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第7話 第一手

どなたかがブックマークして頂けたようで!

それもたったお一人様。特別感がハンパないです。


見てくれているっていうのは、やぱり嬉しいですね。


ブックマークして下さった方はもちろん、本作品を読んで下さっている方々のご期待に添えるように邁進して参ります。


という訳で、やる気が突発的に上がったので次話投稿です。

お楽しみ頂けますと幸いです。

 



 蓮と白船。たった2人を中心に発生した騒動に次ぐ騒動。

 普段とは比べ物にならない程に騒がしい月曜日は、ついに出動することになってしまった教職員達によって即座に沈静化された。

 唐突に暴徒一歩手前と化した生徒たちを前に、その理由も分からず動揺を隠せずにいた彼ら。しかし教職員として、何より大人としての責務を真っ向した彼らには、尊敬の念が絶えない。


 もはや"鎮圧"とも呼べるような形で、合唱団は無事に解散させられた。

 学校としては当たり前の対処をしたまでのことなのだが、結果として悪手になってしまったかもしれない。


 今現在この学校では、生徒たちが大切に愛でていた願望と、蓮たちによって奇襲ばりに叩きつけられた現実とが、彼らの頭と心の中でぶつかり合っている訳で。

 合唱団の解散とは、それらがぶつかり合うことによって生まれた摩擦熱を発散する為のコミュニティーを失うことを意味していた。


 熱は即座に落ち着きを見せるエネルギーではない。

 その保有する温度が高ければ高いほど、冷めるのには時間がかかるものだし、雑に扱うと痛い目を見ることもある。

 焚き火の時、燃え残った熾火(おきび)が想像以上に長く熱を保つように。

 生徒達の心には、未だ多くの火種が残り、再び燃焼する機会を待ち望んでいた。


 そんな不穏な気配が漂う中でも、世界で唯一平等に与えられるのだろう『時間』は、無慈悲にも進んでいく。

 HR(ホームルーム)という規則が、着々とその存在感を大きくさせていた。

 残念ながら、規則というものには個人的事情を(おもんばか)る能力は備えられていない。生徒達の事情は度外視され、割り振られた教室への集合を強制する。


 それは騒動の中心である蓮達2人も、当然例外ではない。向かう先は一つに絞られていて、従順にその足を動かしていた。

 教職員による大立ち回りに紛れて、シレッと人混みから脱出していた2人だったが、流石に、不特定多数から向けられる視線までからは、逃れることはできていなかった。

 人が動くスピードより、声の伝達スピードの方が早いのだ。その常識に従って、噂が先を歩いただけのこと。であれば、この状況は必然だろう。


 これほど多くの疑惑に濡れた視線に囲まれていると、常人であれば気分が悪くなりそうなものだ。しかしキモの座り方が違うのか、横並びで歩く2人の歩みが乱れる様子はない。

 すれ違う生徒たちの疑問や困惑を置き去りにしながら、自分たちの教室──2年1組の教室、その扉の前に辿り着く。


 全体的に落ち着いた生徒の多い──今日だけを切り取ってしまえば、とても信じられないことだが──瀬戸校は、教室内の話し声が外まで漏れ聞こえることは珍しい。

 それは全教室に防音加工が施されていることも理由の1つではある。しかし一番の要因は、やはり生徒達の振る舞いによるものだろう。


 つまるところ、今日は珍しい日に該当された。


 白船は、耳を寄せるまでもなく聞こえてくる扉越しのざわめきを確かに聞き取りながらも、その表情を崩さない。美しく微笑んだままで、騒音に対して嫌悪感を見せる様子もない。

 蓮とのやりとりで見せていた姿が嘘のように、人形のような綺麗な顔をしていた。


 普通の人間であれば、小さくとも顔を顰めている場面。それが許される状況。

 そんな中でも決して素行を崩さない彼女の姿は、逆説的に、小さくとも彼女に変化を齎す蓮という存在の特異性を、周囲に印象付けていた。


 自身の対応によってそう印象付けることが可能なのだということは、白船は誰よりも理解していた。

 狙い通りの状況に、内心でニタリと笑っている事を察することができたのは、契約関係にある蓮だけだった。


 ひとまずの満足を終えて。

 彼女は臆することなく、極々当たり前のように、手を伸ばす。

 きっちり揃えられた彼女の指先が取手に触れて、静かに扉が開かれた。


「おはようございます」


 同時に告げられる、澄んだ声での挨拶。張り上げた訳ではない、実にフラットな声量。

 そのたった一言が、教室内の生徒達全員を振り向かせた。そして訪れる静寂と注目は、道端に落とされた金貨が硬く跳ねた時に発生する状況に、よく似ていた。


 反射的であり、欲望的であり、悲観的である、彼らの行動。

 その動きから見て取れる、ごちゃごちゃし過ぎていて読み取れない感情が、白船に向けられていた。


 "白船月寧"という女子生徒は、彼らクラスメート達にとって偶像(アイドル)のような存在だ。いや、むしろ映像機器越しでしかお目にかかれない存在よりも、潜在的な魅了度合いは深いものがあるだろう。

 才色兼備なお嬢様。まるでサブカルチャーから産み落とされた存在のように、現実感のない美貌と能力の高次元の抱き合わせ。加えて、父はここ英弘島の創設にも関わった有数の権力者。


 自分達とは異なる存在だという、諦めにも似た憧憬を、彼らは白船に対して向けていた。


 そんな彼女に、恋人ができたらしい。

 寝耳に水どころの騒ぎではない衝撃的な、そして信じ難い情報を、唐突に耳にすることになった彼らは、どのような反応を示すだろうか。


 答えは決まっている。現実の否定だ。彼れらは未だ学生で、残酷な事実に向き合う手段を身につけられていはいないのだ。

 そして悲しきかな。願うだけで事実が変わってくれるほど、世界は優しくはない。


 疑わしい。嘘に決まっている。彼らも"そう"は思うものの"火のない所に煙は立たない"という言葉が脳裏をチラつく。その可能性を一度思いついてしまっては、もう逃れられない。

 次第に、焦りにも似た不安が顔を覗かせ始める。


 どうにか心の平穏を保とうと、彼らが探し始めるのは仲間であり同類だ。

 同じ苦悩に晒されている友人との会話で気を紛らわせる。それくらいしか、精神的に成熟したとは言い難い学生には、手段が思い浮かばないのだ。


 会話に集中しようとすれば、当然視野は狭まる。じわじわと大きくなっていく不安に比例して、彼らの声量も増していく。しかし狭まった視野ではそのことに気づきもしない。

 まさに負の連鎖だ。

 教室の外にまで声が漏れていたのは、そのせいだった。


 そんな不安に満ち満ちた教室に、中心人物である白船が現れた。

 普段通りの面持ちで、普段通りの綺麗な声で挨拶をしてくれている。


 とてもではないが、彼らに普段通りの返事を返す精神的余裕はなかった。


『……お、はようございます』


 当然、こうなる。


 普段であれば即座に返せただろう挨拶も、流石の今日に限っては淀みが見えた。

 胸に抱えた疑問と疑念と疑惑がごちゃ混ぜになっているせいで、彼らの反射機構にエラーが生まれていることが察せられた。


「っと……なんで止まってるんだ?」


 続いて入室しようとしていた蓮が、思わずといった風に声を漏らす。何故か立ち止まっている白船が弁となって、蓮の体をつっかえたように停止させた。

 つっかえたような──つまり今現在の2人の距離は、接触一歩手前の近距離な訳で。


 ──はぁ?


 そう、誰かが声に出した訳ではない。投げかけられたのは声ではなく視線だったのだから、声が聞こえようも無い。

 しかし確かに、蓮には聞ていた。その、プッツンした怒りの声を、肌で感じ取った。


 不良がガンを飛ばす時に捻り出すようなその声が、一体誰の、いや誰()のものなのかは、言うまでもないことだろう。

 そしてこの瞬間、教室に充満していたストレスの向きが決まった。

 水風船に穴を開ければその一箇所からのみ水が漏れ出るように。不安、不満、怒り、葛藤それらをぶつけるべき相手が、無言の共通認識の下に確定した。してしまった。


 佐々波 蓮という一男子学生が、彼らの敵になった瞬間だった。


 蓮のそばに立つ白船も、当然のことながら、クラスメート達の視線の圧が変わったことを察することになる。察して、心の内で小さく笑う。

 いい調子ね、と。目の前の成果に対して満足感を抱く。


 下駄箱での一幕も相まって、蓮に集まることになった敵意の濁流。普通ならゴメン被りたいこの状況を、彼女は成果であると認識する。


 何故か。


 予定通りの行動に対して、きっちりと予定通りの結果がついて来たからだ。

 全容は見えない。しかしこの状況が、蓮と白船2人によって生み出されたことだけは、確かだった。


「いえ、少し……気になることがあっただけです」


 蓮からの疑問に答えながら、彼女は不思議そうな表情を僅かに覗かせる。

 クラスメート達の様子に首を傾げていた、と。そう認識されるように見せかける。


「そうか。何か助けは必要か?」

「大したことではなさそうですので、ご安心を」


 お気遣いありがとうございます、と。わざわざ振り返りながら口にして、蓮に向けて綺麗な微笑みを見せる。バッチリと角度を調整されたそれは、蓮以外の人間も射程に収め、見事に周囲の生徒達の目を焼いた。

 彼らは、例え横顔であろうと彼女の微笑みを目にできた幸運を噛み締めると共に、その笑顔を正式に向けられている相手に強い嫉妬を抱くことになる。もはや睨みつけるといった風な視線が、蓮に突き刺さり始めた。


 何故、白船は煽るような行動をするのか。


 これもまた、2人の狙いに起因する。

 周囲から向けられる賛美に対し、美麗な──内心で煩わしさを感じているとはとても思えない──仮面の下で、彼女は事実を淡々と受け止めながら、次の手に打って出たという訳だ。


 つまりは、蓮に向けられた敵意の定着である。


 蓮に注目を集めることは出来た。

 注目を敵意に変えることも出来た。

 ここまでは上手く行った。しかし一時的では困るのだ。


 白船が望むのは"平穏"であって、一時のしのぎではないのだから。


 だから彼女は、笑顔というたった1つの所作を用いて蓮へのアンチ濃度を高めてみせた。

 自身の価値を知り、より効果的なタイミングを理解しているからこそ出来たことだ。

 彼女の悪女レベルを感じさせる、実に見事な手腕だった。


「それは何より。白船を……恋人を煩わせる問題は、少ないに限る」


 白船の微笑みを唯一表面で受け止められる栄誉に預かりながら、蓮は陽気に肩を竦めて、形ばかりの微笑みを返す。

 その上がった頬の片側が、小さい動きながらも妙にヒクついていた。


 基本他人に無関心を貫き、そして今までの転校生活でも貫いてきた蓮にとって、笑顔の難易度は悲しいことに高かった。随分と使ってこなかった表情筋が、無理をするなと囁いている。

 よくよく観察すれば違和感に気づけそうな変化だったが、白船側のインパクトのおかげで、周囲に気づかれた様子はなかった。


 ちょっとッ、と。恨めしげに白船が。

 いや、悪い、と。素直に蓮が。

 表には出さずに、アイコンタクトのみで短くやり取りを交わす。


 ポーカーフェイスや皮肉げな笑顔は得意でも、爽やか系列は苦手とする蓮だった。


 そんな、実のところだいぶ無理をして外面を取り繕っている蓮だが。口元こそぎこちないながらも、その前髪の奥にある眼光には、確かな鋭利さを宿していた。

 その理由は、先ほど蓮が口にした言葉にあった。白船を慮っているように思えるその短い言葉にも、蓮はしっかりと仕込みを行なっていたのだ。


 "煩わせる問題は、少ないに限る"


 その言葉は、受け取り方によって意味を変える。

 特定の条件を満たした存在に対して、釘を刺すような言葉に変わる。


 そう、例えば。

 今もなお、現在進行形で蓮を睨みつけている危うい気配を放つ生徒達に対して、"問題を起こして白船を煩わせるな"と。牽制のような意味で解釈することが出来る。


 些か皮肉めいた語用ではあるが、ピンとくる生徒は多くいるだろう。

 何せ彼らは、優秀だから。その優秀さは、一年以上の時間を観察に費やした、白船直々のお墨付きだった。


 隠された意味に気づいたもの達の中でも、反応は二分される。

 ハッと気づいて自省する者と、自身に都合のいい解釈をした者だ。

 さて、どちらの反応を見せるのか、と。少しの好奇心を混ぜ込みながら、蓮は屋上で白船相手に使用した観察法を再活用する。

 前回の試運転が功を奏したのか、要した時間は瞬きを一度。その程度の時間で十分だった。


 結果として、仕込みは順調に機能した。

 彼らの反応から満足できる結果を確認し、今度こそ本当に、蓮は小さな微笑みを見せた。


 蓮と白船。お互いにやるべきことを無事に終えたことを、相互に察する。

 扉の前で行われた2人の短いやりとりは、周囲を置いてけぼりにしたままに終わりを迎える。


 二言三言。振り返ればその程度のやり取りだった。

 しかしたったそれだけの情報でも、随分と──いっそ不自然な程に──2人の仲が良いのだろうということは、理解できるものだった。


 とはいえ未だ、最も重要な疑問が解消されていない。

 2人が本当に恋人同士なのかどうかという最も重要な疑問への答えは、はっきりとした形で齎されてはいなかった。


 答えを求められていることを理解しながらも、蓮達は気付かないふりを貫いた。

 小骨が喉に引っかかたような顔を周囲から向けられながら、隣り合わせの自身らの机に向かう。

 お互いのパーソナルスペースに踏み込んだ、そんな近い距離で歩きながら。


 それを目にした生徒たちは、時が止まる感覚を実感した。


 距離感。

 ただその一要素をきっかけにして、周囲が内心で否定してたがっていた現実が、彼らの頭蓋に叩きつけられる。


 蓮の出まかせではなかったのだ。

 恋人という関係は、白船が自身の意思で受け入れているものなのだ。


 その現実を見せつけられる生徒達。強すぎる衝撃に真っ白になった頭では、ただ沈黙を持って2人の背中を見つめる以外に、取れる選択を作り出すことは出来なかった。


 廊下にまで届いていた喧騒は何だったのか。重たい静寂が教室を支配する。

 机に向かって歩く蓮たちだけが、その静寂を切り裂いていた。


 視線の嵐が、2人を捉えて離さない。6割敵意。3割疑心。残る1割に好奇心を混ぜ合わせたそれらに包まれながらも、我関せずの蓮達はそれぞれの机に辿り着く。


 徐ろに、白船に向かって伸ばされた蓮の腕。その先には、落ち着いた艶のある、革製の鞄が一つ。

 朝の挨拶を交わしてからずっと預かっていた、白船の鞄だ。

 それを素直に受け取って。ありがとうございます、と。彼女は小さくお礼を口にする。

 ああ、と。雑に投げ返した頷きを返礼とした蓮は、そのままあっさりと自身の席に腰を落とした。


 机の横に自身の鞄を収納し、教材を筆記用具を納め、支度は完了。

 そうして前を向けば、豪雨のように突き刺さる視線の束。数という原始的かつ現代的で、実にシンプルな力が蓮をすり潰そうと、暴力性を備えて向かってくる。


 それを前にすれば、どれだけ共感能力の低い人間であろうとも、向けられている感情が"負"に属するものだと必ず理解できる状況。

 その状況で、いや、だからこそ。


 ──蓮は、笑う。


 ニヤリと、嗜虐(しぎゃく)的で見下すような、そんな笑み。

 その笑みが、未だ蓮に向けられるだけだった一方的な敵意を、相互認識のもとで初めて成立する"敵対関係"へと押し上げた。

 思わず、比較的感情的な男子生徒が反射的に腰を上げかけた。


 ──そのタイミングで。


 ガラリ、と。教室の扉が開かれる。

 出鼻を挫くように姿を見せたのは、担当教師の根雪だった。


 校庭や昇降口での大捕物に彼女も参加していたのか、心なしか疲れたように肩を落としている。

 おはようございます、と。普段通りの挨拶を口にしようとして、違和感に気づく。ここまに辿り着くまでに散々耳にした騒めきが、何故かこの教室だけしないのだ。

 他の教室と似たような状況だろうと悲観しながら歩いてきた彼女としては、予想外のこの状況に、その切れ長の眉を片方、上げずにはいられなかった。


「……何かありましたか?」


 生徒のほとんどが半身で──蓮達2人の席は最後尾の為──こちらを振り返る姿に、根雪は素直な質問を投げかける。

 冷たげな声が、静寂の中で唯一跳ねる。

 十数分前の騒動も原因としているのだろう。その声には、呆れと倦怠感からくる隠しきれない苛立ちがあった。


 元来の鋭い目尻を更に研ぎらせて、根雪はゆっくりと教室を見渡していく。冷たいその視線に、血の上った頭を強制的に冷やされる生徒達。

 中途半端に腰を浮かせていた男子生徒も、力が抜けたように、ペタリとお尻を元の位置に戻していた。


 リードを押さえつけられて頭を伏せるしかない犬のように、生徒たちは落ち着きを見せる。

 静かに目線を下げる生徒達を見渡していた根雪の視線が、ふと止まる。

 その先には、数瞬間前に覗かせていた悪意的な笑みを消し去って、デフォルトの無表情に戻していた蓮の姿。


「何か、ありましたか?」


 彼女は再度、同じ質問を繰り返す。

 その言葉は、上から押さえつけるような声音で持って、蓮のみに向けられていた。

 緩急の付け方が影響しているのか、問いかけというよりは、尋問に似た気配を感じさせる。


「いいえ先生。何も」


 肩を竦めながら、いけしゃあしゃあと、蓮は否を返す。

 どの口が言っているのか、と。怒りを脳裏に過らせる生徒達も居たが、一度冷めた頭が再度沸騰することはなく、声は上げずに蓮を睨みつけるだけで留まっている。


 根雪の雰囲気が怖いのか、睨みつけようにも肩越しに振り返るだけの眼光になってしまう生徒達。残念ながら、蓮に対しては威力不足なようで、気にも留められていなかった。


「……」


 落ち着きを取り戻しつつあった教室内に、再び敵意が浮かびあがろうとしていることを肌で感じた根雪は、チラリと生徒達にも目を向ける。

 蓮の言葉に嘘はないかという、無言の追求だった。


 しかし、彼らからの反応はない。

 気まずげに、顔を逸らす者ばかりだ。


 当然と言えば当然のことだった。蓮は本人の言う通り、何もしていないのだから。

 ただ白船と一緒に登校し、彼女を気遣い、そして微笑んだ。やったことは、たったそれだけ。

 仮に、その事実を声高々に訴えた生徒が出ようとも、その無害な蓮の行動に対して、教師側が取れる行動は、ない。


 その結末を理解し納得できる程度には、彼らの頭から熱は放出されていた。


 求めた反応が返ってこないだろうことを察した根雪は、最後に改めて蓮に目を向ける。蓮は既に、初回の授業に使う参考書を探す作業に移っていて、目が会うことすらなかった。


 結果として、彼女が期待した反応は何も返ってこなかった。


「……そうですか」


 ポツリ、と。溢すようにそう言うと、根雪は蓮から視線を逸らし、教卓へと移動を開始する。

 抑圧的な雰囲気から解放されて、生徒達の方から力が抜けた。


 ──カツリ、と。


 一度強く響いた足音が響く。

 苛立ちを叩きつけたようなその音が、根雪が身に纏う冷たさを、より一層厳しいものに感じさせた。


 気を抜いていた生徒達は、思わずその背筋を伸ばしていた。


 ──ちょうどそのタイミングで、校内放送で定刻のチャイムが鳴る。


 瀬戸校では、時間管理も個々人で学ぶべきものであるとしている。その一案として予鈴を廃止している為、このチャイムはHRの開始を知らせる本鈴だった。

 胸の内に燻るものはありながらも、生徒達は教卓へと顔を向ける。

 何故、月曜日の最初も最初から、こんなにも疲れなければならないのだという不満を、なんとか飲み下しながら前を向いた。


「それではHRを始めます」


 いつになく剣呑な雰囲気を残しながら、普段通りに、スケジュールの消化が始まった。



お読み頂きありがとうございます。


感想、評価、是非お待ちしております。

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