第06話 はじめての冒険
#はじめての冒険
「じゃあ、初依頼ね! 見にいきましょ!」
ステラの手を握り、冒険者ギルドへと駆け出す。冒険者にとって、武器は欠かせないものだから、この道は何度も来ることになりそう。
冒険者ギルドに着いて入口の扉をあけ、ギルドホールという大きな広間に入る。右の壁に掲示板がある。どこの町のギルドも、広さに違いこそあれ間取りは統一されている。
依頼書が張り出されている掲示板の前に立って、依頼を見てまわる。
まじめに研修を受けたので、依頼書の内容が理解できる。おおまかにどうすればいいのか、私たちで受けられるのか、も判断できるようになった。
武器の訓練もした。あれだけ一生懸命にやったんだし、きっと魔獣とも戦えるはず。
「えっと、Fランクで受けられる依頼は…… 常時依頼の薬草採集と野獣狩猟か」
「とりあえず常時依頼は全部もらっておいても大丈夫だよね」
依頼書の束から1枚ずつもらっておく。
「あ、ゴブリン討伐の期間限定依頼があるよ」
普段はない今だけの依頼で、討伐を促進するためのものみたい。ゴブリンと狼の討伐依頼が出されている。
◇ ◇
┌──────────────────┐
│★期間限定依頼★ │
│依 頼 者 :エルン騎士団 │
│依 頼 形 式:自由 │
│対 象 ランク:Fランク以上 │
│依 頼 内 容:ゴブリン討伐 │
│達 成 基 準:討伐部位5体分 │
│成 功 報 酬:銀貨3枚/日 │
│ギルドポイント:3P/日 │
│戦利品の処遇 :自由 │
│備 考 : │
│・エルンの外にいるゴブリンの討伐 │
│・常勤討伐者あり │
│・生息地地図あり │
│依 頼 期 限:2月末日まで │
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◇ ◇
今は1月で、期限まであと1か月ちょっとある。
「地図もあるみたいだよ…… えっと……」
掲示板の下に資料を置く長テーブルが壁に寄せてあり、冒険者の活動に必要な資料が並べられている。どれも複写されたもので、自由に持ち帰れる。
「……これかな」
その中にエルン周辺の森の地図がある。エルン騎士団が作った地図で、ゴブリンの生息地がおおまかに示されている。
「どうする? ゴブリンはのろくて弱いから大丈夫って授業でも言ってたし」
ゴブリンは魔獣として不完全な状態。二足歩行できるけど、足がガニ股で膝を伸ばせず、速く走れない。頭も悪くて武器もロクに扱えない。繁殖率だけは高いから、倒しても倒してもなかなか減らない。
だから、出会っても比較的安全に倒せるみたい。集団で襲ってくるときもあるので、それには注意しないといけない。
「もうひとつは狼討伐か…… 狼はすばしっこくて危ないけど、足が遅いゴブリンならなんとかなるかな」
敵の足のほうが速いと、危険度が大きく違う。敵が逃げはじめても追いつけないし、自分が死にそうになって逃げても追いつかれる。
「はいなのです! ミーナちゃん、ゴブリン退治しましょなのです」
ステラもやる気になっている。
ただ、私たちはどの魔獣とも戦ったことがない。だから、実際どうなのかはわからない。
まずは、受付に行こう。そして、聞こう。
「お姉さん、このゴブリン討伐依頼を受けようと思います。いいですか?」
「もちろんいいわよ。ゴブリンなら弱いから、あなたたちでも大丈夫よ」
「やった!」
「ただ、森にいる魔獣はゴブリンだけじゃないわ。もっと怖い魔獣もいるのよ? 出会うのは目標の魔獣だけとは限らないから気をつけてね」
「は~い」「なのです」
依頼書は上下に同じ内容が書かれていて、中央の線で区切られている。そこに割印をもらい、半分にちぎって返してもらう。討伐して帰ってきたら、討伐部位を渡して、この紙に完了の押印をもらう。それで依頼完了になる。
私たちは割印の入った依頼書をリュックに入れると、ギルドホールをあとにした。
◇ ◇
まだ、外はお昼前。夕方まで時間はたっぷりある。
エルンには東西南北の4箇所に城門がある。街道に出るのが南門と北門。西門と東門が森に面している。地図によると、西の森のほうが生息域に近そうなので、西門から外に出る。
「何もなければ、いいお散歩コースなのにね~」
「いいお天気なのです~」
平和な森に見えるけど、いつ、どこに魔獣がいるかわからない。騎士団が定期的に巡回しているので、一応は生息域が把握されている。でも、相手が生き物である以上、確実とはいえない。だから、一般市民は護衛なしで森に入ろうとはしない。
地図を見ながら目的地を目指す。と、何かに気がついて足を止める。
「見て」
木の陰に隠れながら向こうを指さす。そこには中くらいの鹿がいる。
「あれ、倒せるかな」
静かに鹿に近づいていく。
――――――30メートル
――――20メートル
――10メートル
「!」
鹿が気づいた! 慌てて走って鹿に襲いかかる。
「とりゃ~!」
私たちがたどり着く前に鹿はタッタッとステップしながら逃げ、そのままどこかへ去っていく。
「はや! 鹿、はや! あ、もう見えなくなった…… 弓か何か飛び道具じゃないと無理そう」
座学や訓練で、頭ではわかったつもりだった。でも、実戦では、獲物との距離感も戦う速さも思うようにいかなかった。
「鹿はあきらめよっか……」
気を取りなおして、森を進む。
どうもしばらく歩いてみた感じでは、今のペースではゴブリンの生息地は遠すぎるようだった。
「ちょっとまって。地図を確認しよう」
地図とコンパスを使って今の位置や目的地までの距離を再確認する。
「今この辺でしょ、門を出てこのくらい経ってるから……」
「ミーナちゃん、ちょっと遠いのです」
「うん。初日だし、森で迷ったら大変だわ。今日はこの辺で採集をしながら帰ろ。先生も慣れないまま奥に行くと帰れなくなる、って言ってたし」
そして、リュックに入っている依頼書の中から1枚の依頼書を取り出す。
採集の常時依頼書。
常時依頼は事前の受注手続きが不要で、達成基準を満たして受付に行けば、依頼を達成したことになる。
◇ ◇
┌──────────────────┐
│★常時依頼★ │
│依 頼 者 :エルン騎士団 │
│依 頼 形 式:自由 │
│対 象 ランク:Fランク以上 │
│依 頼 内 容:薬草採集 │
│達 成 基 準:採集キット箱満杯分 │
│成 功 報 酬:大銅貨3枚/日 │
│ギルドポイント:3P/日 │
│戦利品の処遇 :冒険者ギルドで買取 │
│備 考 : │
│・採集キットでの薬草採集。 │
│ 冒険者手帳の薬草図鑑を参照のこと │
│・採集対象の薬草 │
│ 1 ブルーラム・クローバー │
│ 2 レッドリィナ・フラワー │
│ 3 ゴールドガルデ・リーフ │
│ 4-a ソードウルフ・リード │
│ 4-b メテオ・リード │
│ 5-a ソードドラゴン・ハーブ │
│ 5-b トゥークンフー・ハーブ │
│・回収後、採集キット再支給あり │
└──────────────────┘
◇ ◇
冒険者手帳に付属の薬草図鑑で、採集対象の薬草を確認する。
「これと、これと、これ。ちょっと手前に生えてたような気がする。全部講習で見た薬草だし、間違いないと思う」
「はいなのです。ステラはこれと、これが生えてるのを見たのです」
「よし決まり。じゃあ行きましょ」
ふたりは薬草を探しながら、採集キットの万能ナイフで薬草を刈り取り、キットの箱に詰めていく。城門が見えてくる頃には、箱いっぱいの薬草が詰まっていた。
「ふぅ、いっぱい採れたのですぅ~」
「意外と大変だったね。膝から下がドロドロになっちゃった」
「でも、楽しかったのです!」
「ほんと! 生きてる鹿も見れたしね!」
「大きかったのです!」
門の前まで戻ってくると、城壁に背中を預けてふたりでお弁当を食べながら、初めての冒険の感想を話し合う。
今はお昼をかなり回った頃合い。
昼食を食べていないのは、森に入ったあとに気がついた。でも、魔獣が怖くて武器を手放せなかった。
「何度か森を歩いて、ちゃんと地理を憶えてから奥に行かないと難しそう。昼食のことも考えないとね」
「狩りをするなら、弓か投げ槍の練習もしなきゃ、なのです」
「弓かぁ…… 難しそうだなぁ…… 狩りの常時依頼書もあるけど、これはしばらくお預けかも」
もっと簡単に狩りができて、食べ放題生活が始まると思っていたのに、ちょっと残念。
「そうだ! 弓も教えてもらえるかな? 帰ったら訓練があるか聞いてみようよ」
「はいなのです!」
お弁当を食べ終わったステラが元気に答えた。
◇ ◇
ギルドホールに帰り、受付カウンターに行く。依頼を受けた時と同じお姉さんがいる。
「お姉さん、ただいま!」「なのです!」
「お帰りなさい。無事帰れたわね。どうだった?」
「ゴブリンがいる所までは行けなかったわ。迷うと危なかったし、途中で引き返しながら薬草を集めてきたの」
ふたりが採集キットごと窓口に置く。
「たくさん採れたわね。今確認するね」
お姉さんが箱を受け取って奥の人に渡している。
「もうちょっと待っててね。それよりどう? がんばれそう?」
城門を出れば、いきなり現れた魔獣をバッタバッタと倒していける……
そんな物語に出てくる勇者のようになれると思っていた。
「ゴブリンを倒すどころか、森の奥に行くことすらできないのはわかったわ。けど、よく考えたら私たち城外のことをほとんど知らないんだもん。何もできなくて当たり前だよね」
「森の中は景色が同じで、どこまで来たのか難しかったのです……」
ステラの言うとおり、木や生えている草にはこれといった特徴がなかった。地図を持っていても、どこにいるのかはコンパスと感覚に頼るしかない。
初心者講習で、木の枝に布きれなどの目印をくくりつける方法を教えてもらった。それを地図に印しておけば、迷ったときや次に来たときに現在位置が把握しやすくなる。
手元の地図にも何箇所かそのような場所がある。明日はそれを頼りに森を探索してみよう。
「まずは、森を正確に移動できるように、何日か練習しようと思うの。薬草を集めながら森に慣れて、奥へ進めるようになったら、ゴブリンにチャレンジしてみるわ」
「偉い偉い。必要なことは講習で教えてるんだけど、ちゃんと身についている人は、なかなかいないのよ。たいてい何人かは森で迷ったりするの。一応そのための捜索依頼なんかもあるのよ」
お姉さんが、完了済の捜索依頼書を見せる。それは、Eランク冒険者以上向けに出された捜索依頼だった。
「それでね。森で鹿を見かけたんだけど、近づいたら逃げちゃったの。狩りをするなら弓か槍が必要かな?」
私の夢は、森で狩りをして食い放題になること。そのための努力は惜しまないつもり。
「そうね。狩りをするなら弓が一番よ。ただ、弓は両手がふさがるし、習得にかなり時間がかかります。武具の訓練は定期的に行なっていますよ」
「弓も教えてもらえるの?」
「もちろんよ。そこの掲示板に予定が貼り出されていますよ。ぜひ参加してみてくださいね。前と同じように武器も貸しますから」
「わかりました。訓練しながら、お金が貯まったら弓も揃えてみようと思います」
「でも、ステラさんは盾持ちだから弓は持てないし、投げ槍のほうがいいかな。ミーナさんは弓でいいと思う。 それから…… はい、これが薬草採集の結果よ。よくがんばったわね」
見せられた依頼書には達成基準を満たした証の印が押されていて、大きな花丸が描かれていた。
「やったぁ! 大・成・功!」「なのです!」
ふたりで跳び上がって、勝利のポーズを決める。
「さあ、ステータスカードを出して。依頼完了の手続きをするから」
お姉さんにステータスカードを渡すと、もういちど採集キットを持って奥に向かう。そして手続きが終わって戻ってくると、ステータスカードと依頼書を返してくれた。
ステラと私の前に大銅貨がいくつか置かれる。
「今回は、ふたりにそれぞれ3ポイントと大銅貨3枚ずつです。また、薬草の買い取りが全部で大銅貨12枚になります。これは総額になるから、ふたりで分けてね。新しい採集キットを渡しておきますね」
ポイントというのはギルドポイントのこと。これを積み重ねていけば、ランクが上がる。今はFランクで、Eランクになるためには累計で1000ポイント必要。
12枚の大銅貨を分けて、ステラに6枚を手渡す。個別にもらっていた3枚と合わせて9枚の大銅貨が手のひらに残った。
初めての冒険。初めて稼いだお金。そのよろこびをかみしめる。
ギルドホールから外に出て、ステラと別れる。
「それじゃ、また明日ね!」
「また明日、なのです!」
手を振ってステラに別れを告げて、家に帰る。大銅貨9枚だと、1日分の食費くらいにしかならない。でも、お母さんに渡すと、思いのほかよろこんでくれた。
「まあ! 今晩はご馳走にしましょうね!」
私の冒険は始まったばかり。明日も頑張ろう。
◇ ◇
こうして、ステラと私は西の森で訓練を始めた。
朝にギルドで採集依頼を受ける。
森に慣れる訓練をしながら、薬草の採集をする。
昼になったら、ギルドに帰って報告する。
ギルドのテラスで昼食をとる。
午後からは、ギルドの訓練イベントがあれば参加する。
時間があれば、また西の森に行く。
これを毎日のように繰り返すことで、森の中で目標地点に移動し、途中で休憩をとって、パンをかじって水を飲むくらいのことはできるようになった。
そしてある日、城門から西に伸びる小道の先に、物見櫓があるのを見つけた。そして、衛兵のおじさんにお願いして、昼食や休憩をとれることになった。これで町に戻らずに済むようになり、一気に探索の効率が良くなった。
1か月ほど経過した頃には、森の奥に行って昼までに戻ってこれるようになっていた。
また、ステラは鉄のジャベリンで、私はショートボウで鹿などの野獣を狩れるようになった。鹿を仕留めた時はうれしかった。でも、とてつもなく重くて持って帰るのが大変だった。
ジャベリンは木の細い柄に鉄の槍頭のついた、1メートル弱の短槍。槍としても使えるけど、敵に投げつけて使う投擲武器になる。意外によく飛ぶし、命中率が高い。
ショートボウは腕の長さくらいの小さな弓。森で拾ったもので、弦だけ新品に交換し、銅の矢じりの矢と矢筒を購入した。本格的な弓じゃないけど、今はこれで十分。
スキルや魔法もめきめきと上達していった。ステラは戦士の基本スキルをすべてマスターし、【挑発】の無詠唱発動が可能になった。これはものすごく早いペースみたい。
私は戦士の基本スキルの一部を取得、【ヒール】の省略詠唱が可能になっていた。
ついに決心した私はステラに宣言する。
「明日、ゴブリンをやろう!」
ゴブリンの期間限定討伐の期限はまだ残っている。