二話
(失態だわ)
ルーナは暗い気持ちで姿見に映る自分の顔を睨んだ。
いつの間にか一日が経過しており、古王国で向かえた最初の朝。ルーナを待ち受けていたのは、侍女からの苦言だった。
「体調が悪かったのならば、申告していただかなければ困ります。恥をかかされるのは、我々なのですから」
刺々しい口調で注意してくる侍女は、目を覚ましたルーナの具合など意に介さず、すぐさま身支度にかかった。よくもまぁ、部屋に入ってから今までずっと、同じことをずっと繰り返しルーナを責めている。
そして、髪をすく手には苛立ちがこもっていて少し痛かった。
侍女が一国の王女に、このような態度はありえない。
――何様だと思っているの。
喉まで出かかっていた言葉を、ルーナは飲み込んだ。
ルーナが、傲慢な姫らしく居丈高に振る舞えたのは、すでに過去のこと。今は城の隅でひっそりと暮らす、日陰の姫だ。
母の心を殺した父王とその妾達のせいで、ルーナには有力な後ろ盾一つない。
なんの力もない小娘が、王の娘だからと言うだけで傲慢に振る舞えるほど、ヒルゲネスの王宮は優しくなかった。
力のないものは、価値がない。
王の考えを忠実に体現する使用人達は、無価値なルーナには相応の振る舞いをするようになり、今ではそれが当たり前として許されている。
一番いいのは、心を凍らせることだ。
そうすれば、なにに傷つくこともない。なにをされても、馬鹿馬鹿しいで片付けられる。
そう、こんな扱いをされたって――。
ルーナは、ゆっくりと深呼吸をした。
姿見の中では、黒い瞳が瞬きもせずルーナを見つめ返している。ひどく、冷たい眼差しで。
それで、ようやくルーナはいつもの自分を取り戻した。
(馬鹿馬鹿しい)
自分に苛立ちをぶつけてくる無礼な侍女も、役に立たないからと自分を後ろにやった使節団の者達も。
あの、太陽の女神に愛されたかのようなまばゆい騎士も……。
(全部、馬鹿馬鹿しいわ)
自分を侮るばかりの世界を賢く生き抜く方法は、氷になればいいだけだ。
誰にも、なににも、心を動かさなければいい。
(私を侮辱したあの無礼な騎士、性懲りも無く姿を見せたら、どうしてやろうかしら)
意外と、噂を聞いていたのかもしれない。
ヒルゲネスの無価値な姫の噂を。
だから、あのような……一国の姫に対するとは思えない、軽んじた扱いを受けた……――そうに決まっている。
自分はいつもの自分を取り戻した。もう、あのような無礼な振る舞いに、小娘のように頬を赤らめたりしない。決して、動揺したりしない。
ルーナは心に決めた。――そんな風に考えている時点ですでに、「馬鹿馬鹿しい」で全て片付けてきた、いつものルーナではなかったのだが……。
彼女自身は、自分の中に起きた小さな変化にまだ気付いていなかった。