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ファンタジー戦争  作者: 青木誠一
2/5

その一


「沖先生。ファンタジー小説、書いてくださいよ」

「書けないよ。恥ずかしい」

 いかにも素っ気ない返事だが、心からなる意の表明にほかならない。


 沖栄一おき・えいいちは中堅どころの純娯楽作家だ。

 小器用な才の持ち主で、それなり面白いものを書く。

 ロマコメ、喜劇、サスペンス、ホラー、時代劇、SF、ミステリー……。

 自分で挿絵も描くし、物語の場面をイメージしたBGMまで付けられる。

 あり余る才能が存分に使いきれていないと評されるほどの彼だが、まったく適性を発揮できずというジャンルがひとつだけあった。

 ファンタジー。

 これとだけは何としてもそりが合わせられない。


 いや、ファンタジーの古典を読むのは好きだ。

 勇者が出てきて魔王の軍勢を討ち、姫君とその王国を救う。

 こうしたオーソドックスな流れのものならまだいい(あまりに使い古されてはいるが)。

 ところが、現今ラノベ界隈で氾濫する自称ファンタジーたるや。

 挿し絵に顕著な少女性愛、筋肉崇拝、ハーレム、同性愛、獣姦ケモナーのことですね、性転換……今流のとち狂った変態趣味――でなくて何であろう――がてんこ盛りである。

 そのうえ教訓や批判など主張を盛り込むのは御法度とされ、読み手の我がままな願望をひたすら充足させるものでなければいけないらしい。

 とにかく。

 ライトノベルで描かれるファンタジーは調子が狂うのである。

 しかも目下のところ、日本でファンタジーと呼ばれるのはそんな類のものばかりなのだ。


 どうして、こうなった?


 思えば。

 彼の学生時代は誰も彼も、ライトノベルという得体の知れないものにはもっと心ある態度で接した。

 教室で読んでると、好餌にされたもんだっけ。

「お~い、みんな~! ○○の奴はな~、高校生にもなって、こんな可愛い絵のついた本読んでんだぜ~っ!」

 ドドッ! と哄笑がわきおこる。

 あははははっっ!!

 か~わいい~♪ 少女まんが~?


 晒した奴はさらに面白がって、手にしたラノベから一文を読み聞かせる。絶対に受けると信じきった口ぶりで。

「なに、なに~? 『いやん、王子さま。ミーたん、ほんとは男の子なのよ』だとwww」

 げらげらげらげら!!

 変態~っ! おっかま~~♪


 嘲笑われ顔を真赤にした持ち主が、晒した奴から本を取り返そうとつかみかかる。

 奪い合いをするうち、晒した奴がおどけて悲鳴をあげた。

「わー! 手が~! 俺の手が、表紙に出てる女装野郎のケツに触れちゃったよ~♪」

 まるで毒物でもつかんでしまったような慌てぶりで、ふざけてみせるのだ。

 みんなも便乗して、はやし立てる。

「そいつも今から、変態の仲間だ!」「逃げろ、カマオ菌が感染るぞ!」「寄るな! 来るな! こっちを見るな!」

 えんがちょ~~!! えんがちょ~~!!


 いや、大変な騒ぎである。

 かくして。馬鹿にされた者は、心の痛手をますます深めていく。

 あの頃、ラノベを読むのがいかに恥ずかしいこととされたか。


 それが、いまや。

 中年のオヤジまでが、血眼になって群がる(沖にはそう思える)。

 出版界でもドル箱扱い、そこそこの売れ行きでもチヤホヤされる有様で、さながらラノベ作家にあらずんば小説家にあらずとの勢いだ。

 情けない。

 仮にも文芸を、少女画の魅力で売ってもらうとは。

 また、そんなキャラ絵を目当てに買いあさる読者がいようとは。


 おまけに、内容。

 内容。

 内容……。

 ラノベに内容なんかあったっけ?

 あんな調子よ過ぎなもの、中学の二年以上に分別のついた大人の作家に書けるもんじゃない。

 いや。獄屋につながれ鞭打たれながら、書けと言われれば書けんこともないが。

 たぶん、書きあがったものを読み返す気もしないに違いない。



 沖栄一はかくたる見解の持ち主であった。

 傍目には、ファンタジー世界の味方になれる存在とはまるで思えない。



(続く)

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