表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2次元の物語  作者: 小城
9/9

エピローグ

『我々の住む世界が3次元だろうと4次元だろうとホログラフィックであろうとも、我々は毎日、飯を食べて、排泄をしないと生きてはいけない。仮に我々の住む世界が、ホログラフィックだとすると、毎日、我々がしている食べ物を食べて、排泄をするという能動的な行為は、2次元上ではどういった意味を持っているのだろうか。それは2次元上の何らかの動きが反映された結果なのだろうか。それとも、あくまで能動的行為の主体は3次元世界の我々であり、それが2次元世界に影響を与えているだけなのだろうか。もし、能動的行為の主体が3次元世界の我々だとすると、我々の住む3次元世界の上位に位置する4次元世界との関係はどうなるのだろうか。そして、3次元世界と4次元世界の行為の主体はどちらにあるのだろうか。我々の他に異なる次元には生命はいないとされる。なので、それらの問いは成り立たない。

 量子力学における不確定性原理の発見は、決定論を否定した。量子が確率的にしか存在しないのならば、我々の住む世界も可能性としてしか存在しない。物理を究明していくと、人間の自由意志とは何か、意識とは何か、人間とは何かという問題を抱えることになるのかもしれない。しかし、それらの答えはすべて、可能性である。言い換えると偶然。我々がここにいるのも偶然。私とあなたが出会ったのも偶然、3次元世界に生命が生まれ、人間に進化したのも偶然でしかない。そして、知的生物であるヒトは、その世界のあり方を記述しているに過ぎない。我々の住む世界は3次元である。次元は9次元まであり、我々の住む3次元世界では、残りの6次元はカラビ・ヤウ空間として、小さく畳まれているという。そして、それらは、それぞれ超弦理論で結ばれている。

 1、2、3次元情報が人間の脳に知覚され、生体反応を生起させる。次元などというものも、しょせんは人間の理解でしかない。理論上の空想といっても良いかもしれない。それは物語の世界が存在しないのと同じである。1987年。愛知県三河一宮。組紐今屋倅。朝比奈軍治自著。』

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ