第06話 黒鳳騎士団の戦い
#黒鳳騎士団の戦い
あっけなく通路を制圧した3人の騎士が盾を横に反らしながら残敵を掃討する。
そして、後ろに控えていた別の3人がすり抜けるようにして前に出た。彼らは残っている敵を無視して同じようにタワーシールドを構えて突進を始め、三列縦隊となった私たちもその後に続いた。
まだ暗い広間の入口が徐々に近づいてくる。マジックライトの灯りが届かず、向こうははっきりと見えない。
残敵を倒し終えた最初の騎士たちが途中から並んだ。暗闇に向かって騎士たちが怒涛の如く進んでいく。後方の上空から高速のファイアーボールが数個飛来し、隊列の頭上を越えて前方へ飛んでいった。
火球は漆黒の空間に吸い込まれていくと、僅かに閃光がきらめき、続けて大爆発が起こった。魔導師のクラス専用魔法、【ファイアーエクスプロージョン】だ。
続いて彼方で目眩ましの魔法である【フラッシュ】が発動して一瞬閃光が煌めいた。
「「「「「「グフォォォ……」」」」」」
「ムゥウゥウゥウゥゥン……」
「「「ギィィィィィィィ……」」」
魔獣の咆哮が響くように聞こえてきた。かなり多数の魔獣がいる!
◇ ◇
最前列のクリス隊の3人の騎士が広間に躍り出ていった。同時に後方からは【フロアライト】が唱えられ、通路から広間にかけて明るくなっていく。
前を走っていた騎士に続いて、カインと私たちも広間に出た。この通路出口でソフィアが率いる第5小隊の司祭や魔導師を守りながら戦う予定だ。警戒しながらバックパックを石床に降ろし、後続を待った。
それにしても酷い臭いだ。密閉空間に閉じ込められていたせいだろうか。迷宮の中は換気されていると聞いていたが、この広間は違うらしい。
耐えきれないほどの悪臭を浄化するため、【クリア】を唱えた。
【クリア】は【ヒール】と並ぶほど神官が得意とする魔法だ。手のひらから投射するようにして唱えると、周囲の汚物を吸い込んで小さい球状に固まり、最後は消滅する。こうして気体は新鮮な空気に、液体は清浄な飲料水に浄化される。人など生物への影響は少ない。
だが、生きていれば呼吸もするし、飲食もする。そのため、できる限り離れた所に投射するようにしている。人体の浄化には【キュアポイズン】や【キュアディシーズ】を使う。
浄化しながらあらためて周囲を確認する。
横に何十メートルも広がった長方形の広間だ。天井もかなり高い。
右斜め奥にいる際立って大きい魔獣がオウガ=トロールだろう。ゆっくりとこちらに向かってきている。
広間の中央には更に奥へと続く大きな通路があり、オークが5体ほど走って出てくるところだった。封印の扉だろう、石床に転がった金属の扉の上をバタンバタンと音を立てて踏み越えてくる。
私たちがいる広間の入口から見て、手前の右奥にゴブリンが10体ほど見える。目が眩んだのかその場から動かない。
左の方向には何もいなかった。魔獣は全て広間の右半分に集まっていた。だが通路から出たオークは左の空いている方に向かっていて、迂回してこちらを狙っているようにもとれる。
あちこちに魔獣が倒れていた。ファイアーエクスプロージョンで倒したのだろうが、以前からあったと思われる死骸や死体も見受けられた。
オークとゴブリンの中には大きな個体が紛れていた。あれは上位種に違いない。
この間にもこの広間の入口からは次々に騎士が駆け出していた。
クリス隊の騎士が総勢10人。フルプレートアーマーを身に着け、同じロングソードとタワーシールドを握っている。彼らは揃ってオウガ=トロールの方に向かい、その巨体の足元をぐるりと取り囲んだ。
オウガ=トロールは6メートルほどはありそうな巨人で、その巨体は重厚そうなフルプレートアーマーによって板金に包まれていた。右手でポールハンマーを握り、肩に担いでいる。
周囲にいる騎士たちがまるで小人のようだ。誰でもあれを一見すれば倒すのが困難だと分かるだろう。
また、災害級魔獣ともなれば、身に着けている武具はミスリル製である可能性が高い。通常の武器では殆どダメージを与えられないだろう。
「「「いやぁぁっ!」」」「「「せやぁぁっ!」」」
オウガ=トロールを取り囲んだ騎士がタワーシールドを前に掲げてその進路を遮ろうとするが、先ほどの通路の時とは相手の大きさが違いすぎた。ロングソードは硬い板金に弾かれ、足に押し付けたタワーシールドはその歩みを止めることができないでいる。
彼方からゆったりとポールハンマーが横殴りに払われてくる。ハンマーが大きいので遅く見えるが、実際には猛烈な勢いで飛んでくる。
「ムゥウウゥン!」
騎士たちが身を屈ませるとブゥオン!と風を切って巨大なポールハンマーが頭上を横切った。当たれば只では済まないだろう。
「もっとしっかりオウガ=トロールを囲んでください!防御に徹して足止めするだけでいいんです!他が片付くまでこいつをここに釘付けにしますよ!」
クリスの指示に、部下の騎士たちは再び身を起こし、タワーシールドを掲げて守りを固めた。
◇ ◇
クリス隊に続いてアクセル隊が広間に出た。クリス隊と同じくフルプレートアーマーを身に着けた総勢10人だ。だが、握っているのはブロードソードとカイトシールドだ。
ブロードソードはロングソードよりも幅広のブレードを持つ直剣。重量に任せて敵を叩き切る、もしくは叩き潰すようにして扱う。
フラッシュを受けた魔獣は眩惑され、動きが緩慢になったままだった。
「オーク=ロード×1、オーク=ジェネラル×1、オーク=センチュリオン×3!」
「左手にオーク多数!別動隊です!」
「ゴブリン=キング×1、ゴブリン多数!識別不明なれど中型種もいます!」
部下の騎士から次々に視認した魔獣の報告があがった。
「お前たちは俺と来い。オークをやるぞ!他の者はゴブリンを始末しろ!すり抜けに注意しろ。突破されるんじゃねーぞ!」
アクセルの指示で3人が左手のオークの別動隊に、6人が右手のゴブリンの集団に分かれて向かっていく。
「「「たぁぁぁぁ!」」」
左翼のアクセルたちは統率の取れた動きで別動隊のオークを取り囲み、1体ずつ素早く倒していく。
「「「やぁぁっ!《バッシュアタック!》」」」
右翼の騎士たちはゴブリンに盾を掲げて突っ込み、盾をぶちかました。ついで後ろに引いたブロードソードを大きく弧を描くようにして振り回して頑丈なブレードを叩きつけた。
「「「「ギャァァ!」」」」
数体のゴブリンが吹っ飛んだ。騎士たちはそれを追って前に出ようとする。
だがその直後に目の前で炎の壁が立ち上り、視界が大きく遮られた。
気勢をそがれた騎士たちの横に別のゴブリンが何体か現れ、ささっとすり抜けた!
そこに控えていた後続の騎士が立ちはだかった。
「「「てぇいっ!」」」
向かってくるゴブリンに《カウンター》を仕掛けた。
こうして広間に入った黒鳳騎士団の騎士は、対オウガ=トロール戦、対オーク戦、対ゴブリン戦、と3つの集団に分かれて、激しい戦いを繰り広げることとなった。
◇ ◇
最後にソフィアたちの第5小隊が広間に出てきた。
5人の騎士が前に並んで進み出ると、装備とバックパックを下ろし始めた。彼らは補給係も兼ねていたようだ。
両手に持っていたスピア、余分に右側に提げたブロードソード、背中のバックパックを順に石床に下ろした後、バックパックに括り付けていたカイトシールドを外して装備する。
続けて周りの状況を見ながら革のシートを広げ、ポーション、薬、スクロール、ランタンなどを取り出しては並べていく。さながら後方に築かれた陣地のようになった。
その後ろで魔法使いの集団が攻撃魔法を放っている。濃紺のローブの司祭が2人、黒色のローブの魔導師が3人。彼らは神官と魔術師の上位クラスだ。
司祭は神官魔法に加え、魔術師系の魔法も覚えられる。だから全員が攻撃魔法使いだ。
目標はオウガ=トロール。
クリス隊が取り囲んでいる上空をオウガ=トロールの頭部に目がけてファイアーボールが飛んでいく。通常、トロールは火に弱い。だからファイアーボールなどで火責めにするのが順当な攻略方法だ。
ドォォォォン…… ドォォォォン……
連続して着弾し、体が火に包まれる。別の魔導師が次の魔法の詠唱に入っていた。
【ファイアーウォール!】
オウガ=トロールの足元から火柱が上がる。
「モゥウゥウゥウゥゥン」
オウガ=トロールの全身が火だるまとなった。
ファイアーウォールは地面から継続して火柱を上げて炎の壁を作る火属性の中級魔法だ。特定の場所を指定して設置するので、動いて逃げられたら無駄になるが、今は騎士が取り囲んで足止めしている。
こうしている間に何人かの騎士が治療を受けたり補給をするために何度か戻ってきていた。今回は槍を取りに戻ってきたようだ。オウガ=トロールの体は大きく剣では攻撃しにくいため、槍に持ち替えるのかもしれない。
私は騎士が怪我を負っているか見た目では分からなかったが【ヒール】をかけた。
「ありがとう!」
騎士は礼を言いながら、しかしすばやく槍を抱えて戻っていく。
その後もスクロールやポーションを取りに来たり、重傷を負った者など、こちらに戻ってくる騎士たちに次々と【ヒール】をかけていった。
ソフィアは《鑑定》を行いながら、重傷者に【グレーターヒール】をかけている。
一方、攻撃魔法を放っていた魔導師たちは、一旦手を止めて効果を確認し合っていた。
「……あまり効いていませんね」
「どうやら情報通り、火属性魔法では効き目が弱いようです」
「切り替えますか?」
だがカインとソフィアもそれぞれ思案中で、即答しなかった。
「ソフィア、ここを任せていいか?」
しばらく戦場を俯瞰していたカインが先に口を開いた。
「お任せください。ブリーズアローとマジックミサイルを試した後、それでも無効のようでしたら、オークの方の支援に回ります」
「伝令が来たら、地上にいる残りの団員に出撃命令を出してくれ。全員盾なしでハルバードを2本ずつ携行して来るように」
カインはオークと戦うアクセルの方に駆けていった。ソフィアは他の魔法使いに指示を出し始める。
「では皆さん、火属性の攻撃は中止です。【ブリーズアロー】と【マジックミサイル】を試してください。そして、その効果の感触を報告願います」
◇ ◇
オークと対峙していた騎士たちは、激戦の真っ只中にいた。
オークの中に、際立って大柄な2体のオークがいる。オーク=ロードとオーク=ジェネラルだ。
オーク=ロードは5メートルほどの巨大な災害級魔獣で、同じく巨大なグレートソードを両手で握り、プレートアーマーを身に着けている。
オーク=ジェネラルは4メートルはある城塞級魔獣で、大きなバトルアックスを両手で握り、チェインメイルを身に着けている。オーク=ロードよりは若干小さいが、それでも人間と比較するとかなりの大きさなのが分かる。
やはり身に着けている武具はかなりの割合でミスリル製、最低でも鋼鉄製の武具になるだろう。
アクセルたちは序盤に上位種以外のオークを全て倒したものの、奥の通路からさらにオークの増援が現れてきて数が戻ってしまっていた。
「ガァァァァァ!」
オーク=ロードが持つ巨大な両手剣が盾を構えた騎士を何人か纏めて弾き飛ばした。
「「「ぐあぁぁぁ!」」」
彼らが身に着けている鎧は鋼鉄のフルプレートアーマーだ。戦士の装備としては最高の部類に入る。だが、災害級にまで達した魔獣と対峙するには、それでもまだ足りなかったようだ。
その中で十人長のアクセルの動きは傑出していた。
《サイドステップ!》《薙ぎ払い!》
《アタック!》《バックステップ!》
ひらり、ひらり、とステップを使ってオーク=ジェネラルを翻弄している。
カインと十人長のクリス、アクセルは将来『聖騎士』になると有望視されていて、特別にミスリル製のフルプレートアーマーが与えられているそうだ。
ステラの鎧と同じだ。装備のおかげかどうか分からないが、彼らの動きはここから見ていても分かるくらい別格だった。
あれくらいの能力と装備にならなければ、オーク=ロードやオーク=ジェネラルとはまともにやり合えないということだろう。
「こいつは俺が相手する、オークの方を頼む!」
アクセルは他の騎士に指示を出すと、スクロール魔法を唱えた。
【ヒールオール!】
彼とその周りにいた騎士たちが白い光に包まれた。
【ヒールオール】は神官の範囲回復魔法である。クリスとアクセルには2枚ずつヒールオールのスクロールが支給されている。アクセルは既に1つ使用済で、これが最後のスクロールだった。
雑魚の相手をしながらオーク=ロードに対峙するわけにはいかない。部下の騎士たちはオークに、アクセルはオーク=ロードに《バッシュ》を仕掛けながら【挑発】した。
すると、オーク=ロードがアクセルの方に向き直った。さらに先ほどから戦っているオーク=ジェネラルも向かっている。
「だが、2体は厳しいな……」
それでも卓越した体捌きで2体の上級オークの攻撃を避けきる。重装鎧を着けているというのに素早い動きだ。
アクセルは《カウンター》でくるりと回って《薙ぎ払い》を発動し、ブロードソードを大きく横に払った。
《カウンター》は敵の攻撃を回避した動きを利用して攻撃に繋げるスキルで、初撃速度が向上する。
《薙ぎ払い》は斬撃の速度と貫通力が向上し、2体目以降に当たっても力が減衰しにくい。
幅広のブレードがオーク=ロードとオーク=ジェネラルの胴を叩き切った!
「ブフィィィィ!」「グォォォォォォ!」
アクセルの渾身の一撃により、2体の上級オークはたまらず後ずさった。
すると、オーク=ロードが更に後ろに下がり、オーク=ジェネラルが再び前に出てきた。
「これでしばらく1体だけ相手にできるな……」
そこにカインが援護にやってくる。
「でぇぇぇぇぇい!【ファイアーブレード!】」
カインがブレードの付け根から剣先までをすぅっと撫でると、ブロードソードが赤く輝いた。そして剣を振るうとブレードに炎が纏いつき、赤い軌跡を残しながら剣から炎が伸びてオーク=ジェネラルの左肩に食い込んだ。
カインの剣は火属性の魔石を組み込んだ魔法剣だった。魔法を発動すると、一定時間ブレードに炎属性のエンチャントが行われるが、何度か使用すると魔石の交換が必要になる。また、その間は本人の精神力も消耗する。
更にカインは驚くべき速度で剣を縦横無尽に繰り出し、オーク=ジェネラルを滅多斬りにする。
相当な回数を切りつけたものの、無言のオーク=ジェネラルが怯んだ様子はない。オーク=ジェネラルがバトルアックスを振り下ろしてくる。
カインは摺り足で位置取りを変えながら盾を引き、その斧を右に受け流した。
そこにアクセルがカインの左横から飛び出し、ブロードソードを振り下ろし、オーク=ジェネラルの右腕に叩きつけた。
「グォォォォォォ!」
ついにオーク=ジェネラルの腕から真っ赤な血が吹き上がった。
カインは盾の持ち手を手放してスクロールを素早く取り出し、魔法を唱えた。
【マジックミサイル!】
目の前の至近距離だ。瞬時に顔面に命中する。
「グルゥゥゥゥゥ!」
オーク=ジェネラルの動きが止まった!
《チャージランス!》
カインがファイアーブレードを脇に構えて突進する。狙ったのは先ほど鎧を斬りつけた時に見えた地肌が剥き出しになった脇腹。
彼の体当たりを受けて腹を突き刺されたオーク=ジェネラルは後ろに大きく仰け反った。
《バックステップ!》
カインが後ろに退くと、それを待っていたかのようにアクセルが横から割って入った。
「うおおお!」
アクセルがブロードソードを上段に構えると、ブレードが輝き白い光がゆらゆらと立ち上った!
《高速剣、十文字切り!》
「グォォ…………」
その瞬間、オーク=ジェネラルの鎧が完全に断ち切られ、胸からバババッと激しい十字の血しぶきがあがった。
身を包んでいたチェインメイルがずり落ちるようにしてバラバラと石床に落ちていく。最後は言葉を発することもなく、ゆっくりと倒れた。
「何あれ!スキル⁉見たこと無い!」
傍目には一瞬で斬り裂かれたようにしか見えなかった。
「アクセル、一気にあいつを仕留めるぞ!」
「おうっ!」
2人は後方に下がったオーク=ロードに向かっていった。
ところがその時だ。オーク=ロードの体から迸るように白い光が立ち上がった。
「まずい!」
カインは咄嗟にアクセルを突き飛ばし、自身も後ろに《バックステップ》した。
「ゴォォォォォ!」
その瞬間、2人の間をすさまじい光が駆け抜けていった。
カインが『こちら』に振り返って叫ぶ。
「しまったぁっ!」
そして私の目には先ほどまで遠くでアクセルたちが戦っていたはずのオーク=ロードの姿が映っていた。