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2次元の物語  作者: 小城
4/9

三世一粒

「『宇宙』という言葉がある。」

「『うちゅう』?」

「こう書く。」

三郎兵衛は地面に文字を書いた。

「この世ということだ。」

「ふうん。」

三兵衛は、それならば、始めからこの世と言えば良いのにと思った。

「宇宙は一粒の砂なのだ。」

三郎兵衛はそう言うと、地面の砂をほんの一粒、三兵衛の掌の上に乗せた。

「世の中はこんなに小さいのか?」

「そうだ。そして、一粒の砂という物は宇宙なのだ。」

三郎兵衛は三兵衛の掌の砂粒をつまんで宙に投げた。その砂粒は、宙に拡散し、消えた。

「三世。つまり、過去世、現在世、未来世も同じなのだ。」

「砂粒でしかないということか?」

「ああ。さあ撃って見ろ。」

三郎兵衛は火の点いた火縄銃を三兵衛に渡した。構え方と撃ち方は教えてある。

「撃つときは目をつぶれ。火が入る。」


ズドーン…!!


雷鳴のような音と伴に鳥が飛び去った。

「当たっているぞ!」

離れたところに雁だろうか1羽倒れている。

「まぐれだな。」

三郎兵衛はそう言って、歩いて行く。

「俺の腕だ。」

遠く離れた父に向かって三兵衛は言った。

「雁が採れた。」

「まあ、うれしい。」

お貞が喜んだ。

「俺が当てたのだ。」

「本当?」

お貞が三郎兵衛に尋ねた。

「ああ。」

三郎兵衛は雁を裏へ持って行った。

「雁の肉の汁だ。」

その夜は雁汁と雑穀飯だった。

「織田は朝倉と和睦して、お互いとも志賀から兵を引いたらしい。」

「ふうん。」

皆は雁肉に夢中である。

「今度はこちらに攻めてくるだろうという話だ。」

「どうなさるのですか?」

およしが箸を置いた。

「どうするもこうするも、寺や皆を守るだけだな。」

三郎兵衛は最近、名主の屋敷によく出入りするようになった。戦の陣立てや作法のことを旦那連中が集まって学んでいるらしい。教えるのは、国を追われて長島にいる武士であった。

「お前はまだ早い。」

一度、三兵衛は連れて行ってくれと頼んだが、父にそう言われた。


ズドーン…!!


父には止められていたが、三兵衛は内緒で火縄銃を持ち出して、雁を撃っていた。

「(当たらぬな…。)」

獲物との距離は半町以内ではないと、当たらないという。それでも、小さい獲物程当てるのは難しい。

「貸してみろ。」

「あっ。」

いつのまにか後ろに誰かいた。格好からすると武士のようである。

「玉貸してみな。」

三兵衛が玉を一つ渡した。

「よっと。」


ズドーン…!!


その男は器用に玉を詰めて火縄を挟むと止まることなく、撃った。

「すげえや!」

見ると遠くに雁が1羽倒れている。三兵衛は走って行った。

「叔父さん。村の人?」

「俺は本願寺の者だ。」

下間頼旦らに付いて来た武士で紀伊の生まれだと言う。

「小助という。」

「小助様か。」

「まあ、何とでも良い。それより小僧。」

「三兵衛だ。」

「うむ。三兵衛、火縄を撃つときは、近づくのはそうだが、心を落ち着けなければならん。」

「何故だ?」

「心がぶれると体がぶれ、火縄もぶれるからだ。」

その後、三兵衛は小助に膝台放し、や逆膝放しといった火縄銃の撃ち方を教えてもらった。辺りはいつのまにか暗くなっていた。

「戦で撃つときは、相手と目が合ったときに撃つことだな。」

「分かった。」

「分かったら、早く帰れ。」

「ありがとう。」

家に帰った小助は三郎兵衛に叱られた。


「(相手の目が見えたら撃つ。)」


ズドーン!!


「当たった。」

その年の5月。信長は数万人規模の大軍を持って伊勢長島へ向けて攻めて来た。長島側は各砦と輪中ごとに兵を構えて迎え撃った。

「当たった。」

河口一帯には、輪中が散らばっており、それぞれは砦を持っている。願証寺や長島輪中に近づくには、それぞれの砦を落としつつ、船で次の輪中に渡っていかなければならない。織田軍は、まず、大軍を持って、一番手近な輪中と砦を攻めたが、それを落とすことすら叶わなかった。一向一揆側も先を見越して、最前線の輪中に兵たちを集めていた。

「退いて行くぞ。」

手の付けようがない織田軍は、手近な村や畑に火を付けて尾張、美濃へ退いて行った。

「追うぞ。」

門徒たちは砦を出て、他の輪中に伝令を走らせて、脇道を走り、織田軍の先に回り込んだ。

「撃て!」


ズドーン…!!


大軍であるが故に動きが遅くなった織田軍に比べて、脇道を知る一向一揆側は少人数ずつを組に分けて、織田軍の行く先行く先に隠れて、鉄砲を撃った。その後武装した門徒が斬り込み、弓鉄砲の衆はさらに先に回った。この頃には、門徒たちも、村ごとに名主を大将として、その下に家々を各組に分けて頭を置いた集団ごとに分かれていた。そして、戦のときは、その組に従って門徒が動く。このときの戦いがその初めての運用であった。

「やったぞ!!」

この戦いで織田軍はてんでに討たれて、討ち死にした武士もたくさん出た。

「たいしたことないではないか。」

門徒たちは武士として機能していた。そして、その数は数万人はいる。

「五人倒した。」

鉄砲に撃たれた者は当たりどころが悪ければ即死する。しかし、大抵は怪我になる。その半分はその怪我で死に、もう半分は鉄砲の後に斬り込んで来た武士に討たれて死ぬ。正規の武士ならば侵攻した先で敵を討ち、首を持ち帰れば、相手によっては恩賞を得られることになる。しかし、門徒たちは武士ではなく、この戦も守る戦いなので恩賞とは無関係である。

「そんなに倒してどうなる?」

三兵衛は小助に聞かれたことがあった。三兵衛が何人織田軍の人間を火縄銃で撃とうが、戦が終わった後に来るのは、また、今までと変わらない輪中での生活である。彼らはその生活を守るべく戦っている。

「三兵衛は戦に何を求めるのだ?」

「何をと言われてもなあ?」

そんなことは考えたこともなかった。

「戦が楽しいからだけでは、この先やっていけぬぞ。」

「小助様はどうなのだ?」

「俺は今それを探している。」

「ならば俺もだ。」


冬が過ぎて、年末になった。大学の講義も休みである。

「1571円になります。」

理輝は忙しい年末のバイトをしていた。

「大みそかは俺がやるから。」

店長の廣木は言った。

「三が日は鈴木君入ってくれるから。」

鈴木はフリーターでバンド活動をしているという。

「お疲れ様でした。」

家に帰る。午後10時過ぎだった。

「雪…。」

粉雪が舞って来た。

「ただいま。」

「お帰り。」

母の望みが正月のおせちの下拵えをしていた。

「おばあちゃんまだ起きてたの?」

「ええ。」

祖母の簗絵も望と一緒におせちの準備をしている。

「お母さんいいって、言うのに聞かないんだもの。」

「いいのよ。私がやりたいだけだから。」

実の母娘である。理輝には他の家のことは分からないが、仲は良いのだろう。

「ただいま。」

「おかえり。」

二階に上がると、咲愛と会った。

「お母さんとおばあちゃんって仲良いのかな。」

「見れば分かるでしょ。」

「他の家のことは知らないし。」

「それぞれだけど、うちは仲良いんじゃない。一緒に住んでるんだから。」

「ふうん。」

「なんか用?」

理輝の部屋は1階にある。

「父さん部屋?」

「パソコンやってると思う。」

理輝は豊久の部屋をノックした。

「いる?」

「いるよ。」

ドアを開けて入った。

「今、暇?」

「どうした?」

「前言ってた現地説明会なんだけど…。」

「現地説明会?」

「遺跡の。」

理輝はベッドに座った。ここは父母の寝室兼書斎である。

「ああ。伊勢長島一向一揆のやつか。」

「うん。」

理輝は食べていたお菓子を父に勧めたが、手を振った。

「あれ、行ったの?」

「ああ。」

豊久は説明会でもらった資料を引き出しから出した。

『伊勢長島一向一揆の歴史』

資料の表紙にはそう書かれてあった。

「伊勢長島は大坂本願寺の末寺願証寺の門前町でもあり、浄土真宗門徒の居住区だったんだ。」

「ふうん。」

豊久は話を始めた。理輝は時折、こうして父の話を聞きに来る。父が話の大抵は日本史関係の話題だった。

「大坂本願寺は織田信長と対立したんだ。信長は比叡山もそうだけど、当時の寺社勢力にも躊躇なく戦争を仕掛けた。」

「比叡山は聞いたことあるよ。」

「だろ。」

理輝の日本史の知識は中学校で止まっている。

「だから、この伊勢長島の土地も、織田信長に焼かれるんだ。」

「焼かれる?」

「殺戮だね。」

時折、父は突拍子もないことも臆面なく言う。そこは学者なのだろうか。父は本当は歴史学者か考古学者になりたかったという。それは、いいのだが、中学生の前でも、こんな言葉を平気で言ってはいないよなと、時々心配になる。

「信長は殺戮者のイメージがあるけど。比叡山とかでも、武士だけでなく、一般人も殺したみたいなんだよね。」

「ふうん。」

理輝は専門的知識がないから、ただ聞くだけである。

「戦国時代が一体どんなだったかは、見てみないと分からないけど、これで、発掘された遺物から一向一揆の人たちの生活が少しは分かるんじゃないかな。」

「へえ…。」

理輝は冊子を見ていた。冊子には番号と伴に写真と図版が載っていた。

「(土器、壺、銭貨、鉄砲の玉…。)」

発見されたのは、その他、仏像、木の下駄、箸、鍋、などの生活用品が多いという。

「これ何?」

「どれ?」

理輝が示した写真には、平たい円形の石に墨書で『三』と書かれていた。

「当時のフリスビーじゃないかと言われてるけどね。」

「フリスビー?」

「石投げに使った石だよ。」

「河原でやるみたいなのか。この『三』ってのは?」

「持っていた人の名前じゃないかな。例えば、三郎とか三十郎とか…。」

「ふうん。」

だいたい見終わると、父に礼を言って返した。

「ありがと。お休み。」

「ああ、お休み。」

リビングに行くと台所には母一人になっていた。

「おばあちゃん寝たの?」

「うん。」

もう11時過ぎである。

「理輝も先寝てね。」

「シャワー浴びてから。」

熱いシャワーを浴びた。


「何をやっている?」

「石を磨いている。」

三兵衛は河原で拾った石を丸く平たく円盤状に磨いていた。

「できた。」

「何だそれは?」

「的だ。」

三兵衛はその円盤石を二本の棒で挟み固定した。二本の棒には縦に二本長い棒が交叉して伸びている。三兵衛は走って行って、地面に差した。

「あれを撃つのだ。」

ある日、三兵衛は父からひと月の間、火縄銃に触ることを禁じられた。

「その間は組紐をやれ。」

三兵衛は組紐をやりつつ、暇な時間に石を磨いた。


ズドーン!!


「当たった。」

「分かるのか?」

「だいたい。」

この頃には、三兵衛の鉄砲の腕前は小助と同じくらいになっていた。

「俺は鉄砲撃ちを目指す。」

「狩人になるのか?」

「狩人にもなれるが、鉄砲の先生にもなれる。」

「鉄砲で食っていくには、召し抱えられねばならぬぞ。」

「ならばそうなる。」

「そうか。」

結局、今とやっていることは変わらないのだろうと思った。


ズドーン…!!


的は一町の距離で三兵衛の掌より少し大きいくらいである。それでも三兵衛は5発に3発は当てた。

「今に4発は当てる。」

三兵衛は言った。

「お前ならできるかも知れぬな。」

「できる。」


ズドーン…!!


「火縄は撃つな。」

三郎兵衛は三兵衛に言った。

「玉と火薬を無駄には使うな。」

三兵衛に言わせれば、無駄ではなかったが、もう玉も火薬も残り少ないのが現状だった。墨で名前を書いた的も納屋にしまわれることとなってしまった。

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