第十二話 早く明日にならないかなぁ
普通、領域内に潜む魔獣の実力は魔法少女に遠く及ばない。
領域内の主ですら、魔法少女はほんの少し苦戦を強いられるぐらいで倒せてしまう。それが、今の魔獣と魔法少女の力関係だ。
だが、時には例外だって存在する。
以前、紗月と飛鳥が潜った領域がそれだ。
魔法少女一人や二人では絶対に攻略出来ない領域。魔法少女の実力を圧倒的に上回る魔獣の出現。
それらが確認され、魔女協会に連絡が入ると───今度は『複数人同時攻略戦』の指令が条件に当てはまる魔法少女達に通達される。
『レイド』とは、実力のある魔法少女を集めて攻略難易度の高い領域へ侵入するというもので、先程言った条件というのはこの『実力が高い』という事である。
実力のある無しは魔女協会がこれまでの成果を元に判断しており、魔法少女になった年月が長く・それなりに多くの領域を終わらせてきた者は協会から上位と認定され易い。
協会から上位だと認定された魔法少女は、より多くの領域を任される様になり、また上位では無い (下位の)魔法少女の育成であったり、又、協会に直接コンタクトを取る権利が与えられる。───緑坂孤織離の様に。
そう、緑坂孤織離もまた上位の魔法少女の一人。一度だけだが『レイド』参加経験もある。
その実力は確かなもので、他の魔法少女からは畏怖を込めてこう呼ばれている───『氷姫』と。
『レイド』が行われる事は滅多に無い。何故なら、そもそも魔法少女数人では手に負えない領域自体 滅多に展開される事が無いからである。
けれど、逆に言えば、稀にだが魔法少女が危険に晒される可能性があるという事だ。だからこそ、丁重に扱わなければならない事案である。故に多数の優秀な魔法少女が集められるのだ。
他の魔法少女と関わり合う機会はここしか無い。優秀な魔法少女が集まる場で二つ名が付くとはどういう事か───それは、そうやって優秀な魔法少女達の中でも、その者は飛び抜けて優秀という事を意味する。
『氷姫』と呼ばれる彼女の実力が如何程のものか───。
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とある日の夜、孤織離は魔女協会の指令を受けて領域に潜っていた。
領域内は全てゴツゴツとした岩で囲われていて、迷路の様な洞窟になっている。
洞窟の中に生息しているのは、成人男性の腰ぐらいの背丈しか無く・全身緑色でブツブツとした出来物が多く見える・鼻と耳が異常に長く、瞳孔が長方形型になっている亜人。俗に小鬼という名で呼ばれる事の多い生物だが、動物の皮を乱雑に繋ぎ合わせた様な衣服を身に纏っていて、石で作られた斧や棍棒を持って侵入者に襲い掛かっている。
勿論、侵入者として認識されているのは───孤織離だった。
彼女はすでに魔法少女の衣装になっていた。
自分と同じぐらいの丈まであるのに半袖でゆるふわな材質の上着を羽織っており、下は水色でシフォン生地の薄い上着・スカートはミニで青色のサテン生地で、肩には全ての服の上に白色で皮製な肩掛けをしている。胸の辺りにはひし形で青色の装飾が付いていて、左手には真珠のブレスレットを身に付けていた。
武器は杖。木製のもので、かなり長く・太めの物。先端は丸まっていて、その中央には胸の装飾同様 青色の装飾がはめ込まれていた。
だが、一番目につくのは───彼女の髪だろう。緑色だった彼女の髪が、今ではストレートに下ろされ水色になっている。光を反射し艶のある その髪は、おそらく変身の影響だろう。このおかげで、大人しめで穏やかな雰囲気から、凛とした鋭い雰囲気を醸し出す様になっている。
現在、孤織離は十数体のゴブリンに囲まれている。
ゴブリンは特徴として、群れるというものがある。
一体でも一般の成人男性より力は強いが、それでも他の魔獣と比べるとかなり弱い部類になる。
なので、群れる。強い敵にも数で挑み、質よりも量を重視する種族なのだ。
少なくとも必ず五体以上で行動し、多いと二十体程で固まって動く。
だから、今も複数体で獲物を囲んでいるのだ。
多対一の状況。魔法少女とはいえ、追い詰められはしないだろうが、気が抜けない状況ではある。
だが、こんな状況でありながら───孤織離は余裕な表情で構えすら取っていない。
それどころか、数で有利な筈のゴブリン達の方が緊張を顕にし、孤織離の出方を伺っていた。
何故、こんな状況になっているのか、それは───
孤織離が杖を持っている方の腕を前に突き出す。
それを見た瞬間、ゴブリン達は顔を強く引き攣らせ。
ゴブリン達の予想は間違いで無かったと証明する様に───急にゴブリン達の体が吹き飛んだ。
まるで、強い衝撃を受けて、体がそれに耐えきれなかったかの様に四方に散り─── 一匹残らず絶命する。
そう、孤織離は先程から、ゴブリンと遭遇とするや すぐに殺し、その死体を道に転がしてきた。
しかも、その死体のどれもが破散死体。肉があちこちに散らばる形で死んでいる。
だから、最初は人だからと孤織離を侮っていたゴブリン達も、今では肉食獣に睨まれた小鹿の様に体を震えさせ、彼女からの破壊を受け入れる他無い。
彼女が使っているのは魔術だ。衝撃を生み出す魔術。
正確には気体を操る魔術なのだが、まだこの魔術を会得してから日が浅い彼女はそれを知らない。ただ、気体を纏めて強く飛ばす事が出来るというのを感覚的に知っているので、そういう魔術だと思っている。
でも、長年魔法少女をやってきた彼女の魔力量は多い。なので、一度に込められる魔力も多いから、その単純な扱いでも強力な魔術となっている。
彼女は洞窟内を進んでいく。
進んでいく間にも多数のゴブリンと遭遇したが、彼女にとってゴブリンなどいてもいなくても同じであった。全て等しく肉の塊となって その命を散らしていく。
────洞窟最深部。
洞窟の奥はそれなりに広い空間となっていて、不格好ではあるが、背の高い棒の上に皿を引っ付けた様な石細工・それの上に蝋燭の様な灯りといったもの───その組み合わせが二本立っていて、その他にもどこからか強奪してきた様な旗や断幕等が乱雑に飾られ、広間の異様な雰囲気を助長している。
その中央に佇むのは、ゴブリンと似た姿ではあるが体調が二回りも大きい魔獣。
他のゴブリンよりも着ている物が多くて、朽ち始めている王冠・マントの様に長い肩掛け・サルエルパンツの様にダボッとした灰色のズボンを身に付けている。
鉈の刀身を伸ばした様な大剣が地面に刺さっていて、大剣の柄にその魔獣は右手を伸ばしている。
魔獣の名は小鬼の将軍。ゴブリンの上位種である上位小鬼───そのさらに上位種。ゴブリンの二段階進化個体である。
他に魔獣の姿は無い。群れるゴブリンにしては異様な光景だ。
他のゴブリン達は孤織離に恐れを成して逃げてしまったか・それとも もうすでに孤織離が狩り尽くしてしまったか───とにかく、ここには他のゴブリンはいない。
孤織離の姿を確認したゴブリンジェネラルが静かに立ち上がる。
地面に刺さった大剣を抜き、片手のまま その切っ先を彼女に向けた。
やる気満々というゴブリンジェネラル。
今までのゴブリンとは感じる圧の質が違う。
だというのに───孤織離が微笑を崩す事は無い。
先のゴブリン戦同様、杖を持っている方の腕を前に突き出す。
───瞬間、ゴブリンジェネラルが奥の壁まで吹き飛ばされた。
ゴブリンの様に体が飛び散る事は無かったけれど、それでも物凄い勢いで壁に突っ込み、そのまま壁にめり込んでしまう。
だが、それで殺られるゴブリンジェネラルではない。すぐに壁から体を出そうと動き出す。
それで孤織離が驚き多少 目を見開くも、すぐに表情を戻し。
孤織離は杖を前に突き出したままの姿勢でいる。
めり込んだ場所から這い出ようとするゴブリンジェネラル。
そこに追撃として新たな衝撃が襲った。また壁にめり込み、それどころか一度目より深く埋まる。
だが、それでもまた這い出ようとするゴブリンジェネラル。けれど、まるでそうなる事が分かっていた様にまた新たな衝撃がゴブリンジェネラルを襲った。
そこからは衝撃の嵐だった。衝撃が放たれたそばから また新たな衝撃がゴブリンジェネラルを襲い、最早ゴブリンジェネラルに這い出る暇など与えられなかった。されるがまま洞窟の壁と衝撃によって板挟みにされている。
だが───数秒すると状況が変わり始めた。
なんと、ゴブリンジェネラルが、衝撃を受けながらも壁から這い出てきたのだ。
少しずつだが壁から自分の体を出していき、衝撃を受けたら後退するも、後退距離がどんどんと短くなり、遂には衝撃を受けても後退しなくなる。
孤織離がそれに驚き、衝撃と衝撃の間を短くする。しかし、それでもゴブリンジェネラルを押し返す事が出来ない。
そうしてゴブリンジェネラルはどんどんと全身していき───ついには大剣が届く位置まで孤織離との距離を詰めて見せた。ゴブリンジェネラルが大剣を持ち上げる。
孤織離が魔術の展開を中止。
ゴブリンジェネラルが大剣を振り下ろす。
やけにならず、ある程度の所で魔術の行使をやめていた事で、孤織離は回避が間に合い、ゴブリンジェネラルから離れられる。
空ぶった大剣はそのままの勢いで地面を叩き割り、あまりに非常識な力が込められたその一撃により、広間の地面には蜘蛛の巣状の亀裂が入った。
少し離れた所でそれを見やる孤織離。その顔からは流石に微笑が消えていた。その後、真顔でゴブリンジェネラルの方を見据える。
だが、それも少しすると崩れ───彼女は再び笑みをこぼした。
ゴブリンジェネラルはすでに満身創痍。肉はグズグズで、肋骨はすでに潰れている事だろう。
それでも立ち、孤織離を睨み付けるのは、上位種の意地とでも言うやつなのだろうか。
覚束無い足取りで孤織離へと近付くゴブリンジェネラル。ある程度距離を詰めると、ゴブリンジェネラルは大剣を振るい、孤織離を潰そうとする。
しかし、そんな鈍い動きでは孤織離に攻撃が当たる筈も無く。
空ぶった大剣が地面や壁に当たり、さらに亀裂を増やしていく。
孤織離は涼しい顔でゴブリンジェネラルの攻撃をかわす。だが、かわすだけで反撃はしない。
ゴブリンジェネラルが攻撃をし、孤織離がかわす。そのやり取りが何回続いただろう。
───そこで、変化が起こり始める。
ゴブリンジェネラルの動きが鈍くなった。剣を振るうだけで体勢を崩し、よろける。
膝をつき、肩で息をして、立ち上がるのにも苦労している様子だ。
何かがおかしい───そう思ったのか、ゴブリンジェネラルは空いている自分の左手に視線を移した。
手が震えている。いや、違う。全身が震えている。
空気が異常に冷たい。
いつの間にかゴブリンジェネラルの口から白い息が出ていて───それどころか、白く凝固した水蒸気によって広間全体が覆われている。
ゴブリンジェネラルが異常に気付いた時にはもうすでに遅かった。
体にもすでに霜がおりていて、どんどんと体の芯から凍り付いていってしまっている。
何故孤織離が衝撃を放つのをやめたのか───それは、別の魔術を行使する為だった。
孤織離が魔法少女になった時、一番最初に扱える様になった魔術───温度を下げる魔術。
こちらは長年使ってきた魔術でもあり、習熟度も理解度もかなり高い。そう───孤織離が得意としているのはこっち方だったのだ。
確かに、あのまま衝撃をぶつけていれば普通に倒せたかもしれない。
しかし、その為に後 何発衝撃をぶつければいいかも分からなかったし、その間に反撃を食らうかもしれない。効率が悪かったのだ。だから孤織離はこっちの方法を取った。
───相手を完全に凍らせて、凍った相手を衝撃で砕く。
別に凍らせた時点で絶命はしているが、念の為の駄目押しで孤織離は凍らせた物を砕く様にしている。
そして、今回もそうなろうとしていた。
ゴブリンジェネラルの体が完全に白く染まる。全身が霜で覆われ、体の隅々まで凍った証拠だ。
孤織離はそこでやっとゴブリンジェネラルとの距離を自分から詰め、ゴブリンジェネラルの体に触れる。そして───
凍ったゴブリンジェネラルの体を吹き飛ばした。
これが孤織離の実力───他の魔法少女から『氷姫』と評価される者の実力である。
大抵の領域内ならボスすら相手にならない。圧倒的強者。
これこそが緑坂孤織離───魔法少女としての姿である。
□□□
孤織離は無事に任務を終え、家に帰ってきていた。
そのまま洗面所でうがい・手洗いを済ませ、その勢いで風呂へ入る準備を進める。
風呂が沸き終わり、タオル等の準備も終えると、彼女は服を脱いで籠に入れ、バスルームへと入っていった。
蛇口を捻り、上に設置してある噴射口からシャワーを浴びる孤織離。
そうやってお湯を浴びる彼女の目は酷く儚し気で、何を思っているのか図れない。
しばらくそのまま俯いて、彼女はお湯を浴び続けていた。
その後 体を洗い、元々桶に入れてあったお湯に浸かって、バスルームから出る。
タオルで体を拭き、寝着である軽装に身を包んだ孤織離は、タオルを首にかけて頭を拭きながらリビングへとやってくる。
すると何故だか彼女は止まり、今度は誰もいないリビングをしばらく見つめ出した。
その目には、何か映っている様で何も映っていない。ただただ、部屋という名の虚無を見詰めている。
その後 気が済んだのか、ソファーへと座る。
すると、ソファーの上で体育座りになって、そこでもさらにジッとし始めた。
誰もいない空間・何も起こらない空間───緑坂孤織離はこの空間が嫌いだった。
望んで手に入れた空間だったのに、今では一番嫌な空間へと変わってしまっている。皮肉な話だ。
心を落ち着かせる為に、彼女はジッとする。
でも、ジッとすればする程、静寂な空間によって嫌でも一人を思い知らせる。どうしようも無い負の連鎖。
夜のこの時間、彼女が思う事はいつも一つだった。
───あぁ、早く明日にならないかなぁ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
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また、誤字や辻褄が合わない点などがあれば即修正に入ろうと思いますので、言って貰えると幸いです。
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