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一話


 使節団の長などと言っても、所詮は名ばかりだと、ルーナは古王国までの旅路の間で理解した。

 頭では半ばわかっていたつもりだったが、実際に体験するとその理解度は急速に深まる。同時に、ルーナはすっかりやる気をなくしてしまった。


 使節団の名目上の長はルーナだが、実際に取り仕切るのは第一王子の母の親族である貴族の男だ。

 三十代半ばにさしかかっているだろう男の名はラインと言う。

 

 こうして他国に赴くのは初めてではない彼は、テキパキと指示を出す。また、彼に伴ってきた娘も場慣れしていた。ルーナが何か出来ることはないか尋ねても、失笑か「身綺麗にしておいて下さい」としか言われない。

 お前は見た目以外役に立たないと言われたも同然である。


 侍女達もそうだ。余計なおしゃべりはせず、名前も知らない。

 事務的に仕事をこなし、そそくさと去って行く。我々の主人はお前ではないと態度で表していた。


 自分はただ、みそっかす王子を釣るためだけの餌なのだと痛感するだけの日々。

 そんな息が詰まるばかりだった旅路は、ようやく目的地に着いて終わると思った。だが、古王国側の出迎えの人数が、少ないと気付く。


 ここでもまた、ルーナは自分が軽んじられているのだろうかと疑問を覚えむねがざわつく。

 そして、出迎えの先頭に立っている人間を見て――自分の予想が的中したと知った。


「ようこそ、セライア王国へ」


 まばゆいほどの笑みを浮かべ、両手を広げ歓迎の意をあらわにしているのは、若い騎士だった。

 ぴくり、とルーナのこめかみがひくつく。

 なぜ、たかだか一介の騎士が、この場で礼も取らず堂々としているのだと。


 ――ルーナが感じたのは怒りだったが、ルーナ以外の使者達は戸惑っているようだった。

 それは、出迎えた場違いな騎士が、希有な美貌の持ち主だという事も理由だろう。


 太陽の光を受け、きらきらと輝く金色の髪をうなじ辺りで一本に結わえている。

 長いまつげに縁取られた瞳は、澄んだ青空をそのまま移し込んだように柔らかな色を放つ。すっと伸びた鼻梁。薄い唇がやんわりと弧を描き、穏やかで人当たりの良い笑みを作っている。

 まるで、物語から抜け出してきたかのような、幻想的な美しさを持つ青年だった。


 女達は、うっとりとした眼差しを注いでいる。

 ――当の騎士は、女達に熱い眼差しを注がれるのは日常的なことなのか、一切気にとめた素振りがない。


 拍子抜けするほど無頓着に、使節団の顔を見回す。

 そして、最後に挨拶などできないだろうからと一番後ろに追いやられていたルーナに視線を定めると、わずかに青い目を大きくした。


(――なに?)


 ルーナは思わず、その輝かんばかりの美貌に飲まれてなるものかと相手を睨み付けた。ルーナの黒い双眸と、騎士の青い瞳。二つの視線が、宙で絡まる。


 奇妙なことに、相手は目をそらさない。表情すら変えない。

 そしてルーナも睨み付けてしまった手前、今さら作り笑いを浮かべるのはおかしいと躊躇し、だからと言って自分が先に視線をそらすのは無様すぎる――などと訳の分からぬ負けず嫌い精神を発揮してしまい、そのまま相手を見つめるはめになった。


 時間にすれば、短かった。けれど、ルーナには奇妙に長く感じられた。

 薄い唇に、さきほどよりもはっきりとした笑みが刻まれたのを見た。

 すらりと伸びた長い足が、一歩、二歩、とルーナの方へ近付いてくる。

 誰もが制止せず、ただ呆けたように騎士の行動を見つめている。

 ――それら全てが、ひどくゆっくりに思えて仕方がない。


 まるで……。


(世界に二人しかいないみたい)


 普段なら「馬鹿馬鹿しい」と鼻で笑うような事を考えたルーナの目の前に、とうとう騎士がやってきた。 離れて見たときは、その人間離れした美貌にだけ気をとられていたが、近くで見るとルーナより背が高く、体つきも細身ながらしっかりしていた。


「ようこそ、姫」


 ルーナだけを、その青い目に映した騎士が微笑んだ。


「お会いできる日を、楽しみにしておりました」


 名乗ったわけでも無いのに、騎士は誰に目移りすることもなく、真っ直ぐルーナの元へやってきて、姫と呼んだ。

 その事実に驚いていたルーナは、右手を騎士に取られた。

 何をと問う間も無く、右手の甲に騎士の薄い唇が押し当てられた。


(――っ!)


 浮き世離れした騎士が、生身の人間である証明のように、その唇と手は確かな熱を持っていた。

 意識した途端、頬には一気に朱がさした。

 ルーナはバッと手を振り払う。


「何をするのです、無礼者!」


 無礼。

 そうだ。無礼者だ。

 どんなに見目麗しかろうと、ただの騎士。

 一国の姫であるルーナに、やすやすと触れて良いはずがない。

 しかし、騎士は不思議そうに目を瞬くと、首をかしげた。

 まるで、何をそんなに怒っているのだと言いたげな仕草に、ルーナは羞恥と怒りでさらに顔を赤くする。


「誰が私に触れることを許しましたか……!」

「あぁ、なるほど。そう言うことですか。――我がセライアでは、手の甲に口づけは貴婦人への挨拶なのですが、姫の国では違うのですね。風習の違い、というのを失念しておりました。無礼をお許し下さい、ヒルゲネスのルーナ姫」


 ルーナは、思わず目をむいた。

 この騎士が、なんだか妙なことを言い出したからだ。

 ルーナが怒ったのは、姫である自分に、たかが一介の騎士が許可なく触れたことである。

 敬愛を示す行為として、手の甲に口づけはヒルゲネスでもよく見られる。

 ルーナはただ、「私の許可なく触れるな」と言いたかっただけなのに、恐ろしく顔の綺麗な騎士は、勝手に風習の違いとやらで納得している。


(なんなの、この男……!)


 顔を真っ赤にしたまま思いきり睨み付けてやると、騎士は不思議そうな顔を再び笑顔に戻し、優雅な一礼を見せた。


「ですが、貴方が来るのを待っていたのは本当です。さぁ、参りましょう」

「…………どこへ?」

「もちろん、城へ」

「貴方が案内すると?」

「はい」

「…………貴方が、出迎えなの?」


 騎士は、ルーナの不機嫌な問いかけに、満面の笑みでもって答えた。


「はい、ルーナ姫。貴方が滞在中、退屈しないように精一杯もてなすように、言いつかっております」


 くらり、とルーナはめまいがした。

 

(つまり、つまりよ……? 私は、セライア王国のみそっかす王子にすら見向きもされず、軽んじられたって事……? これじゃあ、本当に、無価値な姫じゃない……) 


 一国の姫を、騎士に押しつけ逃げ切るつもりの第三王子にも腹が立つ。

 そのような暴挙を許した、セライア王国にも。

 だが、なによりも全ての行動を当然と受け止めている、目の前の騎士に腹が立った。


「姫?」


 首をかしげた騎士の声が、妙に遠く聞こえた。

 憎たらしいほど綺麗な顔が、ぽつぽつと黒い点に次々塗りつぶされて見えなくなっていく。

 急に、目の前が暗くなったような気がして……――。


「……ルーナ姫、危ない!」


 真っ暗な視界の中、最後に切羽詰まったような騎士の声がして、あたたかい何かに包まれた気がした。


 ◆◇◆◇


 目の前で崩れ落ちた姫を抱き留めたディエムノクスは、その細さに驚いた。

 華奢な姫だとは思っていたが、目を閉じている彼女は、自分のような粗忽者が触れては、壊してしまいそうな儚さがある。


 きっと旅の疲れが出たのだろう。長々と話していないで、早く休ませてあげるべきだった。

 

 ディエムノクスは、気を失った姫を抱き上げると、すぐに城に運んだ。

 だが……後から到着したヒルゲネスの使節団は、倒れた姫をあまり心配していないようであったのが気になった。

 ――彼らを案内してきた者達から聞いたところによると、苦い顔をしていたという。

 それは、身を案じていると言うよりも、むしろよくも面倒事を起こしたなと言いたげな顔つきだったと。


 自国の姫が、心配ではないのだろうか?

 一体どういった類いの感情を、倒れた姫に向けたのだろうか?


(母上達なら、わかるのだろうけれど……)


 古王国セライアの王族には、代々不思議な力が備わっている。

 天候を見る力、人の心の善し悪しを見る力。

 母や兄姉ならば、直接心を見ようとはしないまでも、相手がどういう感情を抱いているが「見る」ことが出来る。


 しかし、ディエムノクスに、その不思議な力――〝星読み〟と言い伝えられる能力は、受け継がれなかった。


(うーん……)


 ――きな臭い、と今回のヒルゲネス側の訪問を嫌がっていたのは次兄だった。

 ディエムノクスが直接対応する事を嫌がったのは、姉二人。

 一番上の兄は、女王である母が決めたことならばと言っていたが、それでも後から「気をつけろ」と伝えられた。

 だからこそ、ディエムノクスもそれなりの心構えで出迎えたわけだが……。


(姫自身には、なにもおかしな所なんてないように見えるけれど)


 ディエムノクスは、ふと続き部屋の扉へ視線を向ける。

 扉の向こうでは、兄姉が警戒しているヒルゲネスの姫が眠っている。

 まるで、星を散りばめた夜空のような瞳の姫だ。


(綺麗だった)


 思い出して、ひとり頷く。あの感動は色あせない。

 一目見たとき、なんて綺麗なのだろうと息を呑んでしまった。


 普段は、何事にも動じないなんて兄に言われているディエムノクスだが、ルーナ姫を見たときは、まるで頭から足先に一直線に雷が流れたような衝撃を覚えたのだ。


(怒らせてしまったからな。次は、きちんとしなくては)


 それよりも、旅の疲れをとるために休んで貰った方がいいだろうか。

 ディエムノクスは、まだ目覚めない姫を思い、色々と考えを巡らせる。

 彼女が目を覚ましたら、最初になんて言おうか。

 どこへ連れて行こうか。


「きっと、笑った顔も綺麗なのだろうな」


 兄姉は警戒していたが、ディエムノクスは楽しみだった。

 これからルーナ姫を知っていく事が、とてもとても楽しみだった。

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