第03話 創造神の神殿
#創造神の神殿
――2年数か月前。とある街道の駅馬車内にて。
12歳になると、創造神様からクラスを授けてもらえる。そうすれば、体が強くなったり、魔法が使えたりできるようになる。正しくは、その可能性がある。クラスを授けてもらえなかった人だって、町の中にはそれなりにいる。
創造神ギルド神殿の祭壇にある『顕現』の大水晶柱。
それが、創造神様のお姿を写し取ったものだとされている。クラスを得られるかどうかは、そこで祈ってみないとわからない。
だから、誰もが一度は神殿を訪れるのだけど……
私が住んでいるエルンは、王国北部の森林に囲まれた小さな田舎町だ。城壁だけは石造りだけど、家の多くは木造で、そのような町の神殿には大水晶柱がない。
その代わりに、年に一度だけ12歳になった子どもを集め、大水晶柱のある大都市に連れていくことになっている。私たちが6人乗りの駅馬車に乗せられ、エルンの町を出たのは、年が明ける2日前のことだった。
他の町に行ける機会なんてほとんどなかった。しかも、向かっている先は王国でも有数の大都市みたい。だから、最初のうちは、どんな町なのだろうとワクワクしながら、みんなで楽しくおしゃべりしていた。
でも、町と違って街道は怖いところだ。道中は安全だからと聞かされて駅馬車に乗りこんだものの、知らない誰かが怪我をしたり帰ってこないという噂話を聞いたことがある。
客室に頼れる大人はいない。いるのは街道に出たこともない子どもばかり。空が曇りはじめて客室内が暗くなり、護衛の騎士が緊張した顔つきで並走するのを見ていると心配になる。
じわじわと不安が増していくにつれて、だんだん口数が減っていく。やがて、みんなじっと座ったままとなってしまった。
◇ ◇
なんとなく流れている外の景色を眺めていると、それまであまり話さなかった女の子が、こっちに向いて声をかけてくる。
「あなたもクラスをもらいにいくのです?」
銀髪のショートツインテールの女の子。私たちよりも幼く見える顔立ちだ。頭からかぶって紐で縛る簡素な平民服の上に黒っぽいセーターを着ている。私や他の子も同じ。迷子にならないように、みんな同じ服をもらっている。
そういえば、どんなクラスになりたいとかいう話題はまだ出ていなかった。大半の子は成人になる15歳で働きはじめる。だから、今すぐなりたい仕事やクラスがあるわけじゃない。
そもそも、これは年にいくつかある行事や儀式のひとつだった。この駅馬車に乗ったのも、12歳で行くことになっているというだけ。どちらかというと、クラスよりも、見知らぬ大都市への興味のほうが大きかった。
「うん。戦士か神官になりたいな、と思って。あなたも神殿に行くの?」
「はいなのです。ステラもクラスがほしいのです」
私が問い返すと、彼女は幼い子どもが照れるような、はにかんだ笑顔を見せて答える。
ステラは確か、夜空にかがやく星という意味。薄暗い室内でも、彼女の銀髪にできた天使の輪が美しい光沢を帯びている。
「私はミーナ。ステラちゃん、よろしくね」
私のミーナという名前は大切な子、綺麗な子という意味を込めてつけてくれた。
でも、私は人一倍足が速い。オレンジ色のポニーテールをまさしく馬のしっぽのようになびかせて、町を駆け回って遊ぶおてんば娘だ。
よく転んで怪我をして帰って怒られてばかりいる。だから、戦士になれば怪我をしにくいし、神官になれば自分で治療できると思ったのだ。それに、森に探検に行って猪や鹿を狩り、肉が食べ放題の毎日を過ごせるかもしれない。
ステラという新しい話し相手ができた。私の食いだおれ計画や町の探検話、森で狩ってみたい動物の話をする。また、出発前に持たせてくれたお菓子を食べたり、手遊びをして過ごす。
駅馬車は夜通し走り続け、そのうちに遊び疲れて眠ってしまった。
◇ ◇
「ほら皆さん、着きましたよ」
客室の扉が開いて外から声がかけられ、目が覚めた。どうやら、もう町に着いているみたい。
隣をぼおっと眺めると、ステラはまだ眠ったまま起きそうにない。眠い瞼をこすりながら、彼女の肩を揺する。
「ステラちゃん。ほら、朝だよ~」
ステラを起こしている間に、他の4人は先に駅馬車を降りてしまった。
最後になった私たちが扉のふちに手をかけて、グイッと顔を出す。もうすっかり朝日がのぼっている。その眩しさに、つい目を瞑ってしまう。
うっすら目をあけていくと、そこに広がるのは石造りの都会の街並み。その中に、玉ねぎ型の巨大な屋根のある真っ白な神殿がそびえ立っている。エルンの神殿とは桁違いの大きさだ。
客車との間に少し隙間のある馬車寄せに飛び降り、たったっと段差の高い階段を下りて、辺りを見渡す。
神殿だけじゃなくて他の建物もすべて石造りになっている。エルンの町は木造が多いので、それだけでもすごい都会に来た実感が湧いた。
他の駅馬車からも次々に子どもたちが降りてきている。
「うわ~っ、おっきいね~!」
「おっきいのです~!」
みんなで集まって、一緒にものすごく広い階段を上る。その先のお花畑のある庭を通り抜け、神殿の建物の入口に着いた。
扉のない大きな入口から神殿内に入ると、そこはとても広い待合ホールになっている。壁の高いところに時計がある。
「ほら、エルンにはひとつしかない時計台があそこにもあるよ」
「すごいのです~」
今は時計の針が見えるから大丈夫だけど、時計の見えない場所では、鐘の音を聞かないと時刻がわからない。
ゴォーン…… ゴォーン……
鐘が2回鳴った。朝2番目の鐘だ。
午前7時から始まるから、今は午前8時になる。
そして、すでに待合ホールには長い行列ができていた。
「うそ、これに並ばないといけないの?」
みんなでぞろぞろと歩いて、その最後尾につく。希望者がたくさんいるので、儀式を行う子どもたちしか並べない。両親やつき添いの人は離れて見守ることになる。
この待合ホールが、帰りの駅馬車に乗るための集合場所にもなっている。儀式さえ受けてしまえば、昼5番目(午後5時)の鐘が鳴るまではどこへ遊びに行っても大丈夫。
ここにきて、ようやくなりたいクラスの話題に花を咲かせはじめる。あとはやはり、どこに遊びにいくかだ。馬車留めで見かけた屋台、観光名所の話で盛りあがっていると、列が動きだす。前の人が進めば、私たちも少し前にずれる。
でも、まだまだ先は長いみたい。祭壇があるそうだけど、それらしいものはまったく見えない。列は途切れることなく、通路の奥へと続いている。
少しずつ前へ進んでいると、そのうちに立っている場所が通路の中に変わった。そして、もうすっかり並ぶのに飽きた頃に、大きな広間の入口にたどり着いた。
◇ ◇
そこが、私たちが目指している祭壇ホールだった。
高い天井全体が穏やかな白い光を帯びている。おかげで、外からの光が差し込むような窓がどこにもないのに、心地よい明るさになっている。
大理石の床が途中から広い上り階段になり、その先にある舞台に自然に上がれるようになっている。舞台の中央には大きな祭壇が置かれ、大水晶柱が鎮座している。
そこに向けて帯のようにレッドカーペットが敷かれ、私たちの行列が続いている。祭壇の近くには我が子を見守る親たちがいる。
四方の壁には白地に青色で図柄の描かれたタペストリーが垂れ下がっている。壁際に大きな台座が等間隔で置かれ、それぞれ異なる姿の巨大な立像が建っている。
エルンの神殿とは比べものにならないほど豪華。
「見ろよ、あれが戦士、騎士、聖騎士なんだぜ!」
前のほうで自慢げに話す子がいる。あの像はそれぞれのクラスをイメージしているみたい。左に戦士の像が3体。正面奥に神官の像が3体。右に魔術師の像が3体。
じゃあ正面にあるのが神官、司祭、司教なのか。右のほうは……魔術師しか知らない。
◇ ◇
キョロキョロと辺りを見回しているうちに私の順番が回ってきた。神官様にうながされて祭壇の階段を上がり、大水晶柱の前に立った。
透き通るような白さの『顕現』の大水晶柱が目の前にある。噴き出た水が瞬時に凍ったような形をしている。
どうすればいいのかは、他の子がするのを見ていたので、わかったつもりでいた。祭壇に据えつけられた台の上に腕を乗せて手を開く。でも、それだけじゃダメみたい。
神官様が隣について、やり方を教えてくれる。ちゃんと教えられるとおり、心の中で祈りを捧げないといけない。
「さあ、目を閉じて祈りなさい」
そっと目を瞑る。そして一生懸命に願う。
――創造神様、どうぞクラスをお授けください――
――戦士か神官、戦士か神官、戦士か神官……――
大水晶柱から暖かい光が差し込んできたのを感じ、目をあける。握れるほど小さく薄い真白色のカードが、手のひらに乗せられている。
「これがステータスカード……」
それを空中にかざして魔力を通すとステータスが投影される。私のクラスは……
「やった、神官だ!」
「おめでとう、あなたは『神官』になりました。私と同じですね。頑張りなさい」
「えへへ、これで回復魔法が使えるよ! 怪我をしても自分で治せるよ~」
私が祭壇から下りると、今度はステラが大水晶柱の前に立つ。
目を閉じて祈りを捧げていた彼女が目をあける。そして、ステータスが投影される。
「おおっ!」
それを見た神官様が驚愕して大声をあげる。
「大神官様! この娘は『騎士』を授かりましたよ!」
最初のクラスは戦士・神官・魔術師のどれかになるはずだけど、彼女が授かったクラスは騎士。それがどれほど珍しくてすごいことなのか、私たち子どもにはわからなかった。ステラも祭壇から下りてきてキョトンとしている。
でも、行列に並ぶ我が子を見守っていた親たちは気づいた。何か特別なクラスが現れるという奇跡が起きたことに。彼らがステラを取り囲み、投影されているステータスをのぞいていると、他の人たちが我も我もと押しかけはじめる。
そして、騒ぎがどんどん大きくなる。ステラの小さな体は人ごみに飲まれて、今にも圧し潰されそうだ。
「ううっううっ、押さないでぇ、なのです……」
揉み苦茶にされて涙ぐむステラを見て、私は人ごみの中に肩と頭を突っ込む。
「もう! 彼女が圧し潰されて困ってるじゃない!」
踏まれないように注意しながら彼らの足元を通っていき、ようやく彼女に向けて手を差し入れる。
「ステラちゃん! ほらっ!」
「ミーナちゃん!」
パアッ! と笑顔になったステラもこっちに手を伸ばしてきて私の手を握りしめる。そのまま手を引いて、体をかがませ、片手と膝をつきながら外まで連れていく。
ついに外に出られた私たちが立ち上がって振り返る。もはや、彼らは何が目当てだったのかも見失っていて、隣同士で立ち話をしている人までいる。
「もうそこにステラはいないわ! こんな子どもによってたかって!」
単に珍しいもの見たさに集まっていた人たちは、恥ずかしそうにその場を離れていく。
やっと落ち着いた頃、神官様がステラに声をかけてきた。
「お嬢ちゃん、あなたはみんなとは違って特別なクラスを授かりました。だから、少し説明が必要です。少しこっちへ来てもらえますか?」
ステラは口をつぐんだまま頷くと、神官様が案内しようと通路のほうにうながす。すると、ステラは私の手を引っ張って一緒にいこうとする。
「えっ私も?」
ステラはうっすらと目に涙を浮かべながらコクコクと何度も首を縦に振る。それを見て神官様がゆっくりと頷く。
「別に秘密のお話でもないですから、ふたりで来ても大丈夫ですよ」
それで、私はステラと手を繋いだまま、一緒に別室に連れられていった。
◇ ◇
案内された部屋は壁やその前に多くの調度品が並ぶ立派な応接室だった。大きなソファーに浅く乗っかると、神官様がテーブルの向こう側に座る。
「まず、他の人にも教えていることから話しますね。ふたりが手に持っている、ステータスカードについてです。それを使えば、いろんなことができるんですよ」
じっと手を見る。
「そのようにステータスカードを持って歩く必要はありません。集中し『収納』と念じてください」
眼を閉じて『収納』と念じる。すると、手のひらに乗せているステータスカードが透けていき、なくなってしまった。
「次に『表示』と念じてください」
ふたたび『表示』と念じると、最初にステータスカードをもらった時のように手のひらに現れた。私は右手に、ステラは左手に。どっちの手でも出せるみたい。
「ステータスカードは常にあなたと共にあります。体から離れすぎたら自然に『収納』されますし、万が一に落として見失ってしまっても『表示』で手元に戻ります」
ステラとステータスカードを交換してみる。手放しても、この距離くらいなら大丈夫だった。ステータスは投影できない。
「クラスやステータスを見ることもできますが、表示される情報はほんの一部にすぎません。実際には、もっと多くのことが記憶されていて、『証明書』としても使えます」
証明といっても、カード自体には何も記されていない。真っ白で無地の小さなカードだ。
「何か問題が発生したり、無実の罪を着せられそうになったときは、ギルドを頼ってください。神水晶柱様が蓄積されておられる『行動の記憶』から判定が出ます。身の潔白が証明されれば、たとえ相手が王や貴族であっても、我々が全力で保護します」
神殿内は町の領主でも勝手な振る舞いはできないし、お金がなくて治療を受けられない人は無償で受けられるそうだ。
「その代わり、悪い行ないをして、大水晶の前で嘘をつけば、カードは赤くなり、クラスの力を失ってしまいます。正しい行ないをしてくださいね、神様は見ておられますよ、という戒めとも言えます」
ちょっと心配になって、お使いの帰りにおつりでお菓子を買って食べてしまったのを懺悔したら、そのくらいなら許してくれるみたいだ。
「商業ギルドにある『天秤』の大水晶を使えば、通貨を預けることもできます。預けた通貨は神水晶柱様に記憶され、どの城塞都市の商業ギルドでも呼び戻せます」
お父さんと一緒に商業ギルドの中に入って、お金の出し入れをする行列に並んだことがある。あれがそうだったのかな。
「冒険者ギルドでは『探求』の大水晶が依頼の達成の判定やランク評価にも使われます。以上がクラス取得時の規定の説明です」
ギルドには創造神ギルド、商業ギルド、冒険者ギルドがあって、3ギルドと呼ばれている。どのギルドがどのような活動をしているのか、詳しくは知らない。
でも、クラスを授かったら、どのギルドでも働けるそうだ。もし戦士か神官になれたらやってみたい、と思っていた仕事がある。家に帰ったらお母さんに相談しよう。
◇ ◇
「ここからは、大神官様がクラスについてご説明されます」
説明してくれた神官様が席を立ち、後ろに下がる。
入れ替わりで、スラリと背の高い金髪の青年が前に座った。白い神官服を着ている。
にこやかで気さくそうに見える。でも、周りにいる人の様子からすると、かなり偉い人みたい。
「こんにちは。僕がここの大神官のオリビエだよ。学校の先生もしている。こうしてクラスを授かりにきたのだから、クラスは戦士・神官・魔術師の3つがあるのは知ってるよね?」
『戦士』
筋力が強くなり体も頑丈になる。そのため、日常生活も快適になる。このクラスを授かる人が最も多い。
『神官』
回復魔法を覚え、怪我や病気の治療ができる。
『魔術師』
魔法の道具を作り出したり、攻撃魔法を覚えられる。
「それぞれのクラスの能力は、魔獣を倒すことで段階的に強くなっていくよ。それがレベルなんだ」
私のお父さんは戦士、お母さんは神官。商店と治療院で働いている。魔獣と戦うような仕事じゃないせいか、レベルはあまり高くない。
「そしてレベルが上がると、より強い上位のクラスにクラスチェンジするんだ。よく知られているのは騎士・司祭・魔導師だね。そこからもっとレベルを上げれば、さらに上位のクラスにもなれるよ」
エルンにはそんなすごい人はいない。せいぜい、毎年開催される武闘大会にやってくるのを見かけるだけ。
「だから、ステラさんが授かった騎士は、本来は戦士の人が10年から20年もかけてなるはずのクラスだったんだ」
『騎士』
戦士よりも強くなり、精神力も高くなる。武具の扱いがうまくなり、戦うときに有利になる。
「でもね、その流れにすら沿わずに、まったく違うクラスを授かる人もいるんだ。レアクラスって呼んでいるよ。実は、この僕がレアクラスの『大神官』なんだ」
大神官様がステラの前にいくつか小冊子を置いていく。
「レアクラスになった人は周りに同じクラスの仲間がいないから、自分でクラスのスキルや魔法を研究する必要がある。これは上の学校で使っている教科書だけどね。」
本をめくると、そこにはクラスチェンジ表が書かれている。
「レアクラスではないけど、ステラさんは最初から騎士でしょ? 次のクラスチェンジでも周りに誰もいないようなすごいクラスになると思うんだ。だから、この本がきっと役に立つはずだよ」
彼が指し示しながら説明を始めた。
「これが今までに知られているクラスだよ」
左端が初級クラス、その右が上級クラス、さらにその右が最上級クラスとなっていて、枝を分けるようにクラス同士が矢印で結ばれ、右に行くほど並ぶクラスが増えている。
まず、左端に大きな字と太い線で描かれているのが、戦士・神官・魔術師。
そこから右矢印が引かれ、それぞれ騎士・司祭・魔導師に繋がっている。
さらに右矢印が引かれ、聖騎士・司教・賢者に至っている。
それとは別の点線の矢印が、色々なクラスからレアクラスに伸びている。
最後に、経路のわからないクラスが一番右の余白に書かれている。
こうして眺めると、思っていたよりも多くのクラスがあることに驚いた。
表によると、騎士のステラの次は聖騎士で、神官の私の次は司祭。でもその先には点線も続いている。たとえば私の神官と司祭の先にあるのが大神官。大神官様のクラスだ。
役職とクラスが同じ呼び方だと紛らわしい。役職の大神官は『職業』や『称号』だから、どのクラスでもなれる。先生とか校長と同じ意味だ。
そういえば学校があると言っていたけど、私は学校に行っていない。読み書きは家で両親に教わっている。エルンにも学校はあるけど、市民の大半は私と同じような感じだ。
◇ ◇
「次のページからは、クラスの特徴やスキル・魔法の一覧、過去の偉人の冒険譚が記されているよ。もともと、これは僕が研究したことを整理するために書いた本でね。学校でも面白いって評判なんだ」
ページをめくっていくと、クラスの説明とその有名人の挿絵が描かれていて、覚えられる可能性のあるスキルや魔法がわかりやすく表にまとめられている。
まだ未完成のようで、ページが後半になるにつれて空白の部分が多くなる。
次にさっきより分厚い本を取り出して机に置く。革で丁寧に装丁された表紙を開くと、鎧の戦士がふたりで向き合っている絵が描かれている。
「この本は王都の騎士団や騎士学校でも使っている正統派剣術と盾術の教則本のひとつだよ」
ステラがパラパラとめくっているのを見せてもらうと、とっているポーズが少しずつ違う。絵の横には、騎士としての立ち振る舞いから武具の扱い方、戦術などが書かれている。
「ステラさんも王都に行けば、このような本を使って勉強する学校や、卒業後に入れてくれる騎士団があるよ。せっかく騎士を授かったんだから、ご家族とよく相談してね。もし困ったことがあれば、いつでもこの神殿に来ていいんだよ」
大神官様は、こうして貴重な本を高く積み上がるほど渡してくれた。ステラだけでは抱えきれないので、ふたりで持っていくことにした。
◇ ◇
祭壇ホールを出たあと、集合場所の待合ホールに残って本を読みはじめると、夢中になって町に出かけるのを忘れてしまう。堅苦しい内容だけではなく、おとぎ話や逸話、クラスあるあるのような笑いをとる内容の本もあり、飽きずに楽しみながら読める。
「ほら、ミーナちゃん、この挿絵の騎士がかっこいいのです~」
ステラが指さすのは英雄譚の物語に出てくる勇者の騎士。白い鎧を纏って盾を構え、右手の剣を高く上げている。足元にはドラゴンが横たわっている。
「ステラもこんな風になれるかな~?」
自分だけ変なクラスになって、さっきまで涙ぐんでいたのに、今は元気いっぱいだ。おみやげのタペストリーを丸めて、剣みたいに振っている。読んでいるうちに、その気になってしまったみたい。
それは私が先に読んでいた絵本だった。おもしろかったけど、ちょっと不満なところがある。勇者は騎士の他に神官戦士や賢者もいたはず。
ところが、なぜか神官戦士の姿は挿絵のどこにも描かれていない。神官は華々しく戦わないし、地味なのは確かだけど、やっぱりくやしい。
ステラも勇者の話ばかりする。でも私は、その騎士の後ろに控えていたはずの神官戦士を、ひそかに応援することにした。
「えへへ~」
ステラは早くも勇者になった気分でいる。
そのあと、町に観光に行っていたみんなが戻ってきて、またひと騒ぎになった。そして、ステラと一緒にエルンに戻る駅馬車に乗り込む。
帰りも夜通し走りっぱなしだけど、行きとは違って退屈じゃなかった。本がたくさんあったので。夢中で本を読みふけっていた。