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十二話


 凝った細工が施された扉の前で、クルムは「役目は果たした」として立ち去っていった。

 今度会うときは、新しい家族として会おうと言って手を振った彼は、現れたときとは別人のような取っ付きやすさで、ルーナは戸惑うまま別れた。


 そして心の準備が整わぬうち、ディーがさっさと扉を開けてしまい、ルーナはセライアの女王と初めて顔を合わせることとなったのだ。


 セライアの女王は、ディーと血のつながりを感じさせる、美しい女性だった。


「こうして直に言葉を交わせて、嬉しく思うぞ。ルーナ姫」

「お会いできて光栄です」

「ここには小うるさい目付もおらぬ。堅苦しい挨拶はいらん。楽にしろ」


 ふと微笑むと、女王は近くに来いとルーナを手招いた。


「さぁ、よく顔を見せておくれ」

「必要ありません」


 それを止めたのは、ディーだ。

 兄との内緒話以降、ディーはずっと険しい顔のままだったのだ。


「おや、ディーはクルムのした事を怒っているのか?」

「当然です」

「……おやおや。末の息子は、随分とそなたに入れ込んでいるようだ。――鬱陶しくないか、ルーナ姫」

「話をそらさないで下さい、母上。……〝星読み〟の力が優れていることは、僕も理解しているつもりです。だけど、その力を使って姫の心を読むなんて……!」


 心を読む、と聞いてルーナは首をかしげた。

 たしかに、セライアの王族には不思議な力があることは聞いている。だがまさか、実際に他人の心が読めるなんて事、あるだろうか。


「あるのじゃよ、姫」

「……――え?」


 今考えていたことに、ぴったりの返事が女王から返ってきた。


「〝星読み〟とは、そういう力じゃ。人のあずかり知る領域を超えたモノが手に入る。それに溺れてしまえば、囁く星は力を無くしやがて流れ落ちる。その最後の輝きで、全てを燃やし尽くしてな」

「…………全てを?」

「そう。…………力に溺れたモノ、全てを焼き尽くすのだ。王家には、星と共に流れ落ちる末路を辿った者も多い」


 女王は憂い顔で呟いた。


「だから、このセライアは太陽を尊ぶのじゃ。太陽ある限り、星の力は弱くなる。決して消えはしないが、強すぎる事は無い。ほどよい距離で、我らにささやきをもたらしてくれる、よき隣人じゃ」

「…………」

「空に浮かぶ太陽が星々を制し、地ではもう一つの太陽が、我らを制してくれる」


 女王の視線が、ディーへと動いた。

 ルーナもまた、視線を向ける。


(ディーが、太陽? …………確かに、ぴったりかも)


 心の中で賛同したのだが、女王は嬉しそうに微笑んだ。


「そなたも、同じく思うか?」

「母上、また……!」

「ディーは少し、落ち着きなさい」

「僕は落ち着いています。ですが、母上たちは常々仰っていたでしょう。力に溺れ、人の心を盗み見るのは良くないと」

「うむ。善人であればな」

「母上、貴方やクルム兄上には、姫が極悪人に見えるのですか」

「全く見えぬ」

「でしたら……!」

「ディー。おかしいとは思わぬか」


 微笑んだまま、女王は言った。


「そなたは、我らが一族の枷。〝星〟を隠すための枷という任を背負い生まれてきた、太陽の愛し子。強い光を放つそなたの前では、いくら王族といえど、星瞬く夜でなければ〝星読み〟の真価を発揮できない」


 ルーナは驚いた。そんな話は聞いたことすらない。ただ、第三王子は能力を持たないという噂だけが広まっている。

 つまり、これは王家にとって重大な秘密だ。

 自分がここに居てもいいのかと、ルーナは退席を申し出ようかと口を開きかけた。

 しかし、女王は視線をルーナに戻すと、ゆっくりと首を左右に振った。


「ここにいろ」

「ですが、今の話はセライア王家にとって重大なお話でしょう? 部外者である私が聞くわけには」

「部外者であるものか。そなたはすでに、当事者だ。……ヒルゲネス王ヴァッサーが、そなたを手放すと決めた瞬間から」


 ルーナは、父の名前が出たことに驚いた。


(私を手放す? ……まるで、私に価値があったみたいな言い方だわ)


 それとも、本心とは裏腹に、価値のない姫を売り込もうと多少の方便でも使ったのか。


「無駄じゃ。直接会えば、いかに巧妙に嘘をつこうともわかる。手紙で言葉を飾ろうと、滲む偽りは隠せない」


 また心を読んだのかとルーナは、女王を見た。

 女王は、微笑を浮かべていた。


「だが、ルーナ姫。見ようとしなければ、どんなものの真実も見えはせぬ」

「……真実、ですか?」

「そう。姫は、知らぬだろう。何故ヴァッサー王が、そなたを選んだか」

「…………それは、あの……。年が近い者同士として、私が……」


 無価値と無能だから選ばれた、という当初抱いていた考えは、さすがに口に出すことが出来なかった。

 しかし、女王はお見通しだったようで苦笑する。


「まぁ、年齢も釣り合いがとれるというのは事実じゃな。姫は十五、ディーは十七じゃ。だが、それだけか?」


 それ以外、何があるというのだとルーナは困惑した。

 あの王に、厄介払いの意図以外があるのなら教えて欲しかった。


「ヴァッサー王は、本来ならばそなたを他国へやる気など無かっただろう」

「…………私には、価値がないからでしょうか?」

「いいや。そなたが、王の宝であったからじゃ」


 そんな事は有り得ないと、ルーナは笑った。断言できた。 

 ルーナを捨て置いたのはあの王だ。価値がないと断じたのは、あの王だ。

 ――最初に背を向けたのは、父の方だ。


「ここにいるディエムノクスは、その身に太陽の加護を持つ。強い光の中にいれば、星の輝きは薄くなるが、その光が消えて無くなってしまえば、たちまち数多の星々は強い輝きを放ち、我らの心を蝕むだろう。……神から授けられた、太陽の加護を持つ者を疎み、遠ざけた王達の末路は悲惨なものじゃ」


 故に、ディエムノクスは他国に出さぬと女王は言った。


「ディエムノクスは、この国で生涯を終える。生まれたときから決まっていた事じゃ」


 ディーを仰ぎ見れば、何度も言い聞かされてきたことなのだろう、一つ頷いた。

 彼は確かに、不思議な力を持たないが、国のために生きて死ぬ覚悟を決め、コレまでの人生を捧げてきた、立派な王族なのだ。


(何もしてこなかった私とは、違う)


 比べれば比べるだけ、全く違う点ばかりが見つかる。

 すると、余計にこの場にいるのは筋違いな気がしてならない。


「そなたが選ばれたのは、その目じゃ」

「…………目、ですか?」

「そなたの目には、星々が宿っている。星きらめく夜空の瞳。ディーのそばにいると弱まる我が力が、万全に機能して姫の心を読めたのも、その目のせいじゃ」


 ディーが太陽の加護ならば、ルーナは夜の加護をうけていると女王は言った。

 枷という能力とは反対の、解放の力。星宿す目というのは、古くから力を増幅させるとセライア王家に伝えられているという。


「ディーにも許嫁を、と考えていたところ、星がそなたの名を囁いた。我らとしては国内にいる気立ての良い娘がいいと思っていたのじゃが、星々が選んだのはそなただった」

「……この目が、セライア王家の力をより強くする事ができるからですか? さらなる国の発展のために、無価値と呼ばれ捨て置かれていた娘を選んだのですか?」

「あぁ、そうじゃ」

「――っ」

「姫、それ以外、そなたにはなんぞ誇れるものがある?」

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