第08話 オウガ=トロール
#オウガ=トロール
「やります!」
「ステラもやるのです!」
私もステラも即断で答えた。
普段であれば一旦よく考えるところだが、流石は精鋭の王都の騎士団で、私たちができることはそれほど無かった。
オーク=ロードが迫って来た時も一瞬で終わってしまった。このまま見ているだけで終わるわけにはいかない。
私はメイスを石床に置いて、スピアを両手で持った。
スピアは槍の中でも最も一般的な武器だ。4メートル弱のの棒の先端に付いている鉄の穂先で突く。一応切り払ったりもできるが、どちらかというとそれは防御のためで、そのようにして攻撃するのはあまり効果的ではない。突くだけなら誰でもすぐに使いこなせる。
このスピアは棒も穂先も全部鋼鉄製だった。結構重い。
だが、昔は建築現場に忍び込んで、こんな木材を拾っては抱えて走り回って遊んでいた。だから持ったバランスにそれほど違和感はなかった。
カインと私とステラは3人でパーティを組み、オウガ=トロールの所に向かった。
第2小隊は半数が怪我の治療のために後方に下がっていた。代わりにハルバードを手にした第3小隊が主力で戦っていた。
「クリス!待たせたな!」
「カイン!」
「クリスたちも一旦下がって、スピアかハルバードに持ち替えろ。治療を受けて戻ってくるように」
「了解!」
「軽傷の人は私がヒールするわ!」
クリスたちは後方に下がっていく。途中、何人かが私に手を上げ【ヒール】を受けた。
私はオウガ=トロールを見上げた。もの凄く大きい。
トロールと背の高さは同じくらいだが、僅かに見える肌は緑色ではなく赤黒くなっており、手足も太かった。
その上、ミスリル製だと思われる銀白色の巨大なフルプレートアーマーで身を固めていた。騎士風の鎧だったオーク=ロードのものと違って、とげとげしい角張ったデザインだ。
オウガ=トロールを取り囲んだ騎士たちは、ある者はスピアで、ある者はハルバードでけん制しながら勇敢に戦っていた。私たちも包囲の輪に加わって戦い始めた。
ハルバードは3メートルほどの太く頑丈なスピアの先端手前に大きな片刃の斧が付いた中距離用の『長柄武器』だ。斧の反対側はピックになっていて、打ち付けると硬いプレートアーマーにも突き刺さるほどの威力がある。
槍の用に突き刺すこともできるが、大きく振り回して使うのが基本だ。斧部分を使って叩き潰す他に、ピックで突き刺すか引っ掛けて、相手の武器を奪ったり体を引き倒すこともできる。
貫通力が高く、プレートアーマーを装備している者にとっては最も脅威となる武器になる。
だがその代わり、最も重い武器でもある。振り回すのはかなり訓練しないと難しい。
《《《アタック!》》》
騎士たちがハルバードのピックを打ち付けると、剣やスピアでは貫通できなかったオウガ=トロールの固い鎧や皮膚にも突き刺さった。
「ムォォォォォォ!」
怒り狂ったオウガ=トロールがポールハンマーを振り回した。ハンマーが白く光る。
「あれは!」
【プロテクション!】
【プロテクション!】
白い光にオーク=ロードのダッシュを彷彿させた私は、咄嗟に騎士達の頭上へ虹色のバリアを張っていった。【プロテクション】は設置型魔法なので、あまり上に置くことができない。ギリギリの高さだった。
【プロテク…
3つ目のバリアを張る途中で、轟音と共にポールハンマーが振り下ろされた!
バキバキンッ!
ハンマーがバリアを粉砕し、騎士たちに叩き付けられた!
「ぐああああああ!」
ハンマーの直撃を受けた騎士たちが悲鳴をあげて、石床に倒れ伏した。
多少は威力を減衰できたのだろうか、何とか生きているようだ。当たらずに済んだ周りの騎士が引きずって外側へ逃がしている。白い光が倒れた騎士を包み込んだ。【ヒールオール】だろう。
「ヒールした方がいい?」
「いや、俺たちが後ろへ連れていくよ。ありがとう」
そう言って下がっていった。入れ違いで回復を受けた別の騎士たちが戻ってくる。
残りの騎士たちは、勇敢にハルバードを振るい続けていた。ハルバードは鎧を貫通しているものの、オウガ=トロールの勢いは失われていない。
あまり深く刺さっていないのかもしれない。それに、急所となる頭や胸でないと致命傷を与えるのは難しそうだ。
「全く、こいつはどうやったら倒せるんだ」
思わず漏れてしまったのだろう、騎士の1人がぼやくが、それでも根気よく攻撃を続ける以外にできることはない。そうして足を潰して跪かせるか転倒させるしかない。皆黙ってハルバードを振りかぶっていた。
オウガ=トロールは足に突き刺さったハルバードを振り払おうと、今度は右足を蹴り出した。ハルバードを突き刺したままの騎士が振り飛ばされる。人が地面の雑草を足で振り払うかのようだ。
何人かが助けに行き、他の騎士たちは勇敢にハルバードを叩き付け、打ち付け続ける。
オウガ=トロールが体重をかけた右足から血が噴き出た。
ドーン!ドーン!ドーン!
騎士が足元を叩いているその間も後方から魔導師のマジックミサイルが頭部に当たっていく。その度に動きが止まり、オウガ=トロールの凶悪なポールハンマーの攻撃を受けずに済んでいた。
私は振り飛ばされた騎士に【ヒール】をかけた。
意識はあるが、それでも起き上がれない騎士に駆け寄って、ヒールポーションを取り出すとバイザーを上げて飲ませた。
「大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。助かったよ」
そういって騎士は戻っていった。
ステラはバスタードソードで左足を攻撃していた。両手で柄を握って左脇腹から正面に向かって体当たりするようにして突く。
新しい盾は持ち手が無く腕だけで保持できたため、盾を持ちながら両手で剣を握ることができた。
《一文字突き!》
貫通力のある突きが放たれ、肉厚のバスタードソードのブレードがミスリル製のフルプレートアーマーを易々と貫いた!
私はオウガ=トロールの左側方に回り込むと、スクロールを取り出し、詠唱した。
【マジックミサイル!】
魔法はオウガ=トロールの左膝裏に命中した。
「ムゥゥゥゥウゥウン……」
オウガ=トロールは左足をこちらに蹴り上げてきた。
【プロテクション!】
絶妙のタイミングで虹色のバリアが浮き上がると同時に後ろに退避した。
すると、オウガ=トロールのかかとがバリアに当たった。
「ムォォォォォォ!」
バキッ!と低い破砕音がして一瞬でプロテクションが壊れたが、蹴りは防がれてオウガ=トロールの足が勢いよく弾かれた。
無防備になった足に他の騎士がハルバードを振り下ろしている。
「「「やぁ!やぁ!」」」
《《《アタック!》》》
何回もピックで突き刺し、オウガ=トロールの左足が血まみれになっていく。血溜まりでぬかるんできた所があり、滑らないように足元にも気を使わなければならない。
今度は右背面に移動し、【マジックミサイル】を放つ。むき出しの右の膝裏に命中させ、《2段突き》で片手で持ったスピアを突き立てた。
すばやく槍を引き抜いて、ソフィアたちが魔法で攻撃できない下半身、特に体重がかかる膝を中心に攻撃して回った。
オウガ=トロールは再びポールハンマーを振り回し始めた。白く光っていく。
【プロテクション!】
【プロテクション!】
私はバリアを張ったが、今度は騎士たちも分かっている。
オウガ=トロールがポールハンマーを振り下ろした瞬間、
《《《バックステップ!》》》
騎士たちは即座に飛び退いてポールハンマーの攻撃を避けた。
オウガ=トロールの体力は桁違いに多いのだろう。どれだけ攻撃しても倒れないが、動作が鈍いから対処がしやすい。
むしろオーク=ロードの方が強敵に感じた。もしステラがあそこで超接近戦を挑み、攻撃を引きつけていなければ、壊滅的な被害が出ただろう。
◇ ◇
どれほど経っただろうか、延々とそのような戦闘が続き、オウガ=トロールは徐々に血まみれになっていった。
だが、なかなか倒れない。
カインは意を決すると背後に回り込み、ハルバードを下ろして斧の方をオウガ=トロールに向けた。
そのまま後方に引くとハルバードが白い光で輝きだした。
「でやぁぁぁぁぁぁぁ!」
《飛翔剣、豪破 昇・龍・斬!》
一直線にオウガ=トロールの背後から後頭部へ飛び上がり、凄まじい衝撃波と共にハルバードを下から上に斬り上げた。
ズガガガガガァァッ!
そして美しい弧を描いて宙返りし、元の場所に着地した。
すると白銀色のフルプレートアーマーに覆われていたオウガ=トロールの背中と後頭部が縦一文字に大きく切り裂かれた!
「ムオオォォオォォォ」
それでもまだ絶命しない。背中を切られたオウガ=トロールはドスン、ドスン、とゆっくりと転回してカインの方に向いていく。カインは大技を放った直後で動けなくなっていた。
ステラはまた再び瞑想中になった。
頭の中で何かのヒラメキが起こる。
――ピコーン――
――ピコーン――
――ピコーン――
そしてピカッ!と光って弾ける音がしたような気がした。
次の瞬間、無意識に右手で柄をしっかり握ると同時にバスタードソードに白い光が宿った。徐々に全身が白い炎を纏ったように輝きだす。
ステラは剣を立て、鍔を肩に当てるとオウガ=トロールに飛びかかった。
「やあぁぁぁぁぁっ!」
《天空剣、飛翔一文字突き!》
一直線にオウガ=トロールの後頭部を目掛けて飛び上がると、右手を上方へギュンッと突き出した。
バスタードソードはカインが切り裂いた後頭部の傷口に突き刺さり、手首まで深々と埋もれていった。そして剣先は額を抜け貫通した!
ステラは剣を頭からズバァッと引き抜くと、オウガ=トロールの首を足で蹴り、空中でくるくる後方宙返りしながら弧を描いて元の場所に着地する。
私は最後の【マジックミサイル】を放った。寸分の違いも無くステラの刺し口に追撃して命中した。
ぐらり、とオウガ=トロールの巨体が向こう側に傾いて、そのままうつ伏せになって石床に倒れてきた。騎士たちが慌てて避難する。
ゴゴゴゴ……
ダーン!ダダーン!
大きな衝撃音と地響きと共に周囲の石床がめくれ上がった。
ついにオウガ=トロールは息絶え、倒れた。