第07話 オーク=ロード
#オーク=ロード
金属鎧と石床の摩擦で所々に火花と轟音をまき散らしながら、一直線にこちらに白く輝く塊が滑り込んでくる。
ザザザアァァァァ!ダダン!
巨大なサバトンの足底から眩しい火花が上がり、最後は右足を叩き付けるようにして急停止した。
砂埃と共に石が焦げたような嫌な臭いが充満する。私たちの目の前に巨大なオークが現れた。
オーク=ロードの《ハイパーダッシュ》だ。長距離をダッシュし、軌道上にいた者は致死級の打撃を受けて弾き飛ばされる。カインとアクセルには躱されたものの、同時に後方を狙う意図もあったのだろう。私たちを目掛けて突進してきた。
「で、でかい……」
自分の3倍以上もある巨体だ。手を伸ばしても胸どころか胴にすら届きそうもない。
輝く銀白色のフルプレートアーマーで全身を固め、その横に私の体よりも遥かに長く巨大な銀白色のグレートソードがそびえ立っていた。
大きなガントレットがその剣の長い柄を握りしめ、キラキラと輝くその銀白色はステラの鎧と同じだったが、この姿から感じるのは恐怖と絶望のみだった。
「これがオーク=ロード……」
明るい緑色の無慈悲な冷たい目が、ジロリ、とこちらを見た。だがそれだけだ。立ったままじっとしている。
後でそれがスキルの硬直だったと分かったが、この時は向こうにいたはずのオーク=ロードが突然目の前に現れたことで動揺したのだろうか、私も動けずに反応が遅れてしまった。
するとステラが私の横を通り抜け、オーク=ロードの前に立ちはだかった。
「お前の相手はステラなのです!」
オーク=ロードに右手に握ったバスタードソードを突き出し、【挑発】した。
だが、リーチが全く足りない。ステラの突き出したバスタードソードは全く届かず、オーク=ロードのグレートソードは余裕で届くだろう。戦えば勝負の結果は明らかだ。
「グガァァ!」
狙いをステラに変えたのだろうか、腕が動き出して両手で握ったグレートソードを振り下ろした。ステラは右半身になり肘を上げて盾を上に掲げると、前方に飛び込んだ。
振り下ろされる巨大なブレードの下をステラの頭がすり抜けて足元に潜り込んだ。
ブレードの切っ先はステラの背後の石床にめり込み、ガガガッ!と周辺の石が粉砕された。
超至近距離のオーク=ロードの斬撃を躱したステラはそこから《チャージバッシュ》で跳び上がり、盾を肘に叩きつけた。
「グォォォォ!」
着地すると再び《チャージ》で跳び上がり、今度はバスタードソードで両腕を斬りつけた。体をひねりながら落下していたステラと私の目が合った。
着地したステラはすぐさま《サイドステップ》で右横に跳ねとび、なんとオーク=ロードの股下をくぐってみせた。子供サイズのステラならではの戦法だ。
そして、右足で着地すると同時にくるりと反転し、背後から再びオーク=ロードに襲いかかった。
「やあぁっ!《3段突き!》」
頭の横まで引いたバスタードソードを前方に向け、大きく背伸びするとオーク=ロードの尻から左もも裏を素早く連続で突き刺した。
「ギャァァァァァァァァ!」
驚愕の切れ味だ。おそらくミスリル製であろう上級魔獣の鎧が、まるで錆付き鉄の鎧の様に叩き切られ、突き刺されている。バスタードソードには傷一つ付いていない。
ステラの新しい剣は単にミスリル製というだけではなく、かなりの業物だと感じられた。
「……この剣はすごいのです!こんな鎧にも刃が通るのです!」
「グゥワ!グゥワ!」
オーク=ロードは怒りを露わにして何か吠えているが、もちろん分かるはずもない。そしてステラの方に反転し、軽々と振り回した巨大なグレートソードを閃光のように鋭く叩きつけた。
それをステラはひらり、ひらりと左右に避けていく。
その度に石床だけがガキッ!ガキッ!と破壊され、石礫が周囲に飛び散った。
大きなグレートソードは足元の小さな標的を攻撃するには大きすぎるのだ。
すっかりステラに気を取られたオーク=ロードは今やこちらに完全に後頭部を晒した。
「今だ!」
【マジックミサイル!】【マジックミサイル!】
同時だった。私のスクロール魔法とソフィアの攻撃魔法が発動した。
オーク=ロードの体は背中も手足も全てが板金で覆われていて、皮膚が露出し弱点になりそうな箇所は限られていた。
頭の付け根は人間にとっても魔獣にとっても共通の弱点だ。そこを狙った。
マジックミサイルは至近距離だとまず外さない。正確に後頭部に突き刺さるようにして光の矢が命中した。
「グギャァァァァァァッ!」
オーク=ロードの動きが止まった。
丁度その時、アクセルと共に向こういたカインだったが、オーク=ロードの方を向いてファイアーブレードを右水平に構えていた。
「でやぁぁぁぁぁぁぁ!《飛翔剣、ハヤブサ斬り!》」
そして、重装鎧をものともせずオーク=ロード目掛けて肩の位置まで高く飛び上がった。
そして首にブレードを斜めに当てて薙ぎ、流れ星のように肩の上を飛び越えて反対側の私の目の前に着地した。
それと同時にオーク=ロードの首筋からブシュゥと血が噴き出し、無言のままよろめくように膝をついた。
だがまだ致命傷には至らず、闘志も失われていなかった。グレートソードを片手で握り、前方のステラに向けて剣を薙ぎ払った。
ステラにスッと躱された後、オーク=ロードはそのまま後方に剣を広く薙いでいき、今度は私とソフィアを巨大な水平斬りが襲ってきた。これは私たちを狙った《バックスラッシュ》だ!
咄嗟に前を塞ぐようにソフィアの護衛騎士と私が盾を構えて立ちはだかった。ブレードが迫ってくる!
すると、ソフィアがあらかじめ設置しておいた防御魔法が発動した。突然巨大な魔法陣が私たちの足元から発光しながら浮かび上がってくる。
【ディヴァインプロテクション】
司祭の上級設置型魔法で、事前に魔法を設置しておくことで、致死の危機が迫った時に物理・魔法あらゆる攻撃を通さない絶対防御のバリアが張られる。その代わり、発動中は中からの攻撃も吸収されてしまうデメリットがある。
オーク=ロードは発生するバリアに弾かれて、向こう側にいたステラの方に前のめりになって倒れた。
しばらくするとパリン、と音がして、パラパラとバリアが崩れていく。
私は急いでバリアから《チャージアタック》で飛び出し、こちらに向いて投げ出されている足首にメイスを振り下ろした。
オーク=ロードはもう何も発しないものの、まだ生きていた。
カインもバリアから出て《アタック》で別の足に切りつけていた。足を止めれば危険性が低くなる。
それでもまだ手足は動き出し、攻撃してこようとしている!カインの握る剣を纏っていた炎は消えてしまっており、通常の剣に戻っていた。
◇ ◇
「ほぇぇぇ、綺麗なのですぅ~!」
一方。ステラは突然背後から頭上を越え、放物線を描くように高く飛び上がっていったカインの飛翔剣を見た直後から、頭がぼぉーっとしていた。
何か変な感じがする。
頭の上でピコーンと何かが光るような……
そのときオーク=ロードの薙ぎ払いが迫ってきた。思考が中断され、咄嗟に我に返ると《サイドステップ》でグレートソードの刃をかわす。すると、ダダーン、と眼前に巨大なオーク=ロードの頭が倒れてきた。
「……何だったのです?」
妙な感覚に戸惑ったが、今は目の前の敵を倒さなければならない。絶好の位置に敵の頭部がある。
バスタードソードの鍔を脇のペサギューに当てて握り、左手でリカッソを掴んだ。
《ランスアタック!》
全身を使って何度もオーク=ロードの頭部を突き刺した!
ガガッ!
硬い板金のヘルメットと頭部を貫通する!
《ランスアタック!》
ガガッ!
バスタードソードのブレードが何度も突き刺さり、ようやくオーク=ロードは動かなくなった。
◇ ◇
ソフィアが《鑑定》して死亡を確認する。
「もう大丈夫のようです。ステラ、ミーナ、マイケル。守ってくれてありがとう」
私はメンタルポーションを飲みながら、周囲を見渡した。
アクセルたちもオークを倒し終えていたが、部下の多くは怪我をしているようで、こちらへ向かって下がってくるところだった。
オウガ=トロールは未だ健在だが、動きはそれほど速くないので、クリスたちがうまく抑え込んでいた。
広間の右隅の方を見ると、ゴブリンの集団がまだ残っていて、行く手をファイアーウォールに遮ぎられていた。
あれはこちらが設置したものではない。ゴブリンの中で魔法を唱えられるのは限られている。
立ち上る炎の向こうに朧げに見える大きなゴブリン、ゴブリン=キング。あいつがかけているに違いない。
6人の騎士が炎の壁の手前で膠着状態に陥っている。アクセルが広間を横切りながら部下である彼らの所に向かっていた。
「アクセル、第4小隊全員でゴブリンを倒せ!気をつけろ、あれらは全部、只のゴブリンではなさそうだ!」
「了解!」
「負傷者は後方に下げさせろ!ここで治療する!」
アクセルは炎の壁に自ら飛び込んでゴブリンを薙ぎ払った後、彼らに駆け寄って状態を確認していたが、やがて怪我の酷そうな数人が自力でこちらに下がってきた。
その前に左の方からオークと戦っていた騎士がこの広間入口付近に到着した。黒色の鎧を着けていても分かるほどに出血している。オーク=ロードにやられた傷だろうか。
こちらの問いかけにも反応がなく、言葉を発する余力も無さそうだ。《鑑定》したソフィアが【グレーターヒール】を唱えた。
私は念のため別の騎士に【ヒール】をかけながら、順にソフィアの前まで連れていって並ばせた。【ヒール】では重傷者の延命はできても完治はできない。このやり方が確実だろう。
治療を受けた騎士は順にそれぞれの場所へ戻っていった。
やがて、背後の地上に繋がる通路から地響きのような足音が聞こえてきて、大きな斧槍を携えた騎士の集団がやって来た。
「カイン。増援に到着しました。全員がハルバードの装備です」
「ご苦労。サークと第1小隊の3人は広間を確認して負傷者をここまで連れてきてくれ。残りの6人は奥の通路を確保しろ。あそこから増援が来ている。エドガーの第3小隊はオウガ=トロールの応援に当たってくれ」
カインが次々に命令を出していくと、サークたちは余分なハルバードを地面に置いて奥の通路と負傷者の救助に向かった。
敵はまだ残っているが、大勢は決まったように見える。
カインとソフィアが戦況を分析しながら話していた。
「カイン、やはり無属性魔法がここの魔獣には効くようです。先ほどからオウガ=トロールにはマジックミサイルを当てています。オーク=ロードにも効果がありましたから、まず間違いないでしょう」
カインは剣を腰の鞘に戻して盾を石床に置き、ハルバードを拾い上げた。
「そのまま続けてくれ。俺はオウガ=トロールの所に向かう」
「分かりました」
そして、彼は反対側にいる私たちに向き直った。
「ミーナ、ステラ。よくここを守ってくれた。オーク=ロードもお前たちが倒したようなものだ。もう十分に依頼は果たしてもらったが……」
彼の前に並んで立っている私とステラの肩を覆うように武器を握ったままの手を置いた。
「どうだ。一緒にあいつを倒さないか?」