余命ニヶ月の僕より幼なじみの彼女は死んだ。
運命は誕生した時から生か死かの天秤に左右されている。僕が僕だと気づいた時に、百歳まで生きるぞ! と意気込みはあったが、そんな気持ちを踏みにじる病が体を蝕んでくる。毎日弱っていく体を感じると、気持ちも弱っていく。これは、俺が最後に勇気を出して行動した失恋の物語である。
「松ちゃん必ず良くなるから頑張ろうよ! 私もこうやって毎日お見舞いに通うからまた二人で桜を見に行こうね」
「そうだな。いつか見に行けたら幸せだな」
彼女はいつも笑顔で励ましに来る。如月遥、幼なじみで家も近所だから幼稚園の時から毎日一緒に遊んでいた。将来は松ちゃんのお嫁さんになると言って、かなり重めの宣言をされたが、成長していくに過程でその宣言は心の支えになった時もあった。でも今の彼女が口にする言葉は苦痛でしかない。余命二ヶ月、僕の旅路が終わるまでの時間だ。遥は心配してるとはいえ、必ず良くなるという言葉だけでしかない希望を押し付けてくる。ずっと追い求めていた結婚という目標が近づいてきたのに、いきなり遠くへ突き飛ばされてしまった。
「今日は帰るね。また、明日学校が終わったら来るから、待っててね」
「ありがとう。気をつけて帰るんだぞ」
うんと上機嫌な様子で病室から出ていった。ようやく帰ってくれた、あいつの心配はただの自己満足でしかない。互いに依存しすぎた結果どちらが消えてなくなったらどうすればいいのか、分からなくなってるだけだ。
もし、あと少しだけ自由に動けることが出来たら、遥と一緒にデートをしたい。
そんな願いは虚しく翌日から更に悪化した。
「松ちゃん? 私だよ。体調が悪化したって聞いて学校早退して来ちゃった。話のも辛そうな顔してるね。大丈夫だよ、きっと良くなるだから今を耐えようよ」
うるさい。
「松ちゃん? 今日はなんと手編みのマフラーを持ってきました。お外は真っ白で寒いから少しでも温まる物作ったんだ」
うるさい。
「あと欲しいものは何かある? おばさんからも聞いてくるようにお願いされてるんだ!」
「うるさいんだよ。いい加減にしてくれ。お前は俺に助かって欲しいんじゃなくて自分が目指してた結婚するという夢が無くなるのを恐れているだけだろ? 毎日、よくなる良くなるって慰めてくれるけど体は悪くなる一方。もう諦めてるんだから、変な希望を持たせないでくれ。もう独りにしてくれよ」
「ごめんね、ごめんなさい」
扉が勢いよく開き、ゆっくりと閉まっていく。遥は大量の涙を零しながら外へ出ていったのだろう。きっと明日から来なくなる、これでいい。これで彼女は新しい道をスタートできる。病室へ来る時に見せる特別な笑顔。不器用なのに本を見ながら作ったというマフラー。ガキの頃から大切に作ってる思い出のアルバム。死後のお供はこれでいいさ。
あれから一週間が経った。元気な遥の声を聞いたのはあの日が最後だった。看護師さんも喧嘩したのかと心配してくれたが、何もなかったと言うと深くは詮索してくる事はなかった。久しぶりにペンを持つ、机の上にあった記録用紙を手に取り一年後の明日如月遥の家に届くようにお願いして手紙を書く、看護師は少し困ったような顔をしていたが、何かを察したのか配慮してくれた。17年の小さな物語をまとめて謝罪を入れる。
これで終わりだ。今日は少しだけ深く眠りにつこうかな。
目が開かないずっと暗い世界。
これは意識なのか分からない。
そうか、死んだのか。
一年後、如月遥の家には一通の手紙が届いた。
過去からのプレゼントを君へ。
僕は如月遥が好きだ。この気持ちは今でも変わらない。でも、自分が弱っていく中で遥の元気さに少しだけ嫉妬してしまった。あの日冷たいことを言い放ってしまった。互いに依存していたのに、俺だけ先に旅立ってしまったら、君は絶望してしまって一緒についてきそうだったから、不安だった。だから怒った、そして距離を開けた。もう考える力も残って無くて正しかったかどうかは分からないけど、きっと強く生きていると信じてる。もし、生きているならばと一週間色々と考えた。でも答えはでなかった。仮に生きているならばきっと僕たちは夫婦になり末永く暮らしていると思う。願いを叶えてあげられなくてごめん。体の限界が近づいてきている。明日には旅立と思うが、君はそんなことになってはいけない。末永く健康に生きてくれ。ありがとう。
本人は届かない手紙。
一年後の世界にはいない者同士の手紙。
如月遥は、病室で怒鳴られた日病院から勢いよく飛び出したところをトラックに轢かれて先に旅立っていた。
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それではまた次回!