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第4話 彼氏の役目

遅くなってしまいましたが、次話投稿です。

楽しんで頂ければ幸いです。

 



 穏やか風が背後から流れる。

 その風は、2人の肌を優しく撫でながら空へと溶けていった。

 ベンチに座ると同時に浮き出してきていた薄い汗が気化し、移動で火照った体を心ばかりに冷ましてくれた。


「こう暑くなってくると、影の有り難みが身に染みるわね」

「違いない」


 頷く蓮が座るベンチの座面は、その半分が陽に照らされていた。じんわりとした熱を孕んだその部分が妙に気になり始め、お尻一個分、引き摺るようにして体をズラす。

 2人の距離が近づき、お互いの体温が仄かに伝わり合う。少し近づき過ぎたかな、と。蓮は小さな懸念を抱きながら白船の横顔を盗み見るも、彼女は気にした様子を見せずに受け入れていた。


 互いに遠慮を止め、本音での会話に切り替えた影響だろう。

 "他人"よりは一歩近づいた関係性が、体の距離感にも現れていた。


「それじゃ、まずは何から話しましょうか」


 淡々とした語り口で、途切れていた話が再開される。

 蓮は素直に、求める所を口にした。


「まずは話の要点を絞って教えて貰えると、ありがたいな。俺はそこまで記憶力が高くないから、できれば3つくらいで」

「簡単に言ってくれるわね……別にいいけれど、質問は後よ」


 話が進まなくなりそうだから、と。白船は口出しを防止する。助かる、と。蓮は簡潔に感謝を述べながら頷くことで同意を示すと共に、目配せによって話の先を促した。

 それを受けた彼女は、顎先にスラリとした指を添える。ゆっくりと瞬きをしながら、3つ、3つ……と。繰り返し小さく呟く。


「……纏まったわ」

「聞こう」


 短いやり取りをキレ良く終えて、白船は顎に添えていた指を自身の目前に持ってきて、流れるように蓮に突き出す。そのまま、じゃんけんのパーの形を取った。

 ちょうど、"待て"とジェスチャーをしているような形になる。

 開いた掌越しに視線が交わったのを合図に、彼女が要点を話し始める。


「要点のひとつ目は、貴方を呼び出した"動機"ね」


 親指を折る。


「ふたつ目が、最初に考えていた彼氏役の"条件"」


 人差し指を折る。


「最後のみっつ目が、今更になって対応を変えた"理由"」


 中指を折る。残った薬指と小指も、首を垂れる様に柔らかく曲がっていた。

 元から小さな掌が、より一層小ぢんまりとした姿を晒し、そのまま一拍。見せ付けるように掲げていた右手が、閉じた指を解きながら、ゆっくりと膝の上に戻される。


 掌の動きを追って、やや下に向いていた視線を蓮が戻せば、彼女は小さく首を傾げながら、促すような目線を向けてきていた。


「ご要望通りに3つにまとめた訳だけれど……それで、どれから聞きたいかしら?」

「それじゃぁ、とりあえずひとつ目から順番で」


 実にあっさりと返事を返す蓮。飲食店のスタッフから勧められるままに注文をする客のように、特にこだわりを見せる事なく、話を聞く体勢を整える。


「そうね。時系列にも沿っている訳だし、それが良いわ」


 白船は、口の隙間から押し出す様に赤い舌を微かに覗かせて、そのままサラリと滑らせ、静かに唇を湿らせた。


「先に言っておくけれど……動機と条件。この2つは現状、重要度はそれほど高くはないわ」

「いきなりだな……」


 要点として挙げておきながら、重要ではないと言う。それも、3つの内の2つもをだ。

 訝しげに眉を顰める蓮だったが、質問は後に回すという約束を思い出し、疑問には蓋をした。


 素直に聞く姿勢を維持する蓮の姿に、白船は満足そうに微笑んだ。


「そうなった一番の理由は、貴方よ? 佐々波君」

「と言うと?」

「私が手紙を出した時に予想していた人物像と、実際の姿がかけ離れていたの。状況的には、ボタンの掛け間違いみたいなものかしら……結果的に、動機は修正が必要になったし、条件に関しては、ほとんど原型を留めていないのよ」


 予想が外れたことに対して責任を押し付けられているようで、蓮は納得がいかなかった。小さく不服の意を示そうとしたものの、しかし彼女が続きを口にし始めた為に閉口することになる。


 だから、と。白船は続きを切り出す。


「動機と条件については、簡単に纏めさせてもらうわ。その方が、佐々波君も不要な時間を短縮できて嬉しいでしょう?」

「まぁ……否やはないな」


 白船の指摘は、実に的を得ていた。

 配慮とも取れる彼女の提案に、蓮は先程の不服を飲み込みながら頷く。


 その頷きを目視した白船は、視線を前に戻し、中空に彷徨わせ始める。

 その姿は、何らかを思い起こしている様子で、先ほどまで小さく添えられていた微笑みは沈むように消えていた。


「動機は至ってシンプル。彼氏という"虫除け"を手に入れるためよ」


 早口に述べた彼女の顔には、消えた微笑みに変わって、苦々しげな表情が浮かんでいた。

 その変化は、彼女の横顔しか見えてない蓮にも容易に察することが出来る程で。彼女の言う動機が、強い熱を孕んでいることを伺わせた。


 怒りすら感じさせる雰囲気をそのままに、彼女は続きを口にする。


「そして彼氏に求めていた条件は……」


 キレ良く鋭い語り口が、唐突に止まる。

 白船は口をまごつかせながら、何かに気づいた様子で、パチパチと瞬きをしている。そして蓮に向けてチラリと、横目で視線を寄越した。

 視線はすぐに前へと向け直されたが、何故だが彼女の張り詰めたような空気が若干緩み、肩の力も抜けているようだった。


 その急な変化を不思議そうに見つめる蓮を他所に、白船は切り替えるように一度、深呼吸を挟む。


「……求めていた条件は、3つあったわ」


 余裕を感じさせるゆったりとした語り口で、話が再開された。

 どうやら、彼女の機嫌が元に戻った理由は、"3つ"という数字に理由があったようだ。つい先ほど、話の要点をまとめて欲しいとお願いされ、そして指定された数字を同じように口にしていることに、微かな可笑しさを感じたようだった。


 緊張感が良い意味で抜けた声音で、彼女は条件の内訳を述べていく。


「"孤独"であること。"協調性"が未熟であること。そして最後に、学生として"優れた能力"を1つは備えていること……なのだけれど。鋭い佐々波君のことだから、この辺りはある程度予想ができていたかもしれないわね」


 皮肉っぽい言葉を投げかけられた蓮は、肩を竦めて肯定を示す。


「あくまで、なんとなくだ。なんとなく」


 そう呟きながら、蓮は座る体勢を変えていく。

 左足をベンチの座面に引っ掛けるように持ち上げると、左膝に左肘を突き、そのまま腕を折りたたむ。顔の近くに来ることになった左手に顎を乗せて、体重を預けた。


 終了の合図のように、小さく短く、疲れを滲ませたような息を吐く。


「とはいえ流石に……"虫除け"だなんて可哀想な存在として期待されていたとは、思ってなかったけど」

「今は違うわよ。状況が変わったと、そう言ったじゃない」

「それを聞いて、心の底からホッとしたわ」


 でも本質は大きく変わってなさそうだよな、と。確信を感じさせる声音でそう口にした蓮は、彼女の反応を確認することもせずに、今一度嘆息した。

 億劫(おっくう)な様子を隠しもしない蓮に、白船は敢えてこれといった反応を返さずに、とにかく、と。仕切り直しの言葉を口にする。


「もう分かっているようだけれど、動機に──つまりは私が求めているモノに、そう変わりはないわ」

「ということは……アプローチを掛けてくる男達からの解放……ってところか」


 意外にも、白船は首を縦ではなく横に振った。


「相手が男性だけなら、話はもっと簡単だったわよ」


 彼女は目線を横に逸らしながら、大きく、そして重いため息を溢す。

 先ほどの蓮以上に、疲れを感じさせる姿だった。


「……マジか」

「……今、私がここでこうしているのが答えよ」

「おおう……マジ、か〜……」


 蓮は掛ける言葉が見つからなかった。

 昨今では性の多様性が許容されていることもあり、下手なことを口にできなかったと言うのもある。


 まぁ、許容されているからといって"だから迷惑を掛けていい"とはならないはずなのだが。この辺りは、タバコ然り、アルコール然り、どんなことにでも付きまとう論理的な問題なのだろう。


 閑話休題


 パチンッ、と。乾いた音が鋭く響く。

 蓮の投げ出されたままの右手の指が、意図的に弾かれた音だった。

 反射的に顔を上げる白船に向かって、蓮は提案した。


「切り替えよう。そして話を戻そう」


 彼女は蓮に視線を向けたまま幾度か瞳を瞬かせると、短く息を吐いてから背筋を伸ばした。その動きに従って、鬱屈とした雰囲気が鳴りを顰める。


「そうね。今更だもの……愚痴を言っても何も始まらない。生産的な話に戻りましょう」


 蓮は小さく頷いた。


 改めて、と。白船は前置きを置くことで、脱線していた話の軌道を修正する。


「今回の動機は、アプローチを掛けてくる学内の人間から解放されることよ」


 彼女の膝の上で組まれた手に、力が入り始める。

 しかし冷静さを失わないように努めているのか、その変化は見逃してしまいそうに小さく、蓮も敢えて指摘するようなことはしなかった。


「学年はもちろん、性別にも制限がない上に、彼ら独自で取り決めでもしているのか、日々で変わる代わる違う相手が来るのよ。昨日までの一年半で無駄になった私の時間が総計で何時間になったのか想像できる?」


 言葉にすることで改めて理不尽を感じているのか、彼女の語尾が荒くなっている。

 蓮はイヤーな予感を感じ取るも、ここで口を閉じているわけにもいかない。


「……正直聞きたくはないが、聞こう」

「──368時間。まるまる15日分の損失よ。ふざけないでッ!」


 弾けたような怒声。それには、彼女の抱え込んでいた思いが強く反映されていた。

 これでもまだ、彼女は冷静さを保っている方だ。何故なら、声が風に攫われて誰かに聞かれたりしないように、蓮にのみ聞こえるような声量に抑えているからだ。

 鬱屈とした気持ちを抑え込んだ反動か、その、決して大きくはない怒りの声は、実に鋭く痛烈だった。


 蓮は自分がそうなった場合を想像し、吐き気すら覚えた。うげ、と。声にまで漏れ出ている。

 怠惰をこよなく愛する蓮だが、だからこそ無駄な時間は最も嫌うものだ。

 特に、その時間が自分のコントロール下に無いのなら尚更だった。


「半月分もとか……むしろ良く今まで耐えれてたな」


 苦々しげな蓮の問い。その声音には、若干の尊敬すら滲んでいる。


 対して白船は、学内で初めて怒りを吐き出すことが出来たからだろう、心なしかすっきりとした様子を見せていた。


「これでも白船家の跡取り娘ですから。人間関係に亀裂を入れるようなことは控えていたのよ」


 澄ました顔で、なんてこと無いように言ってのける。

 ただし──もう我慢の限界だけれど、と。そういった思いが言外に伝わってくる座った表情でもあった。


「日に最低30分。長い時には朝と放課後合わせて2時間。これが毎日」

「俺はそれを聞いて"転校"が選択肢に挙がったぞ」

「私だってそうよ。でも不可能なら仕方ないじゃない。だからちゃんと毎回対応したわよ」


 あ、それと。と彼女は言葉を繋げる。


「今日遅れてしまったのも、告白を断っていたからなのよ。本当はもう少し早く終わる予定だったのだけれど、想像以上に粘られてしまって……」

「いやもう良いよ、それは。というか責められないし、責めたくないわ」


 早口に捲し立てる蓮に対して、白船は小さく微笑みながら、ごめんなさいね、と。謝罪の言葉を口にした。

 蓮は言葉を返す代わりに、左手に顎を置いたまま、呆れたようにため息を吐き出した。

 その姿に微笑みを向けたまま、白船は結論を口にする。


「まぁ、そういう訳で。もはや断り文句も使い切った私は、いっそのこと彼氏役を用意して、手取り早く事態を収めてしまおうと考えたのよ」

「それが草案だった訳だ」

「ええ。でも、動機の本質は変わらなくても、手段を変える必要が出てきた。佐々波君を、単なる"虫除け"として使うのはもう無理そうだし、何より勿体ないもの」

「それは褒められているのか……?」

「もちろんよ。だから私が提示するのは修正案ってことになるわね」


 蓮は黙って続きを促した。


「修正を加えたのは、佐々波君に求める役割の部分。もっと強気に、それこそ彼らを(しりぞ)けられるほどの決定因子としての働きを、私は期待しているのよ」

「設置型の防虫剤じゃなくて、直接吹きかけるタイプの殺虫剤として使いたいってことか」

「上手い例えね」


 求めているところを見事に言語化されたことに目を丸くした彼女は、素直に感心した様子を見せた。


「その例えに沿うのなら……当初佐々波君にお願いしようとしていた役割──防虫剤(普通の彼氏役)に期待できるのは、時間稼ぎがせいぜい……安心には程遠い性能よね。無いよりかは、マシだろうけれど」


 防虫剤は、あくまでも虫の行動を阻害する効能を持つ薬品類だ。"待ちの姿勢"を前提にした、受動的なシステムでもある。

 対応力も、自然と低いものになりやすい。


「そんな時により高い効能のものがあれば、そっちを使いたくなるのが人情だわな」

「そういうことよ」


 蓮が理解を示したことに、彼女は満足そうに頷いた。


 防虫剤に対して、殺虫剤は読んで字の如く、虫を殺す為に使用される薬品類だ。当然、アクションは能動的であり、即効性も高い。安心の為に使うのであれば、断然殺虫剤の方が効能は高い。

 ただしその分、取り扱いに注意が必要になることもあるが。


 防虫剤も殺虫剤も、求める用途によって使い分けることが推奨される道具たちだ。

 白船の目的に適しているのがどちらなのかは、言うまでもないことだろう。


「……流石に殺人は嫌だぞ」

「ものの例えよ! というより、殺虫剤という例えを出したのは貴方でしょうが!」


 冗談か本気か分かりにくい平坦な声で口にされた拒絶に、白船は反射的に声を荒げた。

 それもそうか、と。鈍い反応を返ってくるものだから、ついジトっとした目を向けてしまう白船だった。

 揶揄われているのだろうか、と。そんな疑問すら浮かんでいる彼女の心情には取り合わず、蓮は話を進めていく。


「彼氏役をただ熟すだけでは許されないことが、今確定した訳だが……ここであれか。"条件"の話に変わってくるのか」

「……ええ。まぁ、そうよ」


 淡々とした態度を崩さない蓮を細めた目で睨む白船だったが、疑いが確信に変わるような材料は何も見つからず、渋々ではあるが蓮の誘導に従う。


「元々、ただ無作為に彼氏役を見つけるつもりはなかったのよ。作るだけなら、それこそいつでも出来た訳だし」

「多方面に喧嘩売ったな今」

「むしろ羨ましいなんて言われた時には、殺意が湧くのは私の方よ」


 白船の状況を"モテる"と表現すれば微笑ましいが、実態はかなり残酷で、そこに彼女の心はない。

 それは喧嘩腰にもなるだろう。


 普通とはレベルの異なる美しい容姿を持っているからこそ、一般的とは言えない悩みを抱える。実は意外と、この重圧にも似た悩みを抱える美しい女性は多いのだ。


 それはほとんどの場合、周りからの高い"期待"という形で現れる。

 コミュ力、運動、勉強、家事や育児……何故か不思議と、容姿の良い女性はこれらを高い水準で求められることが多い。そしてその期待に応えられなければ、こう言われるのだ。


 ──顔だけ良くても、と。


 容姿の良さはメリットを与えることは間違いないが、デメリットもまた、確かに存在している。そして共感してくれる相手が限られてしまう分、フラストレーションも多く溜まってしまうのだろう。


 つまり、世に"楽"はない。


「そもそも、適当に彼氏を作ったところで、目的が達成できなければ意味がないのよ」

「最低限、防虫剤としては働いて貰わないと困るもんな」

「そうよ。だからさっき挙げた"条件"の下、候補を探していたの」


 一年半もの間、彼女が事態の好転に向けて動けていなかったのは、その候補探しが上手くいかなかったからなのだろう。


 "孤独"であること、"協調性"が未熟であること、学生として優れた"能力"を備えていること。挙げられた条件は、この3つだった。

 簡略的にまとめられていたその単語達を、白船は一つ一つ噛み砕いて説明していく。


「孤独ってことは、人間関係が気薄ってことでしょう? だから私の彼氏になっても、元々あった人間関係を壊すようなことにはならないわ。存在しないものは壊れようがないものね」

「道理だな」


 結ばれてすらいない関係を壊すことはできない。

 白船は視点を変える事によって、孤独であることにメリットを見出していた。


「そして、協調性が未熟な人に共通しているのが、共感能力の著しい低さね。一見問題があるように感じるけれど、捉えようによっては、多数派の声に惑わされず、不躾な視線な気にならない"強み"とも言えるわ」

「芸術家とかに多そうなタイプだな」

「あとは創業者とかにも多そうよね。我が道を行くって感じで」

「確かに。いちいち周りに合わせてたら、いざという時、必要な決断ができなそうだ」


 2人は頷きを持って、協調性に対する共通認識を共有した。

 共感能力が低い人間の話をしながら、お互いに共感を示しているのだから面白いやり取りだった。


「最後の能力に関しては……これは、私のわがままね。役とはいえ恋人なら、私の隣に立つに相応しい能力を備えておいてほしいという、わがまま……例えそれが、一分野の限られたものであったとしても、求め過ぎなのでしょうけれど」


 最後の条件は、比較的静かに口にされた。彼方を見ているような眼差しが、諦めにも似た切なさを匂わせる。

 流れた風に彼女の髪が煽られて、その横顔が隠される。静寂の中で、草木のざわめきが強く響いた。


 風が通り過ぎ、舞っていた黒髪も落ち着きを見せる。蓮に向き直された彼女の表情からは、数瞬前の沈んだ気配は微塵も残っていなかった。ともすれば、勘違いだったのかと思わされるほどに、静かな微笑みを携えている。


 とうの昔に、他人に何かを求めることを諦めてしまった蓮には、彼女が今、胸の奥に何らかの気持ちをしまい込んだことは察せても、その気持ちの正体までは解き明かせなかった。


 だから理解できない部分を追求することはせずに、無難に話を繋ぐことにした。

 勝手な憶測で口にされた言葉には、総じて痛みが伴う。そのことを知っていたからこその、逃げの一手だった。


「その3つの条件は、白船の目的を考えるなら、確かに重要だろうな」


 蓮は明示された条件を頭の中で反芻する。

 孤独で、協調性がなくて、でも一芸に特化している存在。それらの要素を併せ持つ存在のことを、世間ではなんと呼ぶのか。蓮に心当たりがあった。


 ──カースト底辺。


 つまりは、ボッチで根暗でオタクなミックス種を、彼女は探していた訳だ。

 歯に衣着せぬまとめ方ではあるが、本質をよく捉えた解釈だった。


 そして、そういった区分の存在がどう扱われているのかを、誰もが知っている。


「……その使用用途が盾としてか、それとも身代わり人形としてなのか。そこまでは分からないが」

「あら、なんのことかしら?」

「孤独かつ協調性のない人間なんて、切り捨て易さナンバーワンの存在だろ。利用するだけ利用して、最後にポイする姿が簡単に想像できるぞ」


 形ばかりに惚ける彼女に、蓮は早口に切り返す。

 確信があったのだ。


 蓮の脳内では、悪魔の洋装を身に纏った白船が、人型の黒い影を放り捨てる姿がはっきりと浮かんでいた。想像上の彼女の動作は実に杜撰なもので、表情筋をピクリともさせずに事を済ませている。捨てられた人影は、地面に打ち付けられてピクリとも動かない。

 そんなイメージが構築される。まさに悪女を冠するに相応しい一場面だった。


 そんな失礼な想像をされているとは露ほども思わない白船は、眉を顰めて怪訝そうに蓮を見遣っている。

 解答を確認した筈なのに、どうしてその答えになるのかが理解できない、そんな数学の難問に出会った時のような、納得とは程遠い様子を見せていた。


「そこまで想像ができるのに、どうして条件に当てはまってしまうような振る舞いを佐々波君がしていたのか、私には理解できないのだけれど」

「そう言うお年頃だったんだよ」


 誤魔化すような回答に対して、白船は放たれた矢のように勢いよく鼻で笑うことで返事とした。小馬鹿にしていることがよく分かる反応だった。


 蓮は片眉を僅かに上げるも、しかしその口を開くことはない。

 こうして呼び出されたからには、条件にあった人物であると判断されたということだ。

 実際のところ蓮がそう判断されたこと──ボッチで根暗なオタクと思われること──は自業自得な部分が多々あった。そして、当時の自分が白船の条件に合致していた自覚もあった蓮は、強い否定を口にすることはなかった。


 まぁ、理由なんてなんでも良いわ、と。白船が話を本筋に戻す。


「この3つの条件を設定したのは、一年前。この高校へ入学した、その翌月のことよ」


 それから今日まで、彼女の満足に足る相手は見つからなかったのだろう。


「条件を絞ったまでは良かったのだけれど……1つ2つは備えていても、なかなか3つ全てを兼ね備える存在はいなかったのよ。期日に設定していた筈の一年が経っても、そして校内の男子生徒全員の観察を終えても、それは変らなかった……だから仕方なく妥協を考えていたところで──貴方が現れた」


 言葉尻で、声のトーンが上げる。確かな興奮が見て取れた。

 蓮を見つけた時のことを思い返しているのか、彼女は中空に視線を彷徨わせ始めた。









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[気になる点] 自分の時間を他人によって無駄に消費させられるのが耐えられないと言いながら、それを主人公にも強要している事のダブスタと身勝手さ、やや斜に構えた設定らしき主人公がそれをのほほんと受け入れて…
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