第08話 夕闇の死闘
#夕闇の死闘
物見櫓はもう遠くはないはず。気力を振り絞って、南に向かって走り続ける。
ときどき後ろを振り向くと、ゴブリンが追ってくるのが見える。
頑張って走り続けていると、やがて、物見櫓が木々の切れ目にのぞくようになる。
まだ、ゴブリンはしつこく追ってくる。追いつかれはしないけど、引き離せもしない。
棍棒を詰め込んだリュックが重くて走るのはこれが精一杯。かといって、立ち止まって降ろしてたら追いつかれる。
やはり、ゴブリンはあきらめてくれそうにない。
ステラと自分自身を励ましながら、物見櫓を目指す。
「もうすぐ! もうすぐ!」
ついに森が切れ、ようやく細い小道に出る。
物見櫓がそびえ立っている。毎日のように寄っているあそこが、これほど頼もしく感じたことはない。
衛兵のおじさんは、いつもは扉の前に立っているか、上の見張り台にいる。今はどっちにも姿がない。
私たちは一目散に櫓の入口扉に駆け寄る。
◇ ◇
先にたどり着いたのはステラ。ついで私もすがりつくように扉を叩いて助けを呼ぶ。
「おじさん、助けて!」
でもよく見ると、扉の取っ手に錠前で鍵がかかっているのに気づく。
「ミーナちゃん、ダメなのです! 誰もいないのです!」
「そんな!」
私はガチャガチャと扉を動かしたけど、扉は開かない。
ステラは扉から離れて、オークが追ってきているか見にいく。
「どうしよう…」
振り返ると、小道の向こうからゴブリンが走ってくるのが見える。
「大きなゴブリンが6体も!」
ステラは私をかばうように立ってくれている。でも、あんな数にはとてもかないそうにない。
ところが、そのおかげで冷静に判断ができた。戦ってはいけない。逃げるしかない。
「とにかく中に入らないと! 鍵を壊そう!」
私は扉の正面に立って、錠前に当たるように狙いをつけてからメイスを振りかぶる。
《アタック!》
スキルによって勢いよく振り下ろされたメイスが錠前を壊して弾き飛ばす!
その勢いで扉が櫓の内側に向かって押し開かれる。
「やった!」
ゴブリンは、もう目前に迫っている。私は中に飛び込みながらステラを呼ぶ。
「ステラ! 扉が開いたよ! こっち!」
「ミーナちゃん!」
ステラが急いで扉の中に駆け込み、通り抜けたと同時に扉を閉めようとする。
「助かった!」
でも扉を閉めきるよりも早く、ゴブリンが減速もせずに体当たりしてくる。
ダーン! ダダダーン!
勢いあまってゴブリンが櫓にぶち当たる。衝撃で櫓が激しく震え、あまりの迫力に壊れるのかと心配になったけど、何本も木を組んでできた頑丈な物見櫓はそれに耐えた。
ゴブリンは開きっぱなしの扉から入ろうとする。でも体が大きくて人間サイズの扉では入れない。一瞬の隙をみて扉を閉め、内側から閂をかける。なんとか入ってくるのは阻止できた。
そして、櫓の中心に立つ太い柱まで下がり、膝を抱えて縮こまって座りこむ。でも、扉のほかは木が組んであるだけの櫓だから、外から中が丸見え。どこにも隠れられそうにない。
「この梯子を登れば、ここからは逃げられるけど……」
上にある見張り台には逃げられるけど、もう退路がなくなる。もしそのあと、あの扉をこじあけて、強引に入ってこられたら……
ゴブリンには手も足もある。梯子を登ってくるかもしれない。
どうするか考えている間に、6体の大きなゴブリンが櫓をぐるっと取り囲む。ギギッギギッと気味の悪い鳴き声をあげて、こちらを睨んでいる。外をウロウロして攻めあぐねているけど、帰ろうとはしない。
どれも今まで倒してきたゴブリンよりも大きく、手足が太く、力が強そう。
装備も違う。ロングソードを握っている。鎧は頑丈そうなハードレザーアーマーで、胸に地金色のブレストプレートを着けている。頭にも革のヘッドガードをかぶっている。
すると、じっとゴブリンを見つめていたステラが、剣を握って立ち上がる。
「ステラ、やるのです。ゴブリンを倒すのです!」
太陽はもう沈みかけ、オレンジ色の夕暮れ空が広がっている。
◇ ◇
「えっステラ、あのゴブリンは違うよ! 普通のゴブリンじゃないよ!」
「知ってるのです。あれはゴブリン=ウォーリアーなのです!」
ステラと私がゴブリンを見るのは今日が初めて。でも、講習で習ったゴブリンの種類と特徴から判断すると、目の前のゴブリンは確かにゴブリン=ウォーリアーだと思う。
ゴブリン=ウォーリアーはゴブリンのひとつ上のランクの魔獣。普通のゴブリンは手足も細く力が弱い。でも、ゴブリン=ウォーリアーは剣を振れるくらい成長している。武器を棍棒から剣や斧に持ち替えているのが特徴。
講習ではゴブリンは大きさによって段階的にレベル1・レベル3・レベル5相当と判断するように習った。
このゴブリンは一回りか二回りくらい大きいので、『もし1体だけなら』レベル3かレベル5の冒険者が互角に戦える相手ということになる。目の前にはそれが6体もいる。
それでもステラの闘志は燃え上がり、ゴブリンをキッとにらみ続けている。これが『騎士』の加護を授かったからなのか、もともとそうだったのかわからない。ただ、常に前に出て勇敢に戦っている。
もちろん、ステラが前衛で私が後衛。そのように訓練している。でも、そうそう思いどおりにはならない。最初に森に入ったときもそうだったし、今もこうして物見櫓に追いつめられている。
それでも、ステラの気持ちはゴブリンに向かっている。
同じ12歳なのに、心の強さの差を痛感する。私が弱気のままじゃいけない。
「わかった。リュックを降ろして身軽になりましょ」
私はリュックを降ろしてショートボウを取り出し、ステラに見せる。
「まず、櫓の上からこれでオークを攻撃する。矢がすべてなくなったら降りてくるわ。それまで中に入ってこられないように、下で見張っていて欲しいの」
続けて扉を指さす。
「そのあとは直接戦うしかないけど、今のところゴブリンはここに入ってこられないみたい。だから、扉をあけてもすぐに下がれば攻撃が届かないはず」
私はその辺にあった枝きれを取り、地面に図を描きながら説明する。
「この扉1枚分の大きさがあれば、ひとりだけなら自由に出入りできる広さがあるわ。そこで、ステラが一瞬だけ外に出て戦うの」
「はいなのです」
「攻撃したら反撃される前にすぐここに戻って。そしてまた隙をみては攻撃に出て戻ってくるの。その繰り返し。そうすればこっちは一方的に攻撃できて、反撃は受けにくくなる。一撃離脱戦法っていう戦術らしいわ」
「はいなのです。ヒット・アンド・アウェイ、なのです!」
ステラに説明すると、私はショートボウと矢筒だけを持って梯子に手をかける。
今はまだ外は見えるけど、徐々に夜の帳が下りてきている。早く決着しなければならない。
下を見ると怖そうだから、ひたすら上を向いてのぼる。
見張り台に出ると、眼下の敵を視認してまわる。6体すべてのゴブリンが、あきらめずに残っている。
矢筒から矢を取り出し、ゴブリンの集団に狙いをつけてショートボウの弦を引き絞る。そして、櫓から矢が勢いよく放たれ、ゴブリンの頭に突き刺さる。
次々に矢を放っていく。
「「「ギェエ? ギィィエ?」」」
ゴブリンは状況がわからないといった様子でウロウロしはじめる。
でも頭が悪いのだろうか、見張り台にいる私を見つけることができないでいる。
そのうち、目の前にいるであろうステラに向けて、格子の隙間に剣を刺し込みはじめる。一瞬、ステラが心配になったけど、剣が届くはずがないと信じて弓を引き続ける。
幸い、そのようにしてゴブリンが櫓に貼りついているので狙いがつけやすい。
とにかく、ひたすら矢を放ち続ける。上からだと矢がまっすぐ飛び、射ち損じを除くほぼすべての矢がゴブリンに命中する。
やがて矢筒から矢がなくなり、見張り台の中心に戻って梯子を掴んで下に降りる。
「おかえりなさい、なのです!」
ステラがパァッとした笑顔で出迎える。
「頭の上に、どんどん矢が突き刺さっていったのです。痛快だったのです!」
外を見ると、数体のゴブリンが地面に倒れている。
「もうすぐ夜になるわ。早く片づけましょ」
櫓の柱を背にかがみんで、ステラの用意が整うのを待つ。リュックを下ろし、武器の鞘や帯剣ベルトなど、不要なものをすべて外している。
その間もゴブリンがロングソードを突き入れてくる。それは届かないけど、迫る切っ先を見て怖くならないはずがない。
やがて、彼女がすっくと立ち上がり、扉のほうを向く。
「ステラ、行くのです!」
私はゴブリンの隙を見て扉に駆け寄り、閂をずらして勢いよく手前に開く!
《ダッシュ!》
ステラがロングソードを脇に構え、脱兎の如く駆け出して通り過ぎていく。
外に飛び出したステラは、ゴブリンに向けて足腰をバネにして跳ねるように背を伸ばす。
《二段突き!》
上半身をひねり、脇に構えた右手の剣を大きく前に2回突き出す。
ガッガッと鈍い音がして、剣がゴブリンに突き刺さった!
《バックステップ!》
剣を引き抜いたステラが、ダンッと地面を蹴って後方に跳び退く。
彼女が櫓の中に入ってから扉を閉めると、外のゴブリンがゆっくりと向こう側に倒れるのが見える。
ステラはスキルの連続使用で負荷がかかったのか、息を上げている。
彼女が使った《二段突き》は、《アタック》や《チャージ》といった簡単に習得できるものじゃない。全身で達人の技を再現するような、もっと高度なスキル。
「どう、行けそう?」
「大丈夫なのです。次をやるのです」
でも、倒れたと思ったゴブリンは死んでいなかった。むくりと起き上がって、またこっちに向かってくる。
「そんな、まだ生きてるなんて……」
ステラは普通のゴブリンを一撃で倒していた。私の矢を受けたうえ、あれでも死なないのなら、かなり体力があるに違いない。
「ミーナちゃん、何度でもやるのです!」
息を整えたステラが次を宣言する。タイミングを合わせて扉をあけると、ふたたび彼女が剣を構えて走り出る。
◇ ◇
どのくらい繰り返したのか、もうわからない。ステラは途中からスキルを使わずに戦うようになった。
出ていくたびに反撃を受け、懸命に盾で剣を受け止めているけど、まったく無傷というわけにはいかない。布の鎧のあちこちが裂かれている。
彼女が戻ってくるたびに【ヒール】をかけて送り出している。
(まさか、戦ってもいない私のほうが先に限界になるなんてね……)
精神力の消耗が激しく、限界が近いのがわかる。外にはゴブリンがまだ2体も残っている。
外でゴブリンが倒れる音がして、また彼女が戻ってくる。
【ヒール!】
「ミーナちゃん、あと1体なのです!」
「……あと1体だけなら、もうなんとかできそう。最後はふたりで倒しましょ」
「はいなのです!」
本音を言うと、これ以上の魔法の詠唱が、もうなんともできそうになかった。だから、私も戦うことにしたのだ。
ふらつく頭に気合を入れなおし、ステラと外に飛び出す。
外はかなり暗くなっていたけど、なんとか周囲は見える。でも、やってくるゴブリンを見上げると、もう胸から先は見えなくなっていて、弱点であるはずの頭は暗闇に溶け込んでいる。
ステラが腕を上げてロングソードを背中に回し、盾を構えて突進する。
《バッシュアタック!》
全身をしならせて盾を叩きつけ、左へ払いのける。そのまま右足を踏み出し、背中に構えた剣を、斜め上段からおもいっきり振り下ろす!
「ギィィィィィ!」
ゴブリンは呻き声をあげたものの、着けている鎧に阻まれて威力が減衰したのか、まだ倒しきれていない。
革鎧といえど、あれはかなり硬い鎧じゃないかと思う。なかなか傷がつかない。私の矢を受けているとはいえ、あれと打ちあって勝っているステラはすごい。
ステラが左足を踏み出して盾をふたたび構える。その瞬間、頭上の暗闇からゴブリンの剣が現れ、彼女は盾をより高く掲げる。その剣をかろうじて受け止めてはじくと、にぶい金属音が辺りに響きわたる。
もう【ヒール】は使えそうにない。ここでトドメを刺さねばならない!
私は右側面に回りこみ、膝を大きく曲げてしゃがむ。
「もらった!」
《チャージアタック!》
メイスを大きく振りかぶって高く跳躍する。そして、見えてきたゴブリンの『灰色』の頭めがけて、メイスに全身全霊を込めて振り下ろす!
ところが、ゴブリンの頭に当たったメイスが彼方へはじけ飛ぶ。ジーンとし痺れた右手が空を掴む。
「あれ、ゴブリンの色って…… 灰色…… だったっけ……」
全身の力が抜け、そのまま私は灰色の闇の中へ落ちていった――――――