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第1話 呼び出し

はじめまして、未沱(いまだ) (こい)と申します。

不慣れ故にお目汚しとなるかもしれませんが、1人でも多くの方に楽しんで頂ければ幸いです。



 

 英弘(えいこう)24年、6月14日 金曜日。


 この時期には珍しい晴れ渡る空の中を、熱を孕む風が穏やかに漂っていた。

その風に連れ添うようにして、磯の香りが運ばれている。


 上に上に、視点を高く備えて。天上からぐるりと見渡してみれば、視界一杯に青が映る。透き通る様な青空とは異なる、暗闇を抱えたような深い青。


 穏やかな海だった。

 波は少なく、ひどく優しげな顔をしている。


 一見、なんて事のないその海は、しかしなぜか、見る者に小さな引っ掛かりを感じさせる。ともすれば見逃してしまうような小さな違和感を、確かに感じ取れた。

 好奇心に従って観察してみれば、海面の2、3箇所だろうか、渦が発生している場所が目に止まる。周りが穏やかなものだから、青い空に数少なく漂う小さな雲のように、その渦はよく目立った。


 別方向から漂う波同士が、合流するように小刻みにぶつかり合う。それらの渦は、そうして生まれていた。

無知な子供の喧嘩のように、波同士が荒く抱き合うようにもつれ込み、お互いを飲み込んでいく。そしてすぐに、消えて無くなる。かと思えば、同じように渦ができ、また消えていった。

海に小さな穴が幾つも開いては、閉じる。その繰り返し。


 不規則性と無秩序に満ちたその景色は未知的で、そしてひどく幻想的なものだった。


 そんな海に囲まれた、これまた不自然な島が1つ。島というには、誰もが連想するだろうものより遥かに大きく、そしてどこか機械的な気配を放っている。

 火山活動によって生み出された島には必ずある大地の高低差は、その島には見当たらず、板材を横たえたようにのっぺりとした地平をしている。波にさらされ凹凸を刻むべき外周は、定規で線を引いたように直線的だ。


 サッと見渡しただけでも感じ取れる規則性と非自然性。じっくりと腰を落ち着かせて、長い時を経て生み出された自然物には現れない規則性と無機質性、そして人工的な気配を強く持つ島だった。


 ──ここは、日本の領海である瀬戸内海。

 その海に築かれた、総面積1,185.1㎢を誇る巨大人工島。


 三角定規を思わせる形状の、そのそれぞれの頂点からは、四国、中国、近畿地方へと都合三つの長大な橋が架けられている。

 繋がる先の一つである香川県と見比べて、およそ3分の2ほどの土地を保有する広大な島。比較対象の香川県が日本一小さな県とはいえ、人の手によって生み出された事を加味すれば、スケールの大きさは察して余りある。


 正真正銘、現存する世界最大の人工島だった。


 そんな、もはや新たな都道府県を1から生み出したかのようなこの島を、軽く紹介するとしよう。


 この島が誕生──つまりはめでたく開島したのが、かつての英弘1年。


 新たな年号の訪れを祝うように、この島は開かれた。時代の象徴としても期待される、日本が誇る建造物として。

 象徴としての分かりやすさを意識したのか、ただの見栄かまでは定かではないが、年号から肖って付けられたこの人工島の名前は──「英弘島」


 シンプルな名を好む日本らしい命名と言えるだろう。未だ国内の領海内にて現存する「昭和島」や「平和島」などを鑑みても、そのことが伺えた。


 年号の名を冠した英弘島は、運送業を主とした多くの産業の活性化を目的として作り出されたものだった。つまりは国家プロジェクトでもあった訳だ。

 走り出しから躓くこともなく、求められた役割を粛々とこなしながら、右肩上がりの実績を刻み続けた24年の時。()から始まった干支が、一度廻り、二度廻り、再び元に戻る、それだけの時を期待以上に、まさに猪突猛進といったように、あっという間に駆け抜けた。


 日本の国家プロジェクトにしては珍しくも大成功を収める事となった英弘島にも、時と共に様々な変化が生まれていった。


 いくつか例を挙げるとすれば。

 開島当初に島全体を包み込んでいた、業務従事者にのみ最適化されていた畏まった島景色。その堅苦しさは鳴りを潜め、緑や宅地が増えることによって、生活感を感じさせるものへと変わっていった。

 コツコツと整備され、開拓されていった生活区に住む人々も、移住初期の不慣れな様子はどこえやら。今では島での日々に深く馴染んだ様子を見せている。

 開島当初──物流を優先していた時代──には後回しにされていた、住みやすさを意識した設備が整った現状、彼ら彼女らが住み慣れていた本土と変わらぬ、そして局所的には上回る生活が提供可能となっていた。


 英弘島の24年を通した大小の変化は無事、島人の皆々様に受け入れられているようだった。

 そして今なお、日夜開発が繰り返されるこの人工島。その島内には現在、活用用途を明確化された上で区分されている、都合22個の区域が存在している。

 人工島建設当初に作成された事業計画書に準じて、22区画の内の多くが産業のために活用される区域となっている。その他には生活区、公共区、観光区。そして特に例外的な、学問に特化した区域──学区が存在する。


 1年、2年と英弘島の安全性が浸透し始めるにつれ、本土から島内の生活区へと移り住む人々が増加。そして初期の移住民が生活に馴染む頃には、足踏みしていた多くの人々が後続として島に足を踏み入れ始める。

 そうして島内人口が増え、比例するように学区も拡大を続けていった。


 その学区の中で、都合3つ存在する高等学校。

 その内の1つが、この物語の舞台となる。


 最も早くこの英弘島に開校を認められた高等学校であり。

 島の中心である瀬戸中央区に唯一存在が許された学舎でもある。

 そして、産業の活性化と共に生まれた潤沢な資金で、島内学区1番の環境設備が整えられることとなった。

 それがここ──島立瀬戸内高等学校である。



 ★



 カーンと、金属に似た、しかしどこか丸みのある音が響き渡る。

 17時を示す、英弘島で統一されている時報。時の鐘だ。お隣の香川県で出土する特殊な石が用いられており、その軽やかながらも柔らかい音にホッとすると、島民には好意的に受け入れられていた。


 都合3度、ゆったりと繰り返された石の音。水面に水滴を落とした時のように、スーッと広がり、静かに余韻のみを残している。その残り音も、遠方から微かに届く波の音に攫われて、沈むように消えてなくなった。


 名残を追うように遠くに目を向けて見れば、燦々と輝く太陽が目を強く焼く。本日最後の踏ん張りどころだと気合を入れているのか、水平線が激しく燃えている。

 お月様の出勤にはまだ早そうだ。穏やかで涼しい、そんな快適な時間はまだ遠い。


 学舎の屋上からは、熱源である太陽がよく見えた。


 陽に照らされる屋上の一角。小規模の植物園を連想させる、整備された涼しげな庭園。そこに人型の影が1つ。その人影は、チャコール色のタイル張りの上に直接腰を下ろして脱力している。床に溶接設置されたベンチの、本来の用途ならば膝を支えているだろう部分に背中が預けられていた。

 ダラリと足を投げ出す様からは"溶けるような"という印象を受ける。


 優しく風が吹く。細やかに手を加えられた背の低い木々が揺れて、その隙間から一筋の光が差し込んでくる。熱を孕んだその光が、影に覆われていた人影の顔を照らした。

 人影の目元でチカチカと、木々の揺れに合わせて明暗が繰り返される。光という名の刺激は閉じた瞼越しにも目を焼いていた。

 その刺激がきっかけとなったのだろう。ベンチに片肘を付き、延長線上にある手の甲で頭を支えていた人影の体勢が解かれる。

 軽く手を目前に翳しながら毛伸びをする男子生徒──佐々波 蓮(さざなみ れん)は、指の隙間から夕陽を睨み呟いた。


「……アツい」


 その一言と共に、肩の力を抜くように再度ベンチに体重を預ける。頬を伝って、汗が流れ落ちた。その雫は、高校男児にしては些か薄い喉仏を持つ首元を通って、スルリと襟の奥に滑り落ちていった。

 不快感。ついひと月前には感じることは無かったこの季節特有のそれ。釣り上げるようにして微睡(まどろみ)から引き上げられたことで、蓮はそのことを強く実感していた。

 閉じ込めたような湿気と、逃げ場を追われたかのような暑さが日に日に勢いを増していく。

 夏の本格化は、間近に迫っていた。


「はぁ……」


 頭を後ろにガクンと落とす。そうしてベンチの、本来ならば腰を下ろすべき座面に後頭部を預けたかと思えば、不快そうにため息をこぼした。

 蓮は夏が好きではない。どちらかといえば嫌いな部類に入るだろう。

 イヤでも身体を伝う汗。仮に、人としての尊厳を度外視して衣服を全て取り払ったとしても、逃れることができない暑さ由来の生理現象。東に行こうが西に行こうが、どこまでも付き纏うジトリとした粘着感。

 ふとした瞬間に、その嫌な刺激に意識を割かれてしまう。夏を知る人間なら誰だって既知とする体験。まるで、こちらの集中力を削ごうとして行われる陰湿な嫌がらせのような、それ。

 蓮が夏のことをどうしても好きになれない、数ある理由の内の一つだった。


 重力に従順な体勢をそのままに、蓮は少しでも体表を冷やそうと、シャツの胸元を緩める。その動きも実に緩慢だった。ナマケモノを連想させるその姿を、人は"気だるげ"と評するのだろう。

 シャツ生地と肌の間に指を差し込み、胸元をパタつかせる。首から下げられた、銀のチェーンが気まぐれに顔を覗かせていた。

 そうして風を送り込みながら、蓮は上下が反転した視界で、緑のカーテン越しに真っ赤な元凶を眺めていた。いや、睨みつけている、といった方が正確だろうか。

 普段であれば、男にしては長めの前髪に隠されている瞳。頭が反転している為にその瞳は露出し、鋭さを増して太陽を睨む。。根負けしたかのように、もしくは気まずさへの抵抗のように、フワリとした風が送り込まれて蓮の頬を優しく撫でた。

 汗が気化し、ほんの気持ちばかりのヒヤリとした涼しさと共に不快感が僅かに薄れをる。その変化に気を良くしてか、蓮の眼光が弱まった。

 味を占めたかのように、もう一度。今度は少し強めの風が吹いた。タイルの上にずっと投げ出されている左腕の、その先に握られているモノが煽られ軽く揺れる。ひと目で見てとれる上質かつ古風な封筒と、これまた質のいい──折り目から見てとるに──キッチリと三つ折りされていただろう手紙。

 その手紙は開かれたままだった。書かれている内容を露出した状態で、指先に引っ掛けるようにして封筒と共に軽く握られている。


 ──前略

 ──いきなりの……申し訳……

 ──直接お話をしたく……

 ──大事な……ですので、どうか……お一人で……

 ──つきましては……屋上……お待ちしております。

 ──早々


 緩やかな風に靡きながら、チラチラと姿を見せる文章から読み取るに──随分と格式ばった言葉遣いが気になるところではあるが──どうにも蓮は、告白の呼び出しを受けているようだった。


 ──"告白"


 する側される側、どちらの立場になっても記憶に長く、そして深く刻まれる学生にとっての一大イベント。それが告白だ。

 堅苦しい文質はともかく、綺麗に芯の通った(たお)やかな文字からは、差出人が女性であることが察せられた。


 放課後。夕日に照らされる屋上。そんな中で行われる一世一代の告白。全国の男子生徒にとって、憧れのシチュエーションではないだろうか。

 だというのに──いっそ不自然派ほどに──蓮に浮かれた様子はなかった。そのだらけきった様子からは、少なくとも、()()と読み取れる様子はなかった。

 未だ脱力し続けるその姿が、何も気負うものがない事を明確に示している。


 キィッ──と。


 よく油の差されたことが伺える、スムーズかつ小さな金属音が響く。

 音の発生源は、蓮が体を休める庭園の対局に位置する、屋上に唯一繋がる出入り口からだった。この学校の設備資金の潤沢さを感じさせる、重厚な扉が開かれた音だった。

 続いて、カタリッ、と。風に攫われてしまいそうな、小さな音が鳴る。開きすぎた扉が壁にぶつかってお互いを傷けないように、可動域を限定する留め具が作動した音だ。それはつまり、扉が完全に、限界一杯まで開放されたことを示していた。

 だというのに、開かれた扉から何かが現れることはなかった。

 なんてことはない。夕日に背を向ける形で設置された出入り口は影に覆われている。その影が、扉の奥の人影を塗りつぶしてしまっているだけのことだった。

 その影は、涼しげと言うよりかはむしろどこかぼんやりとしていて、じめついた印象を受ける。蓮からは角度のせいもあって、扉を開けたのが誰なのか確認することができなかった。


「……よいしょっ」


 畑仕事に勤しむ老人のような掛け声を小さく口にして、蓮が重い腰を上げる。捲れ上がっていた前髪が垂れ落ちて、その瞳を隠す。

 避暑地になっていた庭園を抜けて、蓮は出入り口に向かって歩き出す。横っ腹から、夕陽が体を照り付けていた。


 大凡、5歩分だろうか。その程度の距離を扉から保って、蓮は立ち止まる。立ち止まったまま、開きっぱなしで変化のない扉を見つめる。移動に1分弱ほど掛かった筈だが、未だ呼び出し主は姿を見せない。

 そのまま、秒針が5、6回刻まれる時が過ぎて──コツリ、と。影に吸い込まれそうな程に小さく響く足音が、蓮の耳に届く。

 コツリ。また同じ音が響く。

 油絵具を重ねたような重たい影を抜け、扉の冊子を踏み越えて、スラリとした足が姿を見せた。次いで、スカートに包まれた下半身。腰、上半身といった順で姿を現す。まるで鏡から抜け出すようにして現れる"彼女"が、蓮の視界に収まり始める。

 1歩。

 ついに、彼女が最後の1歩を踏み出した。

 陽の光が直接当たることを嫌ってか、床に引かれた影の境界線ぎりぎりで立ち止まる、そんな1歩。後ろに同行者がいたのならぶつかってしまいそうな、そんな小さな1歩はしかし、今回の場合は十分な移動距離を確保していた。つまりはご開帳ということ。濃い影に塗りつぶされていた彼女の顔が、表情が、カメラの露光を調節するようにゆっくりと露わになっていく。


 ──視線が交差する。


 蓮の目に映り込んだのは、凛とした気配を放つ黒髪の女生徒であった。

 当然のことながら、ここ瀬戸内学園──通称"瀬戸高"──の女子学生服を身に纏っている。彼女の目にも同じように、瀬戸高の制服を身に纏った、中肉中背の──唯一の特徴といえば、目元を隠しそうな程に前髪の長い灰髪を頭に被った──冴えない男子生徒が写り込んでいることだろう。

 状況証拠的に、彼女が、蓮を手紙で呼び出した相手で間違いなさそうだ。

 ならば今からこの屋上で、告白が行われるのだろう。


 先に口を開いたのは、彼女だった。


「……どうやら、お待たせしてしまったようですね」


 少し困ったように、彼女は微笑んでいる。艶やかに形を変える、健康的な色合いをしているぷっくりとした唇が印象的だった。

 初対面の相手に、誰もが少なからず持つ警戒心。薄く小さな、心の壁。その壁を優しく撫でるような、くすぐったくも温かい、そんな声音をしている。


「"今来たところだ"というお決まりの台詞は……流石に無理があるわな」


 軽口を叩くようにそう言って、頬を伝う汗を拭う。

 例え気遣いの言葉であろうと、答えの分かりきった嘘を口にするのは逆に失礼だろう。そう判断したからこその軽口だった。


「そう、ですね……」


 彼女はチラリと、蓮の開かれた襟元を見遣る。流れるように視線を切ってから、下から上へとなぞる形で、蓮の全体像をさらりと確認する。瞳だけの小さな動き。相手に不快感を与えないことを考慮した、配慮ある小さな観察だった。

 彼女は一度、小さく頷く。そして再度、申し訳なさそうに口を開いた。


「見て見ぬふりは、逆に失礼でしょうね。随分と、遅くなってしまったようです」

「いや、確かに時間こそ過ぎてるが……評判高いこの学校の屋上を実際に体験できる、そんな貴重な時間だったから……むしろ得をしたかもしれない」


 蓮は落ち着いた声音で、先ほどまで暑さに向けていた不機嫌さを見事に隠し切っていた。ほんの少しでも苛立ちを滲ませてしまっては、軽口を叩いてまでした気遣いがただの皮肉になってしまうと理解しているのだろう。

 しかし彼女は、申し訳なさそうに目尻を下げる。


「……申し訳ありませんでした」


 謝罪を口にして、腰を折る。謝罪の言葉に添えるように、ぺこりと。軽く小さく。

 残念なことに、蓮の拙い気遣いは彼女に伝わらなかったようだった。それは、懸念した事態が起こってしまったといこと。つまりは皮肉であると、蓮が口にした言葉がそうであると、彼女に受け止められたということだ。


「謝罪はいらない。いや本当に」


 淡々と、彼女の謝罪を不要と断じる。軽く腕を振るう動き──机の上の消しカスを払い落とすような動き──を交えての言葉だった。重く受け止めてはいないし、気にしていない。そう伝えたいのだろう。

 その動きは少しばかり乱雑で、早く本題に移りたいという思いが透けて見えるようだった。心の内が、行動に滲み出してしまっている。

 先の言葉が皮肉として捉えられたこともそうだが、どうにも、蓮の気遣いは純度100%とはならないところがあった。


「いえ、時間通りに動けずに、佐々波君をお待たせしてしまったのは事実ですから。ですので、謝罪は受け取ってもらわなければ私……困ってしまいます」


  蓮の本心に気づいているのか、いないのか。彼女は一貫して、謝罪の態度を変えずにいた。誠実なのか、それとも単に頑固なだけなのか。どちらとも取れる振る舞いだった。

 そんな彼女の様子に対して少しの呆れも交えながら、


「そうか。ならこの瞬間に謝罪は受け取った。確かにな。……この話はこれで終わりだ」


 そう、返事を返しながら。蓮はサラリと、彼女を観察してみることにした。

 同時に、もはや一般的とも言える知識が脳内に浮上する。女性は視線に敏感だという、あれだ。

 ならば、と。蓮は解決策も一緒に釣り上げた。そもそもの話、視線に気づかせなければ良いのだと、視力がどれだけ良くてもウイルスが視界に入ることはないように、気づけないモノに不快も何もないだろうというゴリ押し戦法が蓮の頭に思い浮かぶ。その方法を可能にする知識と経験は、すでに蓮の体に蓄積されていた。


 視点をズラすことなく、しかし視界は広く正確に。頭上にもう一つの目があると、そう意識して執り行う。


"第三の目"や"第六感"とも呼ばれるその技能を、観察を目的とした手段とする。超能力染みたニュアンスのあるそれは、実のところ訓練次第で身に付けることが可能な小手先の技術でしかない。

 とはいえ、日常生活で必須の技能の訳もなく、活躍する機会は限られる。海の中に何年も放置されていた金属類を引き上げた時のように、錆びとガタ付きの目立つ技術となっていた。

 だから実戦は、説明書代わりの記憶を掘り起こしながらとなった。


"目線を向けては気づかれる。意識を向けるだけでも、それは変わらず。ならそのどちらも使わず、ただ受け止めるだけでいい"


 幼い頃の記憶。口にしていたのは、確か父だったか。

 情報を取りに行くのではなく、あくまで受け取るだけ。その意識の元に執り行うことが肝要であると、蓮はそのように噛み砕いて、父の言葉をインプットしていた。


 そもそも一度、彼女には観察されている訳で。仮にバレても"おあいこ"だろ、という考えもどこかにあった。

 ちょうどいい所にハサミがあるから使わせてもらおう。蓮からしてみれば、その程度の軽い気持ちだった。


 粗を隠しきれずに行使される()()は、しかし十二分な効果を発揮し、2人が対面した時に彼女が行った観察とは異なったものとなる。配慮のためではなく、気遣いのためでもなく、ただただ相手に悟らせないことを重点に置いた、そんな観察。


 瞬き。

 誰でも行う、当たり前のその行動を切り替えのスイッチとして、観察を開始する。

 謝罪を受け取って貰えたことに安心したのか、安堵の息を吐いている彼女を観察する。


「良かった……心のしこりが取れた思いです」


 ホッ、と息を吐いて、胸元に手を添える。そんな素直な反応。

 蓮の観察に気付いた素振りは見られなかった。


「大袈裟だな」


 苦笑気味に反応しながら、蓮は彼女の全体図を捉えるのに意識を割き始める。

 視野が広がる。

 まるで草食動物の視点に切り替わったかのように、感知領域が広がった。上から見下ろすが如くの視点が、多くの情報を蓮に齎らし始める。

 1つ1つ、それも凄まじい速さで、情報がインプットされていく。


 皺も汚れもなく小綺麗に整えられた制服。

 律儀に校則を守った膝丈のスカート。

 艶のある黒のストッキングに包まれた脚部。その足はしなやかであり、引き締まって見える。


 身嗜み。そこから察することが可能な限りの人間性。

 読み取れたのは、潔癖性、そして誠実性。総じて、"私は模範的な女学生です"と、ご丁寧に主張しているような姿だと、蓮は判断した。そのように、受け取った情報を整理した。


 拙速とも呼べる情報収集ではあったが、第一印象を判断するには十分な情報を得られた。そう納得し、蓮は観察を止める。扇子を閉じるように、納めるように、広げられていた知覚が縮小し、視野が狭まる。正確には元に戻っただけだが。

 同時に滲み出るのが、小さな不快感。テレビの視聴中に、フレームが無理やり小さなものに取り替えられたような、そんな不快感が湧いて出てくる。実際は視野が普段通りに戻っただけなのだから、すぐに落ち着くことだろう。

 やっぱり疲れる。

 蓮は不快感に対してそう結論付けて、目の前の彼女にバレないように、小さなため息を溢す。吐息に乗せて、その不快感を吐き出した。


 そう、確かにここで、観察の時間は終了した。

 蓮にとって必要な情報は手に入ったのだから、ミッションコンプリートと言えるだろう。


 だからここからは、蛇足のお話。


 蓮が捉えた情報も尤もだ。的確かつ最短で、印象を掴むという結果を掴み取っている。

 しかし、彼女には観察すべき点が他にもある筈だ。それも、とても多くある筈だ。


 例えば──


 日本人らしさを感じさせる、腰までスラリと伸びた艶やかな黒髪。

 日差しを反射してキラキラと輝く、まるで処女雪を思わせる白い肌。

 学生とは思えない、発達した胸部と臀部。そしてキュッと絞られたウエストを併せ持つ、上質とも言える女性としての肉体。

 少しばかり"きつい"印象を受ける──彼女以外の女性ならば、あるいは欠点になるだろう──目尻が鋭い瞳。しかし、シュッとした形のいい眉の下に添えられることで、その欠点すらも"カリスマ的魅力"と言ってしまいたくなる。そんな面立ち。

 そして屋上に現れた時にも印象的であった、ぷっくりとして健康的な唇。


 この限定した、人の特徴を表現し切るには少ない例を用いて考察したとしても、1つの結論が導き出される。

"美少女"

 非常に整った外見的魅力を備えた、そんな美少女が、彼女だ。美しいと表するのに、文句を口にできる者は男女問わずいないのではないだろうか。


 蓮が気にかけなかった、彼女の外見から読み取れる特徴。

 蛇足の部分は、以上である。


 閑話休題


 彼女からの謝罪を受け取り、同時に観察を終えて。

 重たい空気が払拭されたことを感じ取った蓮は、彼女に問いかける。


「それで、だが。どうして俺を呼び出したのか聞いてもいいか」


 蓮は腕を胸の高さに上げて、手紙を突きつけた。

 しっかりと握られた手紙。書かれている文章がはっきりと──対面する彼女にも──読み取れる。


 待ち合わせに指定されている時間は──17時。そして現時刻は17時48分。それはつまり、約束の時間から40分以上が過ぎていることを指していた。

 例年よりも早く梅雨が訪れ、そしてあっさりと過ぎ去った今年は、日々(にちにち)での気温の上昇が見られた。7月が始まったばかりとはいえ、既に英弘島は夏を感じさせる暑さに包まれている。そんな中で屋上に40分。蓮は庭園でのひと時と洒落込んでいた訳だ。

 それは汗もかこうと言うものだ。


 蓮の辛抱強さと呼ぶべきか、それとも義理堅さと呼ぶべきなものが判明したことはさて置き。蓮は待たされたことに対して、何かを言いたくて手紙を突きつけた訳ではない。

 呼び出された側の人間に許される"何故"という当然の疑問を投げかけたかっただけなのだ。それ以外は必要ないとも考えていた故の、直球の質問だった。


 しっかりと聞き届けた彼女は、困ったような色を強めて、呟くように返答した。


「てっきり、察しているとばかり思っていたのですが……」


 困ったように、彼女は頬に手を添えた。指先が触れるその場所は、恥じらいから来るものか、それとも興奮によるものか、ほのかに色づいている。


「と言われてもな……」


 蓮は腕を組んで、少し考える素振りを見せる。

 チラリと視線を横にズラし、そしてすぐに戻す。


「わるい……俺は"主語"が曖昧な言葉には、警戒するように教えられていてな」


 語弊の無いようにはっきりと喋れ、と。そう言いたいのだろうが、何故か蓮は嫌そうに、前髪に隠れた眉を顰めていた。自分の口から突いて出た、どこからか借りてきたような軽い言葉。それそのものに対しての反応のようだった。己に向けて、誰かに向けて、もしくはその両方に呆れを感じている、そんな印象を受ける。


 要求を滲ませる強い言葉とは合致しない蓮の様子。対して彼女は不思議そうに、意外そうに、不理解を滲ませる瞳を瞬かせた。


「それは……どうにも、気疲れしてしまいそうな教えですね」


 言葉と雰囲気が合致しない蓮への返答として、どのような対応が"正解"なのか、彼女には分からなかったのだろう。中身の見えない箱の中を覗き込むような、そんな反応だった。


「……ああ、うん。確かに俺もそう思う」

「え……」


 思いもよらないあっさりとした肯定。まさか素直に頷きを返されるとは思っていなかった彼女は、返事に詰まってしまう。

 蓮もまともな返答を期待していなかったのか、気にすることなく言葉を繋げる。


「でも、勘違いしたせいで言葉の意味を曲解するよりは、多分きっと、何倍もマシなんだろうなと……納得もしてる」


 その言葉は、しっかりと芯の通った、蓮の主観から生まれたものだった。"誰かの言葉"を借りている時のような軽さを感じさせない。己の意思が、重さとして宿っていた。

 その違いを、彼女も察する。曖昧な言葉では納得を得らない。そう理解した。


 ──スルリと、頬に添えていた手を顎にズラす。手が輪郭を隠し、ただでさえ周りに羨まれるだろう彼女の顔の小ささが、より強調された。


「分かりました。ちゃんと言葉にしましょう。まさか、こんな流れで口にさせられることになるとは思いませんでしたが……」


 彼女は文字通り、考える人となっていた。その言葉が似合う姿を見せていた。

 どのような言葉なら、この目の前の"疑い屋さん"から理解を得られるのかと、望んだ結果に導くことが出来るのかと、そう考える。伝えるべき意思を己の中で噛み砕き、言葉として仕立て直す。

 そしていざ、口を開こうとしたところで、


「──あ、いや。ちょっと待ってくれ」


 そう、待ったがかかる。

 答えを引き摺り出そうとした本人からの予想外の制止の声に、彼女は怪訝そうに眉根を寄せた。


「ここまで来て、まだ何か?」


 いや、ごめん、と。話を促しておいて急に止める、そんな迷惑行為に対して素直に謝りながらも、蓮はしかし言葉を引っ込めようとはしなかった。


「もしかしたら、最初に質問するべきことだったのかもしれないが……」


 どこか所在なさげに目線を彷徨わせる。顎に手を添えて、言葉の続きを口にすべきかどうか、悩んでいる姿を見せる。

 そのまま、数秒。蓮は口をまごつかせていたが、意を決したように口を開く。何を言われるのかと、彼女が身構えた。


「そもそもの話。アンタ誰だ」


 静寂が、屋上を支配する。


 今更。


 今までの2人のやりとりを見ていた者がいれば、それを強く感じたことだろう。

 しかし、なるほど。思い返してみると、この2人が会話の上でお互いの名前を口にしたことはなかった。初対面だったのならば、それはそうなる。

 きっと、彼女も自己紹介を忘れていた事実にハッとした様子を見せているだろう。そんな光景が予想できる場面で、


「ん、え、あの……え?」


 彼女の反応は、実に鈍いものだった。言葉が形をなしておらず、疑問符が凄まじい勢いで増設されている気配が漂っている。

 隙間どころではなく広く空いた口。唖然を取り越して、もはや間の抜けたと言える表情すら覗かせてしまっていた。流石に女性としての秩序からか、その姿は一瞬で奥へと仕舞い込まれたが、強い衝撃を受けたことは簡単に察することができた。

 困惑を隠しきれていない彼女の様子に、蓮は不思議そうに首を傾げる。


「ほら、これ」


 ヒョイッ、と。軽く、そして緩慢な動作で、握っていた手紙を主張するように揺らしてみせる。


「ここに来たってことは、これはアンタが書いた手紙だよな?」


 彼女の視線が手紙に向かう。見覚えはある。当然だ。他でもない自分自身の手で一から──それこそ封筒の紙質選びから──準備した手紙なのだ。書かれている文字も、慣れ親しんだ彼女自身の文字。何年もの付き合いになる、使い慣れた、見慣れた文字。

 見間違えはしない。


「この手紙に差出人の名前がないから、大凡イタズラだろうなと覚悟はしていたんだが……まぁ、アンタが来たわけだ」


 確かに、手紙に差出人の名前は書かれていなかった。宛名にはしっかりと" 佐々波 蓮 様 "と書かれているため、渡し先を間違えたと言うことはないだろう。

 差出人不明のラブレター。これは怖い。

 手紙の文字質から書き手の人物像を割り出す技術が一般化しているのなら送り手の特定も可能だったかもしれないが、そんな事実はない。存在こそするのだろうが、とてもじゃないが一高校生が身につける技能ではない。むしろ差出人不明の状態で、加えて苦手とする暑さの中で、それも約束の時間が過ぎてまで、蓮はよく待っていたものだ。


「状況的に判断して、差出人がアンタなのは分かる。だから自己紹介も挟まずに本題に移ろうとしてしまったが……すまない。流石に早急すぎた。初めましての相手に呼び出されてちょっと警戒していたなんてのは、言い訳にもならない程に失礼な対応になってしまっていた」


 だからまずは、お互いに自己紹介をしよう。蓮はきっぱりと口にした。

 聞く限りでは、実に真っ当なご意見だった。


「それは……」


 彼女はチラリと蓮の顔を見て、そしてすぐに視線を下げて、手紙を見る。そしてそのまま、視線を落としてしまう。お腹の前で握られている両手が、その視線を受け止めた。

 そのまま黙り込んでしまいそうな、重い雰囲気を醸し出す。しかしその印象とは異なり、口が開かれるのは早かった。

 姿勢と雰囲気はそのままに、ポツリ、と。雫を溢すような静かさで言葉が紡がれる。


「確かに、名前を書かなかったことは、ええ。よろしくなかったようです。いろいろとリスクを考えた上での判断でしたが──」


 リスク。

 例えば、他者の手に渡った際に自身を特定されないように、などだろうか。なるほど。彼女ほどの容姿であれば、親切気取りの外野の声はさぞ多く、大きいことだろう。そのことを考えれば、|IF〈もしも〉を想定した対策としては間違っていないように思える。

 当然、受取人に恐怖を与えることに関しては除いてだが。


「失敗であったと、私は素直に認めましょう」


 蓮の反応を見れば、納得できる。しなくてはならないだろう。適していたとは決して言えない判断だったと。

 その点を、彼女は認めたようだった。反省を感じさせる声音だ。

 となると、ここから自己紹介タイムに移るのだろう。その予想を、


「ですが」


 と、ポツリと溢した言葉で覆す。

 次いでユラリ、と掬い上げるように首をもたげる。その動きは、空気に重みが付与されているかのように緩慢で、えも言われぬ圧力を感じさせる。

 その圧力を背負ったままに蓮に向けられる、半分に欠けた瞳。顰められた眉。そして絞るように力を加えられた、組まれた両の手。つい先程まで声音にこもっていた反省の色を陰らせながら、彼女の姿からは苛立ちが滲み出ていた。

 そんな怒れる彼女が、口を開く。


「そもそも私、貴方と同じクラスなのですが?」


 潮が満ちるようにじんわりと、しかし確かに、苛立ちの配分が上がってくる。街灯のない森の中で日が沈んでいく時のような、根源的な恐れを感じさせる、そんな声音だった。

 その怒りは真っ当なものだった。何せ、クラスメイトに顔も名前も忘れられていたことが今、この瞬間発覚したのだ。そして同時に、蓮の失礼度が跳ね上がった瞬間でもあった。


 スゥ……、と。

 蓮は短く息を吸ってから、静かに目を閉じた。追って、片手で両目を覆う。太陽とは異なる熱が、蓮の目を焼いていた。熱源は彼女の視線。"これはいったいどういうことだ"と、そんな意志をぶつけてくる視線を、掌に盾としての機能を期待して対処している。

 そのまま、しばらくして。蓮がポツリと呟く。


「……マジか」

「マジです」


 彼女からの返答は早かった。矢の如く。


「そうか……そう、か……」


 小さく、繰り返し呟く。

 蓮が構える盾に向けて、眼光という名の2つの矛が突きつけられる。盾ごと貫いてやろうと、隙を伺っている。その気配を、蓮はひしひしと感じ取っていた。視線に物理性が付与されていたのなら、蓮の片手と、その奥にある両目は使い物にならなくなっていたことだろう。

 言い逃れはマズイ。そう、蓮は判断した。

 英断だった。ただしその判断が、不認識という特大の失態をカバーし切れるかは謎ではあるが。兎にも角にも、蓮は行動に移すことにしたのだ。

 手を下ろし、盾を捨てる。彼女の視線を正面から受け止めることになった蓮は、しっかりと背筋を伸ばして相対する。一貫して気だるげな態度を隠さなかった今までと比べるべくもなく、意識的にか無意識的にか、1番綺麗な姿勢を取っていた。


「あー……これは、どうも、謝罪が必要なようだな」


 まずは"ごめんなさい"と言いなさい。

 確かに言い逃れこそしていない。していないが、この対応は不適切であると言わざるを得ない。これには彼女も更なる怒りを見せるだろうと思われたが、反応は意外なものだった。


「いえ。私にも不手際がありましたので……そうですね。ここは"おあいこ"としませんか?」


 そう、微笑む。親切心だけではなく、少しの呆れも含まれた、力のない笑みだった。

 蓮は驚いたように、パチクリと瞳を瞬かせる。


「なんだ……アンタ、いい奴だな」

「そう言う貴方は、よく分からない人ね」


 ハッとしたように彼女は口を閉じる。つい言ってしまった、といった反応だった。

 誤魔化すように、一度視線を逸らす。

 明らかに動揺を見せる彼女に、流石の蓮も口を噤んだ。


 間。


 遠くから、波の音が聞こえてくる。


「……私の名前は白船。白船(しらふね) 月寧(つきね)。あなたと同じ、2年1組の生徒です」


 沈黙に気まずさを覚えたのか、逸らした視線はそのままに、改まった自己紹介を早口気味に口にする彼女──いや、白船。

 念を押すように、同じクラスであることの主張も忘れていない。


「そうか……お前が、あの白船か……」


 僅かに瞳を見開いた蓮は、少しの鋭さを宿した声音で、噛み砕くように白船の名前を復唱した。口の中で転がされた呟きには、驚きと納得、そして僅かな真剣味が同梱していた。常に気だるさを纏う蓮にしては、珍しい反応だった。

 とはいえ、白船は正真正銘の美少女だ。学園内でも噂話の1つや2つはあって然るべきだろうし、蓮の耳にも、その内の幾らかは届いていてもおかしくはない。大凡、自分の持つ情報との整合性を、頭の中で確認しているのだろう。


 その反応に、白船も自身に関する噂話でも思い起こしているのだろうと捉えたようで、特に不思議がる様子はなかった。

 そのまま、白船は追加の情報を口にする。


「そして、あなたの隣の席に座る隣人でもあります」

「それは流石に嘘だろ」

「事実です」


 絶句。

 蓮は、この学校に来てからの自分があまりにも無頓着で無関心に日常を過ごしていた事実に、掛ける言葉が出てこなかった。


「名前を知らないどころか存在すら忘れていたことに関しては……良くないですが。むしろ何故そうなってしまったのかと小1時間ほど問い詰めたいところではありますが……もういいです。もういいとします」


 諦めが、ため息という形をとって口から漏れる。

 そのため息を、一筋の鋭い風が巻き取るようにして攫っていった。燻んだ灰髪と、潤しい黒髪が共に靡く。

 2人は反射的に瞳を閉じる。風が落ち着き、再び互いの視界に相手が映り込む。

 残り風に遊ばれる長髪を気にすることなく佇む白船が、くっ、と顎を引いた。瞳に真剣さが宿る。

 空気が変わった。ピンッと張った糸を思わせるそれに。


「佐々波君。佐々波、蓮君」


 絡めとるように、逃がさないように、白船の口から、初めて蓮の名前が読み上げられる。


「本日お呼びした、本題を申し上げます」


 張られた糸が軋んで悲鳴をあげる。そう幻視するほどの緊張感。


「恋人という関係に、興味はありませんか?」


 狙い澄ましたかのように、風が止んだ。


















プロット自体は完結まで完成しております。

ただし日々修正を挟みながら達筆しておりますので、今後は週一での投稿を目指して活動していきます。


続きが気になると感じて頂けた方、大変ありがとうございます。今しばらくお待ちください。



2024'01'25 作中の日付変更

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