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プロローグ

プロローグ


「喜ぶがよい、ルーナ。貴様に仕事を与えてやろう」


 高い玉座から降ってくるのは、威圧するような重く低い声。この国……――ヒルゲネスの王であるヴァッサーは、今日も数段高い玉座の上から娘であるルーナを見下ろしている。


 これが、久しぶりの父と娘の対面である。

 誰もが一目で分かるだろう。王はこの王女を愛していないと。

 声音にも表情にも……眼差しにすら、優しさも思いやりも見当たらない。ましてや愛情など、欠片もありはしない。

 もっとも、そんな事くらいで傷ついたり悲しんだりする程、ルーナも相手に愛情を感じていなかったが。


「天すら支配する神がかった力で国を統べている、古王国セライア。彼の国の逸話は、無知な貴様でも知っておろう?」


 王の言葉は疑問を投げかけているようにも聞こえるが、別に自分の答えなど求めてはいないのだろうなとルーナは察した。

 事実、ルーナが何も言わなくても、話は続く。それこそ、返答を待つための沈黙すらなく。


「貴様、セライアに行け。かびの生えた古くさい国だが、その古くささを重要視する者達は少なくない。セライアと国交を深めれば、儂の権威も高まるというものだ」


 本気か冗談か、判断がつかない王の言葉。

 だが、ここでルーナが判断する必要はない。否、判断する権利はない。

 いつだって、答えは「はい」しか用意されていないのだから。


「使節団の長として、セライアに行け。あの国には、貴様に見合う王子が一人いる。……貴様が、成すべきことは……わかるな?」


 年頃の姫に、王子。それで察する事ができないほど愚かではないが……。


(馬鹿馬鹿しい)


 喉まで出かけていた言葉を無理矢理飲み込む。

 そして、王に対する最上の礼をとり、ルーナはただじっと頭を下げていた。黒い目は、瞬き一つせず磨き抜かれた床を見つめている。

 もしも顔を上げていれば、その目はなんだと厳しい叱責が飛んだかもしれない。ルーナの目は、とても冷め切っていた。

 だが、幸か不幸か王は顔を上げろということはなく続ける。


「貴様の顔は、あれによく似ている。黙って微笑んでいればよい。…………貴様の夫となる王子に、決して悪印象を与えるな」

「――っ」


 ――馬鹿馬鹿しい。


 またしても、口には出さなかった。寸前で堪えた。


 古王国に、王子は三人いる。

 ――星読みという、天の動きを見て感じ取り、干渉するという不思議な力。それが、あの古王国セライアの王族には備わっていると言う。


 現在セライアを統治しているのは、女王。

 彼女には三人の息子と、二人の娘がいる。


 ご丁寧に、父王に呼び出されたとき、どこから話を聞きつけたのか腹違いの妹の一人が教えに来てくれたのだ。

 思いっきり、優越感に浸った顔で。


(――三番目。……末の王子は、セライア王家の中で唯一、能力を持たなかったみそっかす)


 だから、お姉様が選ばれたのよと妹は得意そうに語った。


 古王国と縁続きになるという美味しい条件にも関わらず、後ろ盾をなくしひっそりと王宮の隅で生きている無価値な姫に話が来たのは、相手も難ありの能なしだからなのだと。


 無価値な姫と、みそっかす王子。

 娶せるなら、ちょうど良い厄介払いが出来る。


 つまり、そういうことなのだと腹違いの妹は語り「かわいそう」だと大笑いしていた。

 ――王の真意も、また同じなのだろう。

 ルーナに見合う王子がいると、たった今口にしたのだから。


(……馬鹿馬鹿しいわ、本当に。なにもかもが)


 父王はいつになく、機嫌が良く見えた。

 あれ、などと――ルーナの亡き母を、話題に出してきたのだから。

 あれほどまでに、疎んじて冷遇し、見殺しにした母を。


 ――ルーナは、自分の胸の奥がきしんだかのような痛みを覚える。


(……お母様……)


 国一番の美貌だと謳われた母。

 国一番の美貌だけしか、持ち得なかった母。

 美しさだけで王の目にとまり、美しいだけだったから王に捨てられた女と人は笑う。


 そして今、父王は母と同じことをしろと自分に言っているのだ。

 理解すれば、胸の痛みは怒りに変わる。

 そして、生まれた怒りはじわじわと体中に広がっていった。


「返事はどうした、ルーナ」

「…………」


 傲慢な声が、頭上に響く。ルーナは、ますます顔を低くした。

 自たち母娘を……父は、この男は、またしても軽んじるのかという屈辱感に、ルーナの体は小さく震える。

 けれど、父王は気が付いた様子もない。ただ、返事がない事に苛立ったように、一度床を大きく踏みならした。


「――返事はどうした、と聞いておる」

「…………はい、陛下の言いつけ通りに」


 なんとか震えず、いつも通りの声が出せた。

 ルーナが必死に感情を抑え込んだ返事に、王はたいした関心をしめさず、ふんと鼻を鳴らしただけだった。

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