第22話 私達の自己紹介
必要な席替えが終わると、ようやく不知火先生がホームルームを始めた。
先生はいくらかのプリントを配ってその内容を説明した後、「じゃあ最後に」と一言置いて、次の用件に移った。
「そろそろ、みんなの自己紹介の時間にしようか。今日は開幕からいろいろあって目立ってたやつもいくらかいたけど、ここで全員ちゃんと紹介し合うのは大事だからな」
と、入学式とクラス分けを除いた高校最初の重大イベントの開始を口にした。
それから「全員の自己紹介が終わったら今日は解散だ」と付け加えて、名前の順、というか席順に自己紹介するよう促した。
トップバッターは理人くん。
天使っていう名前だから、昔から出席番号が1番目になる率はかなり高い。
「高天中学から来た天使理人です。苗字の『あまつか』は『てんし』と書きますが、俺自身の人間性は天使とは程遠いガサツな感じです。ほどほどによろしく!」
名前の話題は理人くんの初見さん向けの持ちネタみたいなもので、これまでにも何度か聞いたことがある。
確かに理人くんはちょっとがさつなところあるよね、なんて思ってクスッと笑いが溢れる。
クラスメイトからも「あはは」と笑いが漏れる。
うん、最初なのに堂々としてて、理人くんらしい良い自己紹介だったな。
数人が順番に立って自己紹介をして回っていき、次に番が回ってきたのは遥ちゃん。
「天使くんと同じ中学から来ました、神楽遥です」
遥ちゃんが名前を言いだしたのと同時くらいに、クラスの一部の生徒がざわざわとしだす。
知らない生徒は何事かと不思議そうに首を傾げたりしてるけど、その答えは遥ちゃんが続けた言葉でほとんどの人が察することができたと思う。
「遥のこと......というか、遥のママのことを知ってくれている人もいるみたいですけど、できれば遥とママは切り離して、遥個人のことを見てもらいたいです。基本的にサインとかを仲介することはないので、そのつもりでいてくれると助かります。でもお友達は作りたいので、仲良くしてくれると嬉しいです! よろしくおねがいします!」
遥ちゃんのお母さんの神楽結さんはとっても有名な声優さんで、テレビのバラエティ番組とかにも頻繁に出演してたりする。
一部の生徒にはもうすでにそのことが知れてしまっているみたいで、ミーハーな子たちがざわざわしてたってわけだね。
中学まではみんな小学校からの知り合いばっかりだったから、こういう新鮮な反応は久しぶりな感じ。
確かに有名人の知り合いって、なんだかわくわくしちゃうところあるもんね。
けど、遥ちゃんは昔から、人に認識される時には「有名なお母さん」が先行してしまうところがあったから、そのことがちょっとコンプレックスになってるみたい。
だからか、初対面の人相手にはこういう釘を刺すような自己紹介をすることがある。
とはいえ、前半はちょっと冷たい感じだったけど、後半ではいつもの柔らかい遥ちゃんに戻っていた。
それからまた数人周って、知夜くんの番がきた。
名前が「御門」で最後の方の担当のはずなのに、私よりも早く順番が来るのはもちろん、さっき席替えしたから。
正直、私自身の自己紹介より知夜くんの番の方がドキドキする。
あんまりおかしなことは言わないでほしいなぁ〜なんて思いつつも、まぁどうせ普通にはならないんだろうなぁ〜って諦めてる部分も大きい。
というか、ホームルーム始まる前の段階ですでにやらかしてくれていたから、今更かもしれない。
ガタッと木の椅子を引いて知夜くんが立ち上がる。
「朝一はお騒がせしてすみませんでした。先に自己紹介をしていた天使、神楽、それからこちらにいる女神、皇と同じ中学出身、御門知夜です。僕はこの子、皇夕愛の婚約者として、彼女こそをすべての中心に考えて生きています。万が一にでも夕愛を害する人、僕から奪おうとする人がいれば、何をしてでも排除するように動き、夕愛と仲良くしてくれる人には友好的に接すると決めています。ぜひ仲良くさせてください。ただし、特に男性諸君、もちろん女性の皆さんもですが、この子がいくら女神感にあふれていて神々しく、好きになるのは避けられない女性だと言えども、夕愛はすでに僕の未来の妻と決まっていますので、勝手に夕愛にアプローチすることは許しません。その点についてはあしからず。以上、よろしくお願いします」
うぎゃー!
知夜くんってば、やっぱりやらかしたよー!
ちょっと理人くん、遥ちゃん、顔を伏せて肩を震わせて笑ってないでなんとかしてよ!
私はアツく演説する知夜くんの語りを途中で止めようと制服のスソをちょいちょいって引っ張ってみたけど全然止まってはくれず、むしろヒートアップするばかり......。
もー! もー! もー!
なんで知夜くんはいっつもそうなのー!?
いや、嬉しいんだけどね!?
私は知夜くんのものだし、知夜くんも私が独占してるってみんなに知ってもらえるのはいいことだけど!
それでもいつもいきなりこんな紹介の仕方をするのは、ほんと勘弁してほしいよぉ......。
話しきった知夜くんはドヤっと私の方に視線を向ける。
<これで少なくともこのクラスの子たちから夕愛にたかる悪い虫が湧くことはなくなったね!>
<もうっ! ほんとに知夜くんは、もうっ!>
とってもいい笑顔でわりとブラックなことを伝えてくる......。
そんな彼に、私はなんにも意味ある反応はできず、隠すことはできないけど照れ隠しに、文句があるって気持ちだけ送り込んでおいた。
すぐに前を向き直して着席するも、その笑顔の余韻と、振り向いたときにふわっと感じた知夜くんの素敵な香りが私の鼻腔をくすぐってくれる。
あー悪い笑顔もかっこいいなぁ、いい匂いだなぁ、むずむずするなぁ〜。
「............らぎ............す......らぎ......。おーい、皇〜? 御門に見惚れるのは結構だけど、キミの番だよ〜。と言っても声が出せないか......どうしようかねぇ」
はっ!?
知夜くんの尊さに意識が飛んでしまっていた!?
「不知火先生、夕愛の自己紹介は僕に代弁させてください」
またしてもわたわたとしてしまう私に、知夜くんが的確にフォローを入れてくれる。
「おー?御門が代わりに皇のことを紹介するってことかー?」
「いえ、僕と夕愛はお互い考えてることがわかるので、夕愛が伝えたいことを読み取って僕が発言するってことです」
「ふむ......? まぁ何でもいいや。じゃあよろしく〜」
先生......適当すぎじゃないですか......?
それから知夜くんは普通に私の自己紹介を代弁してくれた。
いつもどんなときもふざけてるってわけじゃないんだよねぇ〜。