第05話 黒鳳騎士団の出陣
#黒鳳騎士団の出陣
翌朝。朝1番目の鐘が鳴る頃にはステラも私も装備を整えていた。
「装備の調子はどう? 慣れた?」
「大丈夫なのです。起きてから庭で素振りしてたのです」
自室を出て1階におりる。ゆっくり食べる時間はあったが、もう冒険者ギルドに向かうことにする。朝食のパンを受け取り、かじりながら宿を出る。
ステラの新しい鎧はなかなか良さそうだ。盾の持ち手を握らなくて済むようになったので、両手で剣を握ることもできるし、ポーションも取り出しやすい。今も器用に両手にそれぞれカットしたバタールを握りしめて頬張っている。
「スープがいらないぶん、パンを増やしてくれてよかったわね」
「|いっぱい貰ったのです~(ひっはいほらっはほへふぅ)」
冒険者ギルドに着き、扉をあけてギルドホールに入る。
来ている冒険者はまだ少ない。新規依頼が貼り出される時間帯はもっとあとだから、静かなものだ。受付カウンターの向こうにいるお姉さんに声をかける。
「おはよう。城から依頼は届いてる?」
「来ていますよ。傭兵の依頼です。警備の依頼もまだ途中ですから、同時進行になりますね」
依頼書を受け取り、内容を確認する。
◇ ◇
┌──────────────────┐
│★期間限定依頼★ │
│依 頼 者 :黒鳳騎士団 │
│依 頼 形 式:指名 │
│対 象 ランク:ミーナ、ステラ │
│依 頼 内 容:傭兵 │
│達 成 基 準:なし │
│成 功 報 酬:金貨2枚 │
│ギルドポイント:2000P │
│戦利品の処遇 :黒鳳騎士団買取 │
│ (等分分配) │
│備 考 : │
│・ゲラール城地下通路の魔獣討伐と │
│ 迷宮の探索のための傭兵 │
│・使用した消耗品は現地で再支給 │
│・戦果により追加報酬あり │
│ (金貨10枚まで) │
│・生存時の治療無償 │
│・そのほか黒鳳騎士団傭兵要綱に準じる│
│依 頼 期 限:当日限り │
└──────────────────┘
◇ ◇
「戦利品は等分分配か……」
等分分配は最も一般的な戦利品の分配方法だ。
誰が活躍して誰が拾ったかに関係なく、すべての戦利品を集めて売却したあと、参加人数で割った金額が全員に分配される。
「戦わなくても分け前がもらえるから、とりっぱぐれはないけど」
「騎士団では後方で支援にあたる人たちもいますからね」
冒険者は臨時パーティを組むことがある。依頼の事情や、森で見つけた魔獣と共同で戦う場合だ。その場合も、特に取り決めがないかぎりは等分分配になる。
ステラと私のようなメンバーが固定されているパーティでは、リーダーがパーティ資金として預かるプール制もある。その場合はメンバーの食費や治療費、宿代、装備や消耗品の費用はそこから捻出される。
昨日は交代制の警備だったので、倒した魔獣の戦利品を売ったお金は私たちだけのものだった。今回はそうはいかない。
「まあ敵を前にして隠れているつもりは毛頭ないけど。災害級って倒したらどれくらいになるのかしら」
「オーク=ジェネラルでもミスリルのバトルアックスでした。オウガ=トロールは巨大なポールハンマーとプレートアーマーの装備です。それもミスリル製だと思われますので、相当な額になるのではないでしょうか」
「また儲かっちゃうのです!」
「ステラ、まだ倒してないんだからね。それに、これは『傭兵の依頼』だから、注意しないとね。いい人たちだったから、心配はいらないと思うけど」
傭兵の依頼の場合、受注者は現場指揮官の命令に従う義務が発生する。最悪の場合、どのような絶望な戦いでも、非道な行ないでも、『行け』と言われれば逃げることはできない。
もちろんこれは依頼であり、本当の傭兵契約ではない。依頼主は勝手に依頼を破棄できないが、冒険者側は理由さえ明確であれば、いつでも破棄できる。
サインをしてお姉さんに返す。
「ほかにも、Cランク以上の冒険者を対象に、ほぼ同じ内容の依頼が出されています。ですが、依頼を受けた冒険者はまだいません。がんばってくださいね。どうか気をつけて」
割り印を押して半分を返される。依頼主の評価が必要な依頼の場合は、依頼書に押印をもらわないと依頼の達成にならない。大事な書類だ。依頼書をバックパックに入れて、冒険者ギルドをあとにする。
城に向かって歩く。依頼書には書いていなかったが、集合時間は朝8時だ。朝2番目の鐘は、まだ鳴っていない。
城への入場門である内城門は、この南通りから見えるほど近い。それほど時間をかけることなく到着する。門扉は閉められていて、数人のゲラール騎士が衛兵として立っている。
衛兵にステータスカードと依頼書を見せ、チェックを受けてから中に通してもらう。
門をくぐると、すぐに外庭が見えてくる。テントが張られ、その下に大勢の黒色鎧の集団がいる。
およそ10人ずつ6組に分かれてテーブル席に着席している。彼らが黒鳳騎士団の団員なのだろう。中には鎧を着けていないローブを纏った魔導師や、神官服を着た司祭もいる。
「「おはようございます」」「なのです」
カイン様の姿を見つけ、挨拶をする。
「おはよう。よく来たな。感謝する。もうすぐ作戦を説明するところだ。一緒に聞いて欲しい」
ステラと私は空いているテーブル席に座る。
ガラーン…… ガラーン……
朝2番目の鐘が鳴る。カイン団長が立ち上がり、話しはじめる。
「みなの者、ご苦労である。これから地下通路に入る第一次メンバーを発表する。
クリスの第2小隊、アクセルの第4小隊、ソフィアの第5小隊、俺の総勢31名だ。他の者はこの場にて待機。だがいずれ、増援として来てもらうことになるだろう。
地上の指揮はサークに任せる。10分ごとに伝令を寄こしてくれ。順路がわかるように、ライトマーカーを引いておく。迷わないはずだ。
今回は冒険者にも参加してもらう。紹介しておこう。
ミーナとステラの2名だ。若いからと侮るな。昨日、城塞級相当の魔獣を倒した強者だ」
ステラと立ち上がって会釈する。
「ミーナです」
「ステラなのです」
「君たちは俺と共に広間の手前まで皆を先導したあと、そこからはソフィアの第5小隊についてくれ」
「わかりました」
「はいなのです」
席に座ると、彼が話を続ける。
「地下通路では今も冒険者のパーティが通路の安全を守ってくれている。我々はその先の広間に入り、オウガ=トロールを討伐する。
オウガ=トロールだが、魔法抵抗が高いことがわかっている。また、オウガ=トロールに気を取られている隙に、通常サイズの魔獣が飛び出し、味方の魔術師を攻撃してくるようだ。
実際に昨日もそのような魔獣が現れている。しかも、見た目がただのゴブリンやオークであるにもかかわらず、地区級や城塞級の力を持っている。決して油断せぬように。
緊急時には、配布した【マジックミサイル】のスクロールを使用しろ。一時的に動きがにぶるかもしれぬ。だが、過度の期待はするな。
第5小隊は騎士1、戦士4、司祭2、魔導師3の編成である。それぞれペアとなった護衛対象に専念するように。たとえ隣の魔導師が狙われても、持ち場を離れてはならない。必ず自分の護衛対象を守り抜くように」
すでに組み合わせは済んでいるのだろう、お互いにアイコンタクトで確認している。
「では出発する。小隊順に整列せよ」
騎士の半数ほどが立ち上がり、準備を始める。すでに剣、盾、鎧は身につけており、剣を抜刀して最終確認をしながら整列していく。大型のバックパックを背負いながら、複数の武器を手に持って後方に並ぶ騎士もいる。
◇ ◇
◆黒鳳騎士団 オウガ=トロール討伐隊編成◆
司令官:百人長カイン 騎士レベル22
第2小隊:十人長クリス 騎士レベル20
騎士レベル19 レベル18 レベル16
戦士レベル14 レベル14 レベル14
戦士レベル14 レベル14 レベル14
第4小隊:十人長アクセル 騎士レベル20
騎士レベル18 レベル16 レベル15
戦士レベル14 レベル14 レベル13
戦士レベル13 レベル13 レベル13
第5小隊:副司令官ソフィア 司祭レベル14
十人長マイケル 騎士レベル19
司祭レベル20 戦士レベル12
魔導師レベル20 戦士レベル12
魔導師レベル18 戦士レベル12
魔導師レベル16 戦士レベル12
ゲスト:ミーナ 神官レベル10
ゲスト:ステラ 騎士レベル10
控え:副騎士団長 十人長サーク 騎士レベル21
第1小隊 9名
第3小隊 十人長エドガー以下10名
近衛給仕隊 マリエル以下12名
総勢65名
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│名 前:カイン │
│種 族:ヒューマン │
│年 齢:32 │
│職 業:騎士 │
│クラス:騎士 │
│レベル:22 │
│状 態:良好 │
├────────────────┤
│筋 力:410 物理攻:1072│
│耐久力:446 物理防:1604│
│敏捷性:264 回 避: 588│
│器用度:221 命 中: 505│
│知 力:190 魔法攻: 394│
│精神力:218 魔法防: 313│
├────────────────┤
│所 属:黒鳳騎士団 │
│称 号:黒鳳騎士団 団長 │
├────────────────┤
│状態:良好 │
│右:聖銀のファイアーブレード+5│
│左:聖銀のカイトシールド +5│
│鎧:聖銀のフルプレートアーマ+5│
│飾: │
│護: │
├────────────────┤
│パーティ:カイン │
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┌────────────────┐
│名 前:ソフィア │
│種 族:ヒューマン │
│年 齢:17 │
│職 業:司祭 │
│クラス:司祭 │
│レベル:14 │
│状 態:良好 │
├────────────────┤
│筋 力:166 物理攻:302 │
│耐久力:240 物理防:303 │
│敏捷性:183 回 避:385 │
│器用度:142 命 中:292 │
│知 力:292 魔法攻:891 │
│精神力:344 魔法防:490 │
├────────────────┤
│所 属:フレイン王国 王家 │
│称 号:フレイン王国 王女 │
├────────────────┤
│状態:良好 │
│右:メイジスタッフ +9│
│左: │
│鎧:絹の神官服 +9│
│飾:ドラゴンレーダー │
│護:身代わり(1) │
├────────────────┤
│パーティ:ソフィア │
└────────────────┘
◇ ◇
「では先導を頼む」
「はい」「はいなのです」
ステラと私が立ち上がり、先導して螺旋階段に入る。
私は【マジックライト】を唱える。騎士団の魔導師がかけたのだろう、後続の騎士の頭上にも明かりが点きはじめ、周囲が明るくなる。
ぐるぐると左回りの螺旋階段を下りていき、やがて地下通路に入る。庭にいる時は感じなかったが、33人もいると、結構窮屈に感じる。
広間の手前の封印までは敵はいない。自分の記憶と地図、壁に刻んである目印を確認しながら、前へ進んでいく。
後ろを振り返ると、白い光の線がずうっと後方に伸びている。魔術師の中級魔法、【ライトマーカー】の魔法だ。明るく光る線が周辺を照らし出す。
【マジックライト】よりもやや暗いが、その場を離れても明かりがとどまり、長時間にわたって光を放ち続ける。詠唱を続けながら移動することで、光の線となって残る。
例の大広間の手前までは、結構な距離を歩かねばならない。半時まではいかないものの、数十分ほどの時間がかかった。
きのう警備していた場所に着くと、交代で見張りをしている冒険者パーティが出迎える。
通路の向こうが白濁した不透明な膜に覆われ、ゆらゆらと波立っている。封印魔法の結界はすべてを遮断し、こちら側からも向こう側からも、反対側の様子をうかがい知ることができなくなる。
「ご苦労様です。封印に異常はありません」
「ご苦労だった。君たちはこのまま、ここで待機していてくれ。我々は先に進む。伝令が来たときは、そのまま通してくれればいい」
冒険者パーティが少し壁際に寄って、黒備えの騎士たちを通す。
「今から封印を解く。クリス隊、アクセル隊の順で3列縦隊で並べ。
回復は各自でポーションを使用せよ。重傷者は横に置いていけ。後方にいる第5小隊が治療する。
いま並んでいる横隣り3人でパーティを組め。孤立しないよう、必ずパーティ単位でまとまって同一の敵にあたるのだ。
クリス隊は必ずオウガ=トロールを押さえるように。
他の魔獣が現れたら、アクセル隊が迎撃に向かえ。
いずれの場合もパーティ単位だ。治療や補給のとき以外は離ればなれになってはならない。
敵とは常に3対1であたるように。仲間が倒れ、ひとりになったときはどこかに合流するか、いったん下がって指示を待て。
第5小隊の魔導師はオウガ=トロールが最優先目標である。広間の入口に陣取り、長距離魔法で攻撃せよ。
通常のトロールと違って、【ファイアーボール】が効かない可能性がある。様子をみて耐性があるようであれば、無属性魔法を試すように」
カイン団長が少し声量を落とし、私たちに指示を出す。
「君たちはソフィアの護衛を頼む。特別扱いを嫌がるので平等にひとりだけつけているが、魔獣の動きが心配だ。もし万が一のことがあれば大事となる」
「わかったわ、カイン様。でも私も神官だから。後衛で戦えなくても、回復で役にたってみせるわ」
「絶対守るのです。『ボディーガード』なのです」
「頼む。それと、俺のことはカインでいい。他の者にも呼び捨てにさせている。話しかけるときに敬称など考えていると、命取りになるぞ」
カインが号令する。
「では、今から封印を解く。その直後に【フラッシュ】を仕掛ける。手で目を覆え」
魔導師が封印解除の魔法を唱える。
【アンシール!】
隣の魔導師が別の魔法を放つ。
【フラッシュ!】
封印が解けると同時に通路の奥でマジックライトの上級魔法、【フラッシュ】が発動する。閃光がきらめき、辺りが一瞬真っ白に染まって、光が収まる。
漆黒の通路の奥に明かりが届きはじめ、魔獣の姿があらわになってくる。
ゴブリンだ。数は少なそうに見える。
「「「「ギュアアアアア! ギィイイイイ!」」」」
ゴブリンが一斉に悲鳴をあげる。目がくらんで闇雲に棍棒を振り回している。
魔法の明かりは、それほど遠くまで光が届かない。明るいのはせいぜい5メートルほどだ。そこから先は効果が薄れていく。
しかも、今は封印を解いた直後で、ここからの光が届きにくくなっている。目の前にゴブリンがいるのはわかるが、その奥にどれだけの数がいるか、はっきりしない。
「クリス隊突撃! 先陣頼んだぞ!」
「「「了解しました!」」」
黒色の鎧に身を固めた一団が、タワーシールドを前に揃えて掲げながら、暗闇の通路の奥を目指して突進する。
彼らが持つタワーシールドはおよそ1.5メートルほどの高さを持つ長方形の盾だ。中央部分にへこみがあり、3人で盾を合わせて横に並べば、そこ以外はほぼ鉄の壁となる。そうして壁のようになった盾を相手に押しつけて視界を防ぎ、隙間から剣や槍を突き出して敵を倒すのだ。
封印の向こうにいるのはゴブリンだけのようだ。クリス隊は何にぶち当たろうと構わず盾で押し切り、3メートルほど突進後、剣を突き立てた。
「「「せやぁぁぁ!」」」
ロングソードの鋭い一撃が繰り出される。
「「ギィイィィギィ!」」
「「「ギェィエィイェィィ!」」」
向こう側からゴブリンの鳴き声が聞こえる。
徐々に【マジックライト】の効果が完全に発揮されはじめる。通路の壁が照らされ、周囲の様子がわかってくる。動いているゴブリンが5体ほど。初撃で倒したのか、何体か足元に転がっているようだ。
騎士たちは足元を一瞥もせず、ひたすら前を向き、剣を繰り出し続ける。
「「「はぁっはぁっ!」」」
統率の取れた動き。普段から鍛錬を重ねているのだろう。
「「「「「ギャァァギャァァ!」」」」
断末魔の声をあげて、さらに数体のゴブリンが倒れる。ゴブリンの一団が倒されたあとの通路には、もう他の魔獣は残っていなかった。