第04話 冒険者ギルド
#冒険者ギルド
エルンの町に戻った私たちは、家に帰って両親にクラスを報告したあと、今後の事を相談することにした。
「やっぱり冒険者になろうと思う! お願い、いいでしょ?」
森を自由に駆け回って狩り放題で食べ放題! 治療費もかからない!
今までも町の中を走り回り放題・買い食いし放題だった。何も変わってない気もする。
神官は、ひとまずは冒険者になることが多い。魔獣と戦ってレベルを上げないと、魔法が覚えられないから。
そして、魔法で治療ができるようになったら、冒険者を引退して神殿や治療院で働く。お母さんもそうして今は治療院で治癒師をしている。
「まあ、あんただったらそう言うと思ってたよ…… 神官は人気があるから、すぐにパーティが見つかるわ。やってみなさい」
あきらめたかのように、お母さんは冒険者になるのを認めてくれた。
冒険者の収入は一般の仕事より遥かに多いみたい。でも、武器や怪我を治す薬を買わないといけないし、自分で治せない大怪我とかは治療費もかかる。だから、儲かるかどうかは腕次第なんだろうけど。
神官はちょっとした傷なら自分で治せるからお金がかからずに済む。
そして、お父さんが少しアドバイスをくれる。
「ただし、ちゃんと冒険者ギルドで聞いてから、冒険者になるかどうか決めるんだ。会話や交渉も、冒険者には重要だからね」
「うん! 明日さっそく行ってみるね!」
「ついていかなくても大丈夫かい?」
「大丈夫!」
自分の部屋に戻ると、ステラに分けてもらった本を読みあさりながら、そのうち寝てしまった。
◇ ◇
次の日。冒険者登録をするため、朝1番目の鐘の鳴る頃に冒険者ギルドに向かう。
町の中心部、エルン男爵の居城の前に創造神ギルド、商業ギルド、冒険者ギルドの『3ギルド』の建物が並んでいる。どれも頑丈な石造りで、ガラス張りの格子窓がいくつかあいている。中央に鉄板で補強された木の両開き扉がある。
冒険者ギルドの扉の横に、ステラが立っている。昨日のうちに冒険者になると決めたので、冒険者ギルドで待ち合わせすることにしていた。
「ごめんね、待った?」
「ミーナちゃん! ステラも、いま来たとこなのです……」
そして、声がだんだん小さくなる。少し震えている。無理もない。周りにいるのは筋骨隆々の冒険者ばかりで、バタンバタンと大きな扉の音をたてて出入りしているのだから。
「私ね、やっぱり冒険者になることにしたの! ステラは?」
「どうしたらいいのかわかんないのです…… パパは、ステラがやりたいようにしなさいって…… 王都に行きたいなら用意してあげるって……」
ステラは決めあぐねているみたい。
本当は騎士の勉強のために王都の騎士団か学校に行くのが一番いい。
でも、知らない人ばかりの騎士団。貴族の子息が通うような騎士学校。人見知りで引っ込み思案なステラが入っても大丈夫だろうか。
いや、絶対大丈夫じゃない。
そんな彼女が、こんな朝早くから来て私を待っている。少なくとも冒険者に興味があってのことのはず。
それに、ステラが食い入るように見ていた本の中には、小さな村から出て冒険者となった騎士が、ドラゴンや暗黒騎士との死闘の果てに、最後はエルフの美少女とハッピーエンドになった物語があった。
そもそも、騎士になると町の城や門衛所で働くので、勝手にどこかに行って悪者と戦ったりはできない。だから、物語に出てくる勇者は、騎士のような格好をした冒険者が多いのだ。
「じゃあ一緒に冒険者になろうよ! 冒険者は武器を持って戦うのが仕事だもん、騎士と一緒だよ!」
「一緒に? ステラも連れていってくれるのです……?」
「うん! ふたりで頑張ろうよ! 正義の騎士が悪のドラゴンを倒してお金をもらうの! 私は本に出てきた騎士を助ける癒しの神の神官! きっと楽しいよ!」
ちょっと違う気もするけど、魔獣を倒すのは間違ってないし、大丈夫。
「ステラも冒険者になるのです! 一緒になってください! なのです!」
そして、ふたりで元気よく冒険者ギルドの扉をあけ、中に入る。
冒険者ギルドの中は大きなホールになっている。鎧を着けた冒険者がいっぱいいる。右の壁には掲示板らしき大きなコルクボードがいくつも並んでいる。左は広い廊下が奥に伸びていて、いくつか店の看板がかかっている。
正面に、フロアを横切るほど長い木の受付カウンターがある。その向こう側には紫色のショートカットの髪型で紺色の制服を着たお姉さんが座っている。
「おはようございます。私たち、冒険者になりたいんです」「なのです」
ふたりでカウンターの前に並んで立ち、目の前のお姉さんに話しかける。
「まだ若いですね。冒険者登録をするためには、ステータスカードが必要です。ありますか?」
「ステータスカードはあります。実は昨日、クラスをもらって帰ってきたばかりなんです。それで、冒険者になろうと思って」
「それはおめでとうございます。では、ステータスカードを見せてもらえますか?」
ステータスカード『表示』っと。
ステラと私はステータスカードをお姉さんに差し出す。
「えっとミーナさんね。クラスは『神官』と……」
書類を作成する必要があるのだろうか。何やら用紙に書きとめている。
「そちらの銀髪の子はステラさんね。クラスは…… 『騎士』⁉ ちょ、ちょっと待っていてくださいね。すぐ戻りますので」
お姉さんは慌てた様子で、奥のほうの特別大きな机に走っていく。そして、そこに座っている初老の男性に何やら話を聞いて戻ってくる。
「すみません、時間がかかって。あまり見かけないクラスでしたので。ギルドマスターにはステラさんが『騎士』を授かったと通達があったそうです。手続きを続けますので、必要事項を答えてくださいね」
驚いたことに、いくつか質問に答えるだけで、両親の同意や証明書の類を求められることもなく、すぐに登録となった。
「登録ってこんなに簡単だったんですか?」
「そうですよ。ステータスカードがありますし。先ほどギルドマスターに大水晶柱で確認してもらいました。もし何か問題があればわかるんです。先ほど質問したのは、手続きルール上、念のために本人確認をしただけですよ」
「へえ、やっぱりこのステータスカードって、レベルの他にも色々とわかるのね」
「神様の恩恵ですしね。あまりにも悪いことをする者は、神水晶柱様によって資格を剥奪されて、カードが赤くなります。そうなると、与えられた恩恵がすべて使えなくなりますよ」
「ステラ、なにかとんとん拍子に登録になっちゃったけど本当に大丈夫? お父さんに相談しなくてもいいの?」
「はいなのです!」
ステラは入口の時と変わらず高いテンションのまま、元気よく答えた。
「じゃ、依頼を見にいきましょ!」
「はいなのです!」
「あっ! ちょっと待って!」
掲示板に向かって走りだしていた私たちを、お姉さんが慌てて呼び止める。
「おっちょこちょいね、あなたたち。まだ途中よ。それにひとりで城門の外に出たことあるの?」
私もステラもそこでピタッっと足を止める。外に出てしまえば魔獣の住処。もちろんひとりで行ったことはない。
「いきなり依頼を受けても、それを解決する知識や装備はあるの?」
「いえ、ありません……」
そもそも、あの壁にある依頼書をどうやってどうしたらお金がもらえるのか、まったくわからない。魔獣と戦うにしても、そのための武器も持っていない。
「ちゃんと教えますよ。無料の講習があるので、まずはそれを受けてくださいね」
「はい。よろしくおねがいします」「なのです」
「講習を修了したら武器や鎧、薬などがもらえますよ」
「へえ~ 武器がもらえるんだって!」
「すごいのです!」
「大したものではないですよ。でも、まず最初の一歩を踏み出すには必要ですよね? その講習後に、初めて『ランク』が決まるの」
「ランク?」
私が聞くと、お姉さんが説明しはじめる。
「ランクは冒険者ギルドのメンバーがどれだけ頑張っているかの証で、上からA-B-C-D-E-Fに分かれています。Sなんて殿堂入りのランクもありますけども。基本的にAが最高ランクです。この辺の説明も講習で行ないますが、あなたたちはFランク冒険者としてスタートすることになります」
◇ ◇
それから毎日、私たちは冒険者ギルドに通って訓練しはじめた。
『冒険者初級講習』で【パーティ】の魔法、魔獣の種類や倒し方、討伐部位や魔石、採集する植物などの知識。
『初級剣術訓練』『初級棒術訓練』『初級体術訓練』『初級盾術訓練』で戦闘の技能。
先生たちは、『講師の依頼』を受けている先輩冒険者だ。基本的な攻撃スキルも訓練で覚えられる。
「いいですか。森で薬草を採っても、決して味見などしてはいけません。『ペロッこれは毒草!』とかやって倒れてしまっても、誰も助けてはくれませんよ。薬草は専用のナイフと手袋を使って、慎重に採集箱に入れて持ち帰ってください。薬草か毒草か迷った時は、そのままで構いません。こちらでわかりますので」
「武器ってのは各々で好みが違うもんだ。ここには色んな種類の練習武器がある。要らなくなっても武器は正価の5分の1、防具で10分の1でしか売れねぇ。だから、ここで自分のスタイルってやつを定めてから武器を買いな。それよりも先に手を出してもムダ金にしかならねーぞ」
みんな、初心者の私たちに懇切丁寧に教えてくれる。
講習を受けて初めて知ったことだけど、冒険者は危険と隣り合わせの職業で、毎年少なくない数の死傷者が出ている。
だから冒険者ギルドとしても、何も知らない初心者を丸腰で森に出すわけにはいかない。それに、こうして能力の底上げをすることで、依頼の成功率も安定する。
私はギルドに通いながら神殿にも足を運び、【ヒール】の魔法を学んでいる。どの魔法を覚えるかは運次第だけど、クラスには最低限その存在の前提ともなる魔法がある。
戦士は【挑発】
神官は【ヒール】と【クリエイトポーション】
魔術師は【マジックライト】と【エンチャント】
これらの魔法は、スキルと同じように学ぶことで覚えられる。
冒険者初級講習を終える頃には【ヒール】を覚え、習熟の訓練に入っていた。
覚えたての魔法は呪文の詠唱が必要で、発動するまでに時間がかかる。繰り返し唱えることで慣れてきて、スペルの詠唱が早くなる。そして、習熟するとスペルの詠唱が不要になり、魔法名だけで発動させられるようになる。
そうして1週間があっという間に過ぎていった。
講習会の先生が最後の挨拶をする。
「これであなたたちは冒険者ギルドの一員です。規約を守って、命を大切にして、がんばりなさい」
先生が講習の修了者に装備を順に手渡す。装備は武器や鎧だけじゃない。冒険者に必要な知識をまとめた手帳や道具、薬があってひと揃えになる。
布の鎧、冒険者手帳、コンパス、採集キット、ポーションケース付のリュック、そして、好きな錆つき鉄の武器1本。
布の鎧といっても、木片に何重にも布を重ねて厚みを増しているので、防御力もそれなりにある。
そして、Fランク冒険者であることを表す若葉色のステータスカード。
武器はステラがロングソード、私がメイスを選んだ。共に一般的な騎士と神官の武器。錆びていて見栄えは良くないけど、魔法も使えるし問題ない。
ふたりで布の鎧を身につけながら、私はステラを武器屋に誘う。
「ステラは騎士なんだから、やっぱり盾は必要よね?」
講習を修了したら、一緒に必要な装備を買いにいくと約束していたのだ。武器と鎧はもらった。あとは盾だけだ。