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歌を忘れた金糸雀は。

作者: 雪村悠佳

「歌を忘れた金糸雀は……」


 そう教えてくれたのはケンジだっただろうか。いや、ユウヘイ? 今となっては誰から聞いたのかすら定かでない。自分の人生の中で時にはすれ違い、立ち止まり、重なり――そして、通り過ぎていった人。通り過ぎてしまった後には、いくばくかの風が渦巻いているだけで、それ以外には何も残っていない。

 幼かった頃の私は、もっと運命の出会いとかを信じていて。パパとママがそうだったように、もしくはそのパパとママがそうだったように、私もいつか誰かと結婚して、誰かにママと言われて、誰かにパパのママ(もしくは、ママのママ?)と言われるんだと思ってた。

 だけど今も私は、この古いワンルームマンションで、小さなこたつに一人で入っている。こたつの上にはみかん。こたつにはみかん、というのは別に誰に教えてもらったわけでもないけど、スーパーで見掛けると時々なんとなく買って、何となくコタツの上に置いてみる。

「……寒い」

 小さく呟いて、少し深くコタツに潜る。

 コタツというのは本来「囲む」ものだと思う。家族で囲んでみたり、好きな人と二人で膝をつきあわせてみたり。ああ、そう言えば子供の頃は家族でコタツを囲んでドンジャラとかしたりしてたな。

 今はこの小さなコタツを囲む相手は誰もいない。世間ではイルミネーションがどうこうとかもうすぐ聖なる夜がどうこうとか言っているが――そして私だって以前はその計画を練ったりしていたのだが――、今年は特に何の予定もない。いつも通りに仕事をして、土日はテレビでも見て、そう、それで終わるんだろう。

 座椅子を買ったらこたつに入ってテレビを見たりネットをするのが楽になった。時々そのまま寝てしまうのが難点だが。


 鉱山のカナリアはみんなに可愛がられる。

 男臭くて薄暗い坑道の中で、多分カナリアは鉱夫たちのアイドルだったんじゃないかと思う。毎日疲れ果てるまで鶴嘴を奮い続ける中で、カナリアの姿は、声は、一服の清涼剤だったんじゃ無いかと思う。

 だけど、可愛がられるカナリアは――有毒ガスが出ると、真っ先に奇声を上げて卒倒する。その姿を見て鉱夫たちは危険を察知し、逃げ出して助かったのだと。

 カナリアは結局、何かあった時の犠牲になることを最初から運命付けられている。


 もちろん私はカナリアみたいに綺麗な声を出すわけでもなければ、かわいい姿をしているわけでもない。だけど、私の横を幾人も通り過ぎていった頃の私は、今よりちょっとはかわいかったし、歌だって歌うことが出来た。――後者については文字通りで、その時隣にいた人の影響で(――ああそうだ、あの時隣にいたのがユウヘイだった)、選んでもらって安物のアコースティックギターまで買ったのだった。プレゼントだったら捨ててたかもしれないけど、あの時の私はこれで自分で買いたいと言ったのを覚えてる。だから今も、私の部屋の片隅は、手入れもされていない古びた楽器が転がっている。それを抱えて下手な歌を歌っていたのは、もう昔のことだ。

 ――歌を忘れたカナリアは。

 そのフレーズだけは有名だが、じゃあカナリアがどうなったのか、と聞かれると続きはあまり知られていない。――山に捨てるとか藪に埋めるだとか、そんな物騒なことを何度も言われて。「いえいえ」と止められた末にどうなるのかというと、「月夜の海に浮かべれば忘れた歌を思い出す」ということだ。結局海に流されている、捨てられているんじゃないかと聞いた時には思ったものだ。


「あ、雪」

 窓の外を見ると、空を覆うような重たい雲から、粉雪がはらはらと降り出していた。多分、この冬最初の雪、だと思う。

 細かい銀の破片は、夕日にきらめいて少し茜色を帯びて、そして私の視界を灼いて。

 なんだか訳も分からなく悲しくなって、その景色が少し滲んだ。


 暖かくなるころには、私のこの凍えた心ももう少し温まって、もう一度歌ったり出来るんだろうか。

 今はまだ、こたつから抜け出せない日々は、もう少し続きそうだけど。

 私はもう一度、こたつ布団をかき上げた。


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