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十五話


 狩猟会が始まり、ドレス姿のまま取り残されたルーナだったが、今はもうさみしいとは思わなかった。

 ちまちまと花を編む彼女の横には、ディーがいて物珍しそうに、手元を覗き込んでくる。


「姫は器用だ」

「そうかしら? 誰でも出来るわよ、花冠なんて」


 言いながら、ルーナは完成した花冠をディーの頭にかぶせた。


「似合うか?」


 花冠をかぶった騎士なんて、ちぐはぐもいいところだ。

 ルーナは「その格好には、似合わなかったわ」と肩を揺らした。


「む、残念だ。……でも、そうだな……。こういう、可愛らしいものは、貴方にこそ似合うだろう」

「え?」


 花冠が、かぶせられる。

 頬を両手で挟んだディーが、満足そうな笑みを見せた。


「思った通りだ。愛らしい」

「あ、貴方って、なんでそう、恥ずかしい事を照れずに言えるの……!」

「だって、思ったことは口に出さなければ、伝わらないだろう? 僕は、姫に……――」


 不意に、ディーは言葉を切った。

 目を鋭くさせ、周囲に視線を走らせる彼に、ルーナは不安を覚える。


「……ディー?」

「……姫、僕の近くに」


 ただならぬ様子のディーは、低い声でそう言うと、ルーナの腰に手を回し抱き寄せた。

 何かいう間もなく、ルーナはディーに抱きしめられたまま草の上を転がった。


「姫、このまま頭を低くして」

「……っ」


 ディーの険しい視線の先を辿って見ると、先ほどまでルーナがいた場所に、矢が刺さっている。


「わ、私……」


 脅しに使われたナイフが脳裏に浮かんだ。

 今回の矢は、その域を超えている。

 青ざめたルーナの肩を、ディーがしっかりと抱いた。


「大丈夫。僕がいる。貴方のことは、僕が守る」

「……っ」


 不思議な事に、ディーのその一言だけで震えが止まる。

 気をしっかり持たなければと、気力がわいてくる。


(しっかりしないと。分かってた事じゃない。……私が邪魔なら、絶対にどこかで排除しに来るって)


 それが、こんな場所だったとは意外だったが、ラインの怒りの形相を思い出して納得した。


(ディーに責任を押しつける気なんだわ……!)


 もしも、この狩猟会の間にルーナに何かあれば護衛が責任を問われる。

 ディーの正体を知らず、恥をかかされたと根に持っていたとすれば、目障りなルーナとそろって消えてもらえて、ちょうどいい。


 ――そんな馬鹿げた事を、本気で考えているのだろう。


(私が死ねば、大成功。怪我の一つでもすれば、それを口実にしてディーをどうにかしてやろうって魂胆なのね……なんて卑怯な……!)


 女王は言っていた。

 付け入る隙を与えるなと。

 ディーの正体を知らなくても、きっとライン達はここぞとばかりにルーナを自国の姫として扱い、怪我をさせた落ち度はセライアにあると言うだろう。

 ――自分たちの怠慢を、棚に上げて。


 もちろん、そんな横暴がそのまま通るはずが無い。問題はこじれるだろう、下手をすれば、戦争になる。


(あぁ、もう! そういう事だったんだわ!)


 ライン達は、どうしてルーナを連れていく事にしたのか。

 今、初めて繋がった。


 無価値姫であろうが、その体に流れるのは王家の血。

 ルーナは正真正銘、王と王妃の間に生まれた娘だ。

 何かあれば、開戦の口実にはちょうどいい。


「姫、森に入る」

「……分かったわ」


 ドレスだから走れない、そんな甘えたことを言うつもりはなかった。

 走らなければいけない。


「……行くぞ……!」


 ディーの声が合図になる。手を強く引かれ、駆け出す。

 なんとしてでも、自分は無傷でこの場を切り抜けなければいないと、もう理解していた。


(……戦争なんか、させるものですか……!)


 走りながらも、ディーは後ろを気にしていた。

 木々の中に滑り込んですぐ、ディーはルーナを後ろへ隠した。


「……見ない顔だな」


 弓はただの挨拶だったのか、ここへ誘導するための手段だったのか、周りには見知らぬ男達が四人いた。その誰もが、セライア王国兵の格好をしている。


「ふん、お高くとまってる騎士様は、俺達の顔なんて知らないだろうさ」


 粗野な口調で吐き捨てた男は、顔に嘲笑を浮かべている。

 ディーは、黙って男達を見つめていた。


「可哀想になぁ、お姫さま。他国で、惨めったらしく殺されるなんて」

「誰の指示だ」

「知った事かよ。この国にも、ヒルゲネスと懇意になったら困るって言うお偉いさんはいるんだ。……だから、そこの姫様が邪魔なんだとよ」

「嘘だな」


 ディーは剣を抜くと、否定した。


「なんで言い切れる? アンタみたいな騎士は知らないかもしれないがなぁ、俺達みたいな下っ端兵士にだって、ヒルゲネスに悪感情抱いている奴は多いんだよ。それに、件の第三王子様自身が、そこの無価値姫を目障りに思ってるんだ」

「…………無価値姫、ですって」


 たったいま男が吐き捨てた言葉を、ルーナは繰り返した。

 上手いことルーナが動揺し、傷ついたと思ったのか、男達はさらに醜悪な笑みを浮かべる。


「そうだ。可哀想だがな、ヒルゲネスの無価値姫は、セライアにおいても歓迎されない。第三王子が、内々で排除を頼んでくるくらいだからな。もしかしたら、そこの騎士も、アンタの排除を頼まれていたのかもな?」


 ルーナの不安を煽り、二人の間に亀裂が入れば、仕事はぐっとやりやすくなる。

 きっと彼らは、そのためにルーナにペラペラ話しかけてくるのだろう。

 味方は誰もいない。誰も信じられないと、ルーナが我が身の不幸を嘆き、一人で逃げ出すと思って。


「――ふん。馬鹿馬鹿しい」


 だから、ルーナはとびきり傲慢に見えるように、鼻で笑って見せた。

 一体彼らは、どれだけ自分を侮っているのだろうと思う。


 たしかに、ルーナは無知だった。知識が足りない部分もある。

 けれど、無知のままでいるつもりはない。自ら、愚者になり下がる気など皆無だ。


「私を無価値姫って呼んだ時点で、貴方たちは自らヒルゲネスの人間だと告白したも同然よ」


 だって、私をそう呼ぶのって貴方たちだけだものと付け加えると、男達から余裕の笑みが消えた。


「私を害して、全ての責任をセライアに押しつけようとでもしているの? できると思っているのかしら、そんな事。――こんな穴だらけな計画を考えた人間は、救いようのない馬鹿者だけれど、諾々と従った貴方たちは、輪をかけた大馬鹿者ね。……私を殺したら、次は貴方たちの番だって分からないの」

「……あぁ、なるほど。たしかに、セライア王国兵の格好まで真似たんだ、……首謀者にしてみれば、事が済めば邪魔にしかならないな」


 ディーは、淡々とした声音で同意を示す。


「はったりだ! ……俺達が、ヒルゲネスの人間だと、証拠があるのか!」

「僕の顔を知らない時点で、貴様達はセライアの民では無い」

「……は? はぁ? 何を言ってる……」

「第三王子が、姫の排除を命じた? 有り得ないな、よくもそんな嘘を思いつくものだ」


 剣を手に、淡々とした言葉を吐き出しながらディーが距離を詰めていく。

 声を荒らげているわけでも、動きに勢いがあるわけでも無いのに、男達は明らかに怯えていた。

 ただ、歩いて近付いていくだけのディー。だが、彼は紛れもなく激怒していた。


「ただの騎士、それも男が、他国の姫の周りを平然とうろつけるわけが無いだろう。……僕は、セライアの第三王子、ディエムノクス」


 怯えていた男達の顔が、告げられた言葉の意味を理解し、恐怖に引きつった。

 恐怖に飲み込まれた男の一人が、自棄を起こしたようにディーに斬りかかる。

 それを難なくいなしたディーは、じりじりと逃げようとする残りの男達を見据える。


「二度と、くだらない戯れ言が吐けないようにしてやろうか」


 まだ三人。けれど、完全にディーの怒気にあてられた三人だ。

 人数だけならば、多い。

 けれど、勝敗は明らかだった。

 闇雲に斬りかかっても、ディーには叶わない。

 ルーナを狙おうにも、そのためにはディーをどうにかしなければいけない。

 彼らの計画は、明らかに失敗していた。


「くそっ、なんで第三王子が無価値姫と……、うわっ!」


 甲高い音がして、男の剣が弾かれる。


「彼女の価値を、貴様が語るな」


 最後の一人になったその男は、ディーに冷ややかに見下ろされ気絶した。


「……姫、もう大丈夫だ」


 剣をおさめたディーは、普段通りの様子でルーナを振り返った。


「……ごめんなさい、ディー。……いいえ、ディエムノクス王子」

「どうしたんだ、急にかしこまって?」

「――これは全部、私の国の問題だわ。それに、貴方を巻き込んでしまった」

「今更だ。僕は、好きで首を突っ込んだ。貴方が気に病む事では無い」

「違う。……私がこの国に来なければ、こんなくだらない事は起こらなかったのよ」


 国では捨て置かれていると思っていた。

 だが、見逃されていただけだったのだ。

 異国の地で、平然とこんな事が画策されたのだから。


「それは困る!」

「ディー?」

「貴方がセライアに来なかったら、なんて……想像もしたくない」


 何を言っているのだと問う前に、大股で距離を詰めてきたディーにルーナは抱きしめられていた。


「ちょっと……! 今はこんな場合じゃ……!」

「僕は貴方に、恋をしている」

「――」

「一目見た時、恋に落ちた。貴方以外は、考えられない」


 こんな場合では無いのに、何を熱心に語っているのだとルーナは背中を叩いた。

 けれど、ディーはびくともしない。


「貴方を好きだと思うのと同じくらい、貴方に好かれたいと思っている」


 なんだそれはと、ルーナは目を閉じる。

 抱きしめられているせいで伝わってくる心臓の鼓動は、平然とした表情とは裏腹に、とても早く脈打っている。


「……もう、馬鹿ね」

「恋をすると、人は馬鹿になるらしい。僕も例外では無かったようだ」

「ほんとう、馬鹿な人。でも、私も同じ気持ちだから、そろって馬鹿ね、私達」


 こんな場合では無いけれど、今口にしなければ何も伝わらないかもしれない。

 言わなければ、分からない。何も始まらない。

 だから、ルーナは思いを言葉にする。

 それは、セライアに来てルーナが学んだ、単純だけれど、とても大切な事だった。

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