第一話 帰る
───魔法少女。
地球に現存されている超常的な存在により、願いを叶えてもらった者が、その代償として とある怪物達と戦う力を授けられ、それらと戦う事を義務付けられた。
そうやって義務付けられた者達の事を魔法少女と言う。
彼女達に授けられる力は、正しく魔法と言っても遜色無いものだった。
とある者は重力を操る力を授けられ・とある者は雷を纏う力を授けられ───授けられる そのどれもが強力で、彼女達一人一人が一騎当千となる。
彼女達は戦い続ける。
目的は金・恩・正義感───バラバラ。
それでも、彼女達は自分の戦う意義を信じ、今日も戦い続ける。
□□□
「本当にそれでいいんですね?」
「はい、お願いします」
少女は薄暗い部屋の中で、体が半透明な女性に決意のこもった目を向けている。
「……わかりました。それでは、アナタの「兄に帰ってきて欲しい」という願いを触媒に、魔法少女化を開始します」
女性は両手で手の籠を作る。そうすると、その上に光る玉が出現。それはどんどんと輝きを増していき。
女性が右掌を少女に向けると、その玉はゆっくりと動き出し、少女の胸の中に入っていった。
───すると、少女を中心に眩いほどの光が放たれ、薄暗い部屋を覆った。
□□□
とある少年が地球から異世界へと召喚された。
少年はまだ中学生。特に何か突出した才能がある訳でも無いのに、何故か選ばれ、そして呼び出された。
「おぉ………よくぞ召喚に応じてくれたっ若き勇者よ!」
見知らぬ男が高らかに、召喚されたばかりで何も分からぬ少年にそう言い放つ。その男は、少年を召喚した国の国王だった。
国王を少年に命じる───この世界に君臨するにっくき魔王を倒せ、と。
元の世界に帰る方法も分からない少年は、逆らえば屈強な騎士達に囲まれるという事もあり、従うしか無かった。
そこからの日々は今までのものとは打って変わる。
起きては訓練・飯を食べては凶暴で人々の害をもたらす獣───魔獣の討伐・帰ったらまた訓練。少年には満足な休息さえ与えられなかった。
それどころか───
「もう訓練も十分だろう。勇者よ、是非ともこの国から旅立ち、見事魔王を討ち取るがいい!」
少年は適当な力が備わる前に、王から魔王討伐への出発を命じられたのだ。
共に行くよう命じられたのは、自分の利益を最優先にする・特に大した実力も無い騎士二人のみ。
使えない兵士と未熟な勇者───旅の序盤からほとんど詰みに近い状態だった。
それでも、少年は努力を重ねた。
弱い魔物を中心に狩りを続けて経験値と呼ばされる強さの基を蓄え、自分勝手に行動する騎士二人の尻拭いをして───少年は強くなっていった。
それを繰り返して数年後───少年は驚く程 強くなっていた。そして、魔王の次に強いと呼ばれる四人の幹部格・四天王まで撃破し、世界を救うまであと一歩の所まで来ていた。
しかし、魔王の城まで行く過程で少年は知る事になる───元の世界へ帰るには、魔王を倒すだけでは不十分だと。
世界を渡るには、聖獣と呼ばれる魔王以上に強力な存在が課す試練を突破し、『異界を駆ける者』の称号を手に入れなければならないとの事だった。
人々の常識において最も強力で邪悪とされるのが魔王だ。その魔王よりも強い存在が課す試練ともなれば、普通の者なら尻込みし、受けるのを躊躇するだろう。
だが、少年は迷わなかった。
死よりもつらい試練を受け、乗り切り、見事『異界を駆ける者』の称号を勝ち取った。
全ては帰りたいという願いの為。元の世界でやり残した事・気掛かりだった事───それらを解消する為、そして───残してきてしまった妹を一人にさせない為に、少年は不屈の闘志を燃やし、立ち残った。
そんな強力で凶悪な試練にも打ち勝った少年だ───彼はその後、見事魔王討伐までをもやってのけた。
実質一人による世界救済。ありえない快挙だった。
そうして『異界を駆ける者』の効力が発揮───無事に少年は世界を駆ける事が出来た。
だが、少年の地獄はここから始まった。
『異界を駆ける者』の称号を受け取るに当たり、付与される能力は三つ。一つ目は純粋な戦闘能力強化・二つ目は不老となる事・そして三つ目が───世界を救済した際、ランダムに別の世界へと渡る事が出来るというものだった。
「あ………あぁ……あああぁあぁああぁあぁあああ!!!!」
それを知らなかった少年は、世界を駆けた事でそれを悟り、そして一度絶望した。
幾つあるかも分からない世界。その世界を何度渡れば、元の世界へと辿り着く事が出来る?
最早、天文学的な数字だ。不可能に近い。
帰れないという絶望。今までその願いが全ての支えだった分、少年の心は大いに崩れた。
だが───
「……」
それでも完全に堕ちぶれてしまわなかったのは───
「………帰る」
その少年の強さと言えるだろう。
『異界を駆ける者』の称号を受け取る者は伊達では無い。それ相応の存在に認めてもらい、初めて手にする事が出来る称号なのだ。伊達である筈が無い。
そこから少年の永きに渡る旅が始まった。
二度目の世界救済も熾烈を極めるものだった。
しかし、五度目の世界救済からその熾烈さも無くなっていった。
何十何百と世界救済を繰り返しても『帰る』事が出来ない。
その内、少年の中にあった地球での記憶も薄れ始めた。
世界を三百と救った辺りで、完全にその記憶は無くなった。
しかし、少年は止まらない。
全ては、記憶が無くなっても残り続けた『帰る』という願いを叶える為。
内に秘め、残った誇りを守る為に。
少年は今日も世界を救い、また世界を駆ける。
□□□
とある世界、少年は目を覚ました。
そこは不思議な世界だった。
飢えと災害が一番の敵である砂漠の世界・文明が高度に発達し過ぎて自然を淘汰してしまった世界・自然が世界を覆い獣達が統治する世界───今まで見てきた世界と特色が違う。
文明は発展している。建築物の造りや人の衣服などを見ればそれは分かる。だが、だからといって、世界が文明で溺れていない。あちこちに木々や草が見受けられる。どちらか一方の特色に染まっていないのだ。
少年の記憶に残っている限りでは、この様に複数の特徴を残した世界は存在しない。どの世界も、そこに現住する種族の文明、又は世界そのものの特徴によって染まっていた。自然と文明はお互いに反発し合うものだからだ。
それが、この世界では共存している。情景だけを見れば美しい世界だ。
───そう、情景だけを見れば。
「………っ」
景観は美しい世界だというのに、空気が───マナが汚れている。
マナ───所謂魔素は、魔術を扱う際に消費する魔力と性質は似ているが、決定的に違う部分がある。
それは、空気中に存在しているという事だ。
空気中に存在している魔素は、消費される事で風や雲といった自然な物質移動・物質変異のエネルギーとなる。この魔素があるお陰で、世界は正常な循環───呼吸をする事が出来る。
だが、ここまで魔素が汚れているとなると、正常な状態と比べて魔素が消費がされにくくなる。どういう事になるかというと───世界の循環が正常に行われず、どんどんと世界が蝕まれていく。災害が起きやすくなり、どんどんと環境ご劣悪なものになっていくのだ。
マナの穢れは、解決しなければ、その内生物の住めない環境に世界を異質させてしまう───それ程までに重要な問題なのだ。
綺麗な情景に相反する様に穢れたマナが溢れる世界。
あまりにも珍しい姿をした世界───だというのに、不思議な事に少年にはここが見覚えのあるものの様に感じていた。
「………」
───だが、少年には関係無い。
少年は『帰る』という願いの元 行動している。ここがどこかなど関係が無い。
もしこれが世界の敵となる要因だとすれば早急に解決するだけ。
他に呼び出された原因があるなら それを見つけ出して速やかに排除するのみ。
救った世界がいつまでも平和なんて事はありえない。時が経てばまた特異点は生まれるだろうし、魔王に代わる存在だって台当し始めるだろう。ここはもしかしたら、少年が一度救い、そして時が経って、また危機に瀕した世界なのかもしれない。
記憶に無いだけで、似た様な世界に行っていたのかもしれない。
ただ、それだけの事だ。
「………帰る」
そして、少年はまた、自身の悲願を叶える為、行動を開始した。