がるほど驚いた。


 何なのだと視線を向ければ、騎士が顔だけのぞかせている。


「言い忘れた!」

「はぁ?」

「確かに、貴方をもてなすようにと言いつけられたのは事実だが、これは僕自身の望みでもある。姫に、セライアを好きになって貰いたい。……セライアに来てよかったと思ってもらえるような、楽しい思い出を貴方の中に作りたいんだ」


 だから、これからの毎日が楽しみだと騎士は微笑み、再び扉の向こうに引っ込んだ。


「………………」


 部屋に取り残されたルーナは、呆然と閉じられた扉を見つめていたが、やがてぺたりと床に座り込んだ。


「な、なに……、なんなの、あれ……!」


 じわじわと頬に熱が集まってくるのを自覚して、ルーナは頬に手を当てる。

 なぜ、臆面もなくあんなことを言えるのか。


(あ、あの人は、王子に命令されて私に付くことになったんでしょう? それなのに、どうして……)


 どうして、あんなにも嬉しそうな顔と声で語るのか。


(あんなの、あんなのまるで……)


 まるで、ルーナをいう存在を歓迎しているかのようだった。

 受け入れられているなんて、錯覚を覚えるほどに。


(…………危険だわ)


 あの騎士は危険だと、ルーナは表情を引き締めた。

 出会ったばかりの人間なのに、ここまで感情を揺さぶられるなんて、おかしい。


 なにも感じないように、なにも期待しないように。

 ずっとそうやって生きてきたのに、他国で簡単に心が乱されるなんて冗談ではない。

 凍らせた心は、そのままずっと、凍らせておいて欲しい。


 ――そうすればルーナは、誰にも、なににも、期待せずに生きていけるのだから。


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