中編 雷獣、吠える
寂れた居酒屋『雷獣』に恩返しに来たと言う貴族の青年ロマ。
給料もいらないと言うロマに貴族の気まぐれだと思った『雷獣』の一人娘エルは、こき使って音を上げさせようとしますが……?
どうぞお楽しみください。
半年後の居酒屋『雷獣』。
「いらっしゃいませ! 四名様ですね! 今お席に空きがありませんので、少々お待ちください!」
店内は満席。
客は料理に酒にと舌鼓を打ち、大層盛り上がっていました。
祭りや何かではありません。
三ヶ月ほど前から、これが『雷獣』の日常になっていました。
まずロマの提案した新メニューが大当たりし、噂が広がり新規の客が増えました。
続いて酒の種類を増やし、惰性で来ていた常連客にも新たな刺激をもたらしました。
その後週毎に変わる合言葉でお酒を値引きしたり裏メニューを出したりする事で、再来店を促しました。
その収益で人を雇い、増えた客への対応にあてるようになりました。
「おーい! 俺の酒まだかー!?」
「注文したいんだけどー」
「お会計ー」
「あ、あわわ、ロマさぁん……」
一度に入った客の要望に、混乱する若い店員ショッチュ。
それをロマは慌てた様子もなく捌きます。
「ショッチュ、君は注文を伺って。僕は飲み物を用意する。エルさーん!」
「会計は任しときな!」
「お願いします!」
てきぱきと働くロマとエルによって、店内は混み合いながらもお客は料理やお酒を存分に楽しめるのでした。
「ふぅ、お疲れ様でした」
「お疲れー」
「きょ、今日も終わりました……」
お客が皆帰り、ロマとエル、そしてぐったりしたショッチュは一息つきました。
「今日もありがとうショッチュ。君のお陰で助かったよ」
「そ、そんな……。ロマさんが色々助けてくれたからですよ……。ロマさんがの指示がなかったら僕なんて……」
「そうは言っても僕の身体は一つだ。君が指示通り動いてくれる事で、僕が二人いるのと同じになる」
その言葉に、ショッチュの疲れ切った瞳に光が灯ります。
「……僕が、ロマさん一人分に……!?」
「そうだよ。だからこれからも力を貸してほしい」
「も、勿論です! ありがとうございます!」
「親父さんが賄いを包んでくれた。家でゆっくり食べるといいよ」
「何から何まで……! ありがとうございます! ではお先に失礼します!」
先程までの疲労困憊の様子は何処へやら、ショッチュは喜びを隠そうともせず賄いを受け取ると、挨拶をして家路に着きました。
その様子を眺めていたエルは、感嘆とも呆れともつかない息を吐きます。
「あんた、本当に大したもんだね……。店の捌きもそうだけど、ショッチュをはじめ雇った店員に対する声かけや心配り……。あたしには真似できないね……」
「エルさんは一人で店を切り盛りする能力が高いですからね。さっきも会計をお願いする前に動いてもらえて助かりました」
「お世辞はやめな。店を回す力にかけちゃ、あんたに完全に上を行かれてるよ。……いや、何もかも、だな……」
エルは先程よりも重い息を吐きました。
「あたしは三十年近く店をやってても、こんな繁盛を呼ぶ事はできなかった」
「エルさん、それは」
「それをあんたは半月で客の切れない店にした。新しい料理、安くて旨い酒の仕入れ、客の目を引く催し……。すごいよ、ほんと……」
「エルさん……」
項垂れるエルの肩にロマの手が伸びます。
初めて作った料理の蓋を開けるかのように、ためらうようにゆっくり、しかし待ち焦がれていたかのように止まりません。
その手が肩に触れるか否かの瞬間、
「っだー! あたしらしくもない!」
「!?」
熱い鍋に触れたかのように、瞬時に手を引くロマ。
「ロマはすごい! でもあたしも頑張ってきた! だから落ち込む必要なんてない!」
「そ、そうです! エルさんがいなかったら、このお店はなかったんですから!」
「ありがとよ! よーし! あたしも店の繁盛のために頑張るぞー!」
「はい! 僕も頑張ります!」
嬉しそうに微笑むロマに、エルがじとっとした目を向けます。
「……なぁ、これ以上頑張るって言うなら、そろそろ給料を受け取ってくれない? 店の一番の功労者が無給っていうのはやりにくいんだけど」
「いえいえ。前にも言った通り、これは僕の恩返しですから。ご飯と寝床だけで十分ですって」
「ったく……。じゃあお金以外に欲しいものがあったら言いなよ?」
「はい!」
にっこり微笑みながら、後片付けに入るエル。
その後ろ姿に、ロマはまるで宝物を眺めるかのような視線を注ぎました。
「僕の欲しいものは、十年前から変わらず一つだけなんですよ、エルさん……」
読了ありがとうございます。
おや? ロマの様子が……?
彼の求めるものとは一体……?
全ての謎が次回明らかに!
後編は夜投稿の予定です。
よろしくお願いいたします。