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姫花と一咲と彼女のお付き合い

 


 麗らかな晴れ日が続く朝、今日の昼にでも会わないか、というメッセージが届いた。


 大学生時代からの大切な友だち、一咲だ。


 今年の3月に大学を共に卒業した彼女は、今は知人が営む会社の事務に就職した。


 起きたばかりで、ミルクたっぷりの甘いコーヒーを片手にゆっくり目覚めようとしていた意識が、ピロンと鳴った二度目の通知音に促され覚醒する。


 キッチンから回り込み、一度ダイニングテーブルに置いた自分のスマホを再び手に取る。隣に置かれた珋二さんのスマホもメッセージの通知に光っていたが、きっと送り主は朋彦さんだ。


 一咲からのメールより30分早く、「本日、彼の最初の予定は10時に起きることですので、よろしく」という内容が送られてきている。


 珋二さんの右腕で秘書のような立場にあるから、毎日欠かさず1日の予定表をメールに打ち込んで送ってくる。


 珋二さんを起こすまで、まだ2時間もある。わたしはちょっとだけ二階の寝室が気になり、階段下から様子を窺った。


 彼は寝ていても音や気配に敏感で、さっきも静かに布団から抜け出たのにパジャマの裾を掴まれ、すぐ戻ると宥めて出てきたのだ。


 今はぐっすり寝ているだろうけれど、起こすためだけに戻るというのもあまり良い気はしない。


 一咲との予定を組んだらすぐに戻って、時間になるまで自分も布団に潜っていよう。


 晴れて社会人になった彼女が送ってきたメッセージに、わたしの頬は勝手に緩んでいく。


 なんと、お付き合いしている人と会ってほしい、ということらしい。


 わたしが「本当!?」と微笑みの絵文字で返信すると、すぐに反応があった。


 メールにはピースサインの絵文字。普段あまり絵文字を使わない彼女だ。それだけに、とても嬉しそうなのが文面から伝わってくる。


 わたしは廊下に出て電話した。


 一咲に午後なら暇だと伝えると、思わずキュンとしてしまうような可愛らしい声で「ありがとう」と返してくる。


 お互いの軽い近況で盛り上がり、それじゃあと通話を切る直前、電話の向こうから妙に覚えのある声が聞こえた気がした。





 今日の珋二さんの予定は知っている。彼を起こすように言われた一通目のメールから2分後、二通目のメールは珋二さんに送っているものと同じ予定表の文面だ。


 こちらも毎日欠かさず送ってくる。


 ただし、わたしが知っていても問題ない程度だそう。


 知っていて損はないし、彼はマメだなと思うくらいで面倒とは感じてない。


 それに緊急で入った別の予定まで、彼らはきっちり教えてくれる。


 ただ、わたしは殆どのメールを夜になってから読むため、いつも朋彦さんに注意される。


 けれど今日は特に役立てることが出来そうだ。


 一咲と会う都合をつけやすい。


 つまり自分の都合をつけたい時だけ彼の予定に目を通すのだが、それを知った朋彦さんが告げ口に走ってしまったとき、珋二さんは笑っていた。


「そういう時のために教えてるんだ」と。


 苦い顔をするのは朋彦さんだけだ。(はる)くんだって、笑ってからかうだけで怒ったりはしない。


 まあ、専属運転手兼坊主頭の彼が怒るところなんて、そうそう見ないけれど。


 この坊主頭の男も毎日欠かさずニコニコしている。わたしの大切な友人で癒やし。





 朝も10時になり珋二さんを起こして下の階へ導くと、リビングに備え付けのインターホンの画面が玄関前の光景を映した。


 自分の主を迎えにきた執事のように、朋彦さんが外に立っている。




「おはようございます、姫花さん」


「おはようございます、朋彦さん」


「その呼び方、慣れませんね」


「元に戻っただけですよ」




 迎え入れたまま笑って言うと、相手の口角が意地悪そうに吊り上がる。




「あなたは順応が早いですね。さすがです」


「あ。今、ちょっと馬鹿にしたでしょ」


「はあ。やはり分かりますか」


「もう! せっかく珋二さんを起こしたのに!」


「はは。それはどうも。毎日ご苦労さまです」


「……まあ起きてもらいたいから、しょうがないけれど。朋彦さんに良いように利用されている感じがして、毎朝複雑な気持ちなんですよね」


「お手間を取らせましたね、(あね)さん」


「あー! わざと言ったでしょ!」


「朝からあなたをからかうと、自分の体調が正常であることを確認できて便利なんです」


「わたしを血圧計か何かだと思ってます?」


「はっは」


「うわ、真顔で気持ち悪い笑い方」


「失礼ですね」


「どっちがですか!」




 リビングを先導しているところに早速からかわれ、振り返る勢いのまま詰め寄る。


 朋彦さんは素早くわたしを避けて仰け反った姿勢で、スラスラと珋二さんの予定を伝え始めた。





 一咲と会うのは、午後2時からになった。


 しっかりした方の近況報告も兼ねて、お喋りついでに早めに3時のおやつにしようという話になったからだ。


 そこでわたしはケーキを、一咲は趣味の紅茶を用意することになっている。



 予定表どおり、仕事に関する話で二階の一室にこもった珋二さんと腹黒付き人に留守を任せ、自分は出掛ける準備を進める。


 来客を控えているから、4人分のケーキを買うために外出することを電話で伝えると、見慣れた真っ黒い車が駆け付けてくれた。


 お迎えに来てくれた優しい友人に、こっそり手を合わせてお礼を呟く。


 車に乗る相手はまだこちらを見ていない。


 運転席からぬるりと出た坊主頭の専属運転手が、わたしの顔を見てニカッと笑う。




「姫ちゃん、はよっス!」


「おはよう、(はる)くん!」


「オレ……いまだに慣れないっスよ、その呼ばれ方」


「ふふ。それ今朝、朋彦さんも言ってたよ」


「ええ! マジっスか?」


「うん! マジっスよ!」




 キラキラした満面の笑みが眩しい。


 自慢のかわいい友だちだ。




 ***




 午後2時になるより5分早く、インターホンが来客を知らせる。


 ぼんやりしてたわたしより早く、珋二さんが玄関先へ出迎えに行く。


 遅れて顔を合わせた私は、来客者を見て一瞬動きが止まった。


 今日来る予定の人は、たった2人。


 そのうちの1人、先に姿を見せた相手は見覚えがありすぎた。


 珋二さんの高校生時代からの友人。


 梓会の仕事とは関係のないところでの付き合いがある人。




「こんちはー!」


「あれ……違う車?」




 わずかながら見知った相手の背後に、見知っているはずの車を探す。


 前に会った時は、私が未だ苦手とする例の車種が見えていたのに。




「ああ、あれ公用車だしねー。それに、あっちで来ると珋ちゃんに睨まれるからさ。──俺の愛しい女が泣く──いってーな! なにすんだよ、珋ちゃん」


「おまえ、そのお喋りな口どうにかしろ……!」


「だからって抓らなくてもいいじゃんかー」


「……で、今日は何の用だ?」


「そんな冷たくしないでよ、もう……! あなたって意地悪ね!」


「よし、帰れ」


「あー、あるある! 待って! 用事あるのよ、あ・る・の……!」




 2人の会話を聞きながら、私は噴き出しそうになった。


 友人を相手に声に色気を含ませてくる茶目っ気も、今日の予定のことを思えば一層楽しみが増す。


 主に、珋二さんの反応に。


 内心、成る程と思いつつ、まだ詳細を知らない珋二さんと、今日の目的を知ってる来客者の彼とのギャップがまた面白い。


 笑いを堪えるため、下がって沈黙に徹する。


 もう少しこのまま、状況を見守っていたい。




「あー、実はさ、おれの彼女と会ってほしくて……連れてきました」


「連れてきた!? なんで急に……」




 珋二さんが驚くのも当然だ。


 彼が知ってるのは、今日、私と一咲が会う約束をしてることだけ。


 彼女が連れてくる相手が目の前のその人であることは知らない。


 予定をすべて知ってるのは私と一咲とその人だけなのだ。




「つうか、今から姫花の友人に会うし、突然言われても……」


「こんにちは!」


「よう、そいつ俺の友人だから退けてもい……」


「いえいえ、お構いなく。今日はこのお喋り男の彼女として来ました」


「は? だって、会わせたい人がいるって……え?」


「こういうことです」




 一咲はその人の腕につかまって、親密感をアピールしはじめる。




「おま……あ、こ……!」


「珋二さんは動揺してるみたい。さ、あがって! 一咲」


「ありがとう、姫花。おじゃましまーす」


「はい、お喋りな男さんも」


「どうもねー」




 約束していた2人を予定通り中へ招き入れ、自分も来客の準備をしようとキッチンへ向かう。




「……ひ、めか、……おま、知って……」


「もちろん!」




 誰からも説明されないまま、ひとり呆気にとられて棒立ちし続ける珋二さんに、いたずら成功だと満面の笑みを返しておいた。




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