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第9話 校舎裏の失敗

勢い余って2万字を越えそうになってしまい、慌てて書き終わってる部分を分割しました。


実は、またブックマークしてくれた方がいて下さったようで、嬉しくて没頭してしまいました。

あまり文字数が多すぎると読み疲れてしまうかもしれませんし、今後も気を付けていきます。


ブックマークして下さった方、ありがとうございます!

今後もご期待に添えますように邁進してまいります。


今回のお話も楽しんで頂けると幸いです。

 


 蓮と白船の立ち振る舞いによって、無事に、瀬戸校内でのグループ編成は成された。

 しかしそれは、全てを掌握したことを意味する訳ではない。

 蓮たちに出来たのは干渉する所まで。その結果、最大限の利益を得られるように行動した迄に過ぎない。


 川の流れを変えることも、堰き止めることも、人には可能だ。人智が、それを可能としてくれる。しかし相手は自然の猛威。自由自在にとはいかない。

 根拠に裏打ちされた手段を用意し、入念な準備までを熟す。そうして初めて、ご機嫌を伺うことができる。


 "流れ"とはそういうものだ。

 全てをコントロールできると思うことは、傲慢だった。


 だからこそ、今。

 蓮の目の前で起こった事態に関しては、予想外ではあっても、想定外ではなかった。


 時は放課後。

 場所は、西館と第二体育館に挟まれる陰地。通称──裏の場(Back Door)

 教職員が在住する東館から最も遠い場所であり、人目を遮るように木々や倉庫が設置されている所がアングラな雰囲気を夢想させるのか、生徒達にそう呼ばれていた。


 確かに日差しが入りにくい立地ではある。庭から見える窓には暗黙が貼られている──西館は芸術関係で使用されている教室が多くあり、中の機材への紫外線ダメージを防いでいる──こともあり、その陰湿さはひとしおだ。

 西館と隣の体育館とを遮るようにフェンスが設けられているのだが。その一見普通のフェンスも、雰囲気に後押しされて、まるで有刺鉄線のような存在感を放っている。


 生徒達が忌避感や冒険心を感じるのも、納得の環境だった。


 しかしその実、整備はしっかりと行き届いている。

 一歩足を踏み入れれば、切り揃えられた芝生と、大気の流れを意識した配備がされていることが分かる。この場に、イメージほどの不快感はなかった。

 今も、湿気を帯びたひんやりとした空気が、静かに滞留している。夏を前に熱を孕み始めた最近において、この環境はなかなかに快適なものだった。


 青々とした草木の香りに心なしか癒されながら、この校舎裏で、蓮は1人立っていた。


「──ほんと……暇な奴が多いことで」


 腰に手を当てて、そう、呆れたように感想を漏らす。

 その眠たげな目は、のんびりと前を見つめていた。その視線を追ってみれば、逃げるように走る男子生徒の背中が一つ。


 基本的に、放課後には真っ直ぐ家に帰る蓮が、わざわざこんな場所に足を運んでいたのは、彼に呼び出しを受けていたからだった。

 その当の本人は、よほど怖いものでも見たのか一心にその足を動かして、すごい勢いで離れていっていた。彼に振り返る気配はなく、実に呆気なく、その姿は校舎の角に消えていく。


 話し相手を失った蓮の呟きは、誰に聞かれるでもなく空に溶けて消える──そう思えたところで。


『他を疎かにしてでも、貴方に会いたいということでしょう。モテモテね、佐々波君』


 そんな、突き放すようなぞんざいな口調で紡がれた女性の声が、蓮の鼓膜を震わせた。

 発生源は、長めの髪に隠れるようにして、耳に取り付けられていた小型のワイヤレスイヤホン。隠すことのない嘲笑を漏らしているその声の主は、空き教室にて待機している白船だった。

 耳にするだけでも、その持ち主が美人だと分かる澄んだ声音。機械越しでも性質を変えないその声には、猫を被っている時とは異なる冷たさが内包されていた。


「男にモテても、これっぽっちも嬉しくない」


 蓮は素直な感想を告げて、手元の紙をグシャリと握る。

 その紙には3つの文字がデカデカと書かれていた。書くときの筆圧が強すぎたせいか、その文字は潰れていて、読めたものではなかった。

 状況からの考察を含めて、辛うじて"果し状"と書かれていたのだと読み解く事ができる。


 この学校の生徒には、文通が流行っているのだろうか。

 白船の呼び出し然り。実に古風なことだ。


 疲れを滲ませるため息が、蓮の口から溢れ出る。


「所詮は他人の色恋沙汰。無駄に干渉しすぎだと思うんだけどな」


 呼び出しの主であり、今しがた、力ずくでこちらを排除しようとしてきた生徒の事を思い出しながら、蓮は心の底から不理解を滲ませる。

 胸元のポケットに収められた携帯端末が、その声を耳聡く拾っていた。一部始終を共有する為に通話状態になっていた端末は、しっかりとその役目を果たして、蓮の言葉を白船に伝えてしまう。


『それは楽観視というものよ』

「そんなつもりは、無いんだが」

『であれば、無自覚に程度を低く見ているのでしょうね』

「……」


 そんな自覚はない蓮だったが、だからこそ無自覚であると指摘されれば、その口を噤むしかなかった。

 全てを知っているという傲慢を、蓮は持ち合わせていない。むしろ本質的に悲観的な気がある蓮は、己の価値観が全てではないことを知っていた。

 人である限り、理解できない事は確かにあるのだから。


 蓮の沈黙に対して、聞く姿勢になったと判断した白船が、指摘した"無自覚"を言葉に変える。


『佐々波君には想像も出来ないでしょうけれど、彼らに取って、この事態は他人事ではないのよ。なんと言ったって、"白船月寧"に関わる恋バナですもの』

「いやいや。対岸の火事にわざわざ足を運んで、ついでに中に飛び込むようなものだぞ? あり得ないだろ」


 彼女の言う通り、想像していなかった理由に対し、蓮はつい、己の価値観で否定の言葉を紡いでしまう。


『あり得ない程に、私が人気ということよ』


 白船は、ただ事実を述べるように淡々と返答した。

 自惚れとも受け取れそうなその言葉には、しかし自信だとか優越感だとかは感じられない。

 無表情に口を開いているのだろう白船の姿が、蓮には容易に想像できた。

 謙遜する事なく己の価値を口に出す彼女の姿勢を、蓮は意外と嫌いではなかった。


「白船のそういうところは、いっそ清々しいよな」

『事実だもの』


 その肯定の言葉には、ただただ憂鬱だという、マイナスの気持ちのみが込められていた。

 今の蓮には、その気持ちには多少理解できる所があった。

 先ほどの、逃げ帰った男子生徒とのやりとりを思い出してみると、その共感はより強異物に変わる。


「確かに事実だが……まぁ、それなら彼らの態度も納得か……さっきの奴なんて"僕の白船さんを汚すなっ!"って唾吐きながら殴りかかってきたぞ」


 そうして、訳もわからぬ内にアッサリと地面に寝かされることになった件の彼は、制服に付いた土埃を払うこともせずに、這々の体で去っていった訳だ。


 白船は、微妙に間をおいてからその口を開いた。


『……ちょっと、気持ち悪かったわね』

「素直か」


 はっきりと嫌悪感を示す様子に、蓮はつい笑ってしまう。

 ──しまった、と。次いでハッとする。

 こういった状況において、たとえ不可抗力であっても笑われることを、白船は好まない。このままでは、彼女の不機嫌が矛先を向けかねなかった。

 蓮は早急に話題を変えることにした。


「あー。しかし、予想より早く動く奴が出てきたよな」

『……そうなのよね。もう少し辛抱強いというか、冷静に判断を下せる人がこの学校には多いだろうと、そう思っていたのだけれど』


 今回のプチ騒動への懸念を議題に挙げれば、白船も同じ思いだったのか、笑われた事への追求はなく、あっさりと話に乗ってきた。

 意外な展開に蓮は片眉を僅かに上げる。しかし変に掘り返して戯れ付かれるのも面倒な為、深く考えずに話に集中することにした。


「可能性としては考えていたから、想定外ではないものの……予想が間違っていたのは事実だ。俺、どこかで対応を間違えたかな?」

「……どちらかと言えば、逆かも知れないわよ」


 どこかはっきりとしない口調で、白船がそんなことを言った。

 彼女自身も思考中の身なのだろう。その言葉に結論は見当たらず、考えていることが口から漏れた時のような、手探りの気配を感じ取れた。


「逆、ね……」


 白船の言葉に対して、蓮は素直に思考を回す。彼女の言葉の、その理由をわざわざ問うようなことはしなかった。


 瀬戸校に所属する生徒達の性質に関しては、蓮よりも圧倒的に白船の方が詳しい。単純に所属している時間に差がある為だ。

 蓮の無自覚を指摘したときのように、彼女だからこそ理解できる状況が存在する。だからこそ、彼らに対する考察や予想においては、白船に頼る面が非常に大きかった。

 そんな彼女に、この場面で理由を問うのは、信用していないと口にするのと同じことだと、蓮は考えていた。


 対して白船の方は、少しばかりの罪悪感を感じていた。

 自分に足りない部分を任せている、と。そのような形で認識している蓮が、彼女に攻めるようなことを口にすることは決してない。今回の予想外に対しても、その方針は変わらない。

 しかしだからこそ、白船は小さな責任を感じていた。


 ミスを自覚している人間にとって、責められないことは、時に罰となる。

 だから白船は、普段であれば責めるような対応をしていた蓮の笑顔にも、見て見ぬふりを選択していた。


 蓮が責めないように、己も責めない。

 白船にだって、我慢はできるのだ。


 表に出さないだけで、そして決して認めないだろうが、なんだかんだでお互いを尊重しようと努めている2人だった。


 白船が口にした言葉をきっかけとして、思考を深めていた蓮。

 何か引っ掛かるモノがあった。

 それも、つい先ほど耳にしたことが関係しているような──


「……もしかして、俺たちは頑張りすぎたのか?」


 どの呟きと同時に、霧が晴れるよな感覚が蓮に飛来した。

 "脳の血管が開く"とでも言うのか。思考が冴える。問題にぶつかっていたが為に動きを鈍らせていた蓮の頭が、急速に活発化していく。


 蓮が自分よりも先に答えにたどり着いたことを、白船は察した。


「……自称モノグサの佐々波君から、そんな言葉が出てくることに強い違和感を隠せないけれど……何に対してのことを言っているのかしら?」


 ちょっとした敗北感がそうさせるのか。つい、いつもの様に皮肉混じりの言葉を使ってしまいながら、彼女は蓮に問いかける。

 対して蓮は慣れたもので、カケラも気にした様子もなく答えを口にする。


「俺らのやった管理作戦のことだ。ほら、しただろ。ヘイト管理」

「ああ……そういうこと」


 事ここに至っては、白船も勘付いた。

 ヘイト管理。つまりは蓮と白船共同で行われた"見せびらかし活動"のことだ。


 "むしろ逆"。そして、"頑張りすぎ"。

 この2つのキーワードに加えて、先ほど自身が口にした言葉──蓮に指摘した"楽観視"や"無自覚"という言葉──を思い出して、白船も蓮と同じ答えに辿り着く。


「私たちは、見誤ったのね」

「そういうことになるな」


 2人同時に、嘆息する。

 呆れが多分に含まれたそのため息は、お互いに、己自身に向けてのものだった。


 いったい、2人が何を見誤ったのか。

 一言で言えば、過大評価をしていたのだ。"彼ら"に対して。


 彼ら──瀬戸校の生徒達は、優秀だった。

 文武において、高レベルな生徒が多く在籍し、両分野において結果を残していることは一般にも知られている。そして在籍生の平均的な能力も、他の雑多な学校を遥かに上回っている。


 こと能力においては、確かに優秀なのだ。


 しかし蓋を開けてみれば、なんてことはない。彼らは普通の高校生だった。ストレートな言葉を使うなら、彼らは幼く、そして俗物的だったということだ。

 経験が浅く、精神が幼く、失敗を繰り返す。

 その能力がどれだけ高かろうと。分野によっては大人を上回る時があろうとも、彼らはまだまだ未熟な未成年なのだ。


 その事実を、2人は見落としていた。軽んじていた。

 だから、見誤った。彼らの持つ、我慢の限界ラインを。


「……ちょっと、挑発し過ぎたか?」


 蓮はこの3日間で行ってきた挑発行動を振り返り、自問する。

 ほんの小さなチャンスであろうと逃すことはしなかった。朝の挨拶から始まり、帰りのさようならまでだ。

 徹底して、見せつけていると取られるレベルで、親密性をアピールしてきた。


 これでもか、と言うほどに。


 結果的に、希望通りの組織図作成にこそ成功はした。そこまでは、見事なものだった。

 しかし、蓮と白船もまた、未熟な学生でしかなかったのだ。

 だからこうして、失敗を経験する。


 計画段階では、今日のような突発的かつ個人的な反発行為が発生するのは、もっと先のことだと予想していた。先程の男子生徒の存在は、その予想を失敗したことを、明実に物語っていた。


 蓮は失敗を受け止める。やってしまったものは仕方ない、と。

 元来、クヨクヨと悩み続けるタイプではないのだ。


 相手の情報を手に入れるための行動を、相手の情報が不足している状況にも関わらず、大胆に進めすぎた。

 慎重さが足りなかったのだ、と。蓮は今回の失敗の原因を、そう分析していた。


『……私も、少し反省していたところよ』


 白船も蓮と同じように自省していた。

 しかし、その内容は別のものだった。彼女が責任を感じていたのは"蓮の発案をそのまま受け入れていた"という自身の判断に関してだった。


 恋人契約を締結した当初。その時に最初の目標に設定していたのは、蓮に関心を向けること。そして、その中から蓮に敵意を向けてくる存在の特定。この2つのみだった。

 まずは現状の把握から始めて、後々、周囲の動きをコントロールしていく心算だったのだ。


 しかし蓮が提示した策──実施したヘイト管理──は、敵意の特定に加えて、その動きの緩慢化。更に保身まで備える一石三鳥の策だった。

 それ故に、目が眩んだ。


 白船は有用だと感じたからこそ、その策に頷きを返し、なんならノリノリで行動した。

 その時の彼女の心に、"鬱憤を晴らしたい"という思いが無かったとは言えなかった。

 今まで、一方的かつ傍迷惑な好意を向けてきた周囲。蓮との恋人関係を見せつける行為は、そんな彼らに対しちょっとした仕返しをしているようで、心が浮ついていたのかもしれない。


 だからこそ、盲目になっていた。欲に駆られて冷静さを欠いていた。

 白船はそう、かつての自身を自省する。


 結果として、"ちょうどいい"と2人が感じていた塩梅が、周りにとっては劇薬だったのだ。妬み僻みに対抗する精神性を、瀬戸校の生徒達は未だ熟せていなかった。

 過大評価とは、そういうことだ。


 ひとまずの反省を終えた蓮は、切り替えるように息を吐く。

 長く、細く吐かれた息が、肺の中から重たい空気を吐き出す。代わりに取り込んだ新鮮な空気が、肺を満たす。


 切り替えは完了した。

 意識してトーンを高くした声で、蓮は言う。


「ろくに恋人を作ったことのない2人が計画実行を行なっている訳だし。そりゃまぁ、こういった面での誤差は出てくるわな」


 おちゃらけた風に告げられた言葉が、空気を軽くした。


 約17年という短い人生で、2人に恋人がいた事実は、生憎とない。

 お互い、年齢イコール童貞or処女なのは当然として。今まで、碌にデートすらしたことがなかった。

 高校生にもなって保ち続けるその身の純白さは、今時珍しい。


 この2人は、そんな絶滅危惧種レベルの存在なのだ。心と溶け合ったような"恋愛"というカテゴリーにおいて、全て予想通りに事を運べることが出来てしまえば、それこそが異常だろう。


 そう考えてみれば、今回の失敗も大したことがないように思えてくる。

 いつまでも引きづってはいられない、と。そう白船も考えたのか、一拍置いてから、蓮の言葉に同意を示す。


『……言われてみれば、確かにそうね。私たちの関係だって、あくまでも契約上のものでしかないし』

「そう考えてみると、いずれどこかで、似たような失敗をしてただろうな。こうして早いうちに、リカバリーの効く失敗で収まって良かったと、そう思うべきか?」

『いい考え方ね。嫌いじゃないわ』


 いつもの調子を取り戻したのか、上からの物言いで賛成する白船。

 彼女が微笑んだ気配が、音声越しに伝わってきていた。


 お互いにこの失敗を飲み下すことが出来た、と。蓮はそう判断し、とりあえずの安心を覚える。"失敗の経験"という名の底なし沼に、足を取られることは本意ではないのだ。

 何故なら、疲れるから。

 生産性のない行動を回避できたことに、蓮は心の底から安心していた。


 失敗は当然のことだった、と。

 そう、とりあえずの納得を持って、2人は今後のことに意識を向けることにした。





お読み頂きありがとうございます。


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